第9話 朔夜と詩織
「はぁ、マジで面倒な事になってきたなぁ」
詩織先輩と天雲さんが同じ部活とか面倒な事になる予感しかしない。
実際問題さっきは面倒な事になりかけてたわけだし。
「……はぁ」
スマホに振動が来たので画面を確認してみれば、詩織先輩からメッセージが入ってきていた。
もう、文面を見たくない気分だったけど無視したらあることない事学校で広められそうなので無視もできない。
『今すぐ学校の最寄りの公園に来ること。僕を三十分以上待たせたら容赦しない』
と、簡潔に書かれていた。
本当にあの先輩に目をつけられたら終わりなんだなと思いながら来た道を戻る。
「どうしてこんな目に」
一体俺が何をしたのか。
詩織先輩に酷い事はしてない気がするんだけどな。
というか、学校付近で会うなら髪を整えないと。
カバンに入っているワックスで適当に髪を整える。
「眼鏡を外してと」
後は制服を着崩せば一目で俺だとはわからないだろう。
というか、なんで呼び出されてるんだろうな俺。
変な事してないと思うんだけど。
◇
「僕を二十分も待たせるなんて酷いじゃないか。色男」
「これでもかなり急いできたんですけどね。詩織先輩」
「にしても、本当に学校にいる時と雰囲気が違うね。感心してしまうよ」
「詩織先輩は相変わらず綺麗ですね」
指定された公園に着くと、すでに詩織先輩がベンチに座って本を読んでいた。
遠目から見ると本当に清楚な文学美少女だ。
これで、性格が良ければ天使だったのに。
神は二物を与えないというのは本当らしい。
「嬉しい事を言ってくれるね。それより、帰りに幼馴染君と会わなかったかい?」
「え? 天雲さんとですか? 会ってないですけど」
「そうか。ならいいんだ。それよりも買い物に付き合ってもらっても良いかな?」
「またですか?」
先輩とはつい先日一緒に買い物に行ったばかりだ。
そんなに買いたいものでもあるのだろうか?
「うん。買いたい本が出来てね。買うものが多くなりそうだから荷物持ちを頼みたいんだよ」
「はぁ、まあいいですよ。じゃあ、早速行きましょうか」
ベンチに座っている先輩に手を差しだす。
すると、少し驚いたような表情を見せてからすぐにニコリと微笑む。
「君はこういう事を素でするからモテるんじゃないかな?」
「これくらい普通です。それよりも早く行きますよ」
詩織先輩はやれやれと言った感じでため息をついていたけど、それは無視して目的地へと向かう。
こんな風に詩織先輩と出かけるのはそこまで嫌いじゃない。
この人には安心感がある。
中学の頃みたいにカッターナイフで刺してくるような危うさが無いから、心置きなく関わることが出来る。
「君は幼馴染君のことが嫌いなのかい?」
「なんでです?」
「ふと気になってね。違うならいいんだけど」
「嫌いではないですよ。だからと言って好きと言うわけでもないですけど」
正直、あんなに可愛い子に好意を向けられて悪い気はしない。
でもそれ以上に、俺は過去のトラウマを恐れているんだ。
もし、あの子と付き合ってまた刺されたら?
周りから避けられて、学校での居場所が無くなったら?
そんな風に考えると関わる気が失せるのだ。
「君は臆病なんだね」
「悪いですか?」
「まさか。昔にあんな経験をしておいて、ほいほい女性に手を出すような軽率な人間よりかなりマシな部類だよ」
詩織先輩は苦笑いをしながら俺に笑顔を向けてくる。
この人も過去に嫌な恋愛経験をしたことがありそうだなと。
勝手ながら、俺は考えるのだった。
「俺もそう思いますよ。もう背中を刺されるのは御免です」
「良く生きていたね。悪運が強いのかな?」
「そんな所です。カッターナイフだったからって言うのもあるでしょうけど」
刺された刃物が包丁やナイフだったら今頃俺は土の中だったかもしれない。
そう思うと冷や汗が出てくる。
「良かったじゃないか。おかげで僕は君みたいな面白い人間と会うことができたんだからね」
「なんて自分本位な……」
「僕はそう言う女だ。君も知っているだろう? 朔夜」
「久しぶりに名前呼ばれた気がしますよ」
「こういうのは特別感が大事なんだよ。常に名前を呼んでいたら刺激が足りないじゃないか」
ケラケラと楽しそうに詩織先輩は笑っている。
この人は相変わらず何を考えているかが読めない。
でも、だからこそこんな風に楽しく関われるのかもしれないな。
「どんなところに刺激を求めてるんですか。全く」
「でも君は、僕のこういう所嫌いじゃないだろ?」
「ま、そうですけどね」
全てを見透かしているかのような紫紺の瞳。
見つめられているだけで吸い込まれてしまいそうな。
そんな錯覚を受ける。
「っと、じゃあ僕は本を買ってくるからそこで待ってておくれ。すぐ終わるから」
「はいはい」
先輩はウインクだけして書店に消えて行った。
俺はそれを見送りながらスマホを開く。
通知が一件。
天雲さんからで、内容は単純。
今週末を楽しみにしているというものだった。
「全く、変わったのか変わってないのか。微妙なラインだな。あの子は」
「何が微妙なんだい?」
「いや、なんでもないです。それよりもかなりたくさん買いましたね」
「そりゃあ、買いたい本がたくさんあったからね」
詩織先輩は紙袋を三つも抱えて出てきた。
あれだけ本を入れているとかなりの重さになっているはずだけど。
よく持ててるな。
「先輩。持つんで貸してください」
「ありがとう。いや、三つ全部持ってくれなくてもいいんだよ?」
「いや、重いですよね。旧時代的な考えかもしれないですけど、こういうのは男の自分が持つべきだと思うので」
「確かに、旧時代的だね。でも、そう言う考え方は嫌いじゃないよ」
「ならよかったです」
先輩から三つの紙袋を受け取ってそのまま先輩の家に向かう。
流石にこの時間帯はあたりが暗くなってきていて、女性を独りで帰らせるには抵抗があったから。
「こうやってシンプルに家まで送ってくれようとしているところとか好感が持てるね」
「そうですか。そんなことは良いんで早く帰りますよ」
「だね」
詩織先輩の荷物を持ちながら俺は彼女の家に向かう。
めちゃくちゃ重労働だったけど、久しぶりに良い運動が出来たと思う事にした。
◇
「ありがとう助かったよ」
「いえ、たまにはこういうのもいいですね。運動になって」
「じゃあ、今度から毎回お願いしようかな?」
「それは遠慮してください」
流石に何度もこんな荷物持ちはしたくないし、何回もこの姿で出歩くと俺の正体がバレてしまう危険性がある。
そうなったらいよいよおしまいだ。
平穏な高校生活がおじゃんになってしまう。
「ふふ、わかっているよ。今日はありがとう。本当に助かったよ」
「いえ、気にしないでください。じゃあ、俺は帰るので」
「気を付けて帰りたまえ。もう夜も遅い。男だからと言って襲われないわけではないからね」
「はい。それではおやすみなさい」
「おやすみ。朔夜」
詩織先輩に手を振られながら俺は自分の家に向かう。
あの人、たまに名前で呼んでくるからびっくりするんだよな。
ドキッとするというか。
自分が美人なのをもう少し自覚してほしい。
「今週末は天雲さんと出かけることになったし。まだ四月だってのに忙しすぎだろ」
一人、ポツリとそうこぼして俺は帰路に就くのだった。
【詩織視点】
「全く、本当にカッコいい奴だな後輩君は」
僕は後輩君を見送ってから家に入って自室の布団に寝転がる。
後輩君と出会ってからつまらなかった高校生活が色づいた。
だから、気に入っているんだけども。
「まさか、幼馴染がいるとは思わなかったね。しかも、あんなに美人な」
もちろん、僕は自分の容姿が優れていると自覚している。
今まで何回も告白されてきているし、僕に下心を抱いている男性にも何回もあってきた。
それこそ、後輩君を除いてしまえばすべての男性が僕に下心を向けてきたほどだ。
「僕に全く靡かないひねくれ者の後輩なんて君が初めてなんだぜ」
だからなのだろうか。
僕が彼のことを気に入ったのは。
一緒に居て楽しいと思える男性は彼が初めてだ。
「ふむ。この感情はやはり恋なのか?」
僕はお世辞にも人の感情の機微に敏感とは言えない。
他人の感情もそうだし、自分の感情だってそうだ。
だから僕は知りたい。
この感情の名前を。
「恋なのか、それとも親愛なのか。はたまた別の何かなのか」
僕は僕の感情を知るために彼を利用する。
彼の幼馴染君もいい実験材料になるかもしれない。
彼女が彼に向けている感情はおそらく好意だ。
「まあ、世間一般が考える純粋な物には思えないけど」
彼女が抱いているのはきっと、憧れだ。
彼に憧れて半分依存の域に達しているように見える。
歪な何かだ。
「ふふっ。これから面白くなりそうだね」
僕はこれから起こるであろう面白いハプニングに心を躍らせながら、目を瞑る。
頭に浮かぶのは、いつも困ったような顔をしている後輩君だった。
【詩織視点終了】




