第5話 朔夜のトラウマと大和撫子のデート
中学時代、俺は入学してから女子にかなり人気な男子生徒だった。
そう自分で言えるくらいには女子に言い寄られてたのだ。
一週間に一回のペースで告白されるし、朝学校に行くとラブレターが入っていたり。
色んな方法で俺は女子に呼び出されては告白された。
最初の方はモテ期きた~とか言って喜んでいられたんだけど、徐々にそうではなくなっていった。
「印南君と付き合うのは私だから」
「いや、私でしょ! ブスは引っ込んでなさいよ!」
次第に俺に告白をした女子たちが喧嘩をし始めてしまう。
最初は小競り合いで済んでいたのに徐々に事態は悪化していき、最後の方に至ってはカッターナイフすら飛び出してくる始末。
いよいよ不味いと思って女子から距離を置いた。
だけど、女子たちはずっと喧嘩をしていたし男子と仲良くしようとしても厄介ごとに巻き込まれたくないと思って避けられたり、シンプルに女子に迫られてる俺に嫉妬していたりで悲惨な中学生活を送った。
しかも、親友だと思っていた男子からも距離を取られる始末だ。
これが俺が明確に目立ちたくないと思うようになったキッカケ。
◇
「……なんか大変な中学生活を送っていたんだね」
「ああ。だから変に目立ってあの修羅場を経験するのも嫌だし、友達とか話せる相手が出来ずに残りの高校生活を送るなんてありえない」
「なるほど。それは……確かにそうかもね。じゃあ、積極的に迫るのはやめた方がいい?」
「そうしてくれると助かる。でも、別に俺は天雲さんのことが嫌いなわけじゃないから、人目につかない場所とかで話す分には問題ない」
別に女子と関わるのが嫌になったとかそう言うわけじゃない。
でも、変に目立ってまた避けられたりするのはどうしても嫌なんだ。
「そう? じゃあ、さっくんの家行ってもいい?」
「……まあ、いいけど」
もっとごねられるかと思っていたけど、案外あっさり承諾してくれたと思ったのに天雲さんは凄い提案をしてきた。
幼馴染とはいえ、久しぶりに会った男の家にさっそく上がろうとするやつはあまりいないぞ?
「じゃあ、早速行こう! 今すぐ行こう! ここら辺だったよね?」
「引っ越しては無いから小学生の時と変わってない」
「なら行こう! 早く行こう! さっそく行こう!」
天雲さんは俺の手をがっしり掴んで引っ張っていく。
俺の家に向かうはずなのになぜか天雲さんに先導されるという不思議な出来事が起こっているが、昔に何回も遊びに来ているから覚えているのだろう。
「昔とは真逆だな」
「かもね! さっくんは女の子に引っ張られるのは嫌い?」
「別に嫌いじゃないけど。むず痒くはあるな」
「えへへ。私はこうやってさっくんを引っ張ってるの凄く楽しいよ!」
「そりゃあ、良かったよ」
満面の笑みで俺の手を引く天雲さんは本当に楽しそうで、見ているこっちまで楽しくなってしまう。
こんな風に誰かに手を引かれてどこかに行くという経験が全くなかったので新鮮だ。
「さっくんはこれからも目立たないようにするの?」
「もちろん。修羅場は人生で一回きりで十分だ」
「そか、じゃあ私とは付き合ってくれないの?」
「そもそも好きでもない奴と付き合う趣味はないな」
「……じゃあ、私の事嫌いなの?」
捨てられた猫みたいに悲しい顔を見せてくる天雲さん。
そんな顔をされると心が痛くなる。
本当に昔と違って感情が表情に出るようになった。
「そう言うわけでもない」
「ええ~どっちなの?」
「どっちだっていいだろ? それよりも、そんな風に後ろばっかり見てるとこけるぞ?」
さっきから手を繋いで前を走る天雲さんは、俺の方を見ながらしゃべっている。
地面に石か何かが落ちていたら、すぐに躓いてしまうのではないのだろうか?
「そんな、昔の私じゃないんだから~ッあ」
「っと、言わんこっちゃない」
圧倒的なフラグ回収の速度に関心すら覚えてしまう。
天雲さんはしっかり躓いてこけそうになるが、手を繋いでいたからなんとかこっちに引き寄せる。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。次からはちゃんと前を見て走れよな」
「う、うん」
天雲さんは素直に頷いて今度はしっかり前を見て走ってくれる。
というか、別に走らなくてもいいのだけど。
そうして数分くらい走って家にたどり着く。
息が荒くなるほど早くは走っていなかったのだが、何故だか天雲さんの顔は真っ赤だった。
◇
「さっくんの家久しぶりに来たけど、何も変わってないね~」
「そりゃあ、三年しか経ってないからな。劇的に変わるもんでもないだろ」
「そうかもだけど~じゃあ、さっくんの部屋はどうだろ? 流石に変わってるんじゃない?」
「別に変ってないと思うけど。まあ、見たいなら好きに見てくれよ」
中学生の頃は修羅場に巻き込まれてそれどころじゃなかったし、高校に入ってからは目立たない生活を心がけていたから部屋になんもないんよな。
まあ、それを見て喜ぶって言うならいいか。
「許可をもらったことだし! じゃあさっそく!」
おそらく昔の記憶を頼りに天雲さんは俺の部屋に走っていった。
どんだけ見たいんだよ。
「お茶でも淹れとくか。緑茶とかでいいか」
適当に冷蔵庫を開けて緑茶の入った入れ物を取り出す。
緑茶をコップに入れてお盆にのせて部屋に持っていく。
「何してんだ?」
「いや、エッチな本でもないかな~って思って」
「もう少し慎みを持ってもらってもいいか?」
俺の部屋の本棚を必死に漁っている天雲さんがいた。
本当に何をやっているんだか。
仮にエッチな本を見つけたらどうするつもりだったのか。
「本当にそこまで変わってないんだね! ベッドとか机とかが変わったくらい?」
「そうだな。流石に小学生の頃の物だと小さかったからな」
「それはそうかも。だけど、それ以外がほとんど変わってない。部屋の雰囲気とか」
天雲さんは俺の部屋を見渡しながら、うんうんと頷いている。
昔から俺の部屋は必要最低限の物しか置いていなかった。
良く言えばミニマリストみたいな感じで、悪く言えば色がない。
「昔から欲しい物とかは特になかったからな。必然と部屋に物が増えなかったんだ」
「そういう所、本当に昔から変わってないんだね。無欲と言うか」
「だって、そこまで欲しい物とか無かったしな。そういう天雲さんは何かほしい物でもあるのか?」
「さっくんが欲しい」
「……ノーコメントで」
物凄く返答しずらい物がとんできた。
俺が欲しいとか、どんな物好きなんだよ。
というか、好意を隠す気が全くない。
「コメントしてよ~私は今すぐにでもさっくんと付き合いたいんだから」
「いやいや、なんで俺とそんなにも付き合いたいんだよ」
「だって、さっくんは私にとってヒーローだから」
「それは昔の俺であって今の俺ではないだろ」
彼女が見ているのは昔の俺。
言ってしまえば《《さっくん》》を見ている。
つまり、印南朔夜のことを見ているわけではないんだ。
「難しいこと言わないでよ。それよりも、本棚すごくいっぱい本あるね」
「まあ、読書は好きだからな」
「あれ? 昔ってそんなに本読んでたっけ?」
「いや、読み始めたのは中学からだな」
部屋にある本棚にはラノベから純文学、果てには専門書などの様々な本が収められていた。
俺の身長よりも高いスライド式の本棚に本がビッシリと詰め込まれている。
「どうして?」
「そりゃあ、話し相手がまともにいなかった中学時代に読書で時間を潰してたからに決まってるだろ」
男友達もいなければ女友達もいなかった。
みんな俺を腫物のように扱うか、もしくは俺を取り合って喧嘩するか。
そんな中で俺の心を支えてくれたのが読書というわけだ。
「……なるほど」
「なんで妙に納得してんだよ」
「いや、確かにそういう理由ならたくさん本があるのも納得できるな~って」
「だろ。そういうわけでそこら辺の悲しい事情には触れないでくれ」
思い出したくもない過去のトラウマを掘り返された。
本当に中学時代にだけは戻りたくない。
心の底からそう思う。
「さっくんはモテモテさんだったんだね」
「まあな。そういう天雲さんこそ中学だとかなりモテたんじゃないのか?」
「う~ん、確かに何回も告白とかされたね。全部断ったけど」
「なんで?」
「私はさっくんの事が好きだったから。それ以外の男の子と付き合う気が最初からなかったんだよ」
なるほど。
これまたドストレートな返答が帰ってきた。
この子は本当に自分の感情に素直になったな。
昔はオドオドしてあまり自分の考えを表に出す子じゃなかったのに。
「へぇ~」
「反応薄!? もう少しなんか反応してくれてもいいんだよ?」
「いや、反応しずらいだろ。てか家に来てもなんもやることないけど、どうするんだ?」
「急な話題転換……まあいいけど」
この家にはさっき話した通り何もない。
遊べるようなゲームすらないのだ。
「いやぁ、ゆっくり昔話でもしながらイチャイチャしようかなと」
「そういう理由なら帰ってくれ」
「ええ~ちょっとひどい~」
「微妙にイラつくな」
ぶりっこのような声を出して上目遣いで見つめてくる天雲さんに少し苛立ちを感じる。
こういうところも昔とは変わってしまったようだ。
なんとも悲しい事である。
「ひどい!?」
そんなこんなで俺は天雲さんと中身のない会話を繰り広げながら今日の放課後は終わった。
◇
「これでいいかな」
鏡で自分の髪を見てほっと息をつく。
今日は土曜日で学校もないからわざわざ髪で顔を隠す必要がない。
それに待ち合わせをしているわけだし。
「そろそろ向かうか」
待たせたら絶対に面倒なことになる相手との待ち合わせをしているからなるべく遅刻しないように行動する。
そして、待ち合わせ場所の駅前にたどり着く。
時刻は九時四十分。
集合時間のに二十分前だ。
「おや、早いね。僕の予想では十分ほど前に来ると思っていたのだけど」
「……詩織先輩のほうが早いじゃないですか」
「なに、誘った僕が君より遅く来るのも問題だろう? それに僕は待たせるよりも待つ方が性に合っているのでね」
「それは詩織先輩らしいですね」
詩織先輩は見慣れた制服ではなく、白を基調としたクラシカルなワンピースを着ていた。
見た目だけは清楚で大和撫子な詩織先輩にすごく似合っていると思う。
実際、駅前にいるほとんどの男性の視線を集めているほどだ。
「そうだろう? それよりもせっかくオシャレをしている女性がいるのだ。紳士として何か言う事はないのかい?」
「……とてもお似合いですよ。すごく可愛いと思います」
「ありがとう。君の服も実に僕好みでいいと思うよ。流石は後輩君だ」
「ありがとうございます」
詩織先輩は俺の全身を見て、満足げに微笑んでそういった。
今日は詩織先輩と二人で出かけると言う事で髪を整え、小綺麗なジャケットを羽織っている。
流石に詩織先輩の隣を歩くのにいつもの格好では釣り合わないからだ。
「にしても、やっぱり君は髪を上げると本当にイケメンだなぁ」
しみじみと言う詩織先輩は少しだけ考えたような素振りを見せた後にニヤリと笑みを浮かべる。
絶対に良くないことを考えているのは明白だった。
「せっかくだ、デートと行こう」
「……は!?」
いきなりの提案に動揺する。
しかし、俺が何かを言う前に詩織先輩は俺の腕を取って抱き着く。
「それじゃあ、エスコートを頼むよ? 後輩君」
「本屋に行くのにエスコートもクソもないでしょう」
ふにゅりと腕に柔らかい感触が襲う。
大きな胸が俺の腕で潰される。
そんな様子を凝視するわけにもいかないので、俺は必死に意識をそらして目的地に向かって歩く。
「ふふっ、やっぱり君は面白いな」
「……ほんと、いい性格してますね」
皮肉を絞り出して、俺は詩織先輩を連れて目的地に向かうのだった。




