第4話 変わったものと変わらないもの
「ぬぁぁぁ~」
「どうしたんだい? そんな気色の悪い叫び声を上げてさ」
放課後の部室で俺は一人うなり声をあげていた。
部室には俯いてため息をつく俺と、椅子に座って文庫本を読む大和撫子が一人。
「いえ、最近厄介ごとに巻き込まれて」
「珍しい。平穏な生活を望む平凡な君が厄介ごとに巻き込まれるなんて」
水城 詩織。
俺が所属している文芸部の部長で三年生。
サラサラな黒くて長い髪と紫紺の瞳。
ザ大和撫子といった風貌だ。
「なんだかディスられた気がしなくもないですけど、じゃあ聞いてくれます?」
「もちろんいいとも。僕は常に刺激を求めているからね。君の刺激的な出来事を聞かせておくれよ」
にやっと笑みを浮かべて彼女は俺に話すように促してくる。
俺は昨日から今日にかけて起こった出来事を簡潔にまとめて話した。
すると、
「あははははは。君は本当に面白いことに巻き込まれるね」
「笑い事じゃないんすよ」
「いやぁ~すまない。そんな創作物に出てくる主人公みたいな出来事が起こるとは……あはは」
「笑いすぎですって詩織先輩」
お腹を押さえて転がりまわって笑っている姿はとても大和撫子には見えなかった。
いや、容姿は良いからそれでも可愛く見えるのだから美人というのは卑怯だと思う。
「へぇ~じゃあ、君は今のところ銀髪碧眼の幼馴染に言い寄られてるって事かい?」
「その通りです。何か打開策はありませんか?」
「そんなこと言われてもね。君の目的は目立たず生きる事なんだろう?」
「そうです。そのために今まで日陰で目立たないように生きてきたのに」
伸ばした髪もこのメガネも。
全ては学校で目立たない立ち回りをするためなのだから。
「ハッキリ言わせてもらうけど、詰みじゃないかい? その子を邪険に扱っても目立つし好意的に接しても目立つ。うん、諦めな!」
「……そんな」
詩織先輩はしっかり起こりえる出来事を説明した後に高笑いをしてきた。
俺にとっては全く笑い事ではない。
このままでは俺が守ろうとしてきた平穏がぶち壊されてしまう。
「いっそのこと僕と付き合うかい?」
「なんでそうなるねん」
「だって、どっちみち目立つのならある程度君の事情を知っている人間のほうが火消しが簡単じゃないかと思ってね」
「……一理ある」
確かに詩織先輩の言う通り何を選んでも目立ってしまうのなら、詩織先輩と付き合ってある程度目立ってから火消しをした方が安全かもしれない。
バカげた提案だと思ったが、案外妙案なのかも。
「なんてね~僕にも付き合う人を選ぶ権利はあるよ~だ!」
「……ガチで殴ってもいいですか?」
「キャー乙女を殴るなんて。別の意味で有名人になるつもりかい?」
文庫本を口元にあてながらケラケラと笑いながらそんなことを言う。
相変わらず性根が腐りきった人物だ。
「はぁ。もういいです。詩織先輩に相談した俺がバカでした」
「まあまあ、そんなに拗ねるなって。じゃあ、一つだけアドバイスをあげよう」
「……聞くだけ聞きましょうか」
「君はどうして目立ちたくないのか。それを彼女に説明するか、過去に向き合うか。このどちらかをすれば詰んだ状況を打開できるはずだよ」
天雲さんに目立ちたくない理由を説明するか、それとも俺自身の過去と向き合うか……か。
なるほど。
確かに的を射たアドバイスかもしれない。
「なるほど。わかりました考えてみます」
「ああ。そうするといい。頑張りたまえよ若人」
「別に詩織先輩も若いですけどね」
俺はジト目を先輩に向けて部室を後にした。
詩織先輩は良い人ではあるんだけど、特殊というか。
言ってしまえば変な人だ。
「何とかして、早急にこの詰んだ状況を打開しなければ」
俺はそう決心して帰路をたどるのだった。
◇
最寄り駅を降りて、歩くこと数分。
見慣れた地元の風景は高校生になってもそこまで劇的に変わるようなことは無かった。
「……懐かしいな」
ふと、帰っている途中に小さな公園が目に入った。
自分が小学生の頃によく遊んだ公園。
小さな滑り台とブランコ、それに砂場とベンチと言ういたって普通の公園。
だけど、ここは天雲さんと一緒に遊んだ場所だ。
「寄ってくか」
家に帰ってもやることは特にないし、天雲さんと話したせいもあってか懐かしく感じてきたため公園に立ち寄ることにした。
小学校を卒業してから一度も訪れることが無かったから酷く懐かしく感じる。
「にしても、まさかあそこまで美少女になっているとは思わなかったな。ビックリだ」
「それって私の事!?」
「……なんでいるんだよ」
「いや、久しぶりにこっちに戻ってきたから思い出の場所に立ち寄ってみたんだよね! まさかこんな風にさっくんと会えるなんて!」
どうやら、面倒なタイミングで来てしまったみたいだ。
まあ、ここなら視線に気を使う必要もないしいいか。
天雲さんのことが嫌いってわけでもないしな。
「運命……かどうかはわからないけど。奇遇だな」
「だね! さっくんはなんでここに?」
「気まぐれだよ。天雲さんと話したから懐かしくなったってのもあるかもしれないな」
本当に懐かしい。
もし、天雲さんが小学校の時に転校しなかったら俺はこんな風な性格になることは無かったのかな?
いや、そんなことを考えても仕方のないことか。
「じゃあ、同じだね! せっかくだから一緒にブランコでもどう?」
「いいな。ブランコに乗るのなんて本当に小学生ぶりかもな」
中学に上がってからは公園に来るような機会もなかったし、一緒に来るような相手もいなかったしな。
「私もそうかも。うへへ。さっくんと一緒に居られるの嬉しぃ~」
「昔からブランコ好きだよな。よく一緒に乗ってたっけ?」
「いや、さっくんは乗ってなかったよ。いっつもブランコに乗ってる私の背中を押してくれてた」
「そうだったっけか?」
あんまり詳しい事は覚えてないけど、言われてみれば確かに天雲さんと隣り合ってブランコに乗った記憶はあまりない。
彼女の背中を押していた気がする。
「そうだよ~昔からさっくんは本当に優しくてさ」
「昔の話だろ。今は優しくないかもしれないぞ?」
「そんなことないでしょ。目立ちたくないなら私の事なんか完全に無視すればいいじゃん。こうやって用もないのに二人でいてくれるだけで十分優しいよ」
「……優しいのレベルが低すぎだろ」
俺はそんなにいい奴じゃない。
だから、天雲さんに過大評価されるとなんだか落ち着かない。
「そんなことないって。前みたいにさっくんに背中を押してもらうのも好きだけど、今みたいに隣り合ってブランコに乗るのもすごく好き!」
「本当に、感情表現が豊かになったな」
前の天雲さんはあまり感情が表に出ない子だった。
何を考えてるかわからないし、あまり笑わないから周囲に溶け込めていなかったのを覚えている。
「そりゃあ、いろいろあったから。さっくんも変わったでしょ」
「まあな。俺の場合は良い変化とは到底言えないけど」
俺の変化はかなり悪い部類の物だと思う。
臆病になったし、面白みのない人間になったと自分でも思ってしまう。
「私には何があったのかわからないけど、やっぱりさっくんは私の好きなさっくんだよ。どんなに変わってもさ」
「天雲さんも物好きだな」
「そんなことないよ! さっくんの魅力に気づけない学校の人たちの見る目がないだけでしょ」
「なんでそんなに俺への評価が高いのか」
天雲さんはえっへんと胸を張りながら豪語する。
彼女に自分がどれだけ悪い変化をしたのかを伝えても、きっとそれすらも肯定してしまうのだろう。
自然とそう感じさせる力強さが彼女にはあった。
「当り前でしょ! さっくんは私にとってすべてだから」
「もう少し別の物を見つけてくれ。俺が全てだなんて悲しすぎる」
「私にとってはそうじゃ無いんだけど。でも、一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「いきなりだな。まあ、俺で答えられることならいいけど」
いきなり真剣な顔つきになって天雲さんは質問を投げかけてくる。
今まで見た中で最も真剣な表情で、見ているこちらの方がドキッとしてしまった。
「さっくんはなんで変わったの? 正直な話、そこまで人の性格が変わるものだとは思えなくて」
「……ま、気になるよね。じゃあ、先に俺から聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「もちろん! 何でも聞いて!」
「その髪の色、どうしたんだ? 昔は黒髪だったと記憶してるんだけど」
俺の記憶の中にいる天雲さんは綺麗な黒髪をしていたと記憶している。
でも、今の天雲さんの髪色は目を見張るほど綺麗な銀髪。
染めているようには到底見えない。
いや、俺がわからないだけで染めていたりするのか?
「ああ、昔は染めてたんだよ。幼稚園の時とか髪色が原因でいじめられたりしてたから」
「ああ、なるほど」
確かに幼稚園児や小学生の低学年のころなどは他人の容姿に敏感だ。
言ってしまえば、あの頃の子供たちは自分と違うものに対して排他的だ。
残酷と言っても過言じゃないほどに。
「わかってくれたみたいだね。だから小学校に上がるころに髪を黒く染めてたの。虐められたくは無かったからさ」
「すまん。悪いことを聞いた」
「ううん、もう割り切ってるし。そりゃあ気になるよね。髪色がガラって変わってるんだから」
隣の天雲さんは特に気にした様子はなく、楽しそうに笑いながらブランコを漕いでいた。
やっぱり可愛い。
昔はこんなことを思わなかったのに。
これも時間が経ったからかな。
「私は答えたよ。次はさっくんの番」
「わかってるよ。別にどうしても隠したいわけじゃないからな」
俺は促されるままに自分が変わった原因になった事件。
事件と言ってもいのかわからないけど、確実に印南朔夜という人間が変わったことに関する話を天雲さんに話し始める。




