第3話 変わった二人と幼馴染の告白
「ふぅ~」
なんとか屋上から退散した俺は教室に戻って自分の席でぐったりする。
天雲理奈。
俺の小学生時代の幼馴染。
「まさか、あそこまで変わっているとは思わなかったな」
「何が?」
「うわっ!? ビックリした」
「……うわっは酷くね?」
考え事をしていたら宮田に話しかけられた。
いつもは近づかれたら気が付くんだけど、今回は気が付けなくてビックリした。
「すまんすまん。少し考え事をしてた」
「みたいだな。珍しい。お前がそんな風に考え事をするんてよ」
「別に俺が考え事をしたっていいだろうが」
「それはそうなんだが。なんか嫌なことでもあったのか?」
「そんなんじゃないって」
嫌なこと……ではないと思う。
俺も理奈ちゃんもとい天雲さんが元気だったか気になっていたし。
元気そうにしていると知れてよかったといえばよかったんだが。
「はぁ」
「なあ、人の顔見てため息つくのやめてくんない?」
「悪い。ため息つきたくなって」
「そんなときあるか!?」
宮田と馬鹿みたいに内容がない話をしながら考えるのはこれからの学校での立ち回りだ。
天雲さんが教室で昔の話とかし始めたら一発アウト。
誰にも意識されない平穏な高校生活は一瞬でサヨナラだ。
「てか、お前って彼女いたっけ?」
「何だよいきなり。そういう宮田は……何でもない」
「お前殴るよ?」
「悪い悪い」
少し涙目になっている宮田が少しかわいそうになってくるけど、しょうがない。
先に彼女関連の話を振ってきたのは宮田のほうなのだから。
「で、どうなんだよ」
「いるって言ったら驚くか?」
「あ~でも、居そうではあるんだよな。お前って妙にモテそうだし」
「じゃあ、居るってことで」
「何だよそれ」
宮田はケラケラ笑いながらそれ以上追及してくるような真似はしなかった。
こういうところは宮田の美点だと思う。
人の踏み込んで欲しくないスペースや話題に無理に踏み込んでこないのだ。
それができる高校生はなかなかに少ない。
「ま、印南に彼女がいるかどうかは置いといて俺に女の子紹介してくんない?」
「……そういうとこだぞ?」
普通にしてれば彼女の一人や二人はできそうなのだが、こんな風に彼女が欲しいとか紹介してとか言ってるからこいつには彼女ができないのだと思う。
ま、いつか宮田の魅力に気が付いてくれる女子が現れるだろ。
知らんけど。
「なんだよそれぇ~」
宮田がガックシと膝から崩れ落ちる。
それとほぼ同時に教室の扉が開いて天雲さんが戻ってくる。
「俺、天雲さんみたいな人と付き合いたい」
「頑張れ」
膝立ちでそんなことを言う宮田に冷たい視線を送りながら、俺は自分の椅子に座りなおして休み時間が終わるのを待つ。
下手に天雲さんと目を合わせると何を言われるかわからないので窓の外を熱心に眺めることに。
「さっきまではすごく心穏やかに見れたのに。人間の心境ってこんなに簡単に変わるんだな」
ついさっきと今とで全く違う自分の心境のギャップを感じながら、俺は春の風を全身で受け止めるのだった。
◇
「よし、帰るか」
一日の授業がすべて終わり学校から解放される。
クラスメイト達はそれぞれ部活に行ったり、そのまま家に帰ったりとそれぞれ思い思いの放課後を過ごしている。
俺も鞄を持って立ち上がり帰ろうとしたところで服の裾をつかまれた。
「一緒に帰ろ! さ……印南君」
今、絶対にさっくんって言いかけたよね?
マジで言いかけたよね!?
服の裾をつかまれているだけでクラス中からすごい視線を向けられているのに、あだ名なんかで呼ばれた日には男子たちから血祭りにされてしまうかもしれない。
「……わかった」
俺にこれ以外の選択肢はなかった。
こんな風にクラスメイトの視線が多々ある中では彼女のほうが圧倒的に有利なのだ。
「えへへ。嬉しいな」
天雲さんは天使のように美しい笑みを浮かべながら俺を引っ張っていく。
どこかで話すにしても、とりあえず学校からは離れたい。
下手に注目を集めている状態じゃあ、何も話せないから。
「とりあえず、ファミレスにでも行こう。そっちも話したいことがあるんだろ?」
「うん! 私はどこでもいいよ~なんなら印南君の家だっむぐっ!?」
「うんうん、頼むからそれ以上変なことを大声で言わないでくれな!」
エグイことを口走ろうとする天雲さんの口をふさいで走るようにしてその場を後にする。
幸いなことにそこまで注目を集めていなかったのでなんとかなった。
「さっくん、ちょっと強引だよ」
顔を赤らめながら天雲さんは上目遣いで見つめてくる。
長いまつ毛にサファイア色の瞳。
見ているだけで吸い込まれそうだった。
「天雲さんが変なことを言おうとするからだろ」
「……昔みたいに理奈ちゃんって呼んでくれないんだ?」
「そんな年でもないだろ。俺たち」
あれはお互いに小学生だったからできる呼び方であって、高校生になった俺に女子をちゃん呼びするのはなかなかきつい。
それに相手は一日も経たずにクラスの中心人物になった相手だ。
そんな子をちゃん呼びする男子なんて格好のゴシップネタだろう。
「む~私は呼んで欲しいんだけどなぁ」
「無理だ。勘弁してくれ」
どれだけお願いされても流石に呼べる気がしない。
というか、早く学校から出たい。
このままじゃあ注目を集めてすぎる。
校門を出てから二十分くらい歩いた位置にあるファミレスでとりあえずは落ち着くことにする。
「なんかこうやってさっくんと二人でファミレス来るの新鮮だね」
「……さっくん呼びはやめてくれって」
いつどこで誰に聞かれているかわからない。
できる事なら変なリスクは減らしておきたいのだ。
ただでさえ、ここまで整った容姿をしている。
学校の人間じゃなくても、注目を集めまくってるんだから。
「それで! なんの話をするの!」
「いや、これと言って話すこともないんだが。変に学校で話をすると目立つからさ」
「さっくんはそんなに目立つのが嫌なの?」
「嫌だね。てか、さっくん呼びすんのやめてくれって」
さっきからヒソヒソと俺たちを指しているであろう会話が聞こえてくる。
なんであんな微妙な奴と超絶美少女が一緒にいるんだ? とか。
弱みでも握られてるんじゃないか? とか。
そんな聞きたくもない陰口がたくさん聞こえてくる。
まあ、自分が地味な見た目をしているのもわかるし、あえてそうしてるからいいんだけどさ。
「えぇ~でも私にとってはさっくんはさっくんだし。逆にさっくんはなんて呼んで欲しいの?」
「普通に印南とか朔夜とか。あだ名以外なら何でもいいかな」
名前呼びは危ない気がしなくもないけど、とりあえずあだ名呼びをやめてもらえるのならそれでいい。
うん、本当にあだ名呼びだけはやめて欲しい。
お願いだから。
「むぅ、じゃあ朔夜君でいい?」
「ああ、構わないよ。それと学校では俺たちの関係は秘密にして欲しい。それと学校で関わってくるのもやめて欲しい」
「それは、目立つのが嫌だから?」
「その通りだ。天雲さんが俺にどんな印象を抱いてるのかは知らないけど、君が知っている印南朔夜はもういないんだ」
昔のようにバカみたいに明るくて行動力があった印南朔夜はもういない。
そんな奴は中学の頃にいなくなってしまった。
残ったのは印南朔夜と言う名前と地味になった髪型とメガネだ。
「なんで? なんでそんなに変わっちゃったの?」
「関係ないだろ? 確かに俺も変わったけど、それ以上に天雲さんも変わったじゃないか。その髪も性格も何もかもさ」
俺が変わったように彼女も変わっている。
臆病だった性格も変わり、コミュ力もかなり向上しているのだから。
「そりゃあ、朔夜君に振り向いてほしかったから! と言うわけで私と付き合って!」
「……」
まさか、こんなところで告白されるとは思っていなかったけど。
こういう大胆な行動をとれるようになったところも変化なのだろうな。
流石に、もう少し場所と場合と雰囲気を考えて欲しいわけなのだが。
「え? 無視? 流石に無視は傷つくんだけど……」
「いや、いきなりのこと過ぎて動揺しただけだ。無視したわけじゃない」
「じゃあ答えは!?」
「……無理だ。俺は平穏な生活を送りたい」
天雲さんと付き合ったら完全にクラスの中心人物になるし男子生徒からの嫉妬の的になってしまう。
もしそれで、中学時代の修羅場が再び起こったら今まで地味な生活を心がけてきた意味が完全になくなる。
「……はにゃ?」
「はにゃじゃない。そんな可愛い声を出しても答えは変わらないからな」
萌え声というのだろうか。
そんな声を出して首を傾げている。
きっと今まで告白を断られるなんて経験は無いんだろう。
だけど、俺は何としても平穏な生活を手に入れたいんだ。
「な、なんで!? 私に何か不満でもあるのかな。だ、だったら治すから」
「いや、別に天雲さんに不満があるとかそんなことは無い。だけど、俺は目立つのが嫌いなんだ」
「なんでそんなにも目立つのが嫌いになっちゃったの? 昔は目立つの嫌いじゃなかったでしょ」
「何だっていいだろ。そういうわけで教室内であだ名で呼んだり、過度に干渉してくるのはやめてくれ」
それだけ言って俺はファミレスを後にした。
帰り際に二人分の会計を済ませておく。
今日ここに付き合わせた責任のようなものだ。
「はぁ、なんか二年が始まって早々問題発生してるけど大丈夫か? 俺の高校生活」
前途多難な高校生活をどう乗り切るか。
厄介なことになってしまったが、まあ何とかなるだろ。
楽観的に物事を考えながら俺は家に戻るのだった。
◇
「なあ、印南。なんで今日はそんなに暗いんだよ。嫌なことでもあったのか?」
「まあ、そんなところだ。はぁ」
翌日、俺はぐったりと椅子に座っていた。
理由は簡単で、昨日天雲さんにはああ言ったけど彼女が俺の事情なんかお構いなしにあだ名で呼んできたり迫ってきたら確実に詰みだからである。
「そういえば、昨日の帰り天雲さんと一緒に帰ってなかったか?」
「いや、そんなんじゃねぇよ。たまたま帰るタイミングが重なっただけだ」
「へぇ~だとしても天雲さんと二人で話せるなんて羨ましい」
「そうでもないけどな」
ヒヤヒヤするし、注目を集めて仕方がなかった。
本当に面倒ごとだけは避けたいんだけど……
「おはようございます!」
頭を悩ませていると元気に挨拶をしながら教室に入ってくる天雲さんの姿。
昨日の事などまったく気にしていないかのような屈託のない笑みだった。
「「「おはよう」」」
元気な彼女のあいさつにクラス中が反応する。
少し異様な光景だったけど、気持ちはわからないでもない。
あんなにかわいい子が可愛く挨拶をしていたら誰しも返したくなるだろう。
「朔夜君もおはよ!」
「……おはよう」
どうやら、昨日の告白騒動で天雲さんのメンタルは全く揺るいでいないらしく俺のことは名前呼びにすることにしたらしい。
まあ、あだ名で呼んでこないあたり少しは配慮をしてくれているらしい。
できれば名前呼びも怪しくはあるんだけど、名前呼びを拒否してあだ名で呼ばれたら困るので何も言及しないことに。
「あれ、天雲さんと印南ってそんなに仲いい雰囲気だったっけ?」
「そういうのじゃないな」
「いやいや、私たち昨日で仲良くなったでしょ!」
「天雲さんはこういってるけど?」
「彼女の勘違いだろ」
宮田の質問を適当にいなして机に突っ伏す。
もう面倒ごとはごめんだ。
頼むからこれ以上変なことは起きないでくれ。
そう心の底で思いながらHRが始まるまでの時間を過ごすのだった。
◇
「ねえ、朔夜くん。ここの問題わかんないんだけど、教えてくれない?」
「……いいよ。でも、ちょっと離れてくれ」
教科書が届いていないため、今日も机をくっつけて授業を受ける。
その間に天雲さんは俺のほうに身体を寄せて質問をしてくる。
絶対にわかっているはずだ。
そもそもこの学校の転入試験をパスできている時点でこの段階の授業で躓くわけがない。
「うん、うん。なるほど。こうやって解くんだね」
「絶対にわかってただろ。こんな簡単な問題」
「まあね。これでも勉強は得意だから」
「知ってるよ。昔から努力家なところは変わらないな」
昔から天雲さん……理奈ちゃんは努力ができる人だった。
苦手な勉強も人一倍努力をしてできるようにしていたし。
運動もできないなりに頑張っていた。
「さっくんと離れてからはもっと努力をしたよ! えへへ」
「だから、あだ名はやめろって」
顔を近づけてくる天雲さんにドキドキする。
昔はこんな風に女子として意識することは無かったんだけど。
今の彼女を相手にそれは無理だ。
こんなに可愛くなった天雲さんを意識するなっていうのは無理な話だ。
「ええ~でも、今は誰にも聞かれないよ? この声量だし」
天雲さんは耳元で囁いてくる。
ここが一番後ろの席で誰からも見られないからって好き放題である。
まあ、こんな風にされること自体には何ら問題がない。
問題なのはこうしている姿を誰かに見られることだ。
「そうかもしれないけど、バレたらバレたで良くない?」
「全然良くないんだが。マジでやめてくれよ……」
「バレたら私たち付き合ってるって公表しよ?」
「完全な嘘情報じゃねぇか」
天雲さんしか得をしない噂を流そうとするのはやめていただきたい。
というか、なんでこんなにも俺と付き合おうとしてくるんだ。
「んふふ」
「笑い事じゃないんだが」
「そこ! なにコソコソ話してるんだ!」
「「すいません」」
天雲さんと話していると教科担の先生に怒られてしまった。
二人して同時にぺこりと頭を下げる。
「えへへ。怒られちゃったね」
「君のせいだけどね」
てへぺろっと舌を出す天雲さんは憎たらしくもあったけど、可愛かった。




