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第3話 元獣は出逢う

「本当か!」


 その言葉を拾ったギデ以外の二人は残った元気をこの時点で全て出し尽くしそうな程にはしゃぎたい勢いに駆られたがそれをぐっと抑えて冷静さを忘れずにまず、リッチェルとエルがギデに肩を貸し、レティが先導する。


「こっちよ」


 最後の足掻きのように必死になりながらも当たりの警戒を怠らず、なるべく音を出さないように移動し始める。数秒間が数分間に感じる距離は四人にとっては地獄だった。


 その地獄を随分と過ごした四人は遂に幻想に辿り着いた。


「……」


 暗い森の中で唯一光り輝き、更には途轍もなく澄んだ泉に誰もが喉の渇きを忘れて息を呑む。ここまでの者とは思っていなかったが故の動揺。


 一枚の木の葉が泉の上に落ちたのをきっかけにやっと正気を取り戻した四人は直接顔を泉の中に入れ勢いよく呑み込んでいった。


 意識のなかったギデには水を頭にかけて強制的に目を覚まさせ、自分から飲ませた。その甲斐あって生死の境を彷徨っていたギデは何とか持ち直すことができた。


「あ~生き返ったぁ!」


「本当ですね。こんなにお水がおいしいなんて思ったの初めてかもしれませんね」


「まったくだな。あ~俺は本当に生き返ったんだと思えるなぁ」


「そうよねぇ。あんた本当に死にかけだったし。ほら、さっさとお礼いいなさいよ」


 喉を潤すことができて少なからず余裕が出てきた四人は他愛無い話で盛り上がりここが非常に危険な森であることも忘れて玉響の安息に安堵の笑みを零した。


 しばらく休憩して何度もエルがヒールを唱えることでギデの傷はほとんど完治の域に達したのを区切りにし、現状の打開する話し合いを始めた。


「落ち着いたところでだ。まずここはいったい何処かということからだが」


「って言われてもねぇ。あれだけ彷徨ったんだ。もうここが何処だかあたしには分からないよ。もう夜だから辺りは暗いし」


「それに……静かすぎて、不気味です」


 普通の森ならば草木に隠れた虫の合唱だが、ここではそれがない。耳が喰われたかのような静寂が身を包み込む。誰かと話さなければ音が喰われてしまうと錯覚されてしまうほどに音がない。


「だが、いつまでもここにいるわけにはいかねぇ。何とか食糧だけでも手に入れんとな」


 ギデの言葉に空腹を思い出した三人は泣き喚く自らの腹を押さえた。


「そうね。そこら辺の木の実でも採ってこようかしら?」


「そうだな。ギデは病み上がりだからここにいてくれ。エル、ギデを……っ!」


 まだ動かすのは危険だと思ったリッチェルはエルに頼もうと声をかけたが唐突に自分達以外の静寂を破る者によって途絶えさせられた。


 深い暗闇の先から聞こえてくる草を踏み仕切る音。ただそれだけでその場の四人は警戒する。見えないという恐怖、それは人を焦燥に掻き立てるのは容易。


 額から汗が流れる。いつ襲われるか分からない。ここの亜獣や魔物は素早く、剛腕で、鋭利な牙や爪を持つ。一体ならまだ助かる可能性はある。現に四人とも生きている。だが複数現れれば人間という脆弱な生き物はそこらにいる蝿と大差ない。


 いや、蝿とは違い体も大きく素早さに欠けている人間の方がよっぽど殺りやすい。それに悪食である奴らにとって人間は皿に盛り付けられた餌でしかない。


 無論抵抗するが、個々の奴等は別格。


 一歩一歩と近づいてくる足跡に二足歩行であることから魔物の可能性が高いと考え更に危機感が高まる。


 亜獣は理性をなくしたただの四足歩行の獣であるが、魔物は違う。


 理性を持ち、時には統率する個体も発見されており、二足歩行の個体が多いため人間と同じく武器や防具、魔法までも使うものが現れることが多い。亜獣もごくまれに魔法を使う個体が見られる武器や防具は使わず、魔法も本当に極稀である。


 理性の有無だけでも戦況はがらりと変わる。それを知っているからこその警戒。


 ギデに至ってはリッチェル達が運ぶに至って重すぎるギデの武器であるアックスを捨ててしまっているために手持ち無沙汰となっていると共に心のよりどころがない。


「……ッ」


 どこからともなく聞こえてくる息を呑む音。緊張が限界に達してもなお魔物は距離があるせいか姿を現さない。草を踏み躙る音に精神を削られながらもその時を待つ。


「グルルル」


「……ッ!」


 獣にしては甲高いような唸り声に四人は警戒心をあらわにし、絶望を顔に塗り固めた。


 おそらくここはかなりの奥深く、浅い場所でもかなりの強敵がいたのを覚えているために、四人はそれよりも強者だと考える。


「ッ! 来るか……何っ!」


 暗闇から抜け出てきた姿を四人は一切捉えることができず、たた木の葉が揺れる音だけが聞こえた。するとまた別の場所で木の葉が揺れる。


 目視することさえかなわない敵に出くわしたことに理解したリッチェルはすぐさま退却することを頭に置き、その事を察知した他三人も同時に逃げようとした。


「ガハッ!」


 だが、その一瞬の目配せの時、突然エルが真横に吹き飛んだ。


 突然の事に反応を遅らせてしまった三人は心配で名前を呼ぼうとした。しかし、それはできなかった。


「なんだとっ!」


 呼ぶ前にギデに鋭い一閃がおそい、肩に深い三つの傷が出来上がった。


 真横にいた仲間が突然血飛沫を上げ膝をつく姿に瞠目したリルは急いでギデを庇うようにして移動しようとしたとき、今度はレティが二つの剣と共に上空を舞った。


 あまりの惨状につい大声を出しそうになったがここで大声を出せば他の亜獣などを呼び寄せてしまう可能性を考えたリッチェルは忍び寄る殺意に抗おうと一人剣を構える。


「なんだよ……何がいるっていうんだ! ちくしょうが!」


 相手の正体がわからず恐怖のあまりに怒号をギデはまき散らす。


 この森は最も死亡率が高く、入ればほぼ確実に死亡するとまで言われている。だが、ここにしか咲かない貴重な花や魔物の素材などを求める者達がいるため依頼が尽きない。


 自分達はそれなりに実力あると思い込んで慢心していた。驕っていた、傲っていた、うぬぼれていた。自尊心に値打ちがあると勘違いをしていた。だからこそ、こんな現状に陥ってしまっている。


「……ッ!」


 落ち込んで俯いてしまっていることに気が付いたリッチェルはすぐに自分を奮い立たせる。そして、同時に視界の端で木の葉が揺れるのを目撃することができた。


 すぐにそちらに剣を向けることで、襲撃者をその視界の中に入れることができた。


 揺れた茂みから襲いかかってきたのは『ヘルハウンド』と呼ばれる亜獣であった。黒い毛並みに赤い瞳があるのが特徴的だが、最も危険なのは口から火の玉を吐くことである。


「ガァア!」


 通常の場所でも厄介な相手がこの森の中で更に強化されている。分が悪い賭けだが、リチェルは負傷した仲間を背を見せながら剣を振り下ろした。


「グラァア!」


「ッ!?」


 しかし、それがヘルハウンドに当たることはなかった。なぜなら、ヘルハウンドが唐突に違う者の声と同時にその場からいなくなったからだ。


 見失うという愚行を犯し辺りを見渡すと月明りで明るいところと陰で暗いところの境目に、リッチェルは頭を見つけてしまった。血に濡れて絶望に顔を歪めた首から下をなくした哀れな獣の屍を。そして、聞こえてしまった。


 肉を咀嚼する音、骨を噛み砕く音、皮を剥ぐ音、獣が餌を嚥下する生々しい音を聞いた。


 明かりが当たって見えている場所には先ほどから音と共に血飛沫が舞い月明りに照らされた地面が赤い化粧を施されていっている。


 不気味以外の何物でもない。まるで自分達の存在が棄権に値しないかのようないない者として扱われている感覚。


 人間は知らない事、分からない事、不明な事に恐怖を覚える。分からなければ対処ができない。知らなければ準備ができない。不明ならば何もできない。分からなければ分からないまま。


 精神的に参っている状態のリッチェルが緊張状態に耐えきれなくなってきた時、音が止んだ。






 水の音がしたと思い全速力で戻ってみると餌がまた別の動物に襲いかかっているところに出くわした。腹は空いていたため水の確認の前に目の前の肉に齧り付く。


 見たところ毛のない動物達は動こうとしていた無かったので気にすることなく何時ものように大量の赤い水を啜りながら肉を食む。


 その間も後ろの毛のない動物達は動こうとしない。


 しばらくして肉を食べ終わると、少女は視線を後ろへ向ける。一匹は横たわり、一匹は肩を押さえ、一匹は睨み付け、一匹は恐怖で顔を染めながら刃を少女に向けている。


 見たところ一匹以外何もできそうにない。そう思った少女はその一匹に目をつけ、その首目がけて走り、喰らいついた。


「リッチェル!」


 どうやらこの肉の名前はリッチェルというらしいが、これから餌になるから関係ない。


 自分以外の動物が言葉を言うことに少なからず驚いたが、先ほどまで狩っていた獲物もそういえば喋っていたと思い出し、気にするのを止め再び喉元に喰らいついている八重歯に力を入れゆっくりと肉を噛んでいく。


「ぐっ……こ、の……はな、れろ……」


 リッチェルは徐々に食い込んでくる八重歯に戦々恐々しながら必死に抵抗するが離れない。

 なぜゆっくりと噛んでいくのか。それには理由がある。


 鋭利な爪は少女にとって自慢のものだ。しかし、それで全員を殺すと死体から出た血が水の中に落ちて濁ってしまうかもしれない。それだけは嫌だと思い、どうしたらいいかと考えて思いついたのが、口で溢れ出る血を吸いながらゆっくりと絶命させる事。


 少女の今の目的は水を綺麗なままで守ること。もし汚されたら、その汚した者が言葉を言うならば願いを叶える事。言わなければ餌にする。


 しかし、少女は言葉を言う者を先に殺してしまった後のことは考えてはいなかった。故に彼女はゆっくりと男を死に誘う。


「この、俺達のリーダーから、離れやがれ!」


 耳がいいのが災いし少女は隣から聞こえてくる怒号に顔を歪ませながら襲いかかってくる手を避け、後ろに飛び退ける時、空中で姿勢を整え四本足で着地する。


「はぁ、はぁ、ちくしょう。ヘルハウンドの次は何が来たんだよ。大丈夫か」


「ああ、大丈夫だ。レティ、エルは?」


「駄目ね。さっきの一撃で気を失ってる」


「クソ」


 悪態をつきながらギデは自分の肩から流れ出ている血を忌々しく眺めると、傷の事を無かったことにしたかのように抑えるのを止め、傍らに置いてあった自分の得物を持ち、構えをとった。


 四匹の会話から大体何がどう呼ばれているのかが分かったが、それに何の意味があるのかよくわからない。


 獣はお互い言葉を言うわけでもないのに同時に動くことがある。ならば、さっきから読んでいる言葉は言ったい何の意味があるのか本当に理解できない。


「リッチェル、相手の姿は見えたか?」


 運が悪いのか、リッチェルが襲われたその場所は光が届いておらず、シルエットが分かる程度だったのだ。


「ああ、だがあれは間違いなく……いや、まさか……」


「何よ、いきなり独り言?。早く敵の正体を言いなさいよ。それで撤退するか決めるんだから」


 口では何か言ってはいるがレティは最早抗戦する気などまったくなかった。勝てる気も実力もない、諦めの境地にいる。


「グルルルル」


 喉を鳴らし威嚇しながらゆっくりと一歩ずつ近づく。


 意識を失った一匹以外が警戒心を最高まで高める。そして、それを目撃した四人は絶句した。


 泉の水で深まで染めたような色をした髪を持ちながらも、獣の皮を拭くとして纏っただけの、最低限女性として隠さない場所のみを隠している破廉恥極まりない恰好をしている四足歩行の少女。体には染みもなく、瞳は宝石のごとく黄金色に輝いている。


 その姿だけでも誰もが二度見てしまいかねない程の美貌と奇怪を持っていた女性は、だが人あらざる者であった。


「……人……なのか?」


 まだ痛みで意識が残っていたギデが呟く。


 青い獣の耳と二本の尾を持つ少女。その体には血が付いており、そのどんな硬いものでも噛み千切ることが出来そうな八重歯は餌を前にした犬のように唾液と血に包まれている。


 この世にはいくつもの種族が混在している。


 耳を尖らせ己の中に宿る魔力を使うことに長けた『森精霊』工作や鍛冶に秀で他の追随を許さない『地精霊』魚の尾と人の半身を持ち水中を泳ぐことに関しては天才的な『海棲獣』そして繁殖力が高くどの種族よりも数が多い『人間』など様々な種族がいる。


 だが、目の前の彼女のような者は歴史上存在していない。


「ガァア!」


「ウッ、ク、ソッタレ……」


 考察をしていたためにいつの間にか隙が出来てしまいリッチェルは少女に覆いかぶさるよう押し倒され、再びその鋭利な八重歯が徐々にリッチェルに開きながら近づいていく。それを目撃したリッチェルは理解した。これは自分達を餌だと思っているということに。


 抵抗を試みたが先ほどと同じように離れることはない。目の前の少女の力はその見た目からは考えられないほどに強烈で身動きが取れなかった。周りの三人がどうにかしようとしたが、今迄の疲労と先ほどのダメージで体の自由が利かなくなっていた。


 少女は目の前の男を再び食おうとし始める。


 徐々に近づく餌としての死に覚悟を決めたリッチェルは目を瞑る。


 そして、食べようとしていた少女は突然目を瞑った獲物に困惑する。


 今までたくさんの得物を狩ってきたが死ぬ寸前で目を閉ざす物はいなかった。しかし、目の前の動物は目を閉じている。まるでどうにでもしてくれと言わんばかりに、生きることを止めたように目を閉じている。


 なぜこんなことをしているのか分からない。そんな時、ふと血の匂い以外の匂いがした。それはいつも近くで嗅いでいる匂い。


 それに気づいた少女はある一点を見た。


 そこにあったのは、赤や泥で濁ってしまった水だった。

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