第19話 盗賊達の足先
サブタイトルで『元獣の~』という感じにしたかったんですが、
で決ませんでした(笑)
これからも思いつかなかったら今回のようになるかもしれません。
もしかしたら全部を書き直すかも……
という前書きはここまでにして、投稿したので、楽しんでください。
寒さをなくす暖かな陽光を受けた植物達が風に優しく撫でられる。
日の光で体力をつけ、月の光で美しさを磨く緑達はいついかなる時でもその姿を誇っている。
緑の中に小さく孤独に、しかし美しく己の黄色に染まった五つの花弁を魅せている。
静寂に包まれ今日も平穏に何も起こらず一日が終わる。
そんなさなかに、この場に似つかわしくない重低音が響く。
金属同士がこすれる音と地面を踏みしめる複数の音が緑達の微睡を覚ます。
徐々に大きくなる音達は、やがて緑の中で人期は煌びやかに咲く黄色に辿り着き、躊躇なく黄色を潰した。
「いい所ですねぇ頭」
ボロボロの服を着て剣や籠手などで武装した男は、花を潰したことにも気づかずに全身でその穏やかな気候を感じながら後ろを振り返る。
「あぁ、そうだな」
男に頭と呼ばれた男は大きな斧を背負い全身に鎧を着た厳つい男であった。
「いやぁ、ここで武器持ってるむさ苦しい男じゃなくて別嬪さんが一人でもいりゃぁなぁ」
「言うなよ、折角いい気分だってのに。気分悪くなっちまうだろう?」
その場には数十人の武装した男達がいた。
全員が各々が最も得意とする武器を持ち体のいたるところに傷痕を残している。
小さな子供が見ればすぐに泣いてしまうような彼らは世間からは『盗賊』と呼ばれている。
酷い傷を負って人々から忌諱される事に耐えきれなかった者。
殺し以外に取り柄が無かった者。
迫害を受けて孤独以外道がなかった者。
罪を擦り付けられて自分の居場所から追いやられた者。
人間の社会に適応することができ無かった者。
皆どこかで負を背負い、その重しに耐えきれず泥に沈んで這い上がることができなかった哀れな者達、盗賊団のメンバー達。
「悪かったな、ハハ。いやしかし……随分と増えましたね、頭」
「……あぁ、増えてしまったな」
長い間盗賊家業を続けてきた彼らは最初は一人だった。
だが、盗みの成功と治安を守る者からの逃走した実績が運良く続き、その噂を聞いた流れ者達が彼に集まっていった。
ゴミだめの中でドブ色に鈍く輝く光に集まった哀れな蛾。
光に拒絶されて生きられなくなった者達の拠り所。
のけ者にされた者達の救済団体。
「あ、頭! あそこに村がありますぜぇ」
一人の男がする意味もないのに両手で筒を作り覗いている。
「本当だ。結構、あれは大きいのか、小さいのか?」
もう一人の男が筒を作って除く男の横に移動すると、その男にも村が見えた。
大きくもなく小さくもないごく一般的な村に見える。
「お前達、よく聞け」
低い声音が風に乗っていきわたる。
頭と呼ばれた男が背中に背負った巨大な両刀の斧を取り出すとその刃を地面に差した。
その恰好は彼らに剣を地面に差し演説をする栄光ある騎士を幻視させた。
「俺達は何だ」
自問自答するかのように問われた言葉。しかし、彼らは真剣な眼差しになり、姿勢を正して口を開ける。
「俺達ははぐれ者。人に害なす異端者」
「俺達は嫌われ者。優しさを忘れた哀れな人間」
「俺達は悪人。善人に憧憬を抱く半端者」
一人一人が言葉に思いを乗せて口を開く。
嗚咽のように吐き出されるその言葉は彼ら全員の胸を抉る。
「もう一度聞くぞ、俺たちは何をする」
「俺達は盗賊。幸せな者達から幸福を盗む」
「俺達は悪人。善人達から喜びを奪う」
「俺達は犯罪者。一般人から平凡を攫う」
再び繰り返される問答を聞き終わると、頭は一度だけ首を縦に振るう。
「そうだ。俺達は悪人だ。人間の社会の中ではいらない存在だ。いてはいけない存在だ。もちろん、自ら望んでこちら側に来る輩もいるだろう。だが、俺達は違う。ここに来ることを余儀なくされた者達だ」
まるで自分自身に言い聞かせるように呟かれるその言葉は暗示のように彼らの脳に響き渡る。
「俺達は盗賊だ。盗みを働いて幸せをぶち壊す最底辺のクソ野郎共だ」
頭は一人一人の目を見てハッキリという。
彼らは何も盗賊になりたくてなったわけではない。もちろん、盗賊になる前にいろいろなことをした。
努力不足、我慢不足などと他人に言われればそれだけで彼らの人生は締めくくられる。
彼らの人生劇場は要約され一つの脇役として紹介すらされずに終わる。
そんなことは我慢ならない。
彼らはそんな一言だけで終わらせられるほどの努力をしてこなかったわけじゃない。
歯を食いしばり、苦渋を舐め、苦虫を噛み潰し、劣等感を味わい、地を這う虫けらのように這いずってでも光の中にいようとした。
だが、彼らは光の住人たちに否定され、追いやられた。
そんなことは許せるわけがない。しかし、彼らは言い返せるほどに力が強いわけでもなかった。
「俺達は弱い。しかも人から邪魔に思われている存在だ。だからなんだ!」
ひときわ大きな声で叫ばれた声は子供の癇癪のように耳障りで、心の中に意図も容易く感情を理解させる。
「俺達は悪人だ。だからなんだ! 邪魔な存在? それがどうした! 俺達だって生きている。今、ここで! 生きたいと願っている。それを先に否定してきたのは奴らだ。なら、俺達が奴らを否定してやる! 俺たちの幸福を餌にぶくぶく太ったクソ豚共の嘲笑ってやる!」
嬉しさも喜びも希望も奪われた。盗まれた。攫われた。それを許容するには彼らは幸せを知りすぎた。
「お前ら! これから村を襲う! 剣を持った善人の強者共が弱者である悪人から金品を巻き上げるように、俺達も、剣を持った悪人の弱者が、善人である弱者か金品を巻き上げてやる!」
彼らの根城には金に目を眩ませた善人達が押し寄せてくる。
盗賊が盗んだ物はいったい誰のなのか分からないため、大抵は見つけた者達がすべてもらうことになる。
だから、彼らはよく襲撃を受ける。その度に力及ばずに仲間が何人も殺され、命からがら奪ってきた財宝を盗まれる。
「だが忘れるな! 俺達は弱い。だが、人を殺して金を巻き上げることしでしか生活する事が出来ねぇ奴らだ。いつ死んでもおかしくねぇ。もし、もしも、行く先でテメェの最後と出会ったのなら」
そこで一旦言葉がきられ、静寂がその場に訪れる。
「……最後まで生にしがみつけ。噛みつけ。後で俺達がテメェを酒の肴に笑ってやるよ」
彼らは盗賊団。人間達のはぐれもの。
彼らは盗みを働く。
人々の幸せが憎くて、人間の幸福が妬ましくて、平凡な人生に憧憬を抱いて、人のぬくもりが羨ましくて、害悪達は嬉々として負をまき散らす。
自分を愛して《殺して》くれる人に、出会うまで。
「な、んだよ、これ」
村についた彼らの中の一人が最初にポツリと口を開いて出た言葉は困惑の言葉だった。
自分達が生き残るために向かった場所には確かに村があった。
生きている人間のいない村があった。
盗賊達は集団で移動しながら辺りを見渡し唖然とした。
彼らはそれなりの悪行を犯してきた。
故にいくつもの酷い惨状を目撃し場慣れしてきたと自負している。
誰もいなくなった廃村は見飽きているし、惨殺された死体も、廃人になった人間の姿も、強姦され続けて壊された女や年端もいかない少女の姿も幾度となく見てきた。
「これは、人間がやったのか……?」
だが、今回彼らの目の前にはそんな悪行など霞んでしまうような惨状ができあがっていた。
「うっ……うぐっ……」
何人かが顔を青くして口元を手で押さえている。だが、誰も彼らが軟弱だとは思えなかった。
なぜなら、地面に、壁に、井戸の中に、それはあったからである。
赤い、途轍もなく赤い人間の命が、そこかしこにつけられていた。
「ひでぇ、って言葉じゃ……」
「言い表せねぇな」
腹から飛び出た臓物がゴミのように捨てられて、眼球が風に弄ばれて、千切れた腕や足が野犬の餌として与えられている。
中には腕や足を折られた、強い衝撃で頭が陥没した、首が真逆に曲がったという三人の女の子が一緒に転がってもいた。
慈愛からなのか極度の憎しみからなのか、平等にしたかったからなのか、この村の住民全員が、文字通り大人も子供も全員無残に殺されている。
「何があったってんだよ、ホントによぉ」
「クソ、なんなんだよ、クソ。誰がこんな、惨い、ことを……」
「おい、あいつどうしたんだ?」
最初にこの惨状を目撃して口を開いた男の顔は青くなっていたと思ったら今は赤くなっており、誰もが怒りに震えているのだと理解できた。
そんな様子を見た仲間の一人が心配そうに隣の男に尋ねた。
「あぁ、あいつ、昔孤児院の経営していたらしんだ。だけど、ある日自分の所にいた子が殺されて……それで悲しんでるってのにその罪を被せられて、追い出されちまったそうだ」
この盗賊団の団員達は何かしらの負を背負っている。
尋ねられた男も、昔自分の妻を取り戻すために上に掛け合ったら死んだ妻と再会する羽目になり、さらには妻を殺した罪を擦り付けられた経験がある。
「あいつが孤児院……か。なら、元は優しい奴だったんだろうな」
「見くびるなよ。あいつは今でも優しい。現に、今ああして苛立ってる。まぁ、こんな惨状を見て苛立たねぇ奴はいねぇと思うけどよぉ」
後半の声に怒気が混じる。
これをしでかした者の顔を想像していると自然と目が細くなり睨むような視線となる。
「……な……い……ごめ……い……」
「ん? 誰だ! 誰かいるのか!」
辺りを見渡していると元孤児院を経営していた男が微かな声を聞き取り、大声で叫んだ。
それに気が付いた盗賊団の仲間達の視線は男に向いた。
「おい、いきなり大声を出すな! これをやったやつが近くにいるかもしれないんだぞ!」
「それに、これをやったのが人間じゃない可能性もある。もう少し慎重に、っておい!」
仲間からの忠告を最後まで聞くことなく男は駆けだした。
「ったく、どうしやす頭」
「……ここ最近、俺達がいる国が隣国と戦争を始めたと聞いた。もしかしたら、これはあちら側の人間が見せしめのためにやったのかもしれん」
村の人間を無残に殺し放置しておくことで兵士の士気を落とす、そういう作戦があるためにこういったことは人間社会で良く行われている。
頭は自分で言っておきながら疑問を浮かべていた。
もしもこれが見せしめなのならばもっとわかりやすくするはずであるからだ。
頭は昔そういった場所を見たことがあり、そこでは村人全員の首が村の入り口にご丁寧に並べてあったり、敵国のやりで串刺しにされた人間を旗のように周囲に配置するなどと正気を疑うようなことが起きていた。
しかし、ここの死体達はそうされたような様子はない。
「何人かは俺と共にあいつを追うぞ。他は周囲を警戒、金目のものがあるか探せ。
だが、油断は禁物と今までの人生で身に染みて理解しているため、頭は数人の仲間と共に男を追うことにして、残りは危険因子がいるかどうかの確認作業へと向かうこととなった。
「どこだ! どこにいる! 何もしないから出てこい!」
「なさい……ご……い……」
焦りながらもできるだけ優しくを心掛けながら呼びかけるが一向に源氏が返ってこなず、微かに聞こえる声が聞こえるばかりで男の焦燥は強くなる。
「……ここか」
しばらく耳を澄ませていれば扉の向こう側から聞こえてくることに気が付いた。
男はすぐに扉を開こうとしたが男は開かなかった。
孤児院を開いていた男だからこそ気づいたこと。男が開けようとしていたのは孤児院でいう所の勉強部屋のような扉だった。
その考えが当たっているかどうかは扉の上にぶら下がっているプレートに何かの数字が書いてあった。
「……クッ」
扉を開ければ、そこには予想通り沢山の机と不自然に陥没している黒板があった。
男は理解した。ここは子供達に勉強を教えるための場所であるということを。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「だれか……たす、けて……」
部屋に入ると声は良く聞こえるようになった。
男は声をする方に視線を向けると、男は絶句し、瞠目した。
量の足を折られて座り込んでいる少女、動けないようにさびたパイプで床に張り付けられている子供、四肢を無理矢理貫通させたロープで縛られて動けない幼子。
生きてはいる。だが、その瞳は絶望や恐怖に染まり酷く濁り切った瞳をしていた。
「なんだよ、こりゃぁ」
追いかけてきた盗賊の仲間達が男と同じく部屋に入ると男と同じように絶句した。
「これで決まりだな」
「ああ、もし国の奴らだったらこんな生きた状態なんかしないし、やるとしたら外からすぐにわかるようにするはずだ」
後から来た仲間は冷静沈着に話してはいるが、その顔は蒼白で今にも胃液を吐き出しかねないように見える。
「……ッ!」
ギシ、という床を踏みしめる音が響いた。
瞬時にそれが足音だと気が付いた盗賊団員達はすぐに己の得物を構える。
静寂が包まれる中床がきしむ音だけが不気味に部屋に響き渡り、徐々にその音は大きくなっていく。
それに比例するかのようにその場にいた子供達の震えは大きくなっていった。
声も出せない程に震えあがった子供達は体が痛むのを気にすることなく動こうとするが、恐怖のせいで動けていない。
「み~ん~な~」
明るいようで暗い声音が足音が鳴る扉の奥から聞こえてくる。
唐突に足音が止む。
同時に扉がゆっくりと開かれていく。
そこには肩まである茶色の髪をした女の子が、薄気味悪い笑顔を浮かべて立っていた。
髪や服に真赤な化粧を施している十代になったばかりのそれは、獣の耳と尾を持った少女は明るい声音で呟いた。
「虐めの時間だよぉ……」




