第18話 元獣は和解していた
長い間更新できなくてすいません。
少々風邪をこじらせてしまいまして、
それに加えてテストまで……
でも、遂に終わりました!
というわけで投稿です。
夢を見ている。
昔に感じたと錯覚しているだけの他人の記憶。
孤独の味と悲哀の風味を醸し出す哀れな記憶。
家族が仲良さそうに話をしている。
恋人が些細なことで喧嘩をして仲直りをしている。
子供が親に我儘を言っている。
友達同士がじゃれ合っている。
羨ましいと思う。あそこに入りたい、あの中に入っていきたい、誰かに話しかけてほしい、誰かに声をかけてほしい、我儘を聞いてほしい、だが、その願いを聞くものはいない。
誰も近くにいない。
あるのは生ごみや汚水だけ。
死にたくない一心でそれらを食べて、生きながらえる。
家族が温かい物を食べている。
小さな子供がお金を出して串肉を食べている。
料理人達が余った食材を燃やしている。
悔しかった、憎かった。物心つく前からろくなものを食べていない。食べた中で一番うまいと思ったのは誰かに踏まれて泥だらけになったパン屑だけ。
だから、俺は盗みを働いた。
美味しいものを食べたくて、簡単に食べ物を捨てる奴らを見返したくて。
人間なんて誰もかれもみんな一緒。騙して、貶して、裏切って、知性があるのに品性が欠片もないようなどうしようもない欲望の塊のような奴等。
自分達が作った箱庭の中でしか生きられない弱者共。
人間が作ったルールは弱者らしいルール。力が弱い者の下に強い者が付くという自然界ではありえない弱者が弱者の中でも上に行くために作った笑えるルール。
力が弱い者に首を垂れなければ周りが何故か殺しに来るという窮屈な世界でしか生きていけない人間が作った縛り。
だが、そのおかげで今でも生きていけているという結果をもたらしている。
そのこと自体にも腹が立って許せない。
自分が何故こんな惨めない思いをしないといけない。
そう思うとより一層怒りがこみあげてくる。
所詮一生泥に足を掴まれてそこに沈んだまま歩んでいくしかない人生。
誰も助けようと思う奴はいない。むしろ向こうから追い打ちをかけてくる奴らばかり。
そんな態度だったら下から泥を被せてやる。
――助けてくれ。
足を掴んでこちら側に引きずり落としてやる。
――助けてくれ。
みんな、俺以外の人間なんか、みんな死んでしまえばいいのに。
――誰か俺の手を取ってくれ。
「モモ!」
思考の海の中から引っ張り出されると同時に、何か温かいものが身を包む。
「よかった、よかったぁ……ぐす……」
鈴音のような可憐な声が悲しみによって擦れている。
青い髪が頬をくすぐり、目から流れ出る水滴が赤い泉に音をたてずに落下する。
「なん……で、生きて……」
「ぐす……それはね、も……モモ?」
嗚咽を漏らしながら抱き付くのを止めると、ヒデは抱き付いているモモの姿を見た。
白毛に茶色の斑点が付いたような毛並みをしていたのが猫であるモモである。
「う、うん? どうしたんじゃヒデ? 何かおかしなところでもあったか? いや、確かに儂はさっき死んだはずじゃから、生きておるのはおかしいのじゃが……」
しかし、今目の前で古風に喋るのは手の平サイズの小さな子供であった。
「え、えぇ~っと、モモ、だよね?」
「何を言うておる。儂の顔を忘れたか? それとももう耄碌したか?」
「いんや。お主が、いや、あんたが本当に猫のモモだっていうなら、今下すから自分の体よ~く見てみ」
そういうとヒデはモモを地面に置く。
改めて自由の身になったモモは言われた通り自分の体を確認する。
下を見るとそこには矢が生えていない柔らかい二本の足、頭を触れば城に茶色の汚れが付いたような肩まである可笑しな髪をしていた。
「な、なな、なんじゃこれはぁああああ!」
驚愕の声を漏らすと同時にモモの体から猫と思われる耳と尻尾が生えた。
「おぉ、耳と尻尾が生えた。おもしろ」
「おもしろくない! いったいどうなっておるのじゃ! 何故、儂が人間の小娘の姿を」
『小娘よりも小さいがな』
「だ、誰じゃ! ひっ!」
怖気が走るほどの低い声音に怯えながらも声がした方向に振り向く。
モモの目に映ったのは牙だった。
小さいモモなど簡単に食い殺すことができるほどの口があった。
「で、で、でででででででで出たぁああああ!」
恐怖のあまりに大声を出す。
自分でも信じられないほどのスピードでヒデの背後へと回る。
「わ、わわ儂を食っても腹の足しにはならんぞ! ヒデ! 何故こやつがここにおる! 儂を助けてから一体何をしておったのじゃぁあ!」
「どうどう」
『……やはり説明はせねばならぬな。まず、我にお前達をこれ以上襲う気はない。そこは安心せい』
襲う気はないと言われて安堵の溜息を吐く。
だが次の瞬間には警戒心をあらわにする。
「……なぜじゃ? お主は、いや、貴様は儂らを問答無用で殺しにかかってきただろうに」
『謝罪はせぬ。罪などと言うものは人しか持たぬ。しかし、今も獣であるのかはわかるぬが、獣であればわかるであろう? どうする? 己の領域に入り込んだものを、貴様ならどうする?』
そう問われて、モモは考える。
元獣、人間の街中に住んでいたとはいえ、その中でも弱い存在である猫であったとはいえ、そこにはれっきとしたテリトリーがあった。
それぞれがそれぞれの拠点で安眠する。唯一安らぎを得ることができる場に、敵が入り込んだ。そんな時、獣はどう動くか。
「殺す。できるだけ痛めつけて、嬲ってから殺す。それが獣じゃ」
『そうだ。故に我はそうした。だが、我の妹が邪魔したのでな。少ししつけをしたのだ』
(妹じゃと? どこにそんなものがおる?)
周囲を見て回っても目の前の巨狼と似た獣は見当たらず、首を傾げいているとヒデが口を開いた。
「ちょっと待て、あれ完全に殺す気だったでしょう?」
『貴様が邪魔をしたからであろう。それに、貴様の仲間だとは知らなかったのだから、仕方が無かろう』
「……え? えぇえええええ!? い、妹!? お主、この者と同じ腹から生まれたのか!? ど、どう見ても別種じゃろう!」
ヒデは人間の姿をしテ二本の尻尾を持っており、もう一方は体こそでかいが姿形は完全な獣。血の繋がりがあるようには到底見えない。
「そうだね。私もこいつから聞かされた当初は困惑したよ。なんでも、こいつも私もこの泉から生まれたんだって」
「なにぃ!? ここからじゃと? ありえん! 母の腹から生まれたのならばわかるが、水の中から生まれるなど……お主等、誠に生き物か……?」
訝し気に目の前の二匹を睨み付ける。と同時にモモは青ざめた。
もしここで目の前の二匹の機嫌を損なえば、抗うことなく死ぬことになるとモモは本能的に察したのである。
だが、モモは一度睨んでしまったのならばと、無遠慮に二匹に視線を飛ばす。
しかし、幾ら見ようともその体に秘められている力以外はちゃんとした生き物に見える。
「そんなに睨まないでよ。私はちゃんとした生き物だよ。こいつもね」
『先ほどからこいつこいつと、少々上から目線ではないか小娘』
「何? またやるっていうのか? なんなら、今度はその眼球抉り取ってやるぞ、畜生」
『手も足もでんかったくせに、惨めな弱者は弱者らしくわきまえろ、クソガキ』
二人の声音が先ほどまでよりも低くなる。
ヒデの通常の声音が高いため、低くなった時の声が印象的で底冷えするような感覚にモモは襲われた。
「ま、待つのじゃ! 儂が悪かった! だから争うのは止めてくれ! そ、そうだ! なぁ、ヒデの兄君、どうしてわしは生きておるんじゃ? 儂は死んだはずなのじゃが……あれは幻覚か何かだったのか?」
いたたまれなくなった空気を何とか変えようとしてヒデに最初に聞いた質問を投げかける。
暫くの無言の後、巨狼はゆっくりとした動きで後ろに下がる。すると、犬でいうところの伏せをした状態になる。
『まず、貴様の質問に答えよう。貴様達の近くにある泉。それには当たり前だが意思はない。だが……それには能力……なのだろうな。それは、力と、命を与え、そして願いを叶える』
「は? 何言って……まさかッ!」
到底信じられるような話ではなかったためについ否定の言葉を発しかけたが、一瞬だけ巨狼の目が鋭くなったためすぐに両手で口をふさぐ。
「モモは一度死んだ。でも生き返った。元の姿ではないけれども、蘇った。これは事実」
小さな両手で小さな口を抑えているモモを見て抱きしめてくなる衝動にかられながらも、そんなことはせずに優しい口調で告げる。
そんなヒデの言葉にモモは、ありえないと言って断じようとしたが、できなかった。
なぜなら、少なくとも命を与えるという最もありえないことが自分の身に起きているのだから。
「……儂が生き返れた理由は分かったが、いろいろと複ざ……あっ」
「あ?」
「の、のぉ! お主達が泉から力を貰ってあれ程の力を手に入れたといううのであれば、もしかして儂もお主達と同じことができるのか!?」
興奮しきったようにモモは早口に捲し上げる。
今まで逃げること以外できなかった我が身に力が宿ると思うと興奮してしかたがない。
『それはないな』
しかし、そんな興奮を覚ますような否定の言葉がモモに振りかけられる。
「な、なぜじゃ!」
『何故……か。貴様はあれを汚しただろう。あれに意思はないが、ある一つの感情があるのだ。綺麗でありたい、という感情がな』
興奮しきっていた脳内が一気に冷めていく。
巨狼の声を聴いた二匹は後ろを振り返る。
青く澄んだ美しさは鳴りを潜めている。しかし、そこには未だに現実ではありえない、作り出すことができない自然の美がそこにはあった。
『だが、所詮は水。動くことも戦うことも能わない。ならば、自分を守る駒を作ればよいと考えた。故に、ここに住む生物を強いのだ』
もしここに純粋な人間がいれば駒扱いされることに憤慨しただろう。
しかし、ここには人間のような感性を知っていても理解していないものと、もともとない者しかいないために、騒ぐようなことは起きなかった。
「成程。ということは、ここに住んでいる者達はこの泉を守ってるってこと? あ、いや、ならおかしい。もし本当に泉を守る駒だったら守る筈の泉にゴミを捨てるなんて」
「おい、さり気なく儂をゴミにするな」
「あ、ごめん。生ゴミだったわね」
「そこはどうでもいいわ! ゴミ言うんを止めろと言っておるのじゃぁ!」
ごみ扱いされてモモは怒るが、その怒っている姿が身長のせいでかなり可愛らしい。
『あれには自我がないと言ったであろう? 故に、あれは力などを与えるが自分を守れなどを命令できるわけではない。せいぜい気に掛けるぐらいだろう』
「ああ、なんかわかる。私も最初はなんか守ろうかな? みたいな感じになってた」
「儂はまだ分からん」
『我は最初はそうであったが、自覚してからはそんなことはなくなった』
自覚さえしてしまえばその無意識の領域に語りかけてくる呪いのような何かは気にする必要はなくなるというわけである。
「つまりは、ただの力の増幅器、願いを叶えるただの道具ってことかのぉ」
「べつにいいじゃない。強くなれてラッキー、願いが叶えば儲けものってことでさぁ~」
どうでもいいと言わんばかりにヒデは体を横にする。
その時改めてヒデの姿をモモは見た。
体のあちこちに切り傷や擦り傷ができており、初めての友達にもらった服にもその空を思はせる長い髪や二本の尾にもほんのりと赤い染みができている。
『ヒデ、そしてモモよ、貴様達は何を願った? ここで生まれた、生き返ったということは力を与えられ、願いを叶えられた筈だ』
心配して声をかけようとして邪魔をされてしまった。
「願い、ねぇ。モモは? モモは何を願ったの?」
寝転がりながら柔らかいモモの頬をつつく。
問われたモモは顎に手を置き考え始める。
髪色も背丈も似ていないのに、漂う雰囲気のせいで二匹は姉妹のように見えた。
「……儂は願ったつもりはないが……最後に強く思ったことがあるのだが……」
徐々にモモの声が小さくなると同時に頬を赤く染めている。
「ヒデを、助けたい、と。そう、願った覚え、が、ある……」
気恥ずかしそうに顔をさらに赤に染めながら視線をヒデから逸らす。
「モモ……ありがとうモモォ!」
「ぬぉおおおお!」
感極まったと言わんばかりにヒデは小さな小動物を抱きしめた。
「ひ、ヒデ! や、やめ! やめんかぁあああ! 締まってる! 締まっておるのじゃぁああ! 出る! 内臓的な何かが出てしまうのじゃぁああ!」
「えっ!? ご、ごめん! おかしいな。儂、じゃなくて、私そんなに力入れてないのに」
本人の宣告通り、ヒデはそれほど力を入れた覚えはない。
いつも通りしっかりと適度に力を込めて抱きしめたはず。なのにモモは痛がった。
単純に力を入れ過ぎてしまったのかと思い始めると、主が口を開いた。
『貴様はさっきまで泉に使っておっただろう? ならば、浸かっていた分、力が与えられたのだろう』
「へぇ~、じゃあ、私強くなったんだ。こういうのを、ラッキー、っていうんだよね」
『軽いな……まぁ、いいか。急激な力の変化は慣れるしかない。頑張ることだな』
「うえぇ……がんばるのなんかめんどくさ~い」
「……ヒデよ。お主、何か正確変わっておらんか?」
「へ? そう?」
特に気にしてなさそうに視線を向けながら問うてくるヒデに首を縦に振ることで肯定の意を示した。
モモから見てヒデの第一印象は凶悪で危険な捕食者である。獣というのに相応しい姿であった。
その後に会った人間達と別れた時に性格が妙に明るくなっていたのは記憶に新しい。一度死んでいるため新しいというのも変な話ではあるが。
現在のモモから見たヒデは、妙に人間味あふれているように見える。
それも、昔に一度だけ見たことがある、一切働こうとしないダメ男のように見える。
しかし、そんなことを言えば二度目の死に目にある可能性が浮かび上がってきたため、口には出さなかった。
『それで? 貴様は何を望んだ?』
「私? う~ん……私、前のことは覚えてないんだよねぇ。モモみたいに死んで蘇ったのか、それともただ力を与えられ願いを叶えてもらっただけなのか……」
「……というか、今更ながら聞きたいのじゃが、なぜ、お主はこうも儂らに良くしてくれる?」
『何故……か。理由は単純だ。貴様達とは血のつながりはない。だが、同じ場所で、同じように生まれたのだ。それは最早、家族と言っても差し支えなかろうが』
淡々にしかしその目に譲や優しを内包しながら巨狼、否、長男が言う。
『それで、ヒデよ。貴様は何を望んだ』
続けて兄が言う。
兄の望む言葉を言う為に顎に手を置きながら考える。
「そう……だね。私はここで生まれる以前の記憶がない。でも、私ならきっと、こう願ったよ」
自分にできた影を見たヒデは次に真上に浮かぶ星々と、この場では消えることのない月を見上げる。
決して沈まない自由の象徴。何にも縛られず現れ続けている月の花とその花弁達。
「自由に生きたい……ってね」
汚れた髪を撫でるように吹いた風は、この殺伐とした場所には不釣り合いに、優しさでできていた。
今回は泉の説明回でしたが、やっぱり説明は難しいですね。
本当はもっと短くしたかったのですが、1話分になってしまいました。




