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第17話 元獣は八つ当たりをする

 どれ程喚いたか、どれ程泣き続けていたのか分からない。少なくとも、涙が枯れて声が枯れるまでは泣いていたのは確なようだと自分の体に意識を向ければ理解できた。


 どれくらい泣いていたのかは誰にもわからない。


 ヒデが住んでいる森の中はいつまでも夜が明けない異なる世界。太陽の光も温かみもない永久に明けない夜の森林。寂しさも冷たさも寒さも暗さも、全てがそろっている悲しい森。


 その中にある冷たく赤い泉につかる小さな青の中にも、確かな悲しみが宿っていた。


 だが、今はそれは鳴りを潜め彼女は強力な喪失感に襲われている。


「な~んだ。災厄の森だとか言われているから、どんなもんかと思ったけど、大した事ねぇなぁ」


 突然森の中で場違いな声が響き渡る。


「そうだな。あれだけみんな騒いでいるのに、何もでやしねぇ。魔物も亜獣もいねぇし、あいつら嘘言ってたんじゃねぇか?」


「もしかしたら、こことは別の森のことを言っていたのかもしれねぇなぁ」


「だな。これじゃな、災厄の森じゃなくて楽勝の森だしな」


「うまくねぇよ馬鹿」


 誤認の男の声が聞こえてくるが、ヒデはまったくその場から動こうとしない。見向きもしない。


「お、開けたところに出だたぞ」


「やっとか、って……おぉ、こりゃ、すげぇ」


「ああ」


 誤認が月夜に照らされた場所まで入ってくると、当然五人の目には泉が映り込む。


 泉の水は血で柘榴のように染まってしまっているが、それでもなおその幻想的な美しさは姿を変えても存在し、五人を魅了した。


「……うん? おい。あれ、人じゃねぇか?」


「はぁ? お前なに行って……本当だ。人がいやがる」


 人というのは自分の事なのかと思いヒデはその場で振り返る。


 そこには驚嘆に染まった五人の厳つい男たちがそれぞれ特徴のある武器を持って立っていた。


「……こりゃ、すげぇ上玉だ」


「ああ、何も見つからねぇからハズレかと思ったが、最後に番狂わせにいい思いが出来そうだぜ」


 五人はそれぞれ下衆な笑みを浮かべていた。


 それをみたヒデは途轍もない不快感とそれよりもさらに強大な怒りがわいてきた。まるで、穴の開いた地面に打水がたまるようにヒデの心は怒りが徐々に溜まっていった。


 これは怒り。大切な者を殺された怒り、守れなかった自分への怒り。どこかにこの怒りをぶつけたいという欲求がヒデを満たしていく。


「ひゅ~、近くで見ると美人だねぇ。きみぃ、もしかして水浴び中だった?」


「よかったら、俺達がその体を拭いてあげるよぉ。な;あに、気にしないでくれ。俺達は助け合いの精神をもってるんだぜ」


 五人から香ってくる薄汚い匂いと見ただけでわかる汚らわしい笑みがヒデの怒りをさらに増幅させる。

「うん?」


「えっ? 消えた?」


 唐突にヒデが一つの小さな波紋を残してその場から消えた。そのことに五人は困惑して、今まで見ていたのが実は自分達が見た幻覚か、はたまた夢だったのではと思い始めた時、それは起こった。


「あ……え?」


 唐突に一番後ろで立っていた男が体勢を崩して背中から倒れた。倒れた理由がいまいちわからない男は打ち付けた頭を持ち上げる。


 物音に気が付いた他の四人はそんな男の惨状を見て顔色を変える。


「いててて、うん? どうしたおめぇら?」


「ど、どうしたって……」


「お前、あ、足が……」


 一人が倒れた男の足元を指をさす。そしてそこに視線を向ければ、男の片足が膝のあたりでバッサリと切られていた。


「あ……あ、あああああああ!」


 目で見た惨状が脳を理解した途端、気づかなかっただけの痛みの刺激が一気に男に襲いかかった。

 痛みにのた打ち回り砂利を体中りつけながら惨めな悲鳴を上げる。


 今からやることは唯の八つ当たり。決して褒められるようなことではなく、忌むべき行為。だが、それがどうしたというのだ、そんなことはどうでもいい。


 ただ、やりたいから殺る。


「お、お前はっ!」


 呆然としていた男の一人がヒデに気が付く。丁度木陰の位置にいるためヒデの表情を見ることは叶わない。


「あああああ、うぐ!」


 悲鳴を上げていた男の声が耳に障ったのか、ヒデは男の顔を容赦なく踏みつけた。予想通り男は悲鳴を上げなくなった。


「て、テメェ! その足をどかしやがれぇ!」


 仲間がやられていることにようやく気が付いた男達はやっと自分の得物を抜きヒデに向かって構えをとる。


「ぐ、ぐあぁああああ! やめろ! それ以上は! もう、やめっ!……」


 ぐちゃり、という不快な音共に色づけられた大地は美しい緑から毒々しい赤に染色される。肉片は飛び散り首から下の同体は頭を失くしてもなお動いていたが、痙攣していただけですぐに二度と動かなくなった。


「き、き、貴様ァアア!」


 一人が仲間がやられたことをようやく実感したのか自分たちが今危険な森の中にいることなど一切気にせずに喚きたてる。


 町に住んでいるような者達にならば通用するであろう脅しの言葉。しかし、ここは森。人間の常識はなく人間のルールが当てはまらない場所。


「……キヒ」


 少女は笑う。口を三日月の形に変えて嗤う。狂った人形のように前進しながら哂う。


「キャハ、アハハハハハハハ!」


「ひ、ひぃ!」


 男達の手は震え獲物がガタガタと音をたてて揺れている。


 狂気に満ちた奇声に彼らの心は美女を見つけた幸運から、決して楽に死ぬことは許されず、又決して忘れることができないであろう記憶を植え付けた。


 瞬時に男達は悟った。この化物からは逃げることができない。唯一助かる方法は、この化物を倒す事だけ。


「……!」


 いくら下衆な笑みを浮かべようと、彼らは彼らなりに今まで苦行に堪えてきた。片手で数えられる程度だが、それでも死と隣り合わせの激戦を仲間と共に潜り抜けてきた。


 故に、彼らにはプライドがあった。意地があった。仲間を大切にという思いがあった。そんな彼らが、仲間がやられて黙ってなどいられなかった。


「く、くそがぁあああ!」


 雄叫びを上げながら一人の男が前に出る。


「うおぉおおおおお!」


 それに続くように残った三人も攻撃の際にできるであろう隙をつかせないように男の負フォローへとまわる。


「くらえやぁあ!」


 未来を賭けた一世一代の大勝負。渾身の一撃、そう自負しても過言ではない一撃を男は放つ。


「キヒ」


 少女の皮を被った化物は笑う。男が放った最高の一撃をいとも簡単に、それは中指の爪だけで鋭い刃を受け止めた。


「そんな……ばかな……」


 茫然自失となった男はあろうことか敵の目の前で動きを止めてしまう。だが、これは仕方がないと言える。


 今まで通用し、自分自身でも自惚れではなく今まで積み重ねてきた実績のある一撃が、まるで幼児が弱弱しく振るった棒を止めるかのように、何ら恐れることが存在しないかのように、受け止めて見せたのだ。


「グハッ!」


 攻撃を避けることもできずに喰らったとしても、仕方がない。


「ナード!」


「テメェ、よくもっ……!」


 また仲間を殺されたことに激怒した二人は、次の瞬間色鮮やかな世界が二人から永遠に失われた。


「あ、あれ? いきなり暗く……い、ああああああああ!」


「ぐあぁああ! 目、目がぁああ!」


 視界がいきなり暗くなったことに困惑していた二人は何故見えなくなった理由を痛みによって理解することができた。


「あ、ああ、ああああ」


 最後に残った男はヒデを恐れるあまり尻餅をつき動くことができなくなった。


「……」


 その光景を見たヒデは男から興味を失くし、先にうめいている二人に向かい、足を踏み潰した。


「ぎゃぁあああああ!」


「あがぁあああああ!」


 品のない悲鳴を上げる二人に気を良くしたのかはたまたイラついたのか、ヒデはさらに追撃をくらわせる。


 足を潰した後は手首を折り、腕を折り、腹をゆっくり押し潰し、切り刻み、食い千切り、彼女が思いつくあらん限りの残虐な方法で片方の男は出血多量で死んだ。


「あぁ、もう死んでしまったのか……じゃぁ、つぎじゃなぁ」


 もう一人の男は最初から強気で殴り、サンドバックにした。満足するまで殴り、気が晴れるまで殴阿り続け、あっけなく男は死んだ。


「はぁ、少しすっきりしたのじゃが、少し、物足りぬなぁ」


「ひっ!」


 視線を向けられた尻餅をついている男はすぐに立ち上がろうとしても足に力が入らず、立ち上がることができなかった。


 一歩一歩ゆっくりと近づいてくるそれはまさしく人外だった。


 男はそれが踏み出す一歩が妙に遅く感じた。人が死に瀕した時に稀に表れる世界がゆっくり動く現象だと気づいた。


 鼓動の音が聞こえる。異常なまで早く鼓動する心臓の音。極限までに研ぎ澄まされた男の視覚には、無残に散った自分の仲間だった存在だった。


 苦楽を共にし、時にいがみ合い、時に助け合った。そんな仲間が今ないがしろにされている。これで怒りを覚えなかったら、仲間じゃない。


「クソったれ。今日は人生で最悪の日だ」


 吐き捨てるようにいうと、男は改めて相手を見据える。諦めることで余裕が出てきたためか、相手が手負いであると理解できた。


(相手は傷だらけ。なのに、俺が勝てる予測が全く立たねぇじゃねぇか!)


 何通りもある攻撃方法を頭の中で再現させるが、そのどれもが化物の一撃によって無残な死体となった善人とは言えないが良き仲間達。


「はは、こ、ここが、俺の死に場所か。薄暗くって、薄気味わりぃ泉のある場所……あぁ~、そりゃあ俺はろくでなしだがよぉ、できれば、日の当たる場所が良かったぜ神様」


 今まで信じたことも信仰したこともないいるかどうかもわからない救いの神に男は懇願した。


「残念じゃが、神など居らんよ。主は儂にただの八つ当たりで殺されるのじゃ」


 逃げられない。そうとしか思えなかった。


 男は唯の一般人ではない。それでも、種族の差は抜けられない。最弱の種族、人間。腕力も脚力も技術も負けている世界で最も弱い生き物。


 損な生き物が化物に出会ったら、その化け物が目の前で逃がさないと言っていたのなら、それはもう死刑宣告をされたも同然なのだ。


「!」


 突然、目の前の化物が視線を全く別の方向へ向けるとそこから視線を動かさなくなった。


 これ幸いと男は走り出す。一度後ろを振り返るが化物はこちらに目を向けていなかったため、大丈夫だろうと思いそのまま走った。ただ、助かりたいがために。


「……救いの神はおらねど、偶然の獣はおったのかのぉ、えぇ?」


『……』


 視線の先、深く暗い影の中に向かって、ヒデはイラついた声を向ける。

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