向日新は部活に入るつもりはない
教室に残っていると、有栖が長い黒髪を揺らしながら、入ってきた。手にはホチキスで止められた紙の束を持っている。
時計を見ると、3時55分。
教室の掃除が終わるまで教室を離れていたけれど、それでも結構待っている。俺が来た時には、都筑も北條も既にいたから、俺より待っていたのだろう。北條も都筑も、有栖に優しすぎなんじゃないか? ……まぁ俺もひとのことは言えないけれど。
「待たせたわね」
教卓の前に立つ有栖。顔こそ無表情ではあるが、心なしか胸を張って、得意げに見える。
「随分遅かったな」
「これを取りに行っていたのよ」
有栖は手元に持っていた紙をひらひらさせた。
「書類ですか?」
と都筑。
「部室の設立願よ。私、昨日のことで思い知ったわ。私がまだ無表情キャラとして、未熟だということを。キミ達から無表情キャラとしての心得を学ぶ必要があるとあるということを」
別に心得なんてありはしないと思うのだが。
「だから、この四人で部活を創るわよ。さぁ、この紙に名前を記入して頂戴」
有栖はポケットからペンを出して、北條に手渡すが……いや、ちょっと待て。
「脈絡無さすぎだろ。だいたい部活を創るにしても、何の部活なんだよ」
「なんかテキトーにだらだらしてるだけ的な?」
いや、そんな部活創れるわけないだろ。北條が書類の上でペンを動かしながら呟く。
「あんなのアニメの中だけだと思ってた」
うん、あんなのフィクションの中だけだ。というか北條、名前書いちゃうのな。
「あら、北條さんって日本のアニメとか知ってるのね。意外だわ」
「お父さん、アニメ好きだから。キモヲタ」
「それは不憫ね」
娘にキモヲタと紹介されてしまったお父さんも不憫である。
「有栖。俺、部活とかあんまり入る気無いんだけど」
お前がつくる部活なんてろくなもんじゃなさそうだし。
「えと……私もです」
有栖は全くの無表情で「予測通りね、笑ってしまいそう。対策を練っておいて良かったわ」と言う。
対策って何だろう。
「実は、この一週間。キミ達の放課後の行動をそれぞれ2日ずつ観察させてもらっていたの」
な、なん……だと? それってもはやストーカーじゃないのか。
有栖はズバッと制服から音を放ちながら、北條を指差す。
「北條さん、あなたはいつも電車で寝てしまって、終点まで乗っているわね。その後、折り返しの電車でも寝てしまって、最寄駅で降りるまで線路上を何往復もしている。おかげでいつも家に帰るのは夜遅く。ご両親が心配していらっしゃるわよ」
「家に着いてから寝ろよ」
思わず突っ込みを入れてしまった。
「家に着くまでに眠くなる」
あ、うん。
「次に都筑さん。あなたは一人でスターパックスコーヒーの前を30分以上往復しているわね。どうして?」
指を突き付けられた都筑は、しばらく黙っていたが、はっきりと
「迷子です」
「嘘ね。偶然スタパにいたクラスメイトに『都筑さんだ』『うわっ、独りで新商品飲んでるのウケる。クリームズルズルしててチョー五月蠅い』とか言われるんじゃないかと想像してしまって、一人で入れないんじゃないの?」
「……黙秘します」
当たってたんだな。
そして。有栖はついに、俺を見つめ――指を突きつける。
「向日くん。あなたは地元のツダヤでレンタルビデオを借りて帰るわね」
「……あ、ああ。映画、好きだからな」
「DVDを探しながら、R指定のコーナーをチラチラ見ているわね」
「ま、待て。十八禁のエリアなんて、み、見てないぞ。そりゃ、たまたま近くを通りかかることはあったかもしれないけど、それはわざとじゃなく、たまたまだ。意識してないから近くを通ったかも覚えてないし。というか、俺がいつも使ってる店の十八禁のエリアってどの辺りにあるんだよ。そもそも今の時代、ネットで――」
「……えと、もういいです」
無表情の都筑が、文庫本の表紙を見つめながら言う。北條も冷たいまなざしをこちらに向けていた。
……うわぁ、消え入りたい。
本当に、見てないのに。
「キミ達の放課後を充実したものにするためにも、私は是非部活に入ってほしいの。部室ができれば、北條さんには睡眠の場を提供できる。都筑さんだって、一緒にスタパに行けるし、テイクアウトして部室で飲むこともできるわ。向日くんも、クラスのみんなに『十八禁太郎』とか呼ばれたくないでしょう」
「待て、俺のだけ脅しじゃ……いや、何でもないです」
他の三人が無表情でこちらを見てくるので、後になるにつれて小声になってしまった。
こいつらが無表情なのはいつものことなのに。
有栖は「はぁ」と溜息をつく。
「……実は、ちゃんと向日くんのことも考えているのよ? 学校に正式な部活として認められると、校内のあらゆるものが使えるようになるの。うちの高校、私立なだけあって、設備の質だけは高いじゃない?」
教師の質は高くない、という意味がチラつく言い回しである。
「いろいろなものが借りられるのよ。例えば、教室にあるこの50インチの4K液晶テレビとか……」
有栖は教室の隅にある、大画面テレビを指差す。
「テレビ……?」
「鈍いわね。予約さえしておけば、ホールにあるスクリーンだって使えるわ。あそこは音響設備がかなり整っているそうね」
「まさか……!」
俺は有栖が言わんとしていることを理解した。つまり――。
「つまり、ツダヤでレンタルしてくれば、格安で、貸し切りで、映画館のような映像体験ができるということか!?」
「そうよ。R指定コーナーから借りてきたアダルティなDVDを四人で、無表情で鑑賞しましょう」
もうやめてくれ、俺のライフはもうゼロだ。
有栖が申請に関しては何とかする自信があるということなので、それぞれ自分の名前を用紙に記入して、その日は解散することとなった。
精神的な疲労が大きすぎて聞きそびれてしまったけれど、有栖のやつ、結局何部として申請するつもりなんだろう?
有栖のことだから、とんでもない部活を申請して、自爆しそうな気がするな……。
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