有栖出海の野望は潰えない
「なぁ、食後すぐに絶叫系に乗るのは危ないんじゃないか?」
お化け屋敷を出て、フードコートで昼食を摂った俺たちは、さっき乗ることを断念した小さい方のジェットコースターへと向かっていた。
俺の横を歩く有栖はこちらに顔を向けることなく、無表情のまま聞き返してくる。
「どういうこと?」
「いや、食べたものがこみ上げるというか……。特に有栖はやばそうだなって」
みんながホットドックとか軽いものを食べてるのに、有栖だけ「絶対に勝つ」とか言って、カツ丼大盛りだったし、何よりもこいつジェットコースター苦手だし。
「私がゲロインにならないように心配してくれているのね。ありがとう。でもそれは杞憂よ。私は吐かないわ」
その自信の理由は何なのか訊ねようとすると、有栖は「ところで、北條さん――」と視線を横に流し、北條に訊ねる。
「さっきからゴミでも見るみたいな目で私を見つめているけれど、何なの?」
「ほっぺに、ご飯粒がついてる」
見ると、確かに頬にご飯粒が付いていた。
有栖は無表情のまま、それを指で取ると、……俺に差し出す。
「食べる?」
「いらねぇよ」
「恋人の頬に付いたご飯粒を取って、食べてあげるなんてラブコメの定番じゃない?」
「自分の頬に付いたご飯粒を取って、他人に食べさせるなんてラブコメの定番じゃない」
すると、有栖は「つまんない」と言って、ご飯粒の付いた人差し指を口にくわえた。
有栖の言っていた通り、彼女が昼食をリバースするんじゃないかという俺の心配は杞憂だったと、すぐにわかった。
ジェットコースターの20メートルほど手前になったとき、有栖の動きがぴたりと止まったのだ。
「予測通りね」
有栖は顎に手を当てる。
「まるで見えない壁が現れたかの如く、足が動かないわ。ジェットコースターに対する恐怖によるものとみて、間違いないなさそうね」
無表情で分析をする有栖は、まるで、マンガなんかに登場する冷静なインテリキャラのようだ。
「だから、言ったでしょう。『私は、吐かない』って」
そうか、有栖はすぐにジェットコースターに乗れないであろう未来を見越していたというのか! 有栖出海、恐るべし!
……と、一瞬カッコ良いような気がしてしまったが、全然カッコよくなんてない。
むしろ、すごくカッコ悪かった。
「さて、この状況、どうしたものかしら……」
悩む有栖に、都筑が右手を挙げて、とんでもない提案をする。
「向日さんにおんぶして、運んでもらえば良いのでは?」
いや、それはちょっと恥ずかしいんだけれど……。
「向日くんとの間にも、ジェットコースター同様とは言わないまでも、見えない壁があるから無理ね」
敵同士なのだから当たり前かもしれないが、少しショックだ。ジェットコースター同様でないことが救いだった。
俺は気を遣うつもりで有栖に言う。
「いっそ、有栖は乗らなくていいんじゃないか? 乗ったところで撮影はできないんだから、お前はここで待ってても良いだろ」
「嫌よ」
少し険しい声。
ジェットコースターを見据えていた有栖は長い黒髪を揺らし、振り返る。
「……私は、ジェットコースターに乗れば叫んでしまうし、それどころか、こうしてジェットコースターにも近づけない有り様。一切表情を変えないきみ達にはまだまだ及ばないと、今日だけで思い知ったわ」
有栖は都筑、北條を順番に見て、最後にまっすぐ俺を見つめる。
黒く大きな二つの瞳には、確かな意思が宿っていた。
「……それでも、私はやっぱり無表情キャラになりたい。そして、無表情キャラとして更なる高みを目指したい」
「無表情になったって、何のメリットもないだろ?」
「そんなことない。――私は、向日くんと同じ世界を見てみたいの。それだけ」
それ以上何か口にすることをためらってしまうような、凛とした雰囲気がそのときの有栖にはあった。
有栖はジェットコースターの方を向き直る。
「そのためには、まず、絶対に『叫ばずに』ジェットコースターに、乗らなければならないのよ。見てなさい」
そう宣言し、有栖は力を振り絞るようにして、足を持ち上げて。
――そして一歩、前へ進んだ。
一歩。
一歩。
一歩。
ゆっくりと、全身全霊で地面を踏みしめていく。どうして有栖が無表情キャラになりたいのか。それはわからないが、彼女は無表情キャラへの執念だけで、身体の拒絶反応を無視して足を動かしているのだ。
「有栖さん、凄いです」
「……いや、全然凄くはないだろ」
ジェットコースターに乗れないのを乗ろうとするなんて、しかも乗る理由が、無表情キャラになりたいからなんて。
としまえでんの大勢の来場者たちの中で一人だけ、プルプルと震えながらスローモーションで歩みを進めるその姿は、完全に変人だ。
格好悪くて、異様で、不気味で、そのせいで彼女の周りだけ妙に人通りが少ない。顔もスタイルも服装も良いだけに、余計に残念に見える。
……けれど。
「まぁ、確かに、少しだけ格好いいかもしれないな」
強風に逆らって、懸命に歩き続ける人のような。運命に抗う勇者のような。夢を叶えるために、困難に立ち向かうヒロインのような。
そういう格好良さを、確かに感じなくもなかった。
俺は、有栖に何か声援を送ろうとする……のだけれど。
「ああ、もう限界」
七歩目を踏み出したところで、有栖は膝から崩れ落ちた。
結局、その日有栖は最後までジェットコースターに乗ることができなかった。
閉園までの余った時間、適当にメリーゴーラウンドや観覧車に乗り、無表情キャラ一行は解散。
結果的に『無表情サドンデス』は俺と北條、都筑の圧勝に終わったわけで、有栖の野望はあっけなく潰えたかのように思えたのだが――。
翌朝、月曜日。
教室に着くと、俺は俺以外の無表情キャラ三人を探す。
都筑は、誰も寄せ付けないような雰囲気を放ちながら、本を読んでいる。北條は何故か週間目標をじっと見つめていた。それぞれ無表情キャラっぷりを発揮している。
有栖は……、と思っていたら、俺の前に突然、有栖が現れた。彼女は無表情で、突拍子もないことを言いだす。
「私たちの戦いはこれからよ!」
「打ち切りかな?」
「違うわよ……とにかく、放課後教室に残っていて!」
俺の返事を待つことなく、有栖は立ち去ろうとするが。途中で止まり、有栖は首だけ振り向く。
「あと……」
「まだ何かあるのか?」
「……向日くん、昨日は、私が倒れる前に支えてくれてありがとう。敵ながらあっぱれだわ」
有栖は口をむにゅむにゅとさせると、サッと振り向いて、教室を出て行った。
第一話から、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
多くの方にお読みいただいた他、ブックマークや感想・評価までいただき、とても有難いです。皆さまからの反響が執筆の励みになっております。
まだまだ物語は続いていきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします!




