北條更紗はお化け屋敷に行ったことがない
詩音たちと別れて、しばらく歩いていくと、ジェットコースターが見えてきた。
最初に乗ったものと比べてデザインはかわいらしく、コースも短かい。それでも、スピードはそこそこだが、乗客たちは楽しそうに悲鳴を上げている。
この程度のものなら、ジェットコースター初心者の有栖にも優しいかもしれない。ジェットコースターを見上げる有栖を見ると、一切の迷いが感じられない無表情。負けられない戦いに挑む、勇者のようだ。
「さぁ、行くわよ」
有栖は颯爽と順番待ちの列に並ぼうとするのだが――。
「あれ、動けない、わ」
「有栖さん、膝が笑っています」
見ると、有栖の膝は凄まじいスピードで震え、残像で足がたくさん見える。
北條が、「忍者」と呟くが、……いや、むしろ火星人か何かだろ。
有栖を見ていると、ジェットコースターに近づこうとすると震え、近づこうとするのをやめると、震えが止まるらしい。
「行こうという意思はあるのだけれど、やはり身体がいう事を聞かないわ」
有栖は至極無表情でそう言う。
「身体が拒絶してるんだろうなぁ」
有栖はその後もジェットコースターへの接近を試みるが、やはり無理らしい。
多分、さっきの恐怖が強く残っているんだろう。絶叫系はしばらく時間を開けてからの方が良いかもしれない。
試しに別のアトラクションを提案してみるか。辺りを適当に見回して・・・・・・。
「お化け屋敷いくか?」
震えがぴたりと収まった。
有栖は、お化け屋敷へ向かう途中何度か、突然サッと振り向いて、その度に足をブルブルと震わせてはまた歩き始める。
「何なんだよ、それ」
「ジェットコースターに乗るために、自分の身体にフェイントをかけようとしているのよ」
軽い暗黒舞踏に見えたけど、違ったのか。
無表情で突然振り返っては立ち止まる有栖と、それを見守る無表情3人。不審過ぎて、そのうち敷地内から追い出されるんじゃないだろうか。
そんなこんなで、お化け屋敷に辿り着く。
ジェットコースターからお化け屋敷までは、20メートルくらいなのに、有栖のせいで、随分と時間がかかってしまった。
ここのお化け屋敷は、病院の廃墟という設定らしい。建物の外壁には、おどろおどろしい髑髏が並び、入り口では「豊島医院」と書かれた看板が、真ん中で二つに折れている。
お化け屋敷を待っている人は少なく、俺たちの前に2組いるだけだった。
「北條は、日本のお化け屋敷は初めてか?」
けだるそうに壁の骸骨を見つめていた北條に、訊ねる。
「初めて。ジャパニーズホラーは怖いと聞いたことがあるから、楽しみ。……でも、少し疲れた」
「ああ、結構歩いてるしな。このアトラクションが終わったら昼飯でも食べるか」
形の良い顎を動かして、こくりと頷く北條――。
このとき、俺はまだ知らなかった。
北條の身に起こる、ある出来事を……。
前の二組が次々とアトラクション内に消えていき、順番が回ってくる。
係員の説明によると、順路内に5つあるチェックポイントに、懐中電灯のライトを当てながら、進んでいくらしい。
正しくライトが認識されると、チェックポイントの赤色の点滅が、緑色になるそう。
妙にモダンなシステムだ。
「お化け屋敷なら、撮影しても危なくないわね」
「アトラクション内は撮影禁止となっております……」
係員が申し訳なさそうな笑顔で言うと、有栖は「これじゃあ、大切な思い出を記録に残せないじゃない」と呟きながら、ビデオカメラをバッグにしまう。
俺たちの恐怖する顔が、大切な思い出なのか。
係員が「では、お気をつけて……」と言って、入り口を開ける。中はわずかな赤い光がある以外は、かなり暗そうだ。
「向日くんが先頭よ」
「どうぞ」
都筑は係員から渡されて、大切そうに握っていた懐中電灯を俺に渡す。
正直先頭なんて嫌だが、女の子に先頭を歩かせるのは、さすがに気が引けるので、覚悟を決めて中に入っていく。
4人全員が入ると、係員が扉を閉めた。さっきまで暗かったのに、さらに周囲が暗くなる。
「わくわくしてきたわ」
「そんなこと言ってるけど、また足が震えだして歩けなくなったりしないだろうな」
お化け屋敷内から出られなくなるなんて、想像するだけで恐ろしい。
「大丈夫よ、私、霊感無いからお化けは見えないし」
ため息交じりで、都筑は突っ込みを入れる。
「霊感がなくても、お化け屋敷ではお化けが出てきます……」
「え、うそでしょう、足が震えて来たわ――」
「おい、勘弁してくれ」
「冗談よ」
意外とおちゃめな有栖さんだった。
面白い奴だ。もしこいつが動けなくなっても、容赦なく置き去りにしよう。
蜘蛛の巣が垂れ下がった、暗い廊下を少しずつ進んでいくと、待合室のような場所に辿り着く。
ぼろぼろの椅子の上には、椅子や本がばらばらと散らかっている。
受付だったらしいカウンターテーブルの上に、チカチカと赤い光が点滅している機械があった。一つ目のチェックポイントのようだ。
てか、近づいたら、絶対カウンターの裏から何か出てくるだろ、あれ……。
俺たちはチェックポイントに慎重に近づき、センサーっぽい部分に光を当てる。すると、光が緑色に変化した。
「あれ、何も来ないな……」
だが、次の瞬間――。
ガタンと物音がして、後ろからうめき声が聞こえだす。振り返ると、どこから現れたのか、ナース服を着た血みどろのゾンビがこちらに向かってきた。
続けざまに、カウンターテーブルの裏からもナース服のゾンビが出てくる。予想していたのに、後ろに気を取られていたせいで、すごくビビった。
ああ、俺はもう、今後一生ナース服に萌えることができないかもしれない。
「うわッ!」
突然、 俺の腕にしがみつく何かに驚き、思わず情けない声を上げる。微かな暖かさと、妙な柔らかさ。
都筑だった。無表情の彼女は、俺の腕に抱きついている。それを見た有栖は、
「行くわよ」
先に進んでいく有栖に続き、俺たちは小走りで、待合室を出た。
部屋の外までは、ゾンビたちは追いかけてこなかったので安心していると、何処からか、鋭い殺気を持った視線を感じる。
視線の元を探すと……有栖だった。
「このムッツリスケベ、早く都筑さんから離れなさい」
有栖に言われて、俺は慌てて離れようとするのだが……。
「いえ、私は大丈夫です」
薄明りの中に見える都筑の顔はいつもと変わらないようだが、その声は微かに震えている。
有栖は小さく鼻を鳴らし、「もう」と言って、廊下を歩き始めた。
途中、廊下の横に、診察室のような部屋があったので、覗くと――。
診察室のようだった。
血まみれのデスクと、ベッド、戸棚があり、壁一面に血しぶきのような跡がある。レントゲンフィルムは後ろからチカチカと点滅する照明に照らされて、人間の頭部の断面を写し出していた。
「!!」
突然、ガタンと音がして、戸棚から骸骨が出てくる。どうやら機械仕掛けらしい。少し驚いたものの、さっきよりは怖くない。
「ここにはチェックポイントはないみたいだな……」
「そうね、早く行きましょう」
無表情な有栖は、廊下を真っ直ぐに進む。
突き当りにある部屋に入っていくと、そこは手術室だった。
医療機器が床に散乱し、心拍数のモニターが「ピー」と、不気味な音を鳴らし続けている。部屋の中央にある手術台の上にチェックポイントがあった。
「行くぞ……」
俺はセンサー部分に光を当てる前に、後ろを振り返り、有栖にそう言うが……、おかしい。
「一人……足りなくないか?」
目の前には、有栖がいる。
俺の腕には、都筑がつかまっている。
北條は、何処だ?
「北條がいないぞ」
「え、ほうじょうって、誰……?」
有栖が無表情で、首をコクリと横に傾ける。都筑は無表情だ。
……まさか。
これはあれか。
突然、北條の存在が消えてしまい、俺だけが北條のことを知っているパターン――。
「なんてね。私以外の無表情キャラの存在が消えてなくなってしまえばいいと思っていたから、つい」
有栖がぺろりと舌を出て言った。
俺の非日常は始まることもなく、儚く消えた。
「北條さん、あまり話さないからいつからいないのかよくわからないわ」
ひどいな。
「どこかではぐれたのかもしれません。今来た道を戻って、探しましょう」
都筑は、俺の腕にしがみついたまま、ぐいぐいと後ろにひっぱる。慎ましやかでも、確かな膨らみの柔らかさに、もう何か、どうすればいいのかわからない。
俺たちは、今来た道を引き返していく。廊下に人影はないから、待合室か?
怪我なんかしてないと良いが。
俺たちは、診察室の横を通りかかり、ちらりと横を見る。また骸骨が飛び出してくるんじゃないかと思ったからだ。しかし、そんな予想は外れ、骸骨は飛び出したままの状態。
しかし、都筑はビクリと震え、有栖は掠れた声を上げる。
「そんな……ッ!」
血まみれのベッドの上で、目を閉じて横たわる、北條の姿がそこにはあった……!
コナンくんの、扉が閉まる音の幻聴が聞こえた。
「し、死んでるのか?」
「……でも、息があります」
確かに、北條の身体は、静かに上下している。表情は、無表情ながら、どこかいつもより幸せそうだ。
「おい、北條、大丈夫か?」
俺が声を掛けると、突然目をカッと見開く。思わず、一歩後ずさりをする、俺たち。
「ごめん、寝てた」
「は?」
「いつもなら、寝ている時間だし、暗いところにベッドがあったから、つい」
北條は、長い両腕を、上にあげて、あくびを一つ。ベッドから降りると、何事も無かったように立ちあがる。まぁ、だいたい、さっき最初に通ったときからベッド血まみれだったしな……。
有栖は怒りを含んだ声を北條に掛ける。
「ちょっと、北條さん。何よそれ」
北條のあまりにも自由すぎる態度が気に入らなかったのだろうか。俺は有栖を止めようとするが、
「暗いところにベッドがあるだけで、眠ってしまうなんて……。そんなことをムッツリスケベの向日くんの前で言ったら、何されるかわからないわよ!?」
「しまった」
北條が両手で口を押さえた。
いや、怒るところそこじゃないだろ。
あと何もしねぇよ。
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