左川詩音の笑顔は屈託がない
「結構恐かったな」
「そうですね」
「うん」
「嘘よね? 絶対、嘘よね?」
ジェットコースターの出口を出ると、有栖は掠れるような声で言った。
無表情を維持しようとしているようだが、両目は潤み、口元はピクピクと痙攣している。
「君たち、恐そうなどころか、一言も発しないし、いつもと変わらない顔してたわよ? 悟りでも開いてるの?」
こいつ、ちゃんと全員の顔確認したのか。偉いな。
「まぁ、有栖はジェットコースターに乗ったの初めてなんだろ? 俺は何回か乗ったことあるし、仕方ないんじゃないかな」
俺は有栖をフォローしようとするが、北條は追い打ちをかけるように。
「私は初めてだったけど、泣いたりしなかった」
それを聞いた有栖は小さく言葉にならない呻き声を上げると、背を向ける。
「すぅはぁ、すぅはぁ」と、自分を落ち着けるように深呼吸を何度かすると、有栖はいつものような無表情で、俺たちを一瞥。それから、ぷいっと首を振って歩き始めた。
「行きましょう。全員の泣き顔をビデオに収めるまで、この勝負は終わらないんだから」
その発言、何だかヤバい趣味の人みたいだぞ……。
俺は有栖の後に続きながら、細い背中に訊ねる。
「で、俺たちはどこに向かってるんだ?」
「小さい方のジェットコースターよ。それからまた、さっきのジェットコースターに乗るわ」
「懲りないな……」
そんなことを話していると、道にやたらと混んでいる一角がある。
何だろうと思い、見て見ると、……シマウマがいた。
背中に小さな羽が生えた、二足歩行のシマウマのマスコット。口には張り付けたような笑みを浮かべている。
縞々のそいつに向かって、横を歩いていた幼稚園くらいの女の子が弾けるような笑顔で「としまうま君だぁ!」と言って、駆け寄っていった。
ああ、有栖にもあんな時代があったんだろうかと、思っていると……
「あれ、いづみんじゃん! 都筑さんも!」
よく通る声の女子が走ってくる。
「……え、あら、久しぶり。シオンさん」
有栖の口調はどこか気まずそうだ。
有栖にシオンと呼ばれた彼女は、黒のタンクトップの上に薄いピンクカットソー、スキニージーンズ。釣り目の上に、やや太めの眉。身長は140cmくらいだろうか。かなり小柄だ。ショートの髪はところどころ跳ね上がっている。見るからに快活そうだ。
っていうか、いづみんって有栖のことだよな。
「偶然だね! いづみん、入学式以来だよね。都筑さんとは中学の卒業式以来? 久しぶり~! ……ところで、友達?」
「友達というか……クラスメイトよ」
「いづみんってBだよね? 胸はCだけどな!」
無表情の有栖を気にせずに、シオンはセクハラ親父みたいな自分のギャグに「あはははは!」と笑った後で、俺と北條に屈託のない笑顔を向ける。
「初めまして、いづみんと、都筑さんと同じ中学だった、左川詩音っていいます! ポエムの『詩』に音符の『音』だよ。詩音って呼んで! ちなみに、みんなと同じ高校のE組だよ!」
E組は違う階にあるから、会ったことはないのだろう。こんな目立つ声だったら、一度聞いていたら覚えているはずだ。
「私はね、軽音部のバンドのみんなと、遊びに来たんだぁ」
としまうま君の近くにいた、バンドメンバーたちが「こんにちは」と言ってくるので、俺もとりあえず、頭を下げておく。どんな顔をしていいのかよくわからないので、無表情だけれど。
バンドメンバーの一人が詩音に訊ねる。
「知り合い?」
「うん、そうそう! 友達!」
たった今会ったばかりの俺たちを友達と宣うあたり、詩音のコミュ力の高さは俺には到底及ばないところにあるようだ。
「詩音、早く! 写真撮るよ!」
メンバーが手を振って詩音を呼ぶと、詩音は何かを思いついたようにポンと手を叩く。
「そうだ、いづみん。良かったらシャッター押してくれない? としまうま君とメンバー全員で記念写真撮りたいんだけど……」
「わかったわ」
としまうま君の方に走っていく詩音、有栖はその後を追っていくと、写真を何枚か撮る。
詩音はスマホを操作し、撮った写真を確認すると、
「良い感じ、サンキュ。じゃあ今度は、いづみんたちのこと撮ってあげるよっ」
「……え」
詩音は何か勘違いしている。
俺たちは、別に友達でも何でもない。
むしろ、有栖からしてみれば俺と北條、都筑は「敵」だ。
そんな4人が仲良く写真なんて――と思っている間に、俺以外の3人は、としまうま君の横にポジショニングしている。
え、撮るの?
北條に至っては、無表情でピースしてるし。
俺が慌てて北條の横に立つと、詩音がスマホを構える。
「はい、じゃあ笑ってー」
「はい、笑ってー」
「笑ってー……?」
笑わない4人。
詩音だけでなく、他の来場者たちからも「え? 何で無表情なの?」というような空気を感じる。としまうま君も貼りつけたような笑みを浮かべながら、不安そうにきょろきょろと俺たちを見回す。
都筑は片手を挙げて、言った。
「詩音さん、撮っていいですよ」
「えと、うん……」
シャッター音が鳴った。
詩音はこちらに歩み寄ってくると、
「えっと、もしかして、私悪いことしちゃった?」
と、悲しげに訊いてくるのだが……うわ。何だろう、この罪悪感は。上目づかいでこちらを見上げる俺たちを見る詩音は、まるで捨てられた子猫のようだ。
「いや、俺たちが無表情なのは、機嫌が悪いんじゃなくて……」
そこで、「ポン」と手を打つ詩音。
「あ、もしかして正月にテレビでやってる『絶対に笑ってはいけない』的なヤツ?」
「まぁ、そんな感じだな……」
いや違うけど。まぁ、笑っても、泣いても、翌日テレビで流されるんだから、だいたい合ってる。
詩音は俺の返事を聞いて、パッと表情を明るくすると「あははははは、面白そうだね! じゃあ!」と言い残し、バンドメンバーの方に走っていく。
「あ、写真のデータ、後でいづみんに送っておくねー」
それを聞いた都筑は、ぽつりとつぶやいた。
「きっと、明治時代の写真みたいでしょうね」
ちなみに、都筑の言っていたのが気になって、家に帰ってから「明治 写真」で調べてみたのだが、本当にみんな無表情で少し驚いた。俺たち4人は生まれる時代を間違えたのかもしれない。




