有栖出海が喋らせてくれない
俺たちは、ジェットコースターの順番待ちの列に並んでいた。
入場してすぐにここへ向かったのだけれど、既に結構な人数が並んでいる。
列には俺たちのような学生の他、カップルや、家族連れなど、いろいろな人が並んでいるが、みんな笑顔だ。
――俺たちを除いては。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
列に並び始めてから5分ほど経ったが、終始無言だ。
都筑と北條はあまり自分から話す方ではなさそうだと分かっていたが、有栖は結構おしゃべりだと思っていた……のだけれど。
「えっと、近づいてきたな、有栖」
「話しかけないで」
何だか機嫌が悪そうだ。
有栖に話しかけるのはやめておこうと思い、都筑と北條に話しかけようとするが――。
「静かにして!」
有栖は俺を睨む。
有栖だけでなく都筑と北條にも話しかけちゃいけないって、どういうことだよ。周りの人たちはみんな、楽しげに話しているのに……て、あれ?
誰も話していない。というか、みんな俺たちの方を見ているような。
俺は周りを見渡すが……ん、列の前後の人たちが、会話を止め、ちらちらとこちらを見てくる。
聞こえてくる小声に耳を澄ませると、
「どうしたの?」
「ナンパっぽいよ」
「あの男?」
「え、やだ! こっち見てるよぉ!」
そんなことを話していた列の少し離れたところにいる女の子たちが、俺から目線を逸らす。
うぁ、そうか、何てことだ!
どうやら俺は、突然女子グループに声を掛けたナンパ男だと思われているらしい。
突然話しかけてきた見知らぬ男に、有栖が冷たい態度をとったみたいに見えたのだろう。
無表情なこと以外は、かなりかわいい3人だ。声を掛けたと誤解されても不思議ではない。
列に並んでいる人々は次々に会話を止めていき、やがて列全体を沈黙が支配する。
「おい、有栖。どうするんだよ……」
「…………知らないわよ」
有栖はそれだけ言うと、足元を見つめて黙ってしまった。
「開園早々ナンパするヤツなんているんだねー」
「声かけたのは、あいつ? ウホッ、いい男ッ!」
何かいろいろ噂されているようだし、なんか貞操の危機を感じるしで、凄く居心地が悪いが、ここで列から外れてしまったら、それこそ俺が本当にナンパしたみたいだ。
仕方なく、列に並び続けていると、――遂に順番が回ってくる。
俺たちは手荷物を棚に預けて、ジェットコースターに乗りこもうとするが。
有栖がビデオカメラを持ったままでいるので、
「おい、危ないからビデオカメラも置いて行けよ」
「乗ってるとき、撮影できないかしら」
「ジェットコースターで撮影したら、普通に考えて危険だろ」
「そ、そうよね。常識よね」
有栖は「最悪、力ずくで泣かせればいいわ」とか言いながら、しぶしぶカメラを棚に置く。
力ずくで泣かせた映像を教室で流すとか、もう、自分からイジメしてますと言ってるようなものだと思うけれど。
そんな言葉を呑み込んで、俺はジェットコースターに乗りこもうとする。が、
「私はみんなの顔が見えるように、前に座るわ」
と有栖が言うので、有栖の横に俺、その一つ後ろの席に都筑と北條が座ることになった。というか、こいつ、ジェットコースターに乗りながら、後ろの二人の表情を確認する気か?
そんなことすれば最悪の場合、死に至るぞ。
ブザーの音と共に、安全バーが下り、ゆっくりとジェットコースターが動き始める。
コースターはゆっくりとカーブを曲がり、空に向かって、昇り始める。――と、俺の手の甲に何か温かいものが重なった。
有栖の手だ。
「私、やっぱりこわい……」
「え? お前が乗ろうって言ったんじゃねぇか」
「私、絶叫マシンは初めてなのよ」
有栖の手が、俺の手をぎゅっと握る。
なるほど、不安だから、順番待ちであんなに機嫌が悪そうだったのか。
有栖は無表情を装っているが、目はうるうるとしている。気が強そうな有栖のそんな姿に俺は少し、どきっとする。
このままだと、俺たちが無表情で無くなるまえに、有栖が自滅しそうだ。
「向日くん、助けて。何でもするから」
「有栖、軽々しく『何でもする』なんて、男に言っちゃいけない」
「え?」
「何をされても文句言えないぞ、女の子だし、特に有栖はそれなりに可愛いんだから。それに――」
俺は有栖の視線を横顔に感じながら、前を向く。
「それに、ジェットコースターの上では、全ての人間は等しくその運命を受け入れるしかないんだ」
ジェットコースターは上り坂を登り切り。
そして――
「向日くんの役たたずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉおおあああああああ!」
地面に向かって、急降下をはじめたのだった。
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