第九十二話
「――テメー等何してんだ。置いてくぞ」
話しているうちに、大分離れてしまったネクスとルトラは、もう時の塔の外に出てしまっていた。慌てて俺達も歩調を早くし、外に出る。
「では、奏皇。俺はここで別れる。何かあれば知らせよう」
「俺には必要ねェ。勝手にどこへなりと消えろ。テメェが俺に、いつ殺されてもおかしくねェって事を忘れんな」
「なら、俺の報告は皓皇から聞け。ではな」
言うと、ディードリオンは徒歩でそのまま歩き出す。行き先はまだ決めてないだろう。まず俺達が飛び去った後、時の塔に戻る、という以外は。
「……皓皇様……」
「どうした?」
もう俺と一緒にいるのは不自然なので、アリストはネクスの隣に戻っている。従具精霊として警戒してるのもあるんだろう、とも思う。
だから今、俺の側にいるのはリシュアだけだ。
「不敬を承知で、申し上げます」
「ああ」
「先程アリストは申しておりませんでしたが、私にも不審な点が一つございます」
「何だ?」
お互い小声で話しつつ、リシュアに先を促す。ぜひ聞いておきたい。
「闇のエレメントの濃さが、司である刻皇様がいらっしゃるのにも関わらず、強く感じられません」
「……やっぱり、そうか」
俺もそんな気がしてたんだ、実は。いつも気にしている訳じゃないから絶対だ、とは言えなかったんだけど。
「はい。しかし、どうしてアリストは口にしなかったのでしょう。そこが腑に落ちません」
俺が同意したのにほっと肩の力を抜いて、リシュアはもう一つの疑問を口にした。
「……気が付いてない、とか」
「アリストが、ですか?」
確かに。それはちょっと不自然な気もするな。
「あまり認めたくはありませんが、アリストは目の利く精霊です。私が気が付いた事に気が付かなかったとは、あまり思えないのですが……」
「必要ないって判断したのかもしれないぞ」
俺がルトラを警戒してるのは、もうアリストも判ってた訳だから、疑うための理由なら上げる必要はないとも言える。
俺達も当然気付いてると思ってたとかな。頭のいい奴にはありがちだ。
「……そうかもしれませんね」
「はっきりするまでは注意はしておこう」
仲間内を疑うのは気分が悪い。けどどうしても、素直に信用出来ないんだ。
(……何でだろう)
アリストが言った事だってリシュアが言った事だって、確たる何かって訳じゃない。なのに信用しようとはせず、疑おうとばかりしてる俺も、何なんだろう。
「ハルト、来い!」
多分フツカセとプルオーネの領界ラインに待機していたと思われる青竜達が、もう戻って空中に待機していて、ネクスに多少苛立った声で呼ばれた。
「ったく、何してんだ。ぐだぐだしてていい事ねェだろ」
「悪い」
「行くぞ」
「ああ」
乗せる人は変わったものの、竜の数は変わらないまま、再びプルオーネの空に舞い上がる。
気がかりはあるが、今やるべき事が待っててくれる訳でもない。
戻って体勢を立て直したら、レーゲンガルドだ。
(――ん?)
ルトラを連れてミットフェリン・レトラス嬢に戻って来た俺達を出迎えたのは、慌ただしい空気だった。
「何かあったのか?」
「そのようですね……」
遠目からでも目立つから、青竜が戻ってきたのが見えたんだろう。着地スペースになっている庭までフィレナとユーリィが出迎えてくれていた。
ただ、本当にただの出迎え、って空気じゃないけど。
「どうしたんだ? 何があった?」
降りると同時に尋ねると、フィレナも身を乗り出して、焦っているのが判る早口でそれに答えた。
「さっき、風の精霊が伝令に富んで来たのよ! 風の宮が攻撃されてるって!」
「マジですかー」
「ちっと長く留守にし過ぎたかね」
その伝令を聞いたフィレナの慌てっぷりと対照的に、ネクスとアリストはさして動じる事なくそう答えた。
一番慌てていいはずの二人がそんなだから、フィレナも焦る事が出来なくなって言葉に詰まる。
「ちょ、ちょっと、いいの? そんなにのんびり構えてて」
「別にのんびりしちゃねェよ。すぐに戻る」
「しっかしまた随分とタイミングいい時に来ましたね」
「タイミングに良いも悪いもねェだろう。元々狙っちゃいるんだろうし、俺が留守時に来てんだから、当然っちゃ当然だ」
アリストの呟きに呆れたように言ったネクスだが、俺は判った。何に対してタイミングが良かったのか。
だが何故今なのか、と言われると、判らないよな。だからアリストも言わなかったんだろう。
「仕方ねェな。ハルト、ルトラとユーリィの事頼むぞ。後、お前もアイルシェル戻れ。俺が動けるようになるまで無茶すんじゃねェぞ」
「判った」
それが順当な割り振りだろうな。風の宮が攻撃されてる以上、同じ条件の光の宮が攻められないとも限らない。ジ・ヴラデスが拘ってんのは俺だから、俺の不在中なら攻めても勘に触れないだろうし。
うわ。そう考えるといきなり不安になって来た。早く帰ろう。
「片ァ付いたら風の擬似精霊飛ばす。じゃあな!」
「んじゃ皓皇様、頑張って下さい!」
降りたばかりの青竜が、ネクスとアリストを乗せそのまま再び空へと舞い上がる。二人に手を上げて応えると、すぐさま青竜は西へと向かって飛び去って行った。
(頑張れっつーか、本当は気を付けろ、なんだろうな)
ただそれを言うとユーリィやルトラに声掛けないと不自然だから『頑張れ』なんだろう。
(起こり得る事態、って意味じゃおかしくないけど、なんか引き離された感じだよな)
「風の宮の皆、無事だと言いね」
「ああ」
心配そうに言われたルトラの言葉に、その通りなので頷いて同意した。本気で言ってるんだったらいいんだが。
「じゃあ、俺達もアイルシェルに戻るか。ユーリィ、宮と眷族が心配なのは判るが……」
「そうね。眷族を想うのならば、私は逃げるべきでしょうね」
自分が捕えられていた間の、水の精霊達の苦悩をユーリィは判っているようだった。沈んだ面持ちで、しかし迷わずに頷いてくれた。
引き離す説得は俺も心苦しいので、先に決心してくれてありがたい。だからユーリィはすぐに頷いてくれたんだろうけど。
「もう行くの?」
「ああ。うちは攻められたら持たないから。俺がいれば多分、滅多に攻めて来る奴いないと思うから」
ジ・ヴラデス効果で。
「そういうものなの? まあ、不在よりは攻めやすいとは思うけど」
あ。そういやフィレナにはこの辺の事は言ってないな。必要ないから別にいいだろうけど。つか俺もなんか恥ずかしいし。
「フィレナも気を付けろよ。いざとなったらとか言わないで、始めから水蛇にも頼っとけ」
「ええ、そうするわ」
こっちが守るべき場所が増えたから当然なんだが、分散するのは少し寂しいし、心許ない物がある。
分散できる人員が揃ってるだけマシだってのは判ってるけどな。
(ネクスは大丈夫だと思うが……)
光の宮に戻ったら、光の擬似精霊飛ばして戦況を見ておこう。ディードリオンの方がどうなってるかも気になる。
ありがたい事に俺達が帰るために青竜三頭を残して行ってくれたので、こちらも使わせて貰う。徒歩で帰ると時間掛かって仕方ないからな! 広いから、ミットフェリン。
「ユーリィ、リシュアと同乗してもらっていいか?」
「ええ、私は構わないわ。でも、ふふ。いいのかしら、リシュア、私で」
「はい。御身に失礼のないよう心掛けますので、どうぞ宜しくお願い致します」
「……」
ピシリ、とリシュアの義務と礼儀にかっちりした答えに、ユーリィはちょっと詰まらなさそうな顔をした。何を期待してたんだ、何を。
ライラは一人だとあまり戦えないので俺と一緒。リシュアは一人ででも結構強いので、むしろ今はユーリィの護衛だ。ルトラと闇の精霊族は眷族だから当然ここがペアだろう。妥当だと思うんだが。
「問題無いなら行くぞ。風の宮が攻められてる以上、心配だからな!」
ルトラを光の宮へ連れて行く事にも若干の不安を感じつつ、しかし断るに足る理由もないし、普通に仲が良くないだけの精霊王なら置いて行ったら大問題だ。
色々な不安は飲み込んで、俺達は久し振りの皓の森へと向かった。
少しずつ力が増してるのも間違いないから、皓の森もまた少し力を取り戻してるだろう。
どうなってるか、ちょっと楽しみだ。




