第九十三話
「お帰りなさい、陛下。お疲れ様でした」
光の宮に戻った俺達を出迎えてくれたのは、レトラス攻めが終わると同時に早々に引き返したツィアルだった。
ちなみに、彼女達の足はユニコーン。レトラスが落ちて、一番の脅威は去ったので皓の森から出張して来てもらったのだ。
「ああ、ありがとう。変わりないか?」
「変わりは多少ありました。眷族の人数も増えましたし、森の結界も強くなりました。これも皓皇様が力を生み出して下さっているおかげです」
「俺じゃなくてクリスタルだけどな。でも、良かった」
光のエレメントが増えれば、精霊達はそれだけ過ごしやすくなるし、魔王に対してだって対抗できるようになる。
「そう、それとツィアル、しばらくここにユーリィとルトラが滞在する事になるから」
「ふふ。宜しくね。お世話になります」
「宜しく」
俺が紹介して二人を示すと、ユーリィ、ルトラの順に挨拶をする。
「お二人をお迎えできて光栄です。ご自分の宮だと思って、ごゆるりとお過ごし下さい」
「何かあったら言ってくれ。……希望が叶えられるかは判らないけど」
何しろ、未だあんまり力ないんで。
「寝る所があれば十分だよ。出来ればカーテンは欲しいけど。分厚い奴」
「ああ、遮光カーテンな」
ルトラが普段暮らしているプルオーネと比べたら、アイルシェルは眩し過ぎるんだろうな。肌とかも、あんまり光に強くなさそうだし。
「後で作って持ってくよ。ツィアル、二人を適当な部屋に案内してくれ」
「承知いたしました。皓皇様はどちらに?」
「ちょっと風の宮と、プルオーネの様子が気になるから、擬似精霊送ってみる」
ホームだから力の消費がどうとか、あまり考えなくても擬似精霊も使える。考えなくて済むぐらいには、力も回復してきてる。
ユーリィとルトラと別れ、俺は自室に戻って光の擬似精霊を作り出す。数は二体。
「よし。行って来い。頼むぞ」
手を振って擬似精霊二体を送り出す。位置的に若干フツカセが近いから、そっちが先に着くかな。
最高速で飛ぶ擬似精霊の目でそのまま視てると疲れるので、しばらく送った二体から意識は切り離して待つ。
そして待つこと十数分。竜より若干速いスピードで、目的地に到着する。
(……うん)
はるか下方に地面が見える。安全だと判断して光の擬似精霊が落ち着いた場所は、結構な高度の空中だった。
そして眼下では、今まさに一騎打ちが行われている所だった。
ネクスとアリストと――こっちは初めて見るけど、魔王クラスの魔人。セ・エプリクファよりは強いけど、ディードリオンよりは弱いだろう、という感じだ。
フツカセでなら勝つ、とネクスは言っていたし、嘘ではないだろう。そういう所も同族には嘘つかないから、ネクスは。
そう言ってた頃と比べて、更にもう少しエレメントが増えてるから大丈夫、なはずだ。
(っつーか、本当に魔王とかって一人で襲撃しに来るんだな)
やっぱり実力に自信があるからなのか。
(……ん?)
そこまで考えて、空の上から高みの見物をしていた俺はちょっと引っ掛かって首を傾げた。
(何か……自信があって攻めてきた感じじゃなくないか?)
しばらく見ていて判ったが、やっぱりネクスの方が優勢だった。とはいえ流石は魔王という所で、圧倒的な差がある訳でもない。
勝負は時の運ともいうし、実力がここまで近ければ状況次第でどう転んでもおかしくない。
だから相手も戦意たっぷりなら納得出来るんだが――……
『っらァッ!』
既に輝く緑の力を宿したアリストの刃先が、魔人の胴を捕え、深々と切り裂いた。振り抜いた刃先を反転させ、返す刃でそのまま首を落とそうと凪がれた槍は、空を切る。
その重傷を負っているとは思えない機敏さで、魔王が大きく後退したためだ。
(逃げる気だ)
その意図は観客である俺が見て判るぐらいだったから、当然ネクスも気が付いてただろう。迷わず踏み込み、追撃を掛ける。
慌てて見栄も何もなく後退する魔人の背後から、魔力の赤黒い輝きが、いきなり何百と出現した。
『奏皇様!』
『ちッ。数頼みか!』
舌打ちをすると、ネクスを追撃を諦め後退する。同時に、魔力に負けない広範囲をカバーしたエレメントの結界が張り巡らされる。
『奏皇様! 我等が出ます!』
『良し、潰せ!』
『ハッ!』
魔王が退くと同時にネクスも退き、戦場は大勢対大勢に切り替わった。ネクスが退いたのは、また違う魔王が現れた時に消耗し過ぎていないようにするためだろう。自分じゃなくても問題ない相手は、眷族に任せておく訳か。
集団戦も、どうやら風の精霊族の方が優勢だ。そこまで視てから意識を切り替え、こちらの自分の目を開ける。
(ネクスの方は心配なさそうだな)
倒そうという気概のあまり見えなかった魔王の方も若干気になるが、戦り合ってみたら思ってたより手強くてやる気が失せた、というのもあるかもしれない。
……あるかな。どうかな。ネクスは結構普通に魔王と戦り合ってる、みたいな事を言ってたから、実力的にもある程度正確に捉えられてる気がすんだけど。
とは言え戦況が優勢だったのは間違いは無い。急な危険は無いだろう。
(後は、ディードリオンか)
そっちももうプルオーネについてていい頃だな。
そう思って意識を切り替えると、いきなり目の前に青い金属の輝きが迫っていた。
「うわっ!」
思わす声を上げてその場から更に高く宙に舞う。痛覚がある訳じゃないから、斬られたってどって事はないんだが、いきなりは驚くし気分のいいものじゃない。
『……皓皇?』
「あ、あぁ。俺だ」
不審そうな声を上げたディードリオンに答えると、すぐに刃を納めてくれた。
『先程からふわふわ付いて来るから何かと思った。あらかじめ連絡ぐらいはしてくれ。――何だ、それは』
「光の擬似精霊っていう魔術で作ったエレメントの塊だ。目や耳になってくれる」
『便利なものだな』
大変便利に使ってます。
「ところで、ここはどこだ?」
今視界に映る景色は、覚えのない場所だった。鏡の迷宮でもない。
いや、全く違う場所って訳じゃないのかもしれないな。足元は白い雲に覆われているが、実際に足を着けて立っているのは、磨き抜かれた銀の鏡の上の様だ。
雲の切れ目から差し込む月光のような、淡い光の中に乱反射が見えるのも、鏡だろう。何層にも続く雲の上へ上へと続くそれは、おそらく階段。
「もしかして、闇の宮か?」
『おそらくそうなのだろう』
意外と……まともに形になってるな、闇の宮。けど、精霊の姿はやっぱりない。
「誰かいたか?」
『いいや。だが……』
「?」
首を横に振ってルトラの眷族の存在を否定したディードリオンにほっとしようとしたのだが、実際には
ほっとする間もなく続いた『だが』に再び緊張が走る。
『居た跡がある』
「……跡」
それはつまり――
『精霊は、死体が残らないだろう』
「あ、ああ。上位精霊は少しの間なら残るけど」
『何もない。だが、戦った後はまだ若干残っている』
「……どこにだ?」
疑った訳じゃないが、俺には判らなかった。気を悪くした風もなく、ディードリオンは足元の雲を払って鏡を晒す。
そこにあったのは、僅かにヒビの入った鏡の姿。良く良く見れば、焼け焦げたように少し黒ずんでもいる。
『さっきまでは多少血痕もあったのだが、消えてしまったな』
「……エレメントが宮を自動修復するから、多分、そのせいだ」
しかし、居た、って事は、まさか――
『っ!』
しばらく無言で足元を見ていたディードリオンは、はっと表情を引き締め大きくその場を飛びのいた。直後、黒の火炎がたった今ディードリオンの居た場所を焼き焦がして、消える。
って、まさか……っ。
『誰だ』
『んー……? 何だァ、お仲間かぁ……』
気だるげな喋り方と、その声。
霞み掛かる雲の向こうから歩み寄ってきたのは、やはり――ジ・ヴラデスだった。
『何の真似だ。宣戦布告か? そのつもりなら相手になるが』
『何? 私と戦んのォ?』
『先に手を出して来たのは貴様だ』
「おい、ちょ、待て、ディードリオン! こいつはマスい……っ」
見られないよう、こっそりディードリオンの後ろに隠れつつ、小声で警告する。聞こえない声量で喋ったつもりだったんだが、ピク、とジ・ヴラデスは肩を揺らして反応した。
『皓皇、いんの……?』




