第九十一話
「理解してくれて助かるよ。聞き訳ねェのは一人で手いっぱいだ」
「煩い」
比べて言われて、その通りだか、その通りだからこそなのか面白くもなくて、改善する気もないので反抗的に口を出す。
それに苦笑してヒラリと俺に向かって手を振ってから。
「ルトラも揃って、これで四人。もう少しすりゃ我がままぐれー軽く聞いてやれるようにならァな」
「じゃあ人間との戦争を無しの方向で」
「それは聞くねェ」
ちッ。
「何、ハルト。そんな事言ってるの」
やはり『皓皇』の言葉としてはおかしかったのか、ルトラまでもが驚いた様子でそんな事を言って来た。あ、本当にこいつ人との開戦に抵抗無しだと、それを聞いて憂鬱になったのは俺の方。
「そーだ。こいつとユーリィが聞かねえんだよ」
「……ハルトとユーリィは優しいからね。仕方ない」
ネクスの溜め息にそう擁護するようなセリフを吐きつつ、ルトラの目は冷ややかさを帯びて俺をちらりと見て来た。
(う……っ)
こいつ、苦手だ。言ってる事と考えてる事が一致しないタイプ。きついけど正直な分ネクスの方がずっと付き合いやすい。
「さ、下らねェ話は終めーだ。さっさとプルオーネを離れんぞ。魔人に見付かると面倒くせェからな」
「そうだね、判った」
「お前の眷族って、今何人ぐらいいるんだ?」
連れて行けるだけでも、と思って言った俺に、ネクスも思い出したように頷いて続けた。
「そうだ。特に従具精霊な。いりゃそいつは今連れてっちまおう」
「残念ながら、まだ生まれてないよ。僕の眷族自体、この子一人だ」
言ってルトラは己の眷族の肩にそっと手を置いてそう言った。途端闇の精霊が顔と体を固くした。
「どうかしたのか?」
あまりの強張りっぷりに、そう尋ねるとその強張った表情のまま首を左右に振る。
「い、いえ。陛下に直接お声掛けをされる等、身に余る光栄ですので……」
「そんなに緊張する事ないのにね? 数少ない僕の眷族なのに。君がいてくれるだけで僕はとても嬉しいんだよ」
「こ、光栄です……」
全く緊張の度合いを解かないまま、優しく囁いたルトラの言葉に、小さく声を震わせながらそう答える。
(……まあ、皓皇に直接仕えてたリシュア達でさえ始めは固かったもんな……)
過剰だと思うが、おかしくはない、のか? 違和感はあるが、俺がそう思っているからそう見えるだけかもしれないし。
「そいつだけか。仕方ねェかもしんねェがな」
ネクスの方も特に疑った様子もなく、そう答える。
(……駄目だ。やっぱり何か、気持ち悪い)
だからと言ってこれはおかしい、と声を大にして言えるような何かはない。違和感を飲み込んで、とりあえずは喉の奥へとしまっておく。
「良し、来い。フツカセに行くぞ」
「ネクス、俺は一介ミットフェリンに戻るから、また後でな」
まだ何も話していないに等しいし、全員でゾロゾロ行く事もないだろう。それに合流する前に、フィレナには警戒するように伝えておきたい。
精霊に言うのは憚られるが、多分この手の事は人間のフィレナにだったら理解してもらえると思うんだよ。
「え、ハルトは来ないのか?」
「え、何で」
しかし意外にルトラからそう言われて、すぐにそう聞き返す。
いや、だって、別に俺がフツカセに行く理由、無いし。観光してみたいって事以外。
「何でって事はないけど、ハルトも本調子じゃなさそうだから」
「あ、ああ。まあ、そうみたい、だけど」
「そいつァ聞かねえんだよ。今の俺達ん中じゃマシな方だけどな」
「そっか。何だかんだ言って、ハルトは我が強いもんね」
くすり、と苦笑してからルトラはネクスを見上げると、前言をあっさりと覆した。
「じゃあ、僕も一回ミットフェリンに行ってからフツカセに行こうかな。ユーリィにも会いたいし。いいだろう?」
始めは渋い表情をしていたネクスだが、『ユーリィに会いたい』の下りで表情が緩んだ。
(これは許されるな)
そう俺が思った直後。
「まァ、そーだな。ユーリィもお前に会いてェだろ。少し寄り道するだけだし、構わねェよ」
行かないって言ってる訳でもないもんな。俺よりはずっと大人しい要求だってか。
「ありがとう」
「お前は素直で助かるよ、本当」
だから、煩いって。
――何にせよ、早々にルトラと合流できたのは良かった。時間も掛けたくないし、あんまり奥に入って妨害とかあると危ないだろうし。……危険なのがあるだろうし。
「皓皇様」
入り口に向かう俺の隣に、いつの間にかアリストが並んで声を抑えて話し掛けて来た。
「何だ?」
「ちょっと俺に付き合ってもらえません?」
「……俺が?」
どこに、とか何に、とも思ったが、一番は何故俺に、だった。何であってもアリストが真っ先に頼るのは、ネクスのはずだろう。
「奏皇様は駄目です。あの方は同族に対して盲目だから」
「っ」
それだけで、アリストが何で俺に声を掛けて来たのかが判った。
「バレバレか? 俺」
「結構。行く前は皓皇様が何を警戒してるのか判りませんでしたけど、確かにちょっと気になりますね」
あっさり頷かれてしまった。アリストは聡い方だとは思うけど、それでもやっぱり、バレバレはまずい。気を付けよう。
「正直言うと、俺は何となく以上の不安はないんだが」
そんなんで同族疑うとか、俺の方がどうだよ、と思う。思うけど、仕方ない、どうしても警戒するんだ、体の方が。
「俺はありますよ。眷族が自分の司を怖れるなんて、有り得ませんから。主より先に、他の精霊王が来たからといって駆け寄って、あまつさえ声を掛けて助けを求めるなんて、有るはずないんです」
「――でもそれは、追い詰められてたら判らなくないか?」
「『今』そんな切羽詰まった状況見えますか? でも、そうですね。切羽詰まってたのかもしれません、もしかしたら。彼にしたら」
前を行く闇の精霊族へを目を向けて、アリストはそう硬い声で呟く。
ルトラは少なくとも、そこまでの危機感を見せていなかった。眷族だけが、焦っていたとでも――?
(――……)
俺達から見れば、今、息せき切って自分達の王を差し置いて他の精霊王に助けを求めるような状況じゃないと思う。ルトラがいない、もしくは手が離せない状況ならとにかく。
「……まさか、ルトラじゃない、とか……?」
「判りません。外見は間違いなく刻皇様ですが」
だが会った瞬間の感覚がネクスやユーリィとは違ったんだよな。反射的に身構えてしまうぐらい、俺の体が警戒を訴えていた。
(でもだからって、彼が刻皇でないとは言えない……)
俺には彼の記憶がないんだがから、違うかどうかなんてわからない。こうして会った時に妙な警戒をしてしまうのも、もしかしたら俺が『違う』から、というだけかもしれない。
例え違っていた俺が彼と敵対してたんだとしても、この場にいてはならないのは、俺の方かもしれないんだ。
(……簒奪者、か)
違うのは、ルトラじゃなくて――俺なのかもしれない。
「だから、ですね。闇の宮に行ってみませんか」
「眷族が他にいないってのも、信じてないんだな?」
「信じてません。もし一人でも他の眷族がいれば、話が聞けますよ」
「……でも、刻皇が再生してるのには、間違いないんだよな?」
「そうですね。エレメントの再生は誤魔化せませんから」
もし――もし、単純に俺達の前に現れたルトラが別人なだけだったりしたら、それは本物の方が心配だぞ。
「けど、今いきなり別行動したら怪しくないか?」
まして闇の宮を見に行くとか。疑ってんのがバレバレだ。もしあらゆる事が気のせいだったら、ルトラは相当気分悪いだろう。
「なら、俺が残って登ってみるか?」
「ディードリオン」
「俺がプルオーネに残るのは予定通りだ。お前達が引き返した後で、取って返して調べてみよう」
「――……」
多分、それが一番角が立たない。しかし妙に腹の内側がざわついて、頷けなかった。この感覚はネクスを一人で向かわせるのに抵抗を感じた時と似てる。
だが他に、今の所選択肢はない。
大体、ディードリオンは魔王なのだ。彼を害する事の出来る相手は、大分限られる。
(大丈夫、だろ……)
「皓皇?」
「いや、何でもない。じゃあ、頼む」
「あぁ」




