第四十四話
話している間に、捜す予定だった目的の人物が向こうから声を掛けて来てくれた。別行動中なのか、カルタだけだが。
「カルタ、良かった。捜そうと思ってて――」
「捜そうと思って、お付きの女の子たちにプレゼントですか。ふっふー、どうかなー、人間の作ったお菓子の味はー」
「こっ、これはっ、そのっ」
身を屈め、リシュアさんが手に持ったままのパイら辺から目線を上げて覗き込んで来るカルタに、リシュアさんはうろたえ、一歩下がって――言い繕える言葉が見付からなかったのだろう、開き直った。
「たっ、確かに、美味しい。そ、それが何だ」
開き尚切れていない恥ずかしさが、バッチリ残っていたけれども。
「いやいや何でも。ふっふーん」
唇に手の平を当て、それと判るにやけ笑い。
これは多分、本当に喜んではいるん、だろうな?
しかし――変わらないな、カルタ……。
「おい、カルタ」
「はいはい、何でしょう皓皇陛下」
「……っ。やっぱ、怒ってんのか」
慇懃な言い方にぐっと声を詰まらせ呻いた俺に、きょととカルタは不思議そうに首を傾げる。
「何で?」
「言わなかったから」
「いや、当然でしょ」
一瞬の迷いもない、あっさりとしたそんな返事が返って来た。
「あたしでも言わないし。秘密を共有する程親しいつもりもないし、あたしも言わないし。――でも、今までの態度が無礼千万! 許しておかぬわーっ! ってなったら逃げようと思ってた」
あの距離の空いた声の掛け方はだからだったのか。流石だ、カルタ。
「でも変わんなかったから平気かなーって」
「これで素なんだ。悪いな、威厳なくて」
「そうねー。黙って立ってた方が雰囲気あるわね、ハルトは」
やはり中身の一般人オーラが、この容姿を持ってしてもダダ漏れてしまうのか。切ない物がある。
「でもあたし、ハルトの事好きよ。嬉しいと思う。ハルトが皓皇で」
「……有難う」
「ん。でも多分、それってあたし達の台詞よね? あんたが皓皇じゃなければ、今頃奏皇に殺されてんのよね。大陸中、きっと」
……そうだったろうな。本気だったから、ネクスは。
「死にたくないけど……正直、仕方ないかなって思わない事もないのよ、時々。あたしも、いつでもハーパーとかリーチェとか、あいつ等みたいになりかねないってのは、そうだから。自分で判るの。あたし、人に優しくないから」
「それは魔が人の心を歪めるからだ。人のそのものがそうだって事じゃない」
「……うん。ん、大丈夫。あたしは自分の事信じるわ。人に戻る自分をね」
最初に会った時から軽度だったけど、今のカルタは本当に、ほとんど魔気が付いてない。自分でも判っているはずだ。完全に祓い落とすのも、もう間もなくだろう。
それでも自信のないような事を言っていたのは、いつ魔に侵されてもおかしくない自分を知っているから。
誰でもそうだ。精霊でなければ、多分俺やリシュアさん達だって同じだ。
「大丈夫……。カルタ、もう、人でいい……。と、思う……」
「そうよー。だってあたし、人間だもの」
ライラに肯定され、嬉しそうに笑いながらカルタはライラの頭を撫で回す。ちょっと迷惑そうな顔をしたが、ライラは大人しくそれを許した。
「頑張りましょ! アル・ティエラティエル! ってね」
「あぁ――……。……ん……っ?」
「あれ……?」
まだ真昼間にもかかわらず、急激に陽の光が翳って、俺達は揃って空を見上げる。と――
「鳥……!?」
何千、何万じゃきかないような黒い鳥の群れが、マトルトークの上空を飛んで、滞空していた。自然に集まったとは思えない。
クアアアアッ!
一斉に鳥達は威嚇するように雄叫びを上げ始め、そしてピタリと鳴き止むと、その口の中に火球を生み出す。
「なっ!」
「嘘!!」
何をする間もない。鳥達の放った火球は、天からマトルトークへと降り注ぎ、人々から悲鳴が上がる。
(頼むぞ……!)
量は多いが、一羽一羽の放つ火球の力は大したものじゃない。人間が生身で直撃しても中程度の火傷を負うぐらいだろう。しかし何しろ、数が多い。
祈りながら結果を見守っていると、遥か空中、結界に衝突して消失し、熱気の一撫でも町の中には入らなかった。
町中から起こる、安堵の息と、続いて歓声。
『――何を、喜んでいるのかしら?』
そこに続いて降って来たのは、音声拡張されて響いてきた、ハスキーな女の声。
……ん? 女……で、いい、のか? ちょっと低すぎる気もするが、口調は間違いなく女性の物だよな……?
『今のはデモンストレーションよ。自分達が今、どういう状況に置かれているのか、判らないのかしら?』
明らかに人を見下した言いよう。魔人、だと思う。だが気配が探れない。隠れてるのか、もしくはそれぐらいに遠いのか。こうして聞くだけだと、頭上の鳥から発されているようにしか聞こえない。
『判らないならよくってよ! 私の知略について来られるものなど、そうはいないという事ね! ほーっほっほっほっほ!』
「……」
駄目だ……!
声だけだけど、声だけだけど、やっぱアレな方な気がする……!
『この程度の結界、私の力で破ってもいいのだけれど……。あぁ、それはあまりに美しくないわ……! 私は対等な条件で、鮮やかに勝つ事こそが最も美しい戦いだと思うの。
この世で最も戦上手なのはこの私! 美しく! 鮮やかに! 私の奇手に誰もが平伏す! 我が名はセ・エプリクファ。美と智と――全てを滅する、腐敗の風。颶風の魔王よ! 全ての者よ、その胸に! 頭に! 我が尊き名を刻みなさい!!』
魔王――!!
ハッタリかもしれない、そうであってほしいと、必死に否定する。
『五日後、私と戦争しましょう、人間達。舞台はそこの平原。私の手勢は……そうね、ミットフェリンから連れて来た魔人と、さっき見せた魔鳥達。全て併せて、お前達と同程度の力量に合わせるわ。
これは戦闘ではないわ。戦争よ! 知略を尽くし、敵を欺き、好手を打ち続けた者が勝つ! あぁ……っ。あぁっ。なんて美しいの……!』
良く判らない感性の持ち主だ……っ。魔王って、皆そうなのか……っ!?
しかし感性の部分はとにかく事態と、相手が悪い事は疑いようがない。
「何が、知略よ……っ。あんな何もない平原で、ハイ、戦争始めましょう、なんてやったら、知略も知慮もあったもんじゃないわ。ただの喰い合いよ……ッ!」
カルタの呻き声は、まま俺が考えた事そのままだった。
しかも同程度の力量、と来た。
おそらく最後の最後まで、互いに殺し合いをさせる気なんだ。
(――けど、俺達が戦れば……)
全体で同程度の力であっても、個の強大な力で制圧する事は可能だ。そう俺が考えた時。
『ルールを説明するわ。使うのは兵士だけ。皓皇、お前は参加しては駄目よ。指揮は勿論、許すけれど』
(っな……!!)
俺が指揮官になって、どうしろっつーんだ! 何の意味もないだろうか! 自分でも少し悲しいが!
『お前が参戦するなら、私も参戦するわ。それでもいいけど、それは詰まらないから、やらないで頂戴。その代わり、万一お前達が勝てたら今回はそれでお終い。私は何もしないで引き上げるわ。よろしくて?』
「何もよろしくねーだろ……っ!」
こいつは完璧に、ゲームとして戦争をしようとしている。
そして間違いなく、俺を相手取っても勝つ自信があるんだ。その自信はおそらく正しい。本人の言う通り、魔王なら。
だがこれは、どっちもまずい。
セ・エプリクファの戦争ゲームを受けて立つのは、俺に対して不審を生む気がする。ガチで勝てないと認める事になってしまうからだ。それはきっと、大きく士気を挫く。
だからといって、俺が出て行って殺されても、やはり意味はない。
(上手いぞ、こいつ、持って行き方……!)
『では五日後に――華々しい戦をしましょう! 大地を朱に染め上げて! ほーっほっほっほっほっほ!』
声はふつりと途絶え、空を埋め尽くしていた鳥達も、いずこかへと飛び去って行く。
「……皓皇様……」
答えを求めて俺を呼ぶリシュアさんに、何も答える事が出来なかった。




