第四十五話
「やあ、大変な事になりましたねー」
本当にそう思ってるのかどうなのか、軽い口調で言ったアリストに、皆から冷ややかな視線が突き刺さる。
ただし、ネクスは除く。言ってる通り、ネクスはマトルトークには興味ないんだろう。
……そして多分、ネクスは知ってた。どこまでかは判らないが。
けどそれは今ここで追及する事じゃない。これ以上不和の種なんか撒いてたまるか。まして自分の手で。
「……ええ、確かに大変な事になりました……」
ややあってから、アリストの言葉を受け、バウゴ候は頷いた。
「実際の所、どうなの? 魔王と戦ったら……っていうか、相手は本当に魔王なの?」
カプレスでの事があったためだろう、フィレナはまずそこから疑っているようだった。今回はそうであってほしい、という希望込みでだろうけど。
「間違いなく、魔王だ」
フィレナの質問は気安さからだろう、俺に向けられたものだったが、どうせ答えられないと判っているから、答えたのはネクスだった。
「何度か戦り合ってっからあの耳障りな声で間違えねェ。フツカセだったら俺が勝つが、今のアイルシェルじゃあ野郎に分があんな。ハルトを当てたら話にならねェ。瞬殺だ」
迷いのない断言は、事実だろう。俺もそう思う。
「なら、相手の遊びに乗って、勝って帰ってもらうしかないって訳ね……」
「いやいや、何言っちゃってんの。魔王がそんな事本気で言ってる訳ないでしょ。『気が変わった』の一言で仕掛けて来るって」
あくまで口調は軽いまま、中々に絶望的な事を言ってくれる。
「アレはようは、保険な訳。こっちも引くから、お前等もガチで戦ってくんなよっていう。万一こっちのが優勢だった時に逃げるための言い訳。これは遊びなんです、実力だったら負けません、的な。誰に言い訳してんのか知んねーけど」
子……っ、子供かっ!!
相手にするの、かなり嫌だぞ! 全然関係ないのに、聞いてて何か俺の方が恥ずかしい!
しかし乾いた笑いを浮かべるだけでは済まないのは、相手が間違いなく魔王で、強大な力を持っている、という点だ。
「では……。逃げるしかない、という事でしょうか」
「逃げるのは不可能だろうな」
沈痛な表情でのバウゴ候の言葉にも、はっきりとネクスは無慈悲な現実を突き付ける。
今は空に魔鳥はいないが、本当にいなくなった訳ではないだろう。マトルトークから逃げ出せば、襲い掛かって来るのは必至だ。
デモンストレーションだと言っていたあれは、その宣言だと思う。
「皆無事に、というのは不可能でしょう。しかし、全滅よりは……」
判っていて、それでも全滅以外ならばその道しかなくて、しかし最後までは言えずにバウゴ候は域に言葉を溶かして消した。
「やー、全滅すると思いますよ、間違いなく。魔鳥の数見たでしょう。ついでにいうなら、セ・エプリクファから逃げられる実力がないと、絶対逃げきれません」
「相手の言うなりになっても全滅でしょう!」
アリストは正しいが、言い方が悪い。
ばんっ、と音を立てて机を叩き、苛立ちに任せてフィレナは怒鳴る。
「ここで手を打てなきゃ、誰も付いてこないぜ、フィレナ王女」
そのフィレナを冷めた目で見やり、頬杖を付きつつネクスは無茶を彼女に課した。
「魔に抗い、人の世を取り戻すんだろう? 力を付けるのを相手が待っててくれるとでも思ってたか?」
「……っ……」
きついが、当然の事だった。向こうだって反抗勢力は楽に潰せるうちに潰して、悠々自適に遊んでいたいだろう。
「私……っ、は……っ」
「奏皇様、苛めるのはその辺にしといてあげましょうよ。女の子は守ってあげるものですよ」
「何か手があるのか?」
ネクスは見捨てる気満々っぽいが、どうやらアリストはそうでもない。それでこの余裕ぶりだから、何か考えがあるのかと期待をして見ると。
「俺はとりあえず、セ・エプリクファの遊びを受けて立つのを推奨します」
「でもそれじゃあ、お互い大量の血を流して終わるだけでしょう? しかもその後、本人が出張って来て虐殺……」
「セ・エプリクファが勝てば、虐殺まで行くかどうかは五分五分だと俺は見る。狙いはあくまで、ここにまた魔を蔓延させる事だろうから」
出来る限り多くの血を流し、この地に再び復讐の怒りを呼び込み、魔気を満たす事。その為には魔人となってくれる素材が必要だ。
それでも五分五分なのは……。遊びで戦争ゲームをする奴だから、そこは説明されなくても判る。
……でも、それじゃあ……。
「――奏皇様、いいですよね?」
「……。ま、いいだろう」
絆されるタイプではないと思うんだが、アリストに訊ねられネクスは頷いた。
「んじゃ、俺のお勧め案を提唱します。まず皓皇陛下」
「あ、あぁ。何だ?」
「まず一筆お願いします。皓の森の全勢力、俺に自由に使わせて下さい」
「――判った」
……ついに来たか。眷族を『戦力』として使わなければならない時が。
勿論嫌だとは言えない。俺に代替案はないし、元々兵士として、人は既に命を懸けているんだ。
「皓の森から精霊連れて来ても、向こうも戦力増やして来るだけなんじゃない?」
「勿論、先にバレりゃそうなる。だから俺が行くんだよ。皓皇様やリシュアやライラが動いたら、ここから居なくなった時点でバレる。それぐらいには見張られてると思っていい。
俺は一回フツカセ帰ってから、今度はこっそり戻って来る。ま、五日ありゃ往復出来るだろ」
「フツカセまで? 見付からないように皓の森に行けばそれで済むのでは?」
「町にチョロチョロ出てたし、俺の事は多分見付かってる。見付かってると思っといた方が無難だ。でなきゃ見付かっててもらわなきゃ困る。
俺が奏皇様の従具精霊なのをセ・エプリクファも勿論知ってる。あいつは奏皇様がどこにいるか確かめたがってる。絶対だ」
「!」
元々あまり出歩いていなかったし、必要ないんじゃないかと思うぐらいに、ネクスは自分の身を隠して行動していた。城に着いてからは、今日のパレードまで一回たりとも部屋からすら出ていない。見付かっていなくても不思議はないだろう。
いや、それより――
(知ってたのか……!?)
その警戒ぶりは、魔王だと、魔王が来ると知っていて、言わなかったのか。
振り向き問い詰めたい衝動を、何とか堪える。今は駄目だ。
「ネクスと戦り合う自信がないんだな?」
「アイルシェルでなら、あいつは戦ります。けど少なくとも警戒してもいます。状況からすれば奏皇様がアイルシェルに来ているのは、フツカセに居なけりゃもう確定なんですよ。だから俺はフツカセに帰るんです」
「奏王を連れて来るってアピールをする訳ね」
ここにはいないぞというのと、連れて来るぞというのと、両方の意味がある訳だ。
形としては俺を迎えに来たのはアリストだけで、今回の件に遭遇して、救援のためにフツカセに帰る――って所か。
「信じはしないだろうが、もしかしたらフツカセにいるかも? とは思うだろうから、それで良い。ここにいるかも? って線も消さないだろうから、絶対に俺の行動は把握しようとする。だからこそ、判るようにフツカセに帰る事には意味があるんだよ」
あちこちの情報を真偽含めて全て把握させ、整理させる事が目的か。情報が多ければ多い程、それを処理する人間の才覚が問われるからな。
「集団戦はそれで解決する。それより難関は、魔王本人だ」
「最初の一撃はガラ空きん所に入れてェ。それなりの手傷を負わせられりゃあ、何とかなるだろう」
「気付かれていないか、警戒されていないか、警戒の余裕を奪えるか……。勝機はその辺か」
「そうなりますね。――って感じで、どうでしょう、陛下」
「いいんじゃねェか。俺は特に言う事ァねェ」
最後に伺いを立てたアリストに、ネクスは鷹揚に言って頷いた。
「フィレナ、バウゴ候、どうだ?」
「元々、他に案なんかないし」
「私もです」
フィレナとバウゴ候も了承して、これで正式決定だ。
「じゃあ――アリスト、頼む」
「はいはい。お任せ下さい、皓皇陛下」
人好きのする満面の笑顔は相変わらずだったが、俺はそこに少しばかり寒気を覚えた。




