第四十三話
儀式は滞りなく全て済んだ。
残念ながら結界の強化にネクスは手を貸してくれなかったが、まあ姿を見られるのが嫌だったんだろう。仕方ない。
俺達が目立っていい事がないのは確かだし、そうでなくてもネクスは初めから姿見せるの嫌がってたし。
(それにこの調子なら大丈夫そうだしな)
最初に予定していた女神のエレメントは、使うのを止めた。大丈夫だと思ったので。
「お疲れ、様です、陛下……」
「あぁ、無事に終わった」
儀式の様相はもう終わって、町はもう祭りへと移行している。感じ取れる人は、女神の力を感じ取れるんだろう。表情が晴れやかな人が多い。
「城に戻られますか?」
儀式が終わって俺がリシュアさん達と合流すると同時に、ネクスは早々に城へと引っ込んだ。アリストは多分……どっかで誰かに声掛けてるんだろう。
「いや、その前にカルタ達を探したい。いるかどうかも判らないが」
皓の森での別れ方はあんまりだった、と思う。
気まずい形で皓皇だとバレてしまったのも、気掛りに拍車をかけている。俺が二人に言わなかった理由は判ってると思うが、それはそれとして、謝ってはおこうと思う。間違ってるとは思ってないけど、気持ち的にな。
「そうですか」
(ん?)
今、ちょっとリシュアさんの声にほっとしたような響きがあったぞ。気にしてたんだろうか。
だったらいい、と思う。
(そうだよな。人を庇うためにネクスに――精霊王に意見しようとしたんだから)
勿論俺の意思ありきでだろうけど、それでも彼女が進んで人を――あの場ではカルタとアルタを守ろうとした事に、違いはない。
「……」
考えている事が伝わったのか、リシュアさんは気まずげに少し頬を染めた。
「……その、彼女達は確かに魔人ですが……。人間でも、ありますが……。私達に悪い者ではない、とも思うのです」
「あぁ」
「……この前、お城の女官から、お菓子、貰いました……」
困ったように眉を下げ、ライラも遠くの城を眺めてそう言った。
「怖かったから、食べなかった……けど、受け取った時、笑って、ました……。嫌じゃ、なかった、です……」
そんな事があったのか。知らなかった。
ライラは可愛いから、何か餌付けしたくなる気持ちは判る。小動物っぽいんだって、何となく。
「人は恐ろしい生き物です。汚らわしい生き物でもあります。その考えは変わっていません。……けど……」
「多くの人はそうでもない」
「……そうかも、しれません」
俺の言葉に、こくん、とリシュアさんは小さく頷く。
「私共は生まれてまだ六百年と少しの、若輩です。奏皇様の仰った人の裏切りも、正確に私が見たものではありませんでした。けれど私は、人とはそういうものだと、疑わなかった……」
「それが常識だったんだから、当然だ」
まして事実があったのが、余計にまずかった。
フィレナが始め、何の罪悪感もなく俺達を奴隷と呼んだように、常識というものは凄まじい力を持つ。
「単純だと、お笑いになりますか」
「いいや」
「……そう、ですね。そう仰って下さると判っていて、卑怯な事を申しました」
即座に否定した俺に、リシュアさんはほっとしたように微笑んだ。
「皓皇様の眷族として生を受けた事、心より誇りに思います。私の全ては、常に陛下の御心のままに」
「どうぞ最後まで……。共に、置いて下さい……」
「そうだな。多分最後まで二人に頼むんだろーな」
他の誰かに代わってもらうとか、考えた事もなかった。そもそも今の皓の森にはいないのかもしれないが、いたとしても……二人が良いかな、うん。
「宜しく頼む」
「はい!」
「はいっ、陛下……!」
「さて、それじゃ、カルタ達を探しに行くか」
「はい」
一般の観客の皆さんは、かなり遠くからの見物だったので顔バレはしていないはずだが、精霊であるだけで結び付けることは可能である。
雑踏に踏み込む前に隠霧を掛け、人の意識をすり抜けながら町を巡る。
「……あ」
人を探して通り抜けた屋台の前で、ライラが小さく声を上げる。興味が引かれる何かがあったんだろうか。
「どうした? ライラ」
「あ、いえ……。何でも、ありません……」
「……」
そう言われても、何もなくて足は止めないし声も上げないだろう。余計に気になる。
とはいえ問い詰めて言わせるのは何か可哀想だったので、何がライラの気を引いたのか、当たりを付けるべく辺りに視線を巡らせてみる。
(あ)
あった。アレだろ、多分。
甘く香ばしい香りを漂わせている、焼き菓子の屋台。
そう言えばさっき『貰ったけど食べなかった』と言ってた。多分食べてはみたかったんだろう。厚意の味を。
「食べるか?」
「え!?」
びくっ、と肩を跳ね上げ俺を見詰め、固まってしまった。
「リシュアさんも、食べた事ないだろう。こういう手を加えた菓子系は」
「……ありません」
こくん、と素直にリシュアさんは頷いた。
何分精霊には必要のない物なので、食というものに興味を持たない精霊がほとんどなのだ。食べたりするのは素のままの果物とか、果実酒とか、ハーブティーとか、その程度。しかも材料は全て皓の森に自生しているやつ。豊かな森ではあるが、流石に素材として見るには少ない。飽きる。
人間は世界中に分布していて、交易という手段を持っている。
それだけでもここら辺では珍しい物が手に入る上、まして人間の作った物だ。リシュアさん達が食べる訳がない。
そういうのもあって、ライラは食べるのが怖かったんじゃないだろうか、とも推測。初めての事は何でも怖いものだからな。
「食べてみようか」
「い、いえっ。私達は……っ」
予想通り、まず辞退しようとしたリシュアさんの言葉は聞かない事にする。
「まあいいから。すいません、手前の葉っぱっぽいやつ、三つ」
人の頭で掛けている名前も、値段すら見えなくて確認しなかったが、適当に注文。こんな所で売ってる物が、そう高い物な訳がない。
ちなみに資金は、皓の森に帰って、余裕が出来てから光のエレメントを結晶化した物を売った。
呪具として様々に使い道がある上、一応精霊王である俺のお手製である。上質だという査定結果が出て、それはいい値段で買い取ってくれた。
これはアリストから授けられた知恵である。そうやって通貨作ってたんだな。
奏皇様には内緒で、と言っていたので、俺もネクスには隠れて作業して売り払った。元手タダなんで俺達にはボロいんだが、やり過ぎると確かにまた摩擦になりそうな気がするし、感情的にもネクスは面白くないんだろう。そんなに必要でもないので、ある程度でいい。
「ほら」
受け取った焼き菓子は、意外にもまだ仄かに温かかった。砂糖をざっくりまぶしたリーフパイっぽいから、外れはない、多分。
俺に差し出されて断る術はないんだろう、おずおずと二人は一つずつ手に取った。
万一不味くても困るので、率先してかぶり付く。途端『あぁっ』とかリシュアさんから悲痛な声が上がり、ライラは息を飲む。店先なのに失礼だぞ、二人共。
(あ、結構好きだ)
俺も失礼だが、もっともっさりパサパサしているものを想像していた。が、意外に食べ慣れたサクサク系のパイに近い。砂糖は粒の大きい大味だけど。
「だ、大丈夫ですか!?」
「俺が駄目ならとっくにそこら辺の人達、何人かは確実に倒れてるから」
「……」
それはそうだ、と冷静に返ったのか、リシュアさんは黙って俯く。耳が赤い。
「……んっ」
小さく気合の声を入れ、手に持った焼き菓子に、覚悟を決めてライラはかぶり付く。
「ラ、ライラ……っ」
「……美味しい」
はちはち、と瞬きをして、新たな味覚に余程驚いたらしい、じっと食べ後の付いたリーフパイを見詰め、今度は躊躇いなく食べ始めた。
「だ、大丈夫?」
「凄く甘い」
「どうだろ。皓の森の果物はかなり甘いと思うが……。まあ、果物の甘さとは違うよな」
糖度的にはそんなに変わらない、どころか多分果物が勝つ気がするが、それを冷静に計れるようになるには、ライラにはもうしばらくの時間が必要だろう。
「お姉ちゃんがいらないなら、食べる」
「なっ、何をっ。皓皇様より下賜頂いた物を、何と心得ているのです! 私が頂きます! 当然でしょう!」
そこまで大層なものじゃないから、恥ずかしいから大声では止めてくれ。
両手で持つ程でもないリーフパイを両手で支えて持ち、ごくりと緊張に喉を鳴らしてから、リシュアさんはごく少量、口に含んだ。
「……っ!」
やっぱりこっちも新味覚だったっぽい。びっくりした顔をして、まじまじと手の中のパイを見詰める。
「美味しいだろ?」
「美味しい、です」
「全部、美味しい、ですか?」
一気に興味が引かれるようになったらしい。辺りに立ち並ぶ屋台に、ライラの瞳がきらきら輝く。
「全部はどうかな……。あ、それと、知らない人からもらった物は口にするなよ。後、あげるって言われても付いて行かないように!」
「だ、大丈夫です……」
忠告に少し恥ずかしそうにライラは頷く。子供そのものの注意を受けたのが、実際恥ずかしかったのかもしれない。
言ってから思い出したが、見た目子供でもライラも六百歳以上なのだ。流石に大丈夫か。
精霊の成長は本人の意識と、身体的に最も適した年齢で止まるらしい。生きてる分知恵と知識が増えて行くから、人間と同じ感覚ではないんだが、精神的には見た目と同じと思って間違いない。
なので、俺の心配はそう間違ってはいないはずだと思い直す。人慣れしていないんだし、余計だ。
「――あれ、ハルト……」
「あ」




