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女神の誓剣  作者: 長月遥
第三章 奏皇合流
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第四十三話

 儀式は滞りなく全て済んだ。

 残念ながら結界の強化にネクスは手を貸してくれなかったが、まあ姿を見られるのが嫌だったんだろう。仕方ない。

 俺達が目立っていい事がないのは確かだし、そうでなくてもネクスは初めから姿見せるの嫌がってたし。


(それにこの調子なら大丈夫そうだしな)


 最初に予定していた女神のエレメントは、使うのを止めた。大丈夫だと思ったので。


「お疲れ、様です、陛下……」

「あぁ、無事に終わった」


 儀式の様相はもう終わって、町はもう祭りへと移行している。感じ取れる人は、女神の力を感じ取れるんだろう。表情が晴れやかな人が多い。


「城に戻られますか?」


 儀式が終わって俺がリシュアさん達と合流すると同時に、ネクスは早々に城へと引っ込んだ。アリストは多分……どっかで誰かに声掛けてるんだろう。


「いや、その前にカルタ達を探したい。いるかどうかも判らないが」


 皓の森での別れ方はあんまりだった、と思う。

 気まずい形で皓皇だとバレてしまったのも、気掛りに拍車をかけている。俺が二人に言わなかった理由は判ってると思うが、それはそれとして、謝ってはおこうと思う。間違ってるとは思ってないけど、気持ち的にな。


「そうですか」


(ん?)


 今、ちょっとリシュアさんの声にほっとしたような響きがあったぞ。気にしてたんだろうか。

 だったらいい、と思う。


(そうだよな。人を庇うためにネクスに――精霊王に意見しようとしたんだから)


 勿論俺の意思ありきでだろうけど、それでも彼女が進んで人を――あの場ではカルタとアルタを守ろうとした事に、違いはない。


「……」


 考えている事が伝わったのか、リシュアさんは気まずげに少し頬を染めた。


「……その、彼女達は確かに魔人ですが……。人間でも、ありますが……。私達に悪い者ではない、とも思うのです」

「あぁ」

「……この前、お城の女官から、お菓子、貰いました……」


 困ったように眉を下げ、ライラも遠くの城を眺めてそう言った。


「怖かったから、食べなかった……けど、受け取った時、笑って、ました……。嫌じゃ、なかった、です……」


 そんな事があったのか。知らなかった。

 ライラは可愛いから、何か餌付けしたくなる気持ちは判る。小動物っぽいんだって、何となく。


「人は恐ろしい生き物です。汚らわしい生き物でもあります。その考えは変わっていません。……けど……」

「多くの人はそうでもない」

「……そうかも、しれません」


 俺の言葉に、こくん、とリシュアさんは小さく頷く。


「私共は生まれてまだ六百年と少しの、若輩です。奏皇様の仰った人の裏切りも、正確に私が見たものではありませんでした。けれど私は、人とはそういうものだと、疑わなかった……」

「それが常識だったんだから、当然だ」


 まして事実があったのが、余計にまずかった。

 フィレナが始め、何の罪悪感もなく俺達を奴隷と呼んだように、常識というものは凄まじい力を持つ。


「単純だと、お笑いになりますか」

「いいや」

「……そう、ですね。そう仰って下さると判っていて、卑怯な事を申しました」


 即座に否定した俺に、リシュアさんはほっとしたように微笑んだ。


「皓皇様の眷族として生を受けた事、心より誇りに思います。私の全ては、常に陛下の御心のままに」

「どうぞ最後まで……。共に、置いて下さい……」

「そうだな。多分最後まで二人に頼むんだろーな」


 他の誰かに代わってもらうとか、考えた事もなかった。そもそも今の皓の森にはいないのかもしれないが、いたとしても……二人が良いかな、うん。


「宜しく頼む」

「はい!」

「はいっ、陛下……!」

「さて、それじゃ、カルタ達を探しに行くか」

「はい」


 一般の観客の皆さんは、かなり遠くからの見物だったので顔バレはしていないはずだが、精霊であるだけで結び付けることは可能である。

 雑踏に踏み込む前に隠霧(インヴィジブル)を掛け、人の意識をすり抜けながら町を巡る。


「……あ」


 人を探して通り抜けた屋台の前で、ライラが小さく声を上げる。興味が引かれる何かがあったんだろうか。


「どうした? ライラ」

「あ、いえ……。何でも、ありません……」

「……」


 そう言われても、何もなくて足は止めないし声も上げないだろう。余計に気になる。

 とはいえ問い詰めて言わせるのは何か可哀想だったので、何がライラの気を引いたのか、当たりを付けるべく辺りに視線を巡らせてみる。


(あ)


 あった。アレだろ、多分。

 甘く香ばしい香りを漂わせている、焼き菓子の屋台。

 そう言えばさっき『貰ったけど食べなかった』と言ってた。多分食べてはみたかったんだろう。厚意の味を。


「食べるか?」

「え!?」


 びくっ、と肩を跳ね上げ俺を見詰め、固まってしまった。


「リシュアさんも、食べた事ないだろう。こういう手を加えた菓子系は」

「……ありません」


 こくん、と素直にリシュアさんは頷いた。

 何分精霊には必要のない物なので、食というものに興味を持たない精霊がほとんどなのだ。食べたりするのは素のままの果物とか、果実酒とか、ハーブティーとか、その程度。しかも材料は全て皓の森に自生しているやつ。豊かな森ではあるが、流石に素材として見るには少ない。飽きる。


 人間は世界中に分布していて、交易という手段を持っている。

 それだけでもここら辺では珍しい物が手に入る上、まして人間の作った物だ。リシュアさん達が食べる訳がない。


 そういうのもあって、ライラは食べるのが怖かったんじゃないだろうか、とも推測。初めての事は何でも怖いものだからな。


「食べてみようか」

「い、いえっ。私達は……っ」


 予想通り、まず辞退しようとしたリシュアさんの言葉は聞かない事にする。


「まあいいから。すいません、手前の葉っぱっぽいやつ、三つ」


 人の頭で掛けている名前も、値段すら見えなくて確認しなかったが、適当に注文。こんな所で売ってる物が、そう高い物な訳がない。


 ちなみに資金は、皓の森に帰って、余裕が出来てから光のエレメントを結晶化した物を売った。

 呪具として様々に使い道がある上、一応精霊王である俺のお手製である。上質だという査定結果が出て、それはいい値段で買い取ってくれた。

 これはアリストから授けられた知恵である。そうやって通貨作ってたんだな。


 奏皇様には内緒で、と言っていたので、俺もネクスには隠れて作業して売り払った。元手タダなんで俺達にはボロいんだが、やり過ぎると確かにまた摩擦になりそうな気がするし、感情的にもネクスは面白くないんだろう。そんなに必要でもないので、ある程度でいい。


「ほら」


 受け取った焼き菓子は、意外にもまだ仄かに温かかった。砂糖をざっくりまぶしたリーフパイっぽいから、外れはない、多分。


 俺に差し出されて断る術はないんだろう、おずおずと二人は一つずつ手に取った。

 万一不味くても困るので、率先してかぶり付く。途端『あぁっ』とかリシュアさんから悲痛な声が上がり、ライラは息を飲む。店先なのに失礼だぞ、二人共。


(あ、結構好きだ)


 俺も失礼だが、もっともっさりパサパサしているものを想像していた。が、意外に食べ慣れたサクサク系のパイに近い。砂糖は粒の大きい大味だけど。


「だ、大丈夫ですか!?」

「俺が駄目ならとっくにそこら辺の人達、何人かは確実に倒れてるから」

「……」


 それはそうだ、と冷静に返ったのか、リシュアさんは黙って俯く。耳が赤い。


「……んっ」


 小さく気合の声を入れ、手に持った焼き菓子に、覚悟を決めてライラはかぶり付く。


「ラ、ライラ……っ」

「……美味しい」


 はちはち、と瞬きをして、新たな味覚に余程驚いたらしい、じっと食べ後の付いたリーフパイを見詰め、今度は躊躇いなく食べ始めた。


「だ、大丈夫?」

「凄く甘い」

「どうだろ。皓の森の果物はかなり甘いと思うが……。まあ、果物の甘さとは違うよな」


 糖度的にはそんなに変わらない、どころか多分果物が勝つ気がするが、それを冷静に計れるようになるには、ライラにはもうしばらくの時間が必要だろう。


「お姉ちゃんがいらないなら、食べる」

「なっ、何をっ。皓皇様より下賜(かし)頂いた物を、何と心得ているのです! 私が頂きます! 当然でしょう!」


 そこまで大層なものじゃないから、恥ずかしいから大声では止めてくれ。

 両手で持つ程でもないリーフパイを両手で支えて持ち、ごくりと緊張に喉を鳴らしてから、リシュアさんはごく少量、口に含んだ。


「……っ!」


 やっぱりこっちも新味覚だったっぽい。びっくりした顔をして、まじまじと手の中のパイを見詰める。


「美味しいだろ?」

「美味しい、です」

「全部、美味しい、ですか?」


 一気に興味が引かれるようになったらしい。辺りに立ち並ぶ屋台に、ライラの瞳がきらきら輝く。


「全部はどうかな……。あ、それと、知らない人からもらった物は口にするなよ。後、あげるって言われても付いて行かないように!」

「だ、大丈夫です……」


 忠告に少し恥ずかしそうにライラは頷く。子供そのものの注意を受けたのが、実際恥ずかしかったのかもしれない。

 言ってから思い出したが、見た目子供でもライラも六百歳以上なのだ。流石に大丈夫か。


 精霊の成長は本人の意識と、身体的に最も適した年齢で止まるらしい。生きてる分知恵と知識が増えて行くから、人間と同じ感覚ではないんだが、精神的には見た目と同じと思って間違いない。

 なので、俺の心配はそう間違ってはいないはずだと思い直す。人慣れしていないんだし、余計だ。


「――あれ、ハルト……」

「あ」

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