第四十二話
「行きましょ」
「ああ」
結界強化の前のセレモニーで、城からパレードで中央広場に行き、そこでフィレナが演説と宣誓を行う事になっている。
それが終わってから、再びパレードで四方の塔を回り、強化を施す。その後は普通にお祭りだ。
場外に出て、長らく使われる機会のなかったという、観覧用の御輿に乗り込む。フィレナの乗る中央の御輿は、白と青のレトラスカラーに、いつの時代でも世界でも国でも、王家必須の金飾り。
その前にバウゴ候とロアさんの乗る、一ランク落とした御輿があって俺とネクスはフィレナの後ろ、他国の貴賓を迎える時に使われるという、レトラスカラーに銀飾りの御輿に乗った。
本来ならつけるべきじゃないと思うんだが、今回俺達が乗ってる御輿にだけは天井と御簾が下がって姿を隠している。ネクスが譲らなかった結果だ。
まあ、確かに今回の主役はフィレナにしないといけないので、俺やネクスが姿を見せるのは群衆の視線を奪う事になりかねない気もするので、これはこれで正しい気もする。
そして開始時間ピッタリに、高々と鳴り響くファンファーレ。
(おぉ、雰囲気あるな……!!)
俺はちょっとした感動を覚えていたんだが、ネクスの方は正反対の意見らしく、思い切り顔をしかめて見せた。
「嫌いなのか? ファンファーレ的な」
「あまり好きじゃねえな。人間ってなァ、どうしてこう、すぐに他者を威圧したがるのね……。そもそも、楽なんてのはもっと気楽なものだ。心を慰め癒す、プラスの力だ。使い方が違う。大体、技巧の上手い下手を重視し過ぎるのも気に食わねェ。音楽は感情こそを乗せるものであって、技巧なんざ二の次だ。この、感情を殺して誰が何の為に吹いてるのかも判らねェ、音だけで威圧する光景は、どう見たって異様だろ。これが、全員が畏敬の元に吹いてるってなら、判らなくねェ。だが何にも響かねえんだよ。……気持ち悪ィ」
本人には言ってなかったが、実はネクスの『奏皇』って似合わないと思ってたんだが、どうやらそうでもないらしい。アリストとも一緒に笛吹いてたし、風の精霊族は基本的に好きなのかな、音楽。
「大変だな、耳が良いと。俺は結構好きだぞ」
「変わった趣味だ」
「らしいから見てて面白い」
映画とかゲームとか、結構テンション上がるシーンだ、こういう時。
「……成程。それは中々面白い見方だ」
「……そうか?」
面白い、と言ってるわりに笑い方が冷ややかなのが怖いんだが。聞き返したけど、つい構えてしまった。
「この音が人間の王家らしい、とお前は言う訳だろう? そういう意味じゃ、こいつも然りだ」
言ってネクスは自分の座った御輿の椅子を撫でる。
「貴重な材料を使って飾り立て、威圧的な音でもって箔を付ける。そうしなければ王と判らない王という事だな。そいつを以って『王家らしい』というなら……お前も中々、辛辣だ」
「……お前の見方のが辛辣だ」
そこまで考えた訳じゃないぞ、俺は。王家が贅沢を尽くすのも、威圧ある空間作りするのも、俺の中じゃただの当然という刷り込みだ。
でもそういう当然はいけないのかもな。気が付いた時がきっと必要を考える時なんだろう。
考えると……ネクスの言ってる事も、当たってる気がしなくもない。
けど必要か不必要かって言われれば……必要かな、やっぱり。
「俺たちみたいに同族ならパッと見で判る種族ばかりじゃないんだから、やっぱり必要だろ」
精霊王は宿すエレメントの量が半端ないから、少なくとも同族同士ならすぐ判る。他種族から見ても量は計れるんだろうが、それが特別だからなのか、精霊王だからなのかはやっぱり判らないだろうから、同族だけに限定するが。
「一目で判った方が効率的ではあるな。これは知恵だ、という訳か」
「……まあ、それで良い」
さっきよりは大分改善した見方になった、と思う。
粛々と進む行列は、今の所順調だ。前を見ると、立って手を振るフィレナがずっと上品な微笑を顔に張り付けているのが見えた。
(どこの世界でも、皇室に求められるものは同じか)
友好という意味では、俺達も姿を見せて手を振った方が良いんだろうが、フィレナを食うよりはこの方がマシだ。大人しく座っておく事にする。
(……大丈夫なのか、あいつ)
ドレスの着こなし振りも然りだし、フィレナが元々こっちの人間で、そのための教育を受けているのも判ってる。
……それでも素のフィレナには、やっぱり向かないと思うんだよ。
無理する気がするから、無理してないか……少し気になる。
「……ハルト」
「あ、な、何だ?」
呼び掛けられ、ぼうっとフィレナを眺めていた目をネクスに戻すと、先程以上に不機嫌顔だった。何故。
「お前、あんまりあの小娘と関わんな」
「小娘って……フィレナか?」
「気にしてるだろう」
「そりゃあ、結構関わった相手だし、気になるだろ。追い詰められるとヤケになるタイプだし」
「……」
しばらくじっと俺を観察するように見詰めて来る。居心地が悪い。
「何だよ?」
「……お前は人に甘いから、どこまでの好意か計れねェな……」
「フィレナとどうこうとか心配してるのか? ないって、安心しろ。その点に関しては」
「断言できるか?」
拘るな。
いや、そりゃネクスが嫌がるのは想像付いてたけど、……何だろう。ネクスが嫌ってより、それ以上の心配を感じる気がする……?
「そんな事考えてる場合じゃないだろ」
……それに正直、俺が『どっち』にいるべきなのかが判らないってのもある。
俺は元々こっちに在るべき者なのか、用が済んだら戻されるのか。こっちで存在してるからって、向こうでの存在が嘘って事にはならないだろ?
寝て起きたら俺は皓皇だったんだ。夜普通に寝て、明日も普通に学校行くって信じてた。つーか考える余地なく当然だと思ってた。
だから今だって、寝て起きたら自宅のベッドの上かもしれない。
そうしたらやっぱり……こっちで特別とかってのは、作らない方が良いだろうな、とかも思うんだよ。俺のためにも相手のためにも。
だって人生の途中で帰ったら、きっと凄くもやもやするだろ、きっと。
――それとも、すぐに忘れて割りきって忘れてしまうものなのか。
いや、ないよな。どうにかして何としても帰ろう! とは思ってないが、両親の事とか、忘れた訳じゃないから。
「それに、フィレナは想ってる相手がいるらしいぞ。やっぱりどうなる気もないみたいだが」
「……」
俺の答えに盛大な溜め息をつき、行儀悪く縁に肘を乗せてネクスはあらぬ方向へと目を向けた。
「ま、それがいいだろうな」
「そうだろうな。やっぱり付き合える相手ってのはあると思うぞ」
「全くだ」
同意している割に、何か空々しい上空気が冷たいのは気のせいか?
更にそのまま行列は歩を進め、第一の山場である中央広場へと到着した。
馬が足を止め、御輿からフィレナが下り、敷かれた赤い絨毯の上を歩いて、特設された舞台の上に上がった。
花で飾られたその大の上に立ったフィレナには、確かに人の意識を引き付ける魅力がある。
『――今、世界が危機にある事は、生ける者全てが感じている事だと思います』
朗と響いたその声が、その場の集中を全て一気に纏めて向けさせる。
『魔人である事を諦めている人もいるでしょう。魔人である事が今、普通であるという人もいるでしょう。それが世界の流れだと、そう言う人もいるでしょう。
しかし、私達は知っているはずです。魔人の支配する世の恐ろしさというものを。
魔人になり、生き残る事が正しいのか。敵を殺す事で己を守る事が正しいのか。
――断じて、違う!』
強く断定された言葉にも、ただ人々は聞き入っている。真剣な瞳で。
『己だけを守る世は、いずれ己を殺します。敵を殺す世は、いずれ自分が殺されます。救う事と守る事こそが、私達を生かすのです!
世の流れだと諦めてはならない! 世はこの世界に生きる者が作るもの! 私は殺し合う世ではなく、笑い合える世でこそ生きて行きたい! 家族を、友を、愛する人と、大切にし合える世で生きたい!
だから今、私は魔へ抗う事を宣言します!
世界の流れを取り戻すために! 女神に祈りと忠誠を! 我等に祝福のあらんことを!!』
しん、と一瞬の沈黙が場を支配する。そして――
「アル・ティエラティエル!」
「アル・ティエラティエル!」
「アル・ティエラティエル!!」
わ、と一斉に女神を湛える叫びが湧き起こった。
「――あ」
「あ……っ!?」
瞬間起こった変化に、俺とネクスは同時に声を上げる。感じ取れる程に、女神のエレメントが一段濃くなり、魔を祓ったのだ。
「……あれで魔から本当に心が離れるってのか? 単純な……」
「大切な物って、案外何でも単純な事なんじゃないか?」
唖然として、次いで嘲るように取り繕って言ったネクスに、俺は心から笑って言ってやった。
人が呼び込むのは魔気だけじゃない。
自分の力で、自分を祝福する力を呼び込むんだ。




