第四十一話
「あの精霊、何とかしなさいよ」
「アリストか?」
「そうよ」
嫌っているという程の表情ではないが、行動を迷惑がっているのは確かそうだ。
「多少迷惑掛けてるかもしれないが、嫌がる人まで追い掛けてる訳じゃないから、勘弁してやってくれ」
本当に好きそうだったので、全面禁止にするのも何だか忍びない。
「それは別にいいのよ。本当に嫌がられてないから。嫌がられてないから問題なの」
フィレナからは意外と大らかな答え返って来たが、やはり止めろ、という部分は変わらない。迷惑でないなら、何が問題なのか。
「他に問題あるのか?」
浮足立って女官の皆さんの仕事が滞ってるとか……。
……いやいや。
多少は有り得なくない、と差し入れされた焼き菓子を思い出して思ってしまったが、本格的に仕事がと五凍るまでではないだろう。皆お仕事なんだから。
「あんた、声掛けられる事増えたとか思わない?」
「思う……ってか、考える余地なく増えてるけど」
アリストに用があって話し掛けて来る人とか、多くないけど、勇気出して俺とかネクスにお誘いしてくれる人もいる。
「奏皇とか、本人はいいわよ。あしらうの慣れてるみたいだらからトラブルになんないだろうし。でもあんた慣れてないでしょ。一々相手してるもの」
「……悪かったな」
あぁ、慣れてないとも。相手から声掛けられる事なんて、俺の人生の中でなかったからな!
き、嫌われてたとか、そーいうのでもないから、別に。好かれる程の要因のない、可も不可もない目立たない人種だっただけで……。
ちなみに彼女は幸一の時に一時いた。半年で自然消滅したけど。
いつの間にか隣のクラスの奴と仲睦まじくなってるのを知った時は、涙がちょちょ切れたもんだ。俺との事どうした、とか、もう今更言えない雰囲気だったさ……。
「別に悪くないわよ。慣れられてたらむしろ嫌」
「そういうもんか? やっぱりスマートにエスコートされる方が好きなんじゃないのか? 普通」
特にフィレナなんかは上流階級だから、そこの所が特に煩い気がする。本人見ての感想も含めて。
「必要な場所ではね。でも普段はそんなスマートさは求めてないわ、私は。エスコート出来ない男は論外だけど」
王族だからな。論外とまで言われてもそうだろうな、と思う。必要なスキルだろう。『必要』以上の必要があるような気がしなくもないが。
「けど、幾ら慣れてないからっつっても、それでトラブル引き起こすとか、そこまではないぞ」
その為に慎重に断ってるんだし、相手もほぼ駄目もとだし、最終的にアリストがフォローしてるし。
「そう思ってるのは本人ばかりでしょ。隙だらけだし。話してる途中でどうされるとか、考えないの?」
「殺気見逃す程油断してない」
「全員が全員、判り易いとは限らないでしょ。プロなら余計。行動起こされてからじゃ遅いんじゃない?」
「……」
そういう事態は、なくはないかもしれない。プロ、とまで言われると流石にそれでも大丈夫だ、と自信を持っては言えない。
「大体、殺気持ってないから全員が危害加えないとか、甘いのよ! 一定の距離を保ち、時間を掛けずにスパッと断る! 下手に相手にするから、もしかして行けるかも、とかも思われんのよ、そんな気無いくせに!」
……ん?
何か直前の話と趣旨変わってないか?
「……何の話してるんだ?」
「っ!」
話がずれた事に気が付いたか、はっとした表情をしてフィレナは固まった。
いや、そこまで驚愕して固まる事もないだろう。心配してくれたのにはどちらも違いはない。俺の事も、多分相手の事もな。
「期待させないようにはしてる。心配ない」
「……だから、そう思ってんのは本人だけでしょ」
「正面から言われりゃ断るし」
「……やっぱり、断るんだ」
今の所、誰かと付き合おうって気にならないし、そもそもそんな状況でもないだろう。言われ方が責められているような物になっているのは、何故だ。
「そりゃそうだろ。フィレナだってそうだろ?」
「そうね――って言いたい所だけど、判らないわ」
……意外だ。
「何よその顔。意外?」
「結構……」
「……そうね」
正直に言ってしまってから失礼だったか、と思ったが、ややあってフィレナも困ったように微笑んで頷いた。
「私も意外だと思うわ。そんな事考えてるのも、自分が本気でどうしようとか考えてるのも」
「別にいいんじゃないのか。人を好きになるって良い事だろ」
「そうとも言えないわ。少なくとも私は……。あんただってそうでしょ? だから考えもしないで断る事を選んだんじゃないの?」
フィレナは立場の事で言っているんだろう。
俺はあんまり気にする必要はないと思うが、惚れた相手が魔人だったりしたら、良い顔はされないんだろうなとかは、やっぱり思う。それが嫌だな、とも、思う。
フィレナが立場を気にするのは当然かもしれない。身分とかには俺よりずっと意識が高いだろう。
「……まあ、確かにな」
「そうでしょ?」
肯定した俺に頷きながら、しかしフィレナは表情を曇らせる。
「その方が良いのよね……」
「実感、こもってるな。望まれないような相手がいるのか?」
フィレナと行動する事は結構多かったと思うが、知らなかった。
けどこっちで過ごしている時に会った誰かとか、元々国に残して来た誰かがいるかもしれないから、知らなくても当然なのか。
「いないわ。いない事にしとく! その方が良いから!」
って事は、いるんだな。
とは言え本人が踏ん切りを付けようとしている事に、首を突っ込む事はないだろう。
俺もフィレナの考え方には賛成だ。面倒がある相手と付き合って、上手く行くはずない。無理したって自分も相手もしんどいだけだ。
「――じゃ、悪かったわね、引き止めて。気を付けなさいよ」
「お前もだろ」
「私は気を付けてるから大丈夫よ」
やっぱり最後に可愛くない一言を残して、フィレナは目的に戻って行った。
(大丈夫……だよな?)
フィレナから得た話をもう一度思い返してみても、結局俺は何も想像が付かなかった。
何かが起こるような気配は何もしない。ただ判るはずがないと言われたネクスの言う通りで、それだけが引っ掛かって、俺はすっきりしない気持ちで窓の外の空を眺めた。
空には優雅に何羽かの鳥が飛んでいる。それだけの、実に平和な様相だ。
(……見た事ない鳥だな。つっても、こっちの生物なんてほとんど知らないんだが……)
すっきり晴れ渡った青空には、やはり何の兆候も見えなかった。
迎えた儀式の日も、爽やかな晴れだった。
別に雨が悪いって訳じゃないが、こういう時は晴れの方が何となく幸先が良い。観に来る人は確実に楽だし。
「ハルト、良い?」
「あぁ」
声を掛け、部屋に入って来たフィレナは、俺が初めて見る正装をしていた。
青みがかった白のドレスと、いつもはリボンを飾っているだけの髪も、念入りに梳かれて結われ、生花が飾られている。
「……」
「何よ」
「いや、流石似合うと思って」
相当に高価い物だと思うし、綺麗には捌きずらそうな襞とレースの多いスカートとか、足の、実は結構高めのヒールとか、もろもろ含めてドレスに着られてる感が全く無い。
あぁ、やっぱりそっち側なんだ、という感じだ。
「そう? ……どう?」
「だから、似合ってるって」
「……他に何かないの?」
……ちょっと不機嫌になった……か?
ここは褒めるべき所だし、フィレナもそれを期待してるんだろう事は判る。しかし、照れる。なあなあで済ませようとしてる俺の心の内とか、気ィ遣ってくれないかな。駄目か。
「綺麗だと思った。ドレスに負けてない。やっぱり上品だったんだな」
「……あんたから見ても、少しは、そう?」
俺から見ても――って、初めから可愛いとは思ってたぞ。言わなかったけど。言える訳もねーけど、そんなん。
「自信ないのか? 大丈夫だ。誰が見ても期待を裏切らない姫君だ」
「な、なくないけど、そういう事じゃないでしょ!」
なくないのか。実際可愛いから、言われる事も多かったんだろう。自覚があっても当然か。
口に出せるのは結構凄いと思うが、いっそ潔いのか?
しかし、褒める所は褒めたはず。これ以上の何を期待されてるのか。褒め言葉自体が失敗だった訳じゃないようだが。
考えてしまった俺に、フィレナからは盛大な溜め息が返って来る。
「考えられちゃうようじゃ仕方ないでしょ。いいわよ、もう」
「……悪い」
何かデリケートな部分のプライドのを傷付けてしまったようなので、素直に謝っておく。
何に対して謝ってるか判らない状態で謝る事に申し訳なく思いつつ、それも含めて。
「姫様、お時間が……」
「あ、ええ、そうね」
一歩離れた所で待機していたロアさんから、そう控えめに声を掛けられフィレナは頷く。




