第四十話
人数が増えた事もあって、今回はリシュアさん達とは別部屋になった。ネクスが同室だからだろう、リシュアさんもライラもこれと言って反対する事もなかった。
それはまあ、良かったんだが。常識的もそっちの方が。
――ただ、困ったことが一つ起きている。
コン、コン。
「……」
ノックされた扉に、俺とネクスの間に沈黙が落ちる。少しばかり躊躇ったものの、居留守を使う訳にもいかないので、億劫ながら立ち上がる。
自然出る憂鬱な溜め息を零した俺に、抑えた声量でネクスから声が掛けられた。
「止めとけ」
「放っとくのもまずいだろ」
「放っときゃいい。どうせ目当ての奴ァいないんだから」
「そうなんだけどな」
バウゴ候に言われてマトルトーク城に滞在して、今日で三日目。昨日は二、三人だったのに、今日は朝から数えて五人目だ。
この状況を作り出した当人は、朝一番に訪れた人と、楽しく町に繰り出している。
「印象悪くする訳にいかないんだよ。一言断れば済むんだから」
「……本っ当あいつ、一回殺してやる……ッ!」
本気の殺気が見えるような気がする。……帰って来たら制裁かもな。
いや、と、止めるとも、勿論。一発以降は。
「はい」
待たせていた扉を開けると、予想通り、ほんのり顔を赤らめテンション高めのメイドさん二人組がそこにいた。制服って事は、まだ仕事中か。
「あ、あの。アリスト様いらっしゃいます?」
「すまないが、今出掛けてる」
そしてアポも取ってやれないぐらい、同じ目的の人が来る訳だよ。
そう、マトルトークに滞在する事になって、初日からマジで実践して声掛けてるんだよ! しかもこの勢いは、かなり手当たり次第と見ているんだが、どうだろう。
またアリストが人好きのする柔らかい感じの美形なのと、精霊の物珍しさが手伝ってだろう、好奇心含めて人が来るわ来るわ。
「そうですかー……」
「あのっ、これ、私達でお昼に作ったんです。宜しければ皆様で召し上がって下さい」
期待と緊張――間違いなく期待の方が大きい表情で言われて差し出された、明らかにこのために用意されたラッピング済みの手作りお菓子を、断る手段がここにあろうか。
「ありがとう」
くっ。アリスト宛てであれば『渡しておく』で済んだものを。皆様で、と言われると困る。
次会った時感想とか言わなきゃいけないのか? 多分望まれてるのはアリストだけだろうけど、義理的に。面倒臭い。そして切ない。
しかし表情は笑って受け取ると(多分硬かっただろうが)、一応喜んで戻って行った。
「……はーっ……」
「お前、あんま隙見せんなよ。襲われんぞ」
テーブルに貰った菓子を置いて、疲れた息をつきつつ座った俺に、ネクスから笑い飛ばしたいがそうも出来ない忠告をされた。
……というか、この忠告が来るって事は。
「……襲われた事あるのか?」
「ねェよ。テメーだろ。一緒にすんな」
そうですか。
「本気でアリストだけを狙ってるとか思うなよ。見目良けりゃとりあえずどれでもいいって人間は少なくねェ。あいつよりも俺達のがブランドとしちゃ価値があんだ。あんま甘い顔すんなよ」
「ブランドって、そこまで悪意のある言い方しなくてもいいだろう」
そんな事ばかり考えてる人ばかりじゃないだろ。顔で選んでるだけにしても。
「そういうので判断する人間は確実にいる。ま、お前に面倒掛けるほど馬鹿じゃねェと思うけどな……」
「あ、やっぱりあんま面倒だと思ってないんだな」
面倒は面倒なんだろうし、腹立たしい部分もあるんだろうが、言ってる程にはネクスは怒ってはない。あくまでも言ってる程には。
「……今の所はな」
「方法としちゃアレかもしれないが、俺はアリストに感謝してるぞ」
「それも含めて腹立ててんだよ」
「そうか」
俺としてはアリストを緩衝材に、人と俺達の間にあったどうも拭えない緊張が緩和されつつあるこの状況を歓迎している。やり方はアレだが。
だから近付きたくないネクスが面白くないのは当然と言える。
「で、どうなんだ」
「何がだ?」
「俺は関わる気ねェし、そう急いでもねえからどうでもいいっちゃいいが、結界強化のイベントだどうだって話だ。二、三日って話だったろう」
「ああ、何か資材が遅れたとかで、明後日になるらしい」
頬杖をついて興味なさ気に聞いていたネクスが、手を外して姿勢を戻す。
自分で振った話題を適当に聞く態度もどうかと思うが、急に真剣になられてもぎくりとする。嫌な予感の方が先に立つ。
「……何だ?」
「何で遅れたか、聞いたか?」
「いや、詳しくは聞いてないが……」
ああそうなんだ、と思っただけだったから聞かなかった。
(何だ。何か気になる事でもあるのか?)
「……ふん」
「ネクス……?」
「何でもない。気にするな」
言って再び、だらりと姿勢を崩して背もたれに寄り掛かった格好になる。
そんな様でもどことなく気品があるのは、もうきっと生まれつきなんだろう。
皓皇の顔は温和な王子様系だが、ネクスの容姿はまま王のそれだ。威圧感含めて。
「いや、気になるだろ。調べた方がいいのか?」
「さて……」
嫌な話振りに重ねて聞いた俺に、ネクスは唇だけを笑みの形にして、答えない。
「ネクス!」
「忘れんな。俺は人間を使おうとは思ってねェ。使うつもりでいんのはテメェだ。俺はお前の力が回復するまでお前を守れりゃ、それで良い。先の事を考えりゃ人間同士、魔人同士で食い合ってくれんのが、一番手間がなくて良いってもんだ」
「っ……」
――そう、そうだ。ネクスは始めからそう言っている。
頼るべきじゃない。頼れば、俺は多分いつかフィレナ達を失っている。
「ただ一つ言っとくが」
堪らず席を立ち、詳しい話を確認しに行こうとした俺に、ネクスからそう声が掛かって動きを止める。
「何かすらも予想付かねェ奴が、知って何かに気が付くたァ思えねェ」
「……っ。知りゃ何か気が付くかも知れねェだろ!」
少し甘い答えを期待してしまった分、言われた言葉が――悔しかったのか、腹立たしかったのか。叫んで返して部屋を出て行く。
(何だ。何があったらまずいんだ?)
引っかけ、だとまでは思わない。資材が遅れたと聞いた時のネクスの表情は素だったと思う。舐めてる上、実際読み通り何も判っていない俺の前で、隠す理由なんかないんだろう。
(……駄目だ。本当想像つかねェ……)
しかも話を聞くと言ったって、俺がマトルトークで話せるのは、バウゴ候とフィレナだけだ。顔だけ知っている人ならもう少しいるが、皆畑違いもいい所。
「――あれ、ハルト?」
他に当てもないので、悪いと思いつつバウゴ候の予定を聞くべくロアさんを探していると、途中でフィレナと先に会った。
「フィレナ、丁度良かった」
「何よ? どうしたの?」
「祭典が送れるのって、入荷予定の資材が遅れてるからなんだよな?」
「そうよ。どうかしたの?」
「どうって程じゃないが少し気になって。どこから何が遅れてるんだ?」
深く突っ込まれると俺も答えられないので、曖昧に誤魔化しつつそう訊ねる。ネクスが何か気にしていたから、とか、正直に言うのは若干恥ずかしいので。
「カプレスからよ。儀式や何かの時は水砂を町の周りとか、儀式場とか、移動ルートとかに撒くの」
「水砂?」
「あんた達とは呼び方違うのかしら? 海とか川とかの底にある、銀青色のあの砂よ」
あの、と言われても判らないが、フィレナの口調からしてそう貴重な物ではなさそうだ。用途からして大量に必要そうではあるが。
レトラスは水に依る事が多いな。やっぱり首都がミットフェリンだからか。
「理由聞いてるか?」
「砂が少なくて量を確保するのに時間が掛かったって。まあ、仕方ないわ。エレメント物質が魔気に侵されて消失するのは珍しい話じゃないし」
「そうか……」
ましてカプレスから取り寄せようとするなら、余計に少なくなっててもおかしくない、か。
「それが何?」
「いや、何でもない。悪かったな、引き止めて。――無理するなよ」
「あ、うん。ありがと」
フィレナもここ最近は忙しそうなので、呼び止めてしまった謝罪をして早々に別れる。
「――あ、ねえ!」
「?」
一回通り過ぎ掛けて、しかし何か思い出した事があったのか、フィレナは足を止めて後ろを振り返って俺に呼び掛けた。




