第三十九話
「確かに先過ぎる話をしても仕方ねェ。どうせこっちも今は動く時じゃねェしな」
「どういう意味?」
「ハルトが役に立たねェって意味だ。回復させんなァまだ時間が掛かりそうだしな。下らねェ寄り道してても今は別に困らねェ」
「役に立たないって……そんな事言わなくても」
自分達のやろうとしている事を、下らない呼ばわりされた事よりも、そして言われた俺自身よりも、フィレナの方が鼻白む。
庇ってくれるのは嬉しいが、間違いなく事実だし、俺が気にする部分は何もない。
むしろ多分、ほっとしている。
役に立たないのだから、黙って下がっていろと。責任の生じる何かを、今俺は避けようと思えば避けられる。俺が躊躇いを見せればネクスが代わりに負ってしまうだろう。
(それは駄目だ)
ネクスは精神的な意味でも、俺よりタフだ。犠牲も何もかも覚悟をして、当然の様に数として処理できる適性を持っている。
元からなのか、身に付けた技術なのかは判らないが。
……俺は出来ないし、したくない。人は数じゃない。そう思いたい。
(けど黙って逃げるのは、嫌だ)
何も言わずに甘えさせてくれるから、余計に嫌だ。
俺の事で負担を掛けさせたくない。想ってくれる人には、余計に。
「お前の考えの中で役に立たなくても、生憎出来る事もそれなりにある。だから先に出来る事をする事にするよ」
「好きにしろよ。別に止めねェよ」
……止める時は警告一回、実力行使、なんだろうな。皓の森での事を考えると。
「……」
傍から見ると、微妙なやり取りだったらしい。
ネクスが奏皇で俺が皓皇だから、どっちに肩入れするような事も言えないんだろう。取り成そうとして、しかし何も言えずに、フィレナは困って言葉を詰まらせている。
(心配ないから、気にするな)
目が合った時に、大丈夫だからと微笑ってみせると、丸々一回分の深呼吸の間の後、ふいっと目を逸らされた。結構な勢いで。
……あぁ、そういやフィレナは皓皇の顔嫌いだったな。多分、アレだ、嫌だっていうより、照れるから恥ずかしいんだろう。
全然関係ない所のはずなのに意識させるとか、容姿の力ってやっぱりでかいよな……。
「……おい、ハルト」
「何だ?」
「お前も人間相手にとか、勘弁しろよ」
本当に嫌そうに端正な顔を歪めて言ったネクスに、苦笑してぱたぱたと左右に手を振った。
「こんな時世だし、生憎縁がない。先は判んないけどな」
これだけの美形だから、好きな子でもいれば自信持って告白できるのかも――とか思わなくもないが、肝心の『その気』にそもそもならないんだから、使いようもない。
神秘性を高めてくれて便利なので、今の所はそれでいい。
「……あー……」
何か言いたそうに、しばらく言葉を探した後、面倒臭くなったのか、息をついてネクスは緩く首を振って。
「だったらいい。それもあんま良かねェけど、人間よりゃマシか」
「駄目ですよ、皓皇様。男らしく好意にはちゃんと答えてあげないとチャンスなのにぐふゥッ!」
アリストの隣に座っていたリシュアさんが、台詞の途中で神速の肘を入れた。
「う……っ。うぐ……ッ。奏皇様より、容赦ねェ……。腕上げたな、リシュア……」
机に突っ伏し、撃たれた脇腹を押さえひくひく痙攣しながら言ったアリストに、ふん、とリシュアさんからは冷たい一言。
「口は災いの元とも言う。貴様の節操のなさに皓皇様を巻き込むな」
「節操なくねーよ。俺は誰かを愛してんのが好きなだけ。お前も恋愛してみたら? 色々楽しいぞ。しんどいこともあるけど。何なら俺と付きあっごふっ」
あぁ……。予想できるだろうに、何故そこまで言ってしまうのか……。
口が軽すぎるのか、正直すぎるのか、特殊性癖の持ち主なのか。
……正直って事にしとこう、うん。
「……」
咳き込むアリストの声だけが響く空間には、何とも微妙な空気が流れた。この状態を一体どうしろと。
コン、コン。
何を言えばいいのか判らない空気(気にしていたのは俺とフィレナだけっぽいが)を払拭してくれたのは、静かな扉のノック音だった。
「お待たせして申し訳……。ど、どうなされました」
入った途端、机に突っ伏しごふごふ言ってるアリストが目に入って、バウゴ候は狼狽した声を上げる。
そりゃそうだろう。
「心配ねェ。ただの持病だ。主に頭の」
「ひ、酷ェ……」
まあ、心配ないのは確かだ。
「人数増えて悪いが、また世話になる」
「どうぞお気になさらず。交流の機会が増えて皆も喜ぶでしょう」
「ネクス、彼がこの城の城主で領主の、バウゴ候だ。バウゴ候、こっちは奏皇。しばらく共に行動する事になる」
「なんと……っ」
多分皓の森から連れてきた俺の眷族だと思ってたんだろう、当然だがバウゴ候も驚いた。
「世話になる。なるべく面倒はかけねェつもりだが」
「どうぞ、お気遣いなく。気になる事があれば、気兼ねなく仰って下さい」
「――で、結界なんだが、とりあえず今日は休ませてもらって、明日取り掛かろうと思うんだが」
「あぁ、いえ。お待ち下さい」
「?」
多少落ち着いたとはいえ、急いだ方が良いのに違いはないと思うんだが、何か不都合が出来たのだろうか。
「何か問題でも?」
「問題という訳ではないのです。ただ――」
「前に話したでしょ? 結界強化と一緒にイベントやろうって。魔に対抗する声明発表と、クアトート遠征への壮行会兼ねてね」
バウゴ候の言葉を奪って引き継いだフィレナに、そう言えばそんなような事を言っていたのを思い出した。そこまではっきり形になったのを聞いた訳じゃないけど、進めてたんだな。
「その準備があるから、もう少し待ってて。そうね、二、三日ぐらい」
「判った」
別段予定外の悪い事が起こった訳ではない事にほっとして頷く。
「それでは、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」
「あぁ、有難う」




