第三十八話
「お前、テメーの領域判ってるか? まずアイルシェルを何とかしろ!」
ああ、そういう事か。
「でも今皆やる気になってるから、出来ればこのまま行きたいと思うんだよ。それにミットフェリンをこっちに落とせば、行き来し易いだろ?」
「……そりゃあ、まあな」
ネクスは移動にドラゴンを使って空から来てたが、単純に速くて障害物が少ない以上の利点はないだろう。魔に侵されたドラゴンも普通にいるし。
……魔に侵される素養のある者は使いたくない、と言っていたネクスが使ってるって事は、エレメント種的な括りがあんのかな。
「それで、お前にも西から攻めてもらって挟撃出来ればいいな、とか」
「おい、こら。勝手に予定に入れるな」
「……駄目か?」
一応目的は同じだから、ネクスにとっても悪い話ではないはずだ。
「お前のためってなら、構わねェ。元々アイルシェル取り戻すのに、俺の眷族を貸してやるつもりでいた。だがそれは人間のため、だろ」
「魔に抗うすべての生物の為だ」
「――……」
組んだ腕の上で、苛々とネクスは指で上腕を叩く。
利点は判ってても、ただ人間のためってのがひたすらに面白くないらしい。
「とはいえ、まずはクアトートを落としてからだから、人と俺とで何とかするさ。フツカセだって長く留守に出来ないだろ? 会えて良かったけど、お前は――」
「舐めんな。テメーん所程人材なくねェんだよ。今のテメェを放っとけるか」
「……実力行使で連れて行く、とでも言うつもりか?」
それは嫌だし、困る。
多分敵わないから力尽くで来られたらそうなるんだと思うが、抵抗はさせてもらう。
そして連れて行かれるのも、ネクスと本気じゃなくてもやり合うのは、嫌だ。
「それでもいいが、納得してねェお前を連れ帰って見張っとくなァ面倒だ。だからテメーの言う通り、さっさとミットフェリンを取り戻しちまおうじゃねえか」
「……って、いいのか?」
それは全面的に自分の主張を曲げて、俺の意志だけを通した形だ。
「構わねェよ。確かに人間って奴は、唯一の敵が強大な間は使える。その間にでも記憶を取りもどしゃ、説得する手間も省けんだろ。出来る事からやってくのも悪かねェ」
「マジで! やった!」
王同士の会話という事で気を使っていたのだろう、振られた事に答えて殴られてから、黙って話を聞いていたアリストが思わずと言った調子で喜びの声を上げる。
「やったってなァ何だ」
「だってフツカセには人間いないじゃないですか。俺ずっと人間の女の子と仲良くなってみたかぶはっ!」
今度は引き出しを引き抜いての一撃を見まわれた。
懲りない……。懲りないんだな、アリスト。それ言っちゃったらネクスから制裁入るって判ってただろうに……!
「ふん」
「……ネクス」
「何だ」
「いいのか? 本当に。俺達ほとんど人と行動してるんだぞ?」
応じた時はちょっとアリストの方向いたままで不機嫌そうだったが、主軸が戻った話だと判ると再び俺へと向き直った。
「あァ? 心配すんな。お前の面子潰すような真似はしねェよ」
「そこは別に心配してない。ただいいのか? ってだけで。嫌いなんだろ?」
「吐き気がするね」
躊躇わず断言。本当に嫌いだな。
……『俺』もそうだったんだろうか。嫌いだったのは間違いないようだし。
「だが、俺は使えるものは使う主義だ。本来なら御免だが、お前が使いたいってなら妥協してやる」
「――済まない。有難う……」
「……ん? 皓皇様、少し変わった?」
角が直撃した頭をまだ撫でさすりつつ、僅かに首を傾げてアリストが言った。
「ハッ、馬鹿か。別に変ってねェよ。こいつは昔から甘かったんだ。人を使うより使われる奴だ。――ただ少し、無理して皓皇の服を着てただけだ」
……そうだったんだろうか。判らないけど、今の俺には。
「無理すんなっつっても聞きゃしねェ。ちっとばかり面倒くせェが、だが、無理してねェお前で良い。お前が出来ない事は俺がやってやる。そのまま甘ェ戯言言って――、ちゃんと心から、笑ってろ」
「それは嫌だな」
ネクスの言う通りにしていれば、多分俺は楽だ。今まで考えてた色々な事を考えなくてよくなるし、責任もなくなる。
……けど嫌な事を人に押し付けるのは、やっぱり嫌だ、と思う。近しい人が嫌な思いをするのは嫌だ。ましてそれが自分の代わりになんて、気が引けてしょうがない。
自分がしてもらって嬉しい事が人も嬉しい事だとは限らないが、自分が嫌な事は大抵人も嫌だ。
「知ってる。だから、テメーで出来ると思うなよ」
「肝に銘じとくよ」
知らないうちに全部片が付いてるとかも、御免だからな。
(……ついに来たか。この時が)
俺にとってはもう大分慣れた場所である、マトルトークの会議室で待ちながら俺は懐かしい緊張を味わっていた。
当初の予定通り、カプレスに寄って女神のエレメントを回収してから、実質今の行動本拠となっているマトルトークへと戻って来た。
カプレスにあった神殿や封印されていた物については、ネクスも心当たりがないらしい。リシュアさん達が知らないぐらいだから、そうだろうと思っていたが。
カプレスもマトルトークも、以前よりも魔気が薄くなっていた。善意を表に出せるようになったおかげだろう。そして人々が魔に抗う意識を持ち始めた事。
これは少し、希望を持ってもいいんじゃないだろうか。
ネクスの評価が全く変わらないのが痛いが、俺は結構浮かれてた。良いだろう、浮かれても。
そうして通された会議室で待つ事しばし出、部屋の扉がノックされた。
「ハルト!」
挨拶はなく扉を開け入って来たのは、バウゴ候ではなくフィレナだった。そしてここに見慣れない顔が二つ増えている事に、戸惑いの表情を浮かべる。
大丈夫……。大丈夫だと思うが、どうか冷戦になりませんように……!
「え……っと?」
「ハルト。お前、人間に名を与えてんのか」
「都合上必要があったんだ」
やはり面白くないのか、知らなかったネクスから睨まれるが、ややあって溜め息をついただけでそれ以上は言われなかった。
「……誰?」
「あぁ、悪い。こっちが風の精霊王の奏皇で、もう一人が眷族のアリスト。しばらく一緒に行動する事になる。――ネクス、彼女はフィレナ・レク・レトラス。レトラスの王女だ」
一気に紹介した俺の言葉に、フィレナは驚いて息を飲む。ネクスの方は無反応。
「レトラス第二王女の、フィレナよ。宜しく」
「あァ、宜しく」
言葉では答えたものの、ネクスはフィレナの差し出した手に応じなかった。それだけで十分だったのだろう、黙ってフィレナも手を引いた。
「どうして奏皇がここに?」
「ハルトを迎えに来たに決まってんだろうが。こんな魔人だらけの地域にエレメントの司を置いとけるか」
「え!?」
ネクスの言葉にフィレナはぎくりとした顔をした。微かに血の気が引いたようですらある。
戦力としてカウントは出来るだろうが、そこまで慄かれる程の穴かな。……穴かもな、今の状況じゃあ。
「それは、風鳴きの大陸へ行くって事?」
風鳴きの大陸、という呼び方は初めて聞くが、その辺がネクスの宮があるフツカセの人間的呼び方なんだろう。
「いや、言ったろ。しばらく行動を共にするって。ネクスにこっちに留まってもらう事になった」
「そ、そうなんだ」
やはり心配だったのか、ほっとした息をついて胸を撫で下ろしてからフィレナは頷く。
期待される過ぎるのは重いが、自分の選んだ道だ。人の期待に対してどうこう言う気はない。
「今放置とか、あんまりだろ」
「まあ、そうよね」
早くも動揺から回復して、当然、と言わんばかりにそう言われた。
「ハルトの話じゃ、このままレトラスまで落としに行くらしいな? 何か考えでもあるのか?」
「そ――、それは、これからよ」
真っ正面から、一切の甘さなく試す様に言われ、フィレナは気圧されてどもりながらそう答えた。それがネクスに納得させられる答えだとは、フィレナも思っていないんだろう、表情が硬く、身構えている。
「一般的に、城攻めには三倍の力が必要とされると言うな。レトラスを攻めるのに当てはあるのか?」
「それもこれからよ! 大体、私達はレトラスを『取り戻す』の。三倍の力で攻めて落としてどうするのよ」
「ほォ?」
少し興味が出たか、ネクスの唇に薄い笑みが浮かぶ。意地の悪さしか瞳には映っていないが。
「戦って勝つあてすらないのに、取り戻すと来たか。聞き良いが、より困難な道だな。肝心の中身がなけりゃただの妄言だ」
「レトラスに関しては、考えてる事がなくはないわ」
(え、そうなのか)
悪いが、意外だ。フィレナも軍略とか、そういうのは得意じゃない――ってか、学んでないと勝手に思ってたから。
けど武術もそうみたいだし、実は教養の一環として学んでいたのかもしれないな。
「でもそれはまだ先の話よ。急ぎ過ぎるつもりはないわ。私には国民の命を守る義務があるの。戦うにしたって、犠牲はなるべく出すべきじゃない」
「だが、先を見て行動しなけりゃ手遅れになる事もあるな。まして今の状況なら」
「考えてばかり、読んでばかりでも足元掬われるって話よ! まずはマトルトークの結界強化から!」
「……ま、いいだろ」
しばらくフィレナを観察していたが、ややあってネクスは頷いた。




