第三十六話
「甘いとかじゃないだろ! 人間と戦争するつもりか!」
精霊が人間全てを認めずに敵とするなら、当然人間だってそうなるだろう。そうなれば、生き残るために魔人となる人が、確実に増える。
「必要がありゃそうする」
しかしネクスは、全て判った上ではっきりそう言った。話す余地などどこにもないという、迷いのない断言。
だが俺だって、そんな事――お前と同じぐらいに認められない!
「俺はッ。進んで魔に堕ちた魔人以外、殺す必要は感じない。その手段を認めるつもりもない!」
「今の状況判ってその台詞言ってんのか」
「奏皇様、おそれながら――」
「黙れ、ケルガム。テメェの意見が、ハルトより重きを持って俺に届くと思ってんのか」
おそらく俺の援護をしてくれようとしたんだろう、声を上げたリシュアさんを、一瞥もせずに一蹴する。
俺と同じ意見なら、聞く必要もないか。
そうだな。ネクスを説得するのは、同じく王である俺の役目だろう。
「今そんな甘ェ感情で物を決める訳にゃ行かねェ。お前は把握してねえのかも知れねェが、今動ける精霊王は俺とお前だけだ」
「判ってる」
「六百年くたばってたテメーのエレメントは、再生してないルトラの次に壊滅的だ。今のテメーに魔人なんか気遣ってる余裕はねェだろうが。見ろ、皓の森の有様を。光の宮があるたァ到底思えねえ荒廃ぶりだ」
荒廃……。荒廃してんのか、これ。
俺には十分綺麗な森に見えるが、最初の頃と比べての変化を考えれば、そうなのかもしれないと思い直す。普通じゃない森だから、普通の森の様相では足りないのだろう。
「それでも、俺も森も力を取り戻してる。俺が起きて一月近くになるが、起きた時はもっと酷かった」
「そりゃそーだろ。俺達は生きてさえいりゃエレメントを生み出し続ける。無事でさえいりゃ、な。光のエレメントも回復して行くはずだ」
「俺はこれだけ早くに回復に向かったのは、魔道に阻害されなかったためだと思ってる。マトルトークやカプレスが、魔を拒んで薄めたから、この地は光のエレメントを受け入れたんだと!」
「魔人共を全員殺っときゃ、今頃もっと清々してたぜ」
「代わりにより強力な魔人を生んだはずだ。それこそ、ここら一体の魔気よりも、もっと強大な魔道を開いてな!」
「だったらそいつ等もブッ殺す。それだけだ」
「自分で言った台詞を忘れたのか? 今、動ける精霊王は俺とお前だけ。しかも六百年前とは違う。女神のエレメントは使えないんだ。魔王には敵わない!」
「っ……!」
ギリ、とネクスは強く歯を噛みしめ、言葉に詰まった。舌戦に一段落つき、俺は上がった息を肩でもして、ネクスの次の言葉を待つ。
「だから……。だからこそ、だろうが! 奴等が遊んでるうちに、魔人共を消し、魔を薄め、女神のエレメントを復活させなきゃならねェ! そうでなきゃ、くたばるのは俺達だ!」
「ネクス、魔王は人だ。人じゃない奴もいるかもしれないが、概ね人だろう。彼等は自分の欲望で魔に堕ちた。だから遊んでるんだ」
俺が今知っている魔王はジ・ヴラデスだけだが、少なくとも彼女はそうだった。
俺を手に入れるために、この皓の森を残し、彼女に遠慮した魔神も手出しを控えた。
「けどもし、俺達が人を追い詰め、それを恨んで魔人に、魔王になった相手は、俺達を殲滅するのに遊びは挟まないだろう」
「……人間を放置しといたほうがマシだってのか?」
「放置もしない。戦える人とは共に戦いたい。魔人の支配を快く思わない人とは、皆共闘するべきだと思う」
「だから、それで六百年前酷ェ事になっただろうが! 忘れたのか!」
「すまない、忘れた」
「あァ!?」
俺の言葉をただの比喩だと思ったか、ネクスは不快さを表に出した低い声を上げた。
……いや、そうじゃなくても不快か。そんな記憶を勝手に忘れてたら。
「すまない、判らないんだ。記憶らしい記憶がない。俺が本当に『皓皇』なのかも、自覚は無いんだ」
少なくとも本来の俺の体と、この皓皇の身体は全くの別物だ。けれど自然に動いて体が覚えてる事には、然程違和感は覚えない。
それがただの入っただけの体の反射なのか、俺が本当に皓皇だからなのか。
答えをくれるものは何もない。
「……記憶がねえ?」
「……あぁ」
「マジでか」
「……すまない」
二度は聞かれなかった。目を見開き驚いていたが、ややあって表情を戻すと別の事を聞かれた。
「俺の事は判ったみてェだが?」
「会うまで忘れてた。でもお前の名前は随分馴染んでたみたいだから普通に出て来た」
リシュアさんから聞いた奏皇の名前がネクスだとか、当然俺が知る訳はない情報だ。けれど呼び掛けようとした瞬間に、当り前に口から出て来た。
今も彼の事は、判らないんだけどな。
「会って思い出したか。上等だ」
心なしか少し嬉しそうに口元を綻ばせ、しかしそれもすぐに消して元の通り、威圧的に俺を見詰めて。
「忘れてるなら、甘い事をばっかほざくってのも、判らなくはねェがな」
「忘れているだけだとしても、俺は間違ってるとは思ってない!」
「判った」
頷き、ネクスは槍の刃先を地面に向け、それを合図に槍は一人の青年の姿を取る。
柔らかい金茶の髪と、同色の瞳。人好きのする甘い顔立ちと明るい表情の二十歳そこそこの美青年だ。彼がネクスの従具精霊か。
「なんだ、皓皇様は記憶喪失中かー。残念でしたね、奏皇様。やっと話し相手ができた! って喜んでたのに」
「黙れ殺すぞ」
自分の従具精霊に対するものとは思えない、物騒極まりない台詞を吐いてその頭を殴る。いつもやっている事を伺わせる、淀みのない流れだった。
「照れて暴力振るうの止め……っ。冗談ですって、冗談!」
「俺は冗談は割と好きだが、面白くねェ冗談は万死に値する」
「すいません次は面白い事言うんで勘弁して下さい」
「ふん」
やはりいつも通りの事なのか、やや物騒なやり取りの後で、二人は変わらず隣に並んだまま臨戦態勢を解除した。
「ネクス……」
「確かに、テメェの言う事も間違ってねェ。今魔王に徒党を組まれて襲って来られちゃ厄介だ」
「なら」
「だが、だから人間を生かしとく方がマシだ、ってのも、頷いてやる訳にゃいかねェ。少なくとも共闘なんざ論外だ。魔人になる可能性のある種族は、それだけで信用ならねェ」
ほっとした息を着いた俺に、全く厳しさを変えないままはっきりネクスは断言した。
「ただ、今人間相手にも事を構えてる余裕がねえってのは、事実だ。だからとりあえず、様子見してやる。――俺は人間の裏切り方を十分学んだ。二度目はねェ」
「裏切る人間ばかりじゃないわ……!」
ネクスの言葉は概ね事実で、裏切る者がいる事を、同じ人間であるカルタ達は知っている。
しかし全てを認める事は出来なかったんだろう。悔しそうに、しかし語調は弱く、反論した。
「んな事ァ知ってる。ただ問題は、権力持ってる奴が裏切る可能性があるって事さ。そしてそれに追従しちまう。――ハルト、お前忘れてるっつったな」
「あ、あぁ」
「教えといてやる。始めは俺達は魔に抗うもの全てと組んで、戦った。世界に生きる者は、全て女神の子供であり、広い意味でいや仲間だと思ってた」
広い意味で、とわざわざ付けたのは、その時から――一部での扱いが、今の俺達に対するものと変わらなかったからなんだろう。
「一度、魔を封じる間際まで行った。そん時人間の国の一つが裏切った。もうほとんど魔と女神の戦いはケリが付いたから、その後、自国の領土でも増やしたかったのかね。精鋭の出払ってた隣国を襲撃した。
隣国は当然、慌てて帰った。その周辺の国も、慌てて帰った。ガラ空きんなった左右から挟まれて、俺達は大打撃だ。半分ぐれーは殺られたよ。
きっかけを作った王は、魔人だった。正確には魔人になった。直前までは人間だったんだ。勝てるっつー余裕が、欲望を生む余裕にもなった。
後一歩ん所まで行きながら、ケリが付いたのはそっから百五十年後だ。人間共が戦争おっぱじめて、あっという間に魔気が蔓延して、気が付いた時にゃこっちが劣勢だよ。笑えんだろ?」
「……っ……」
「一番しんどい時に、まずルトラが殺られて闇の一族が力を失った。次にお前が殺られて……。あぁ、そうだ。そん時に一気に魔気が薄くなったんだ。デケェ魔道を開いてた奴と相討ったんだろうな。それにしても尋常じゃない変化だったから、何があったのか聞きたかったんだが、憶えてねェんじゃ仕方ねえ」
「……悪い」
ネクスの話は、リシュアさんから以前聞いた話をもう一歩補完してくれた。何も見ていなかった二人が『相討ちした』と断言したのは、この話があったからなんだろう。
「別に謝る事じゃねェだろ。終わった事だ。今更大した事じゃねえっつやそうだ。思い出した時に、機会がありゃ聞かせてくれ。――そんな事より、お前が戻ってきて良かった」
「……ネクス……」
ふ、と初めて本当に表情を和らげて、ネクスは微笑った。
「良く帰って来たな。待ってたぜ」
わし、と頭に置かれた、俺よりもしっかりとした骨ばった大人の手が、やや乱暴に髪を掻きまわして頭を撫でる。
(……あぁ)
懐かしさが急に胸に溢れてじんと来た。
本当の意味で信頼していい、仲間で、同族。
「……待たせて、悪かった」




