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女神の誓剣  作者: 長月遥
第三章 奏皇合流
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第三十五話

「じゃあ宮には入らないから、森だけでも!」

「あたし達とハルトの仲じゃない!」


 そこまで強い絆が築けたとは思ってないが、共に戦った事で、多少なりと親近感はある。

 しかし俺は精霊王だ。皆が不安に思うのが判ってて、頷く事は出来ない。特に二人は魔人だから。


「今は駄目だ。皆が落ち付いたら案内するから」

「……どうしても駄目かー」

「仕方ない。あたし達魔人だしねー」


 だから余計に駄目だ、という自覚はあるらしい。

 とにかく、二人共に穏便に諦めてくれそうでほっとした。強引な手段は取りたくないからな。向こうもそうだと思うが。


「ん?」

「あれ?」


 引き返そうと踵をを返しかけたその時、頭上に木々以外の大きな影が差し掛かり、全員揃って頭上を見上げる。


(ドラゴン、だ……)


 逆光で少し判りずらいが、どうやら青竜、だろうか。

 魔力は感じないから魔竜じゃない。けど、皓の森には勿論、アイルシェル領にはドラゴンの生息地域は無いはずなんだが……。


 不思議に思って見上げていると、上から人影が飛び降りて来た。

 この森ではよく人が落ちて来るのと遭遇するな――などと、成り行きを見守っている場合では、実はなかった。


風斬(エアスラスト)!」


 落ちて来た人影は、落下しながら術を放つ。鋭利な風の刃がカルタとアルタの真上に振り降ろされて、二人は大きく飛びのき避けた。


 ザッ!


 存外軽い音を立てて降り立ったのは、二十六、七程の男だった。百九十近い長身と、筋肉の付いた、普通よりはやや厚めの身体つき。身長と併せてバランスが取れてて、丁度いい感じだ。

 金の中に緑の混ざる不思議な色合いの髪が、一部分だけ伸ばされ頭の後ろで縛られている。重力に従いふわりとなびいて、背に流れた。


「魔人如きが、皓皇を手に掛けようたァ随分な自信家だなァ」


 俺とカルタ達の間で立ち塞がるように降り立った男は、うっかり内容を聞きもらす程に魅惑的なバリトンでそう言った――……ってか、今、皓皇言った――ッ!


「死ね、下衆が。ここは精霊の宮。テメェ等薄汚ェ魔人が足踏み入れていい場所じゃねえんだよ」

「え? 皓……っ、きゃっ!」


 男が誰かとか、言われた言葉への衝撃とかで、戸惑っていたカルタはそれでも男が振るった槍を避け、たたらを踏んで後ろに下がる。――まずい、距離取った、本気だ!


蒼天の竜昇牙(トルネド・ドラグニル)!」

天上の光鏡壁プレアス・オーロラウォール!」


 中級とはいえ、殆ど上級に近い風系魔術を従具精霊を使って撃った男の後ろから、カルタ達の手前に壁を作る。


「!?」


 多分、俺を助けに来たんだろう男にしてみれば衝撃だったらしい。己の術の行き先も放って俺を振り返った表情には、はっきりと驚愕が浮かんでいた。


「くうぅっ!」


 小振りの竜巻が錐のように先端を尖らせ、カルタとアルタを狙って襲う。手前に張った壁で半分程は相殺できたが、残りは地面を抉ってその破壊力を存分に知らしめた。

 大量の土を巻き上げ、周囲の木々や草花を余波の風圧で薙ぎ倒し、竜巻は姿を消す。


「アルタ! カルタ!」

「何……っ、とか、無事っ!」


 埋まった土の中から這い出して、二人共に無事な顔を見せてくれた。


「ハルト、どうした。何か妙な術にでもやられてんのか?」


 どうにでも出来る自信があるのか、カルタ達に完全に背を向けて男は慎重に俺の様子を観察する。

 俺は勿論、この男を知らない。しかし震えた喉が自然に音を選んで紡ぎ出す。


「……ネクス」

「あァ、久し振りだな。――で、どういう事だ。何された。喋れはするみてェだが」

「何もされてねえ。彼女達は知り合いだ。武器を収めてくれ」

「……あァ?」


 返って来たのは、思いきり不審そうな声。


「やっぱテメェ、何かされてんだろう。正気じゃねェ。――少し待ってろ、この雑魚共を片付けてから、ちゃんと調べて治してやる」

「違うって! 俺は正気だ!」

「心配すんな、責めねーよ。こんなにエレメントが薄いんだ、魔神あたりにゃ何かされりゃ何でも掛かりかねねェ」


 言ったネクスの腕が躊躇いなく、振るわれた。


「っ!」


 咄嗟に飛びのき、振るわれた槍の柄を避ける。ちっ、という舌打ちの音が追って聞こえた。


「暴れんな、怪我すんぞ。一瞬で落としてやるから大人しくしとけ」

「待――、待てって! 話を聞け……っ!」

「後でな」


 言いながら、柄でではあるが躊躇いなく俺を打とうとして来る。本当に人の話に聞く耳なしか!


「――奏皇(そうおう)様!?」


 助けは別の所から訪れた。魔と、俺の気配とを負ってだろう、リシュアさんが駆けて来た。その後ろから、足の長さの差だろう、大分遅れてライラの姿も見える。


「よォ、ケルガム。皓皇の従具精霊としちゃあ、少しばかり怠慢じゃあねえか?」

「も、申し訳ありません……」


 リシュアさんにとってはかなりのダメージだったらしい。謝罪にも力がない。


「俺が勝手に判断して来た事だ。彼女達は悪くない」

「……ふん? まァ良い。来たなら手ェ貸せ。ハルトを押さえてろ」

「ど――、どういう事です? 一体何が……?」


 リシュアさん達はカルタ達を敵とは見ていない。そこに理由の説明を求める程に、普通になってくれたのだと思うと、今ちょっとじんと来た。

 しかしそんな事は、今来たばかりのネクスには通じない。明らかに不快そうに眉を寄せ、舌打ちをする。


「お前等もハルトと同じか! 魔人を目の前に、何寝ボケてやがる!」

「あっ!」


 ネクスに怒鳴られて、やっとリシュアさんも当然の敵対図を思い出したようだった。


「彼女達は魔人だが、敵対はしてない! それに魔さえ祓えば、人だ! 安易に殺すべきじゃない!」

「魔に憑かれる素養のある奴を生かしておく意味はねェ。忘れたか! 甘さはこっちの足引っ張るだけなんだよ! 精霊以外、信用ならねェのは六百年前に思い知ったろうが!!」

「――っ」


 叫んだネクスの言葉には、真実が故の迷いのない怒りが込められていた。


「魔神に、魔王になる前に、魔に触れる恐れのある種族は潰しとく。それが女神の力を取り戻す唯一の手段で、女神の意志だ!」

「ネクス!」


 もう俺達は無視して、アルタとカルタへと疾走するネクスを追って、俺も走る。相手の方が早い――が、攻撃する為に緩んだ速度のお陰で、ギリギリ追い付く。


「くたばれ!」

「皓皇様……っ」


 俺を追って横に並んだリシュアさんに、眼で断る。ネクスとは敵対するような相手じゃない。武器は必要ない。


「待て、頼む!」


 体本体までは届かなかったので、なびいた髪の尻尾を掴んで強く引いた。


「っ痛ぇっ!」


 がくと思いきり首が後ろに傾いて、流石に首を押さえて後ろの俺を振り向いた。


「……テメェ」

「止せ、頼む。俺は人の意志を信じてる。魔人になりたい人間は、ごく一部だ!」

「その一部のせいでどれだけ被害被ったか、忘れたのか!」

「――済まない」


 ……憶えていない。

 精霊達が人間達を含めた他種族を嫌うのは、魔人となった後の事だけじゃなかったんだな。

 これは、根深い。精霊達は経験した本人が生きているから尚更だ。


「あたし達は……人でありたいと思ってるわ。魔人が支配する世を、変えたいとも思ってるわ! その心に嘘はないッ!」


 必死で訴えたアルタを見下ろし、しかしネクスは冷ややかに唇にだけ笑みを作って。


「じゃあ、何でテメェは魔人なんだ?」

「……っ。それ、は……っ」


 きっかけが何かなど聞いた事はない。しかし『その』時に、二人が魔に堕ちる精神性を持ったのは確かだ。

 しかし――、しかし、それは彼女達の抱いた、ほんの一瞬の感情なんだろう。


「魔人になるなたァ言わねーよ。感情のある生き物に、んな事ァ不可能だ。だからこそ俺の意思は変わらねェ。テメェは一度、魔道に堕ちた。その時と同じ感情を、この先持たねえと言えるか? 言えねえだろ? 言った所でもう信頼なんざねえ。テメェはもう魔人になってんだ」

「……それなら……っ。魔道に堕ちたら、死ねというの……っ!!」

「そうだ」


 迷いなく、ネクスは断言した。


「魔道に堕ちてからなんざ生温い。俺は人間の存在を認めねェ」

「――違う!」

「……ハルト……」


 聞き分けのない子供に向けるような、困った溜め息。


「お前が甘いなァ判ってるけどな……」

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