第三十五話
「じゃあ宮には入らないから、森だけでも!」
「あたし達とハルトの仲じゃない!」
そこまで強い絆が築けたとは思ってないが、共に戦った事で、多少なりと親近感はある。
しかし俺は精霊王だ。皆が不安に思うのが判ってて、頷く事は出来ない。特に二人は魔人だから。
「今は駄目だ。皆が落ち付いたら案内するから」
「……どうしても駄目かー」
「仕方ない。あたし達魔人だしねー」
だから余計に駄目だ、という自覚はあるらしい。
とにかく、二人共に穏便に諦めてくれそうでほっとした。強引な手段は取りたくないからな。向こうもそうだと思うが。
「ん?」
「あれ?」
引き返そうと踵をを返しかけたその時、頭上に木々以外の大きな影が差し掛かり、全員揃って頭上を見上げる。
(ドラゴン、だ……)
逆光で少し判りずらいが、どうやら青竜、だろうか。
魔力は感じないから魔竜じゃない。けど、皓の森には勿論、アイルシェル領にはドラゴンの生息地域は無いはずなんだが……。
不思議に思って見上げていると、上から人影が飛び降りて来た。
この森ではよく人が落ちて来るのと遭遇するな――などと、成り行きを見守っている場合では、実はなかった。
「風斬!」
落ちて来た人影は、落下しながら術を放つ。鋭利な風の刃がカルタとアルタの真上に振り降ろされて、二人は大きく飛びのき避けた。
ザッ!
存外軽い音を立てて降り立ったのは、二十六、七程の男だった。百九十近い長身と、筋肉の付いた、普通よりはやや厚めの身体つき。身長と併せてバランスが取れてて、丁度いい感じだ。
金の中に緑の混ざる不思議な色合いの髪が、一部分だけ伸ばされ頭の後ろで縛られている。重力に従いふわりとなびいて、背に流れた。
「魔人如きが、皓皇を手に掛けようたァ随分な自信家だなァ」
俺とカルタ達の間で立ち塞がるように降り立った男は、うっかり内容を聞きもらす程に魅惑的なバリトンでそう言った――……ってか、今、皓皇言った――ッ!
「死ね、下衆が。ここは精霊の宮。テメェ等薄汚ェ魔人が足踏み入れていい場所じゃねえんだよ」
「え? 皓……っ、きゃっ!」
男が誰かとか、言われた言葉への衝撃とかで、戸惑っていたカルタはそれでも男が振るった槍を避け、たたらを踏んで後ろに下がる。――まずい、距離取った、本気だ!
「蒼天の竜昇牙!」
「天上の光鏡壁!」
中級とはいえ、殆ど上級に近い風系魔術を従具精霊を使って撃った男の後ろから、カルタ達の手前に壁を作る。
「!?」
多分、俺を助けに来たんだろう男にしてみれば衝撃だったらしい。己の術の行き先も放って俺を振り返った表情には、はっきりと驚愕が浮かんでいた。
「くうぅっ!」
小振りの竜巻が錐のように先端を尖らせ、カルタとアルタを狙って襲う。手前に張った壁で半分程は相殺できたが、残りは地面を抉ってその破壊力を存分に知らしめた。
大量の土を巻き上げ、周囲の木々や草花を余波の風圧で薙ぎ倒し、竜巻は姿を消す。
「アルタ! カルタ!」
「何……っ、とか、無事っ!」
埋まった土の中から這い出して、二人共に無事な顔を見せてくれた。
「ハルト、どうした。何か妙な術にでもやられてんのか?」
どうにでも出来る自信があるのか、カルタ達に完全に背を向けて男は慎重に俺の様子を観察する。
俺は勿論、この男を知らない。しかし震えた喉が自然に音を選んで紡ぎ出す。
「……ネクス」
「あァ、久し振りだな。――で、どういう事だ。何された。喋れはするみてェだが」
「何もされてねえ。彼女達は知り合いだ。武器を収めてくれ」
「……あァ?」
返って来たのは、思いきり不審そうな声。
「やっぱテメェ、何かされてんだろう。正気じゃねェ。――少し待ってろ、この雑魚共を片付けてから、ちゃんと調べて治してやる」
「違うって! 俺は正気だ!」
「心配すんな、責めねーよ。こんなにエレメントが薄いんだ、魔神あたりにゃ何かされりゃ何でも掛かりかねねェ」
言ったネクスの腕が躊躇いなく、振るわれた。
「っ!」
咄嗟に飛びのき、振るわれた槍の柄を避ける。ちっ、という舌打ちの音が追って聞こえた。
「暴れんな、怪我すんぞ。一瞬で落としてやるから大人しくしとけ」
「待――、待てって! 話を聞け……っ!」
「後でな」
言いながら、柄でではあるが躊躇いなく俺を打とうとして来る。本当に人の話に聞く耳なしか!
「――奏皇様!?」
助けは別の所から訪れた。魔と、俺の気配とを負ってだろう、リシュアさんが駆けて来た。その後ろから、足の長さの差だろう、大分遅れてライラの姿も見える。
「よォ、ケルガム。皓皇の従具精霊としちゃあ、少しばかり怠慢じゃあねえか?」
「も、申し訳ありません……」
リシュアさんにとってはかなりのダメージだったらしい。謝罪にも力がない。
「俺が勝手に判断して来た事だ。彼女達は悪くない」
「……ふん? まァ良い。来たなら手ェ貸せ。ハルトを押さえてろ」
「ど――、どういう事です? 一体何が……?」
リシュアさん達はカルタ達を敵とは見ていない。そこに理由の説明を求める程に、普通になってくれたのだと思うと、今ちょっとじんと来た。
しかしそんな事は、今来たばかりのネクスには通じない。明らかに不快そうに眉を寄せ、舌打ちをする。
「お前等もハルトと同じか! 魔人を目の前に、何寝ボケてやがる!」
「あっ!」
ネクスに怒鳴られて、やっとリシュアさんも当然の敵対図を思い出したようだった。
「彼女達は魔人だが、敵対はしてない! それに魔さえ祓えば、人だ! 安易に殺すべきじゃない!」
「魔に憑かれる素養のある奴を生かしておく意味はねェ。忘れたか! 甘さはこっちの足引っ張るだけなんだよ! 精霊以外、信用ならねェのは六百年前に思い知ったろうが!!」
「――っ」
叫んだネクスの言葉には、真実が故の迷いのない怒りが込められていた。
「魔神に、魔王になる前に、魔に触れる恐れのある種族は潰しとく。それが女神の力を取り戻す唯一の手段で、女神の意志だ!」
「ネクス!」
もう俺達は無視して、アルタとカルタへと疾走するネクスを追って、俺も走る。相手の方が早い――が、攻撃する為に緩んだ速度のお陰で、ギリギリ追い付く。
「くたばれ!」
「皓皇様……っ」
俺を追って横に並んだリシュアさんに、眼で断る。ネクスとは敵対するような相手じゃない。武器は必要ない。
「待て、頼む!」
体本体までは届かなかったので、なびいた髪の尻尾を掴んで強く引いた。
「っ痛ぇっ!」
がくと思いきり首が後ろに傾いて、流石に首を押さえて後ろの俺を振り向いた。
「……テメェ」
「止せ、頼む。俺は人の意志を信じてる。魔人になりたい人間は、ごく一部だ!」
「その一部のせいでどれだけ被害被ったか、忘れたのか!」
「――済まない」
……憶えていない。
精霊達が人間達を含めた他種族を嫌うのは、魔人となった後の事だけじゃなかったんだな。
これは、根深い。精霊達は経験した本人が生きているから尚更だ。
「あたし達は……人でありたいと思ってるわ。魔人が支配する世を、変えたいとも思ってるわ! その心に嘘はないッ!」
必死で訴えたアルタを見下ろし、しかしネクスは冷ややかに唇にだけ笑みを作って。
「じゃあ、何でテメェは魔人なんだ?」
「……っ。それ、は……っ」
きっかけが何かなど聞いた事はない。しかし『その』時に、二人が魔に堕ちる精神性を持ったのは確かだ。
しかし――、しかし、それは彼女達の抱いた、ほんの一瞬の感情なんだろう。
「魔人になるなたァ言わねーよ。感情のある生き物に、んな事ァ不可能だ。だからこそ俺の意思は変わらねェ。テメェは一度、魔道に堕ちた。その時と同じ感情を、この先持たねえと言えるか? 言えねえだろ? 言った所でもう信頼なんざねえ。テメェはもう魔人になってんだ」
「……それなら……っ。魔道に堕ちたら、死ねというの……っ!!」
「そうだ」
迷いなく、ネクスは断言した。
「魔道に堕ちてからなんざ生温い。俺は人間の存在を認めねェ」
「――違う!」
「……ハルト……」
聞き分けのない子供に向けるような、困った溜め息。
「お前が甘いなァ判ってるけどな……」




