第三十三話
「ふざけないで。ケリ付けてやるわよ」
魔の侵されようはあれでもハーパーよりはマシだが、人間には十分脅威だ。下にいた魔人達とは一段魔力の許容量が違う。
「あんたこそ、こっちが片付くまでに死体になったりしないでよ」
「気を付ける」
「そんな心配は無用だよ、お嬢さん」
「っ」
軽く肩を竦め、一度離れた間合いを再び詰めながらハーパーが微笑みながらフィレナに言う。
「私はリーチェには甘くてね。この精霊は間違いなく生かして捕えてあげよう。もし何なら、君達にも彼がリーチェに可愛がられる様子を見せてあげるよ。あぁ……。きっと君も、さぞかし可愛い声で鳴いてくれるんだろう。だからなるべく、生きていてくれたまえ」
「――フィレナ!」
言われる言葉への嫌悪で、思わず一瞬だけハーパーに目を移して睨んでしまったフィレナに、とてもその重量の得物を持っているとは思えない速さで駆けたリーチェが、頭上から思いきり大剣を振り降ろす。
ズン!
重い振動を与えて、リーチェの剣が床を叩いて大穴を開ける。フィレナとカルタはもう飛びのいて、無事だ。
「さあ、終わらせようか!」
ほっとした息を付いた俺に、ハーパーが魔力を宿した拳で殴り掛かって来る。
精霊魔術は世界にあるエレメントを、体内に持つエレメントを使って形を形成する魔術で、魔術は体に宿る魔力を何かに込めて威力を高めるのが得意分野だ。
自然、精霊魔術は中・遠距離。魔術は近距離仕様の術の開発が多くなる。
従具精霊の持つ威力もあって、俺達は決して接近戦にも弱い訳ではないが、体の強度の差から魔人がより近接戦に強いのは確かだ。
「物理壁!」
避けたり生身のまま受けるのは避け、壁を作って腕の方の魔力を相殺する。さっきは剣の方が囮だったが、今、より強い魔力が籠っているのは剣の方。
元々魔力に呼応するように作られた呪具だ。剣の方が威力の増加率も高い。当然だ。
「カース・ブラッドバイド!」
おおんっ、と剣に流れた『魔』が啼いた。
赤黒いどろりとした気配を具現化させた魔が、軌跡を描いて振るわれる。
「輝光!」
ギャリッ!
切り合った魔とエレメントの光が擦れた不快な音を立て、反発し、消失させ合う。力比べは長くはなかった。
「っ、あッ!」
力を込め、受けた腕を振りきると、纏った魔と、剣自体に宿る魔ごとをエレメントが両断し、四散させる。
金属も切られるだけでは済まず、粉々に砕けて柄だけをハーパーの手に残した。
(行けるか!)
【行きます!】
二人掛けでは些か心許ないが、そろそろ俺の持つエレメント残量がまずい。魔術が使えなくなれば、がら空きの体に当てられる機会はもうないだろう。これで決めたい。
――頼むぞ、ライラ。
「天裁の雷星!」
本来至近距離で撃つものではないそれを、放ってから一歩飛びのく。
ハーパーの頭上で形を定めない光球を生み、人体を優に包む大きさの雷撃を柱にして撃ち落とした。
内側で一瞬だけ、宝石達が輝き魔力の壁を作ったが、それも正面から砕いて雷は生身に到達する。室内で爆ぜる雷光と雷撃の轟音の中で、ハーパーの悲鳴は掻き消された。
「なっ……」
まさか、魔神と信じた男が倒されるとは思っていなかったんだろう。残されたリーチェは呆然として手を止め、細くなっていく雷の柱を、そこに縫い付けられた黒焦げた人影を見詰めた。
そこに。
「霧氷の晶華!」
「あっ!」
呆然となった隙は大きかった。腹部を刺し貫いた細剣を媒体に、フィレナは体の内側へと水系統中級の精霊魔術を叩き込む。
「あ、あっ! ああぁぁああっ!!」
ピキ、ビキ、パギ、と内側で中の臓器が、肉が、血管が凍って行く音が外にまで響く。続いて、この魔術は凍らせた物を自ら砕けて破壊する。
メキッ! と骨と皮とを貫通し、中で砕けた氷の破片のうち大きな物が外へと飛び出す。
奇妙なオブジェとなり果て、リーチェは立ったまま――事切れた。
「――……ごめんなさい」
肩でしていた息が収まると、フィレナは俯いて謝った。
「謝る事じゃないだろ。向こうだって殺しに来てるんだし」
「違うわよ。あんたによ。――あんたは、殺さないから……」
フィレナの視線は、まだかろうじて痙攣して、息をしているハーパーに向けられた。
焼けた皮膚が完全に戻る事はないだろうが、放っておけば自己治癒力で何とか回復するだろう。
……回復する前に、彼の生涯は終わるだろうが。
「手加減出来なかった。ケリ付けなきゃまずいと思ったから。だから……」
「間違ってない。お前が傷付くよりずっと良かった」
直撃は避けても衝撃だけで切れたのか、全身細かく裂傷を負っていたフィレナに治癒を掛ける。軽傷だけだから、何とか治せそうだ。
「大将は倒れた。力で敵わない事を教えてやろう。それでも戦おうって奴は魔人の中にはいないはずだ」
「ええ、そうね」
傷を塞ぐだけの治癒を終え、フィレナは部屋のバルコニーから外へと出る。
そして空気への振動を広く伝える音声拡張の魔術を掛け、息を吸い――
『――全員、直ちに武器を置きなさい! ハーパー卿は倒れ、中央は陥落しました! これ以上の武力による衝突は、貴方達の全滅を意味します! 投降しなさい!』
始めは戸惑いと驚愕。
しかしそれが事実と判って尚、戦い続けるものはやはりいなかった。
「く……っ。はーっ! こうして堂々と一杯やってると、勝った―!! って実感するわねー!」
行儀悪く、簡易で設えられたテーブルの上に胡坐を書いて座ったカルタが、ビールジョッキ(大)を片手におっさんか、というような息を吐きつつ唇の端から零れた雫を手の甲を拭う。
色々残念な子だと思う、うん。そうでもなかったけどこれ見たら一気に残念になった、うん。
勝利の祝宴会として、カプレスの大通りは今人で溢れていた。中には参戦してない人も当然のようにいるけど、まあ、喜んでいるなら同士だから細かい事は抜きだ。
元々の露天商とか、屋台を持ってた人とかが振舞う料理の材料は、ハーパー始め上層の魔人達が貯め込んでた高級食品やら酒類やらが蔵から出されて使われている。
……これは、どうなんだろう。略奪って言わないか? どうかな……。
「どーしたよハルト、暗いぞ!」
こちらは何も気にせず、カルタ同様思い切り食べて飲んでご機嫌なジーノから、結構な力で背中を叩かれた。
酔って手加減してないから、今のは痛かったぞ。
「いや、何か……良いのかと思って……。これ、略奪って言わないか?」
「いーんだよ! 元々こっちが奪われたみてーなモンなんだし、もう食う奴のいねー家にあったって腐るだけなんだし!」
「そうそう。大部分はマトルトーク軍が持ってきた分なんだし。それにこういうのって、平等に分配しようったって出来ないじゃない。財産は新しく赴任する護民官が管理する事になるだろーし? こうして騒いでぱあっと使ってちょっとでも還元してあげた方が、後々不満も抑えられるってもんよ」
……そうかな。やっぱり言い訳に聞こえなくないが……まあ、いいか。もう遅いし。
「あんたは? 食べないの? 遠慮いらないわよ、流石に」
「何かちょっとあんまり……気が引けるっつーか」
流石に対面を気にするのか、フィレナはまともだった。手に持ってるのも果実酒で、そんなに度数も強くないものを選んでるっぽい。
「町の有志の分ぐらいは手を付けても良いんじゃない? 皆騒ぎたいんだから、むしろマナー違反」
「その意見は判らなくないんだが」
わざわざ祝勝会を白けさせる理由はないからな。
「あんまり、嬉しくなさそうね?」
「そうじゃないが、これでいいのかどうか判らないからな。どうなるのか、とか、色々考えるだろ」
「何よ、そんなの皆一緒でしょ。一々気が削がれる事言うわね」
……すまん。自覚はある。
「それでも、私達はこうしたいと思ったから、こうなったのよ。今はそれでいいじゃない」
「……ああ。そうだな」
誰も望まなければ、何かが起こる事もない。
少なくとも今ここで笑っている人達は、変化を歓迎している。
「女神の力を取り戻すんでしょ。まだ始まったばっかりよ。何疲れてんのよ」
「お前は元気だな」
「当然でしょ。――次はクアトートを押さえて、レトラスに戻るのよ!」




