第三十一話
「私も行くわ」
「フィレナ!」
「フィレナ様!」
すぐ様俺に続いて名乗りを上げたフィレナに、俺と、そしてリカルドさん、アルベルトさんから諌める声が上がる。いや、もしかしたら俺はフィレナを責められないのかもしれないが。
「いいわね! そうこなくちゃ! あたしも行くわ!」
そして俺達とは逆に、フィレナに追い風を送ったのは同じ女性故か、カルダとアルタ。
カルタかアルタは、どちらか来てもらった方が助かるのは間違いない。行動は迅速には鉄則だから、カプレスに明るい人材が、絶対に一人は必要だ。
アルタの方は見ていないので判らないが、カルタなら実力的にも申し分ない。
「決まりね」
「お待ち下さい、フィレナ様!」
「貴女はこの国の王女なのですよ!? 何かあったらどうするのです!」
「フィレナ・レク・レトラスは魔と勇敢に戦って命を落とし、カプレスを取り戻した。後の人間たちよ、王女に続け――って所かしらね」
「フィレナ様!」
縁起でもないフィレナの言葉に、リカルドさんは怒りの声を上げる。本気だ。
人を真剣に怒れる、向かい合える人間を集められるのは、やはりバウゴ候の人柄ゆえか。
「死ぬつもりでは行かないわよ、安心して」
「当然です! しかしそういう事ではなく――」
「いいわ、なら、私の代わりが務まるというなら剣を抜きなさい。誰かを連れて来てもいいわ。負けたら大人しく、奥にでも裏にでも引っ込んでやるわよ」
言葉を遮り細剣を引き抜き、びし、とフィレナは切っ先をリカルドさんに向けた。
軍の隊長の強さというのは、腕っ節の強さじゃない。だが軍人である以上、リカルドさんにもアルベルトさんにも、覚えはあるだろう。
そして軍隊に必要なのは、突出した実力を持つ英雄ではなく、全員の錬度が一定以上の優れた兵士の集団だ。とはいえ当然その中には実力差は生まれて、腕に覚えがある人だっているだろう。
リカルドさんもアルベルトさんも、隊長としてそういう人材を記憶してもいるはずだ。
しかし二人は、フィレナの向けた切っ先に一歩引いただけで、言葉に詰まった。
「私が行くのは無茶ではないわ。適任なの」
「しっ……しかし……っ」
「ハイハイ、そこまでー。そんな事まで問答してる時間は惜しいー」
ぱんぱんっ、と手を叩き、強引にカルタは話を打ち切った。
「それにあたし、お姫様のが好み。成功すればいい宣伝になるわよ。勿論させるし。何より、惚れた男に付いていきたいってのは、女として判るわー。ときめくわー。応援しちゃうわー」
「……は?」
……今、何か聞き捨てならない言葉が混ざってたような。
「ちっ、違うわよッ!」
俺がまさかと確認する前に、フィレナ本人が思いっきり否定。
……いや、判ってたけどな。お互い思い切り『嫌いだ』って宣言したしな。俺は今は、そうでもないけど。
フィレナもそこまでじゃないとは思うし、だからって対象になる訳でもないのは別に全然いいんだが……。何だろう、断言されるのは微妙に面白くはない……。
「……王女様は自分で自分の首絞めるタイプと見た……」
「うぅ……っ!」
ちょっと涙目でカルタを睨むフィレナの頭を、ぽんぽん、と軽く叩いてカルタは慰める。年齢的にはそんなに差はないと思うんだが、やはり人生経験の差か。
「お――、お待ち下さい、殿下! それは、その、その方は――」
「煩いっ! 違うって言ってるでしょ! 口出し無用!」
「は、はい!」
こういう時、フィレナは異様に迫力がある。やはり生まれ持った王家の血筋ゆえか。立場的にも隊長二人が強く言えないのも間違いないが。
「……えっと。じゃあ、そういう事で、いいか?」
「オーケーオーケー。決まりね」
「決まりよ!」
一提案でしかなかったはずなのだが、有無を言わせぬ勢いでフィレナが断言して、決着はもう、付いてしまった。
「……じゃああの、開始はいつで?」
「準備ができ次第、いつでも……」
雷鳴羊の角笛が、軍と魔人達との衝突を告げて大気を震わせた。
「よし、行くわよ」
相手の目が一番手薄だろう、町の北側に潜んで待っていた俺達は、合図と同時にカルタを先頭に動き出す。
「ボスの居所って、予想付くか?」
もっと中心部に近付けば、魔力を探って俺にも判るだろうが、とにかく無駄な行動は省きたい。早くケリが付けば付く程、あらゆる被害が少なくて済む。
「大丈夫、知ってるわよ」
「……今更だが、ハーパー卿ってどんな奴だ?」
「貴族よ。カプレスの元々責任者。男爵って言ってたっけ?」
そうか、元々管理者だったのか。
「後は知らない。関わる機会もない人だし」
そうだな、一介の冒険者でしかないカルタが会える相手じゃないし、フィレナが記憶するような地位の人でもないだろう。
途中何度か前線へ向かっていく魔人を見掛けたり、あるいは見張りとして残っている魔人をやり過ごしたりしながら、順調に中央区の中でも一等大きな屋敷へと辿り着いた。
予想以上に人がいないってのは、見張りも投入しなきゃならない状況だって事だろうか。
(今は侵入し易くて良いんだが)
「追い風があるなら、さっさと済ませましょ」
「ああ」
同じ事を考えたのか、厳しい表情をしたまま言ったカルタに俺も頷く。
あんまり快勝し過ぎて、ハーパー卿本人に出て行かれたら困る。軍と衝突する被害を減らすために、こうして俺達で済ませようとしてるんだから。
屋敷に辿り着くまでに、幸い騒ぎを起こすような事にもならなかった。しかし流石に、屋敷にはまだ動かずに周囲を見張る人影が見える。
「じゃ、突入しますか」
「あぁ」
ここまで来て躊躇ってる暇はない。
魔力で矢を具現化し、弓に番えると、カルタは門の見張りに立っていた二人を射ぬく。普通の矢で魔人を一撃で倒す事など出来ないが、魔力で作られた矢を肩辺りに受けた二人は、びくんと硬直してそのまま動かなくなる。
「……殺ったの?」
「麻痺してもらっただけよ。その方がいいんでしょ?」
「悪い。――有難う」
フィレナもそうだが、カルタも俺に合わせてなるべく殺すのは避けてくれている。……というか、別に元々殺したくて殺している訳じゃないからな。
それが可能でいあると言われれば、賭けてみたくもなるだろう。
「この町の人がどこまでを許すかは判らないけどね……。でも、偽善は実行すればただの善行。その方がいいに決まってるのよ。力があればね。さ、行きましょ」
立ち上がって手を招く形に振ったカルタに続いて、立ち上がる。
彼女達が信じているのは、見た実力以上にきっと精霊王の名前をだ。
それが希望と期待であり、今フィレナがなろうとしているもの。
(重い……が、これも、力だ)
俺が今、自分の意志を通せているのは精霊王という肩書の力があるから。
その力を俺に与えてくれたのは女神だ。女神から与えられたものを使うのに値する事をしているかは判らないが……。せめて今、その『力』を信じてくれた人に応えられれば、良いと思う。
「流石に鍵掛かってるわね」
「ここまで見つからずに来れただけ上等だ」
むしろここから先は見つからずには無理だろう。暗殺者でも何でもないから、気配を消すとか何とか、そんな器用な真似は出来ない。
目の前の大きな扉を、斜めに端から端までを交差する形で切り裂いた。ただの残骸と化した扉を踏み付け、屋敷の中へと踏み込む。
派手な侵入に、一斉に中の魔人達の眼が集まる。
「きっ、貴様等――!?」
「馬鹿な、いつの間に!!」
「そっ、外の奴等は何をしていた!?」
いきなりの侵入者に上がる動揺の声。彼等が我に返り、武器を構える前に、正確に矢が急所を外して突き刺さる。
「ぎゃっ!」
「ぅぐっ!」
矢を食らった魔人のうち、半数ぐらいは呻いただけで倒れはしなかった。
「あたしの魔力じゃもう障害付加は利かないわね」
「十分だ!」
「後は力尽くで叩きのめす!」
フィレナと二手に分かれ、魔人達へと襲い掛かる。
「後ろに兵はいない! 三人だけだ、片付けろ!」
集まって来た兵達の、最後に出て来た魔人がそう叫ぶ。どうやらあいつが指揮官か。
とはいっても、軍人といった感じはしない。冒険者が、そのまま雇われた感じじゃないだろうか。
「輝雷!」
剣に雷のエレメントを纏わせ、近くの相手から片っ端から撃ち据えて行く。打撃と魔術の雷の両方に、耐える魔人は、幸いにしていなかった。
階段を駆け上り、指揮官らしき魔人へと直進する。
「ちッ!」
魔人が構えた剣は、薄く魔力を帯びているのが見て取れた。こちらはマトルトークよりも財政に余裕があるらしい。強奪の結果だろうが。
「リシュアさん、斬れるか!」
【お任せ下さい】
返事は一瞬も迷わない、頼もしいものだった。
ギン、と金属の打ち合う一瞬の手応えの後、リシュアさんの刃はあっさり宿る魔力ごと相手の刃を切り落とした。
「な、馬鹿な――」
「輝雷撃!」
武器を失い、間合いを取り直そうとした魔人へ向け、振るったライラに魔術を乗せて浅くだが確実に生身を切る深さで、直接雷を叩き込む。
「ひぎゃっ……!」
びくんっ、と全身を硬直させ、魔人は白目をむいて床に倒れる。
階下の様子を見て見れば、そちらももう動いている魔人はいなかった。立っているのはフィレナとカルタだけだ。二人とも負傷した様子もない。良かった。




