第三十話
「いいじゃない。どうせ今ウチの隊長と話して編成中よ。で、どうなのよ」
表情に出ていた考えを読んだのか、カルタから先手を取ってそう言われた。事ある毎に聞かれても面倒臭い。さっさと今一気に済ませてしまおう。
「――、基本的に、性交渉で子供は作らない。出来なくないけど、同族同士でも受胎確率は極めて低い。精霊はエレメントの具現で生まれるのがほとんどだ」
精霊王の体内には女神から与えられた、各自が司る属性のクリスタルがあって、それが世界にエレメントを生み出すらしい。リシュアさんから聞いた後付け知識だけど。
自然に精霊が生まれる時は、エレメントのみならず世界から色々な力を授かって具現まで到達するので、擬似精霊とは成り立ちそのものから違う。
精霊王で、女神の眷族とはいっても、命を創り出す事までは許されてない。
そして精霊の命が失われる時は、下位・中位精霊だと何も残さずに消失、上位だと一週間程度遺体が残った後に焼失するんだという。
俺達精霊王の場合は判らない。俺も、器を失ったという刻皇も遺体は見つからなかったらしいので。
「で、異種族間での交配は成り立たないから、そもそも他種族がそういう対象になる事も有り得ない、これでいいか!」
「イヤ良くないでしょ、重要な所が残ってるでしょ」
「何だ!?」
「で、欲情しないの? って事。他種族間で成り立たないってのは、もうそこから? でもそうすると、女主人の愛玩精霊って微妙よね。愛でるだけじゃ満足しない人だっているだろうし。そういう話聞かないし」
「子供が出来ないってだけだ。だから、その、感じない訳じゃあないから、不可能とまでは言わない」
精霊用に、そういう薬があるらしいって話も、うっすら聞いたし。
「同族しか恋愛対象にならないって事?」
「同族だって滅多にならない。必要がないからなんだろうな」
でも微妙に意識はするんだよ! これはやっぱり、精霊ってより、人間の感覚なんじゃないかと思う。
「ただ、他種族間でも絶対無いって訳じゃないらしい。性欲が先に来る事はないけど、愛はあるらしいから。俺は感じた事ないから実感持っては言えないけど」
「愛ありきならアリか。生まれと見た目に違わずロマンチックな種族ねー」
そうかもしれない。基本的には無機質的な感じがするよな、精霊は。
「って事らしいですよー? ん? どうかな、乙女よ」
「かっ、関係無いわよッ!?」
生態にそれなりに興味があったのか、結構苦手慧な話だっただろうに、大人しく聞いていたフィレナが急に振られて慌てて叫ぶ。
「そっ、それより、さっきの答え、聞いてないっ!」
「さっきの?」
「だから、一緒に寝たって、何よ! す、好きな相手とならアリなんでしょ!? 三日で惚れちゃうわけ、あんたは!」
「あぁ、雑魚寝だ、あれは。何しろまともに屋根がある所も限られてるから、一人一部屋なんて言ってられない」
まずスラム地区の住宅に対して、集まった人数が完全にオーバーしていた。
一応、男女で区切られてはいたんだが、リシュアさん達が断固として俺と離れるのを拒んだので目立たない隅の方に押しやられた。そこにふざけてカルタとアルタが加わっただけの話だ。
区切られてるとはいて、簡素な衝立があるかないか程度。そんな所で何かに及べる度胸のある奴は、そうそういないと思うし、いて欲しくもない。状況考えろって殴られるだろ。
「……何ソレ」
「何もなにも、だから」
「あんたじゃないわよ! そっちの貴女!」
「てへっ」
それと判る、全く反省していない作り笑顔でカルタは平然と一言で誤魔化した。実害はないが、付き合うのに疲れるタイプだ。
「ちょっと! 『てへっ』って何よ! 馬鹿にしてるの!?」
「あ、アルタ発見ー。戻って来たんだ。じゃ、またね」
「あ、ちょっ、待ちなさいよ!!」
「……諦めろ、フィレナ」
伸ばしたフィレナの手は、カルタには届かず宙で止まって行き場を失っている。
カルタはこっちの沸点を見極めてからからかってくるから、色々無理だ。疲れるが、本当に嫌だと思う所までは踏み込んで来ない。そういうタイプ。
「……言っとくけど、別に意味はないわよ」
「何が」
「何でもないわよ!」
がう、というような効果音でも付きそうな勢いで吼えると、フィレナも身を翻し去って行った。
旗の顔として、フィレナには色々これからやる事が増えていくんだろう。ここで俺と話してたのも油を撃ってた事になるんだろうが、……良かったのか?
(まあ、いいか)
そこまで俺が口を出す所でもないだろう。
「ハルトは……行かなくて、いい……?」
「まあ、もう少ししたら行く」
フィレナと俺が揃って行くの、何か微妙な感じがしないか? あんまり良くない方向で。考えすぎかもしれないが。
「――あ、ハルト! 何だ、お前もいたのか」
「ジーノ」
カルタとフィレナと別れて、少しふらついてすぐ、この町の最後の知り合いであるジーノに会った。両手一杯のそれは、軍支給の医薬品っぽい。
「丁度良かった、お前も手伝ってくんね? 怪我してる奴も多くてさ。お前ならパッと治せんだろ」
『も』って事は……怪我で済まなかった人も、いるんだろうな。多分。
「構わないが、薬で間に合わない人だけで頼む。まだ一番の大物が残ってるからな」
実はそろそろ危険域だ。全体をバーで表示したら、三割のレッドゾーンまで突入しかけてるぐらい。絶対量が多いからまだ切羽詰まっていないのが実際だが、余裕はない。
だが人命が最優先であるのに違いはない。最悪、ハーパー卿とやらに逃げられたとしても、今助かる命を助けるべきだろう。
「あ。そ、そうか」
「後は労働力としてなら普通に役に立てると思うが。人並み程度なら。半分持つか?」
医術の知識やなんかがある訳じゃないから、人並み以上の事は出来ない。しかも器用じゃない人の方の
人並みでお願いします。
「いや! やっぱりい! そうだよな、お前は戦えんだもんな」
俺の提案を断って、ジーノはそう首を横に振る。戦力だからって、そう気を使われる程でもないと思うんだが。手伝うぐらいするべきだろう。体力的にはまだ余裕あるし。
「俺は兵隊でもねえし、知識がある訳でもねえし、医学に通じてる訳でもねえからさ。本当、何も出来ねーんだ」
「人手は大切だぞ。お前がこうして動いてる事で、確実に助かってる人がいるだろ」
「……そっかな。そーだといいけど」
ちょっと気が引けていたような情けない表情から、少しだけ浮上した嬉しそうな笑みに変えて、それからまたすぐ、溜め息を付く。
「正直言うと、ちょっとまだ迷ってたんだけどよ。俺、決めたわ。マジで決めた。マトルトーク行って、色々勉強してみてェ。王女様が言ってたみてーに法律の偉い奴になるか、なれるかは判んねーけどさ」
「いいんじゃないか、色々知ってから決めても」
「そうする。じゃな、ハルト。その――、気、気ィ付けてな!」
「あぁ」
軽く手を上げてこたえて、ジーノと別れる。
(そろそろ、いいか)
会議の場は最前線となった、スラム街と中央通りとの境目。現場で済ませてしまうのは、このまま中央区まで攻める予定に変更がないからだろう。
「あ、ハルト」
「遅っそーい」
「悪い」
この場に集まったのは、カプレス側からはカルタとアルタ、それに警備隊長。マトルトーク側からはフィレナと、それと判る軍将校の二人。
軽装ではあるが、金属製の防具をきちんと身に付けている、青年から中年差し掛かり程度の年齢の二人は、佇まいからして一般人とは違う。
「直接お会いするのは初めてですね。マトルトーク第三警備隊隊長、リカルドです」
「同じく第三警備隊副隊長、アルベルトです。宜しくお願いします」
「ああ、宜しく」
俺が皓皇だと二人は知っているようだった。緊張で引き締められた表情が大変に申し訳ない。そこまでかしこまってもらう必要のある人間じゃないんだ、本当は。
「さて、それじゃあこれからどうするかだけど――」
「ハーパー卿は、先程スラムを制圧する為に出した兵で、手勢の七割は失いました。残りは中央に入る事を許されていた『親衛隊』の兵どもです」
「人数的には減っても、危ないのは丸々残ってるって事か」
「そうなります」
答えた警備隊長に頷き、リカルド隊長は小さく唸って腕を組み。
「恐れる訳ではありませんが、力を付けた魔人がどういうものか、兵も我々も多少は知っています。そして見た目で相手の力が測れないというのも……中々厄介なものですな」
魔人と相対する時、人と戦うつもりでやってはならない。
かと言って、ではどの程度の相手に対する心構えをすればいいのかと言われれば、確かに判りにくい。
特に魔力を読み取る術を持たない人間には、尚更だろう。
「割り当てられる最大限で臨むべきね。肩透かしならそれでいいでしょ」
「後は、そうね。集団の相手は『守る』事に専念して、頭だけ叩きに行く手もあるわね。そっちの決着が早くに着けば、被害らしい被害も出さずに済むかもしれないわ」
「……フィレナ」
それは一番俺が望む形だが、同時に一番無謀でもある。
「そうねえ。実力があれば可能ではあるわよね。ただし相手の懐に入り込む人間の危険度は半端ないけど。実力無かったらただの死間よ、それ」
「死間?」
聞き慣れない単語に、カルタを見て説明を求めると。
「成功しても失敗しても、死ぬしか道がない任務に付かされた暗殺者の事」
「……成程」
「成功すればラッキー、ぐらいでやるなら、死んで惜しくない奴を送り込むべきね」
かなり非道な事を口にしているカルタだが、短い付き合いでも判る。本気では言ってない。その選択をしたら、むしろ彼女は怒るだろう。
「今それやったら下策だろ」
やるなら、完全に成功させるつもりで。
「やるなら俺が行く」




