第二十九話
――やはりそこに集まっていたのを知っていただけあって、見張られていたのだろう。
明らかに予定よりも早く衝突した様子で、遥かにスラムに近い位置でスラム側は総力戦を強いられていた。
聞いていた分が正確だとするなら、魔神側がスラムに出している戦力も結構な割合だ。
人数的にも二、三割負けている。
ただでさえ魔に近い魔人の方が強大な力を振るうため、劣勢になるのは当然の状況。
もっとも、人数と装備性能から確実にそうなるのは判っていたので、展開的には問題ない。
が――それでも少し、予定よりも早いな。
(もう少し、粘れるか?)
「輝大震衝!」
味方を巻き込まない範囲を狙って、大地を揺るがす。
一団の動きが止まった途端、やや上の角度から矢が勢い良く降り注いだ。
とても一人で放っているとは思えない矢の量だが、今スラムで弓を扱える兵はカルタとアルタの二人だけ。アルタはこちらにいないので、カルタ一人の絶技である。
混乱の中をすり抜け、最前線で壁を創っていた一団は正面突破させて貰って、スラム側と合流する。
「やほー、ハルト。でも遅い!」
「悪い、ちょっと絡まれてた!」
声は上げつつ、戦線に戻った手はお互い止めない。
統率という意味でも実力差は明らかなのだが、戦線がここで持っているのはどうやらカルタのおかげか。
軍として機能しているからこそ突ける弱所――指揮官を優先的に狙って、カルタの矢が魔人を射抜いて行く。
ちなみにカルタの矢は自分の魔力で作った純魔術物質。
通常の矢を使う者もいるが、持ち歩くのが弓だけで済むという重量、そして持ち運べる物質よりもはるかに多く生み出せる矢の本数が理由で、弓を武器に選んだ者はほぼ全員、この純魔術物質化の術を学ぶそうだ。
ただ習得出来る出来ないは……悲しいかな、才能の差が顕著に出る。
中には持ち運べる矢の数の方が、作り出せる矢の数より遥かに多い者も、決して少なくはないんだとか、自慢を交えつつ教えてくれた。
「門は?」
「開いた。――そうだな、もう良いかもしれない」
「そりゃ助かるわ。劣勢だし」
頷き、カルタはすぐに首に掛けていた小振りの角笛を高らかに吹く。
小振りではあるが、雷鳴羊とか言う動物の角で、そりゃあ結構な音が響く。
……聞いてはいたが、勿論初体験。ちょっと舐めていた。そしてお世辞にも、快い音じゃなかった。
「……もうちょっと、何とか。せめて時間差、もうちょっと欲しかったぞ」
耳を塞いだ時には遅かった。まだ痛えんだけど。
「風精霊の笛なら遠くにまで響くだけなんだけどねー。安価な呪具は安価なりの効果って事よ。さ、撤退撤退―」
ひょいと身軽に屋根から下りて、カルタは再び違う屋根の奥に上る。
「カルタ?」
「弓兵は味方の撤退を最後まで助けなければならない。コレ、弓騎士の常識」
……成程。確かに一定の距離さえあれば、足止めしつつ逃走するには向いた武器なのかもしれないが。
「カルタ、騎士だったのか?」
「残念、騎士見習いの士官でした。国が無くなっちゃったからねー。だから本当は騎士じゃないけど、心意気は騎士道もアリって事で。一番は冒険者だけど」
明るくそう言うカルタの下を、続々と人々が隊列を維持したまま引いて行く。
時間の掛かる重装備とか、あった方が良かったのか、所詮素人には扱えないと、いっそなくて良かったのか。
――撤退、と言ってもこれは本当に逃げてる訳じゃない。
スラムの中は荒れて迷路になっていて、障害物も多いので、元々のスラム住人や、数日でもここらで暮らした人の方が地の利があって間違いなく有利だ。
だから誘い込まれているのではと、相手だって考えるだろう。
だがその心配は無用だ。残念ながら劣勢が覆る程の利点とはなりえない。
何より、これからこっちに不利に働く。
にも拘らず何故撤退なんかをしたかと言えば――
おおぉぉぉおっ!
湧きあがる鬨の声と、雷鳴羊の角笛の音。マトルトーク軍到着だ。
「イエス! 来た来た!」
「観てるんだからそりゃそうだ」
しかしこれで役目は済んだ。
エレメントを無駄に使うだけなので、擬似精霊は早々に消しておく。
「便利ねー。伝令いらず。しかもタイムラグ無し。あたし達にも使えればいいのに」
「残念。精霊だけの技術だ」
でも便利なのはそうだから、そのうち擬似精霊と同じ働きをする何かは造られるようになるはずだ。それが魔術によるものか科学によるものかは判らないけど。
「俺達も戻ろう。角笛を頼む」
「オーケー」
カルタが咥えた雷鳴羊の角笛に、今度はしっかりと耳を塞ぐ。
それが合図で、皆、撤退していた足を方向転換。
逃走でなく撤退だと相手も判っていたから、流石に突っ込んできているような部隊はないが、それでも入り組んだスラムの道、隊列は崩さざるを得ない。
入りこんでる部隊数も、慎重だったからこそ決して多くはない。
しかしスラム側には細く厚く、町側には広く薄くで、少しでも戦り易くなれば十分だ。
「さあ、正面突破、来るわよ! 全員守る事を一番に、マトルトーク軍が崩すまで持ちこたえなさい!」
前にも後ろにも行けなくても、挟み打ちから抜け出すにはどちらかに進まなくてはならない。それは当然弱い方――俺達寄せ集めのスラム住人側だ。
だが絶望的な戦いではない。もうマトルトーク軍は背後に付いている。
数十分、全力で持ちこたえればそれで済む!
「――ハルト!」
先陣を切って駆けて来た、フィレナの声は戦いの終わりを告げた瞬間でもあった。
最後まで抵抗を続けた部隊が完璧に囲まれた事を知って、諦めて武器を手放し、決着がつく。
「お前、前線に立つの止めろよ!? 王女なんだから!」
「会って一番がそれ!? 心配したから来てるんじゃない! 他にないの!?」
「俺も心配だよ」
それに何より、バウゴ候やロアさんも想像して気を揉んでいるだろう。あ、一番はフィレナを預けられた隊長さんかな。
「……そう。ま、あ、なら、いいわ」
「判ったんなら、次はやるなよ」
「…………多分ね」
まだ何か言ってくるかと思ったが、存外大人しく矛を収めてくれた。信用出来ない間があったのが気になるが。
「ねえ、怪我とかしてない? 後、何もない? 酷い事言われなかった?」
どうやら、余程心配してくれたのは事実らしい。有り得る事態を一つずつ確認された。
ほとんど傷らしい傷を負っていないのは見て判ると思うので、見た目では判らない方を報告する事にした。
「大丈夫だ。温かく迎え入れてもらったぞ」
実はあの後、隊長さんとは微妙にぎこちなかったんだが、あれだ。
あれはむしろリシュアさんへの好意ゆえだから。微笑ましい方向だから。彼の方が年上だけど。
「物腰ソフトな敵じゃない美形に冷たくする理由とかないでしょー」
こちらも弓を背負い、待機状態になって下りてきたカルタが、ちょっと人の悪い笑みを浮かべ俺の側に立ってそう言った。
「ってか、ちょっと近い」
「つれない事言わないでよ。三日間、寝所を共にした仲じゃない。今更今更」
あぁ、したな。全員で神殿で雑魚寝。
「――カルタ、ちょっと」
「何―?」
腕を引き、フィレナと少し離れて聞こえないだろう距離を取ってから。
「あんまりフィレナの前でその手の話、出すな」
「何で? そんな嫉妬深いの? 後が面倒?」
「そこも違うから。彼女とかじゃないから、別に。フィレナはその……ちょっと襲われた事があるから、そーゆー話、しないでやってくれ」
アルタもそうだったけど、カルタがこの手の話が好きなのはよく判った。俺は別にいいけど、フィレナは相手が悪いだろう。
「別にそんな事気にしなくていいわよ。未遂だったんだし」
「うわ!」
折角聞かれないよう離れたのに、また近くに来ていたフィレナに後ろから声を掛けられて驚いた。本当に驚いた、今。
というか、気を利かせろよ。離れたんだから、聞かれたくないんだなとか思うだろ、普通。
「お前、本当……」
「何よ」
「気が利かない。人付き合いに致命的だぞ、それ」
「う、煩いわねッ! これから何とかするわよ!」
努力をする予定はあるのか。……意外だ。
「ああ、ふーん。へー。やっぱり?」
「やっぱり?」
って、何だ。何で一人で納得した顔してるんだ、カルタ。
「そんな表情してなかったなと思って。当たりだね、うん。それよりだよねー?」
最後は、初めにフィレナに向けたのと同じ、ちょっと人の悪い笑みを向けてカルタは言う。
「それより?」
「それより、さっきのどういう事よ? 精霊は欲情しないとか何とか、偉そうに言ってなかった? 会って三日程度で、それ?」
「え、そうなの!?」
やっぱりその手の話が好きなのか、カルタも一緒に食い付いてきた。あぁ、面倒臭い。
「精霊って子供とか、作らないの? ってか、作れないの? だったら何で男女あんのよ」
「それは今答えなきゃいけない事か!?」
ってか、何してんだろうな、本当! マトルトーク軍と合流して、相手の一部隊片付けたら、すぐ中央区まで攻めるつもりだったんだが!?




