第二十七話
「そうねー。何しろ見切りでやっちゃったから。物資焼かれたのが痛かったのよねー。そこはね、思ってたより相手の行動が早かった。失敗した」
「東門閉じてただろ? あれはどっちが?」
大陸側の東門は閉ざされていた。
あれは開けないと色々不都合だと思うんだが、何か理由があっての事だと困るので、先に確認しておく。
「あれは魔神よ。魔術で閉じられてるから手が出せなくて」
「こっちの物資を困窮させようって腹よ。それに東門を封じれば、マトルトークの増援も防げるってね」
「一応、このスラム区域の壁が壊れているおかげでこうして連絡は取れた。こっちの外壁がこうも酷い有様だと知らなかったんだろうな。いや、何せ俺も知らなかったし」
頭を掻きつつ白状する隊長。警備隊の隊長が知らないんじゃ、そりゃ大方の人の知らないかもな。
スラムら辺にいた人は、魔神側には付いてないだろうし。
「開いてるって言っても、軍が行き来するには幅足りないだろ」
「そうなのよ。何とかしたいとは思うけど、でも難しいかなー。いきなり都合良くそれなりの腕前の魔術師とか、いないからね。流石に」
カルタ達は魔神を倒す前に門を開けるのは諦める方向らしい。
(しかし、それだとマトルトーク軍が着いた時点で、魔神達と正面から戦り合う事になるな)
今は干乾しを狙っているから、半膠着状態のようなものみたいだが、援軍が見えた段階でそんな悠長な事はしないだろう。
「……後どれぐらいなら、余裕を持って待ってられる?」
「二、三日。切り詰めれば、一週間」
「けどそれって数字の上で、なのよね。兵士や冒険者はともかく、一般人にご飯切り詰めろってのは、結構無茶よ」
ましてその状態で戦え、という話になる訳だからな。取らない方が無難な手段だ。
「――やっぱり、門を開けてしまおう」
「行ける?」
「開けるだけなら絶対行ける」
最も手っ取り早い手段は壊す事だ。
そして俺は今回その手で行こうと思ってる。開けるだけに時間を掛けるのは馬鹿馬鹿しい。
後の事は……まあ、後で。どうせほとんどいつでも開いてたような門なんだし、何とかなるさ。
「わ。頼もしいじゃない」
「本当はマトルトークの将校と合流して、作戦決めてやった方がいいと思うんだが、その時はもうほぼ限界だろう」
切り詰めないでと考えると、食料的な部分がな。
「そう思うわ」
「だから、マトルトーク軍が来たら門を壊して市街に入れて、そのまま制圧――で、どうだ?」
「いいわね。細かくなくて好みよ。どうせ統率のとれた難しい作戦なんか実行出来っこないし」
下手に作戦練る方が危ないだろう。
何しろ指揮官からなにから、全部不足している状態だ。当然なんだが。
軍隊でもなければ冒険者ですらない、護身用に剣を持った事があるかどうかって人も結構な割合占めてるんだろう。
「様子見て、余裕があるなら将校だけでもこっそり招いて、話合ってもいいと思うけどな」
出来るならやった方がい良い。ただ、あれだ。こういう時はあまり楽観的にならない方がいい。
「本当に出来るのか? やっぱり開けませんでした、とか、土壇場になってから言われても困るぞ」
「別に困んないわよ、伝える方法だけあれば。開けられなかったら諦めて、こっち側からマトルトーク軍と合流しつつ、市外に出て制圧開始。それだけでしょ」
「そうそう。力試しでもするつもり? あれを壊せるだけの何かを、ここで見せろとでも? それだけの戦力が増えたとかって知られる方が厄介でしょーが」
……何と言うか、女は、怖い。
俺達に向けられた隊長の疑問と疑念は、ステレオであっさり粉砕された。
「じゃ、そんな感じで行きましょー」
「さ、さ! こんな状況だからぱあっと歓迎! って訳にはいかないけど、ちょっとぐらいは色付けるからさ。無礼講、無礼講! 騒ぎましょ!」
「え、ちょっ、待っ」
強引に腕を取り、左右にポジショニングしたカルタとアルタから、半ば引き摺られるように連行される。
ちょっと待て俺達別にご飯要らないから無駄に使うなとか、逆らう隙がなくてむしろ怖いとか、反論する間も逃げる間もない。
「待て、貴様等――」
「あ、あの、良ければ貴女は俺が案内を。名前を頂いてよろしいですか?」
「必要ない、失せろ! 貴様等、その方を離せッ!」
「ぶーぶー、美形独占反対―」
「美青年は女の共有財産でーす」
「ふざ、ふざっ、ふざけるなー!!」
本気ではない軽いノリに、リシュアさんはどうすればいいのか困って、結局、何とも間抜けな怒鳴り声を上げた。
カラカラと笑うカルタとアルタは、そんなリシュアさんの様子すら楽しんでしまう始末。
場違いに響く笑い声が、それでも少しだけ、俺の気分を軽くしてくれた。
人工の明かりは、魔術によるものと科学による物と、両方ともが存在する。
ただ若干、エレメントを使った精霊魔術で明かりを灯す方が多い。科学の火よりは魔術の火の方が高度に制御されているのが、今の世界の文明だ。
そんな訳で、暗い所を歩く時魔術を使えない人はランプっぽい魔道具を持ち歩くのが普通だが、明かりを生む魔術が使えれば問題は無い。
今俺が歩いているのは、神殿の地下。
どうにもここでは落ち着いて寝られなくて、ウロウロしているうちに隠し扉と地下への階段を見付けてしまったのだ。
怖いが見ずにはいられない人間心理。
勘は馬鹿に出来ない気がして、――結構、構えて下りて来たんだが。
「……何もないか」
そう、隠し扉の奥の階段の下、そこから続く狭い一部屋だけのこの場所には、何もなかった。
ただ部屋の中央に白い台座がぽつんと置いてあっただけ。
台座の上には何もない。けど、何かあった跡が残っていた。指輪のケースかってぐらいの小箱サイズの、何か。
長く動かされていなかった証明に、こびり付いた埃がくっきり線を残している。
(――……何だろう……)
急げ、と自分の中で何かが急く。
ここにあった物は、ここになくてはならない物だった。誰にも知られてはいけない物。
「――皓皇様」
「!」
後ろから呼び掛けられ、はっとして勢い良く振り向く。振り向いた時には、もう相手は判ってたから、警戒は無い。
「リシュアさん」
「背後から申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。良く判ったな」
何となくこの先を知られたくなくて、ちゃんと入口閉めて来たのに。
「皓皇様の気配に迷う事などありません。我等は全て、貴方様の眷族なのですから」
「……そうか」
「ここが、結界の中心ですね」
「そうみたいだ」
しかし封じられていた物は、もう存在しない。隙間を抉じ開けるようにして、女神のエレメントを使った結界も破られていて、そこから綻びも見え始めている。
「これを破ったのは、魔王でしょうか」
「何でだ?」
「女神のエレメントに負けぬ力を振るえるぐらいですから……」
そうか。そう、だよな。
……むしろ何で俺は、魔王だとすぐに思わなかったんだろう。魔王以外に、何、と思い付くものもないのに。今も何か……腑に落ちない。素直に頷けない。
「リシュアさん」
「はい」
「『俺』はどうやって死んだんだ?」
相討ちになった、とリシュアさんは言ったが、果たしてどういう状況で、誰と相討ちになったのだろう。
「……申し訳ありません。実は……正確には、私も存じていないのです」
「知らない?」
皓皇の武器であったリシュアさんが、知らないってのはどういう事だ?
「当時、私達はまだ皓皇様の武器を引き継いだばかりで、誓剣足り得る実力がございませんでした。魔王の数匹を屠った後……。武器化を解いて、……おそらく、襲われたのだと思います。気が付いたら、私とライラは皓の森にいました。皓皇様は……皓皇様が、失われたのはすぐに判りましたが、ご遺体すら見つけられずに……」
「……そうか」
「……申し訳ありません。フィリージア殿であれば、きっと、あのような事には……」
「どうだろう。その話だと、戦闘後に不意打ちされたみたいだし」
項垂れるリシュアさんの肩を軽く叩いて、顔を上げて貰う。
「それにこうして、再生したしな」
完璧じゃないけど。むしろ全然不完全だけど。
……それでもきっと、俺の再生は彼女の自責の念を軽くしてくれただろう。少しでも――そう願いたい。
皓皇が最後に何を思ったかは判らないが、少なくとも俺に、彼女達を恨む様な気持は残ってない。だからきっと、恨んではなかっただろう。
そう思いたい。そう言ってやりたいから。
「――皓皇陛下……」
「待っててくれて有難う」
「いいえ……っ。いいえっ。主を守れもせず、ただ生き恥を晒していただけでございます! けれど、けれど、今生こそ、貴方様をお守りすると誓います。必ず――、必ず!」
「そうだな。今度は皆で生きて、帰ろう。最後にちゃんと皓の森に」
「はい……!」
「戻るか。ここはもう何もない」
「はい」
踵を返した俺に付いてきた、リシュアさんと共に階段を上って部屋を後にする。
増した不安感と、少しだけ暖かくなった気持ちを同居させて。




