第二十六話
再び訪れたカプレスは、この数日の間に随分様相が変わっていた。
大きく開かれていた門はがっちり閉ざされ、中の様子は伺い知れない。人の声もしないので、バザーが如くのあの賑わいも今は無いんだろうな、という想像が付く程度。
「正面から入るのは避けた方が無難だな」
「そうですね。結界も引かれている様ですし、スラムの方に回りましょう」
早くジーノと合流するべきだ。一番安全に情報収集できる。
外壁を回ってスラム地区を目指して行くと、そのうち外壁すら崩れて侵入に容易い有様になって来る。
……今は有難いけど、住む側としては大問題だよな、これも。
「見張りが……います……」
それでも外壁は外壁の頑丈さは残っていて、侵入できる個所は流石に限られている。崩れて入り込めそうな所には、例外なく人が立っていた。
「まあ、そりゃあそうだろうなあ……」
ライラの呟きに、俺も少々困ってそう返した。
侵入のされやすさなんか、俺達よりも万倍良く知っている住人達が、そのまま放置しておく訳がない。あれだけ注意を向けられてると、隠霧でも誤魔化せないだろうな。
「仕方ない。まずは正攻法で試してみるか」
「大丈夫でしょうか?」
「スラム近辺にいるのはジーノ達側の『人間』だと思うから、多分。駄目なら逃げてまた考えよう」
「判りました」
結構乱暴な事を言ってるんだが、リシュアさんは動じずに頷いた。有難いけれども。
彼女達が躊躇わないって事は、皓皇もそうだったのだろうか。
そうかもな。俺だしな。そんな賢かったり奇策をポンポン思い付く様な出来の良さを持ち合わせてるとは、とても思えん。
シュミレーションでもレベル上げての力押しが基本だからな、俺。
取り敢えずの指針も決まって、俺達は真っ直ぐ見張りに見える様に近付いて行った。
「――止まれ!」
そして一定の距離まで近づいた所で、制止の声が掛けられる。格好からして、やはり一般人――それもスラムに近い人達だろう。
「何だ、お前等は!」
「マトルトークから来た。指揮を取ってる人と話がしたい」
「マトルトークから……だとォ?」
抜き身の剣を構えたまま、見張りの男三人は不満そうに俺達の全身を眺める。
「ガキと、女と、虫も殺せねェようなツラしたお綺麗な兄ちゃんが、何の用だってんだ」
うん、まあ、虫も殺すの苦手だ。蚊とゴッキーは除くけど。奴等には躊躇わない。
いや、そういう事じゃないってのは判ってるけどな。
「マトルトークの偉い奴宛てに手紙送ったってのは聞いてるけどよ、それで来るのがテメェ等身てえなひょろっちいのってのは、どういう事だ」
「舐めてやがんだよ、そうだろ、あァッ!?」
「――止めなさいよ」
「彼等は精霊よ。綺麗なのは当然だし――舐められてもないわ。三人共、強いエレメントの持ち主よ。特に男のヒトは半端じゃない」
どうするか、と困っていた俺達に助け船を出してくれたのは、よく似た容姿の少女二人組だった。
「あ」
町の奥から進み出て来たその二人に、俺は見覚えがあった。
カプレスの大通りで男女の無残な遺体を弔ってくれた(と、思われる)魔人の少女二人だ。
「つい一週間ぐらい前にも見掛けたかしらね。カルタよ。宜しく」
「アルタ。見て判るだろうけど、姉妹よ。二人で冒険者やってるの」
冒険者……!
アルタの言葉は、ちょっとした衝撃を俺に与えた。やっぱりあるのか、冒険者制度。
害獣がいるって判った時から、きっとあるだろうと思っていたが。
「来て。話を聞くわ」
「お、おい。いいのかよ」
「何で?」
「何でって……。本当にマトルトークから来たかだって判んねえだろ。中央の野郎共の愛玩精霊かも知れねェじゃねえか」
「あら、だったら話が聞けていいじゃない」
男の懸念をそうあっさり一周すると、カルタとアルタは男三人を押しのけ俺達を通し、さっさと町の中へと招き入れてくれた。
「閉鎖した環境に閉じこもってるから、ビビリになるのよ。事が済んだらあんた達も冒険者やってみたら?」
「うっ……」
微妙に自覚があるのか、それとも彼女達に口で(もしくは実力ででも)ヘコまされた事があるのか、男達は反論しなかった。
「ごっめんねえ。何しろ元々、人から疎外されて生きて来てるから、皆協力してどうこうしようってのに慣れてないのよ」
「君達は? カプレス出身なのか?」
「うん、まあホームね。だから結構古くから警備隊の人とも知り合いで、手が足りないみたいだからこうして反乱にも加わってる訳。上の人間も抜けたり日和見がいるから、その穴埋めまで任されちゃう始末よ」
そうか。正規の警備隊の人もいるのか。
元々職務に従って全員が『人間』を守る選択をするとは思っていなかったが、それでもいるだろうと期待してたから、やっぱりいてくれてほっとした。
「それにしても、精霊が人の軍隊と行動してるなんて知らなかった。知ってたら私もさっさとマトルトークに行って参戦してたのに」
勇ましい事を言ってくれる。そして嬉しい事を。魔に抗うには何より気持ちから、だからな。
精霊が、と言うより同じ人間が、って方が気持ち的にも奮い立つと思うし。
「少し前に皓皇が再生してな。皓の森の精霊の方向性が決まった。――ただ、正式に行動を共にしてる訳じゃない。お互いあんまり……良くない事もあるだろ?」
「そうね、残念だけど。でも貴方はあまり人間を嫌ってないわね」
「君も『精霊如きが』とかって言う感じじゃないな」
俺達には有難い事なんだが、それに違和感を感じてしまうようになってしまった現実の物悲しさが切ない。
「あたし達のパーティーには精霊がいたからね。あんまり強い子じゃなくて、少し前に消えちゃったけど」
「……そうか」
「貴方はかなり、強いわよね。皓皇に近い所にいるんでしょう。人との交渉を任されるぐらいだもの。信頼もされてる」
本人です。言わねえけど。
珍しくまともに扱ってくれる人ではあるが、流石にそこまで警戒心薄くない、俺も。
「人を嫌ってない精霊が皓皇の側にいて心強いわ。宜しくね? えっと……」
「あぁ、言ってなかった。ハルトだ。彼女達はリシュアとライラ」
「そう。宜しく」
カルタはリシュアさん達にも笑みを向けたが、リシュアさん達は軽く頭を下げるに留まった。
それでも頭を下げたのは、少しはフィレナとの交流が影響してるんだろう。
「さ、ついた。こっちから入ろうとしたって事は知ってたのかしら。ここが私達の作戦本部よ」
言ってカルタが足を止めたのは、やはり例の封印の神殿。
「一週間ぐらい前かな。急に町に結界が張られたの。それも女神のエレメントが混ざった奴。女神のエレメントを使えるのは精霊の中でも、精霊王だけって聞いた事あるわ。本当なら、カプレスに来てたって事よね」
「折角なんだし、会いたかったなぁー」
「そういうものか?」
アルタの声は本当に悔しそうだった。
俺なら偉い人とは出来る限り会いたくないぞ。緊張するし。
ましてや異種族間なら尚更だ。
何かあって、関係険悪になったらとか、気にするだけで気が重くなる。
「だって、エレメントの司よ? 滅多に会えるような相手じゃないし、『会った事ある』って言えばちょっとした武勇伝になるじゃない」
「……不敬な」
「リシュアさん」
不快気に呟いたリシュアさんの声は、前を行く二人にしっかり届いてしまったらしい。くるりと振り向いて平然と笑って。
「ごめんごめん。ま、どーせ会えるような相手じゃないからさ、勘弁してよ」
会ってます。
「アルタ殿、カルタ殿」
「あ、隊長」
「どうした? 何か騒がしかったようだが――……その者達は?」
アルタに隊長、と呼ばれた青年は、見てそれと判る警備隊の人の格好をしていた。騎士とは違った飾りの何もない簡素な制服。
マトルトークの守備隊の人と全く同じだったから、すぐに判った。どうやらレトラスは町毎の融通は一切なく、国で一括して兵の装備を決めているらしい。
「マトルトークからの使者さん。三人共精霊よ。見りゃ判るかな」
「美人さんだもんねー」
「あぁ、うん――……。ああ、いや、んっ」
俺達を見て、うっかり頷いてから隊長は慌てて咳払いをして誤魔化した。
「あまりそういうのは、その、不謹慎だろう」
「あら、美人は正義よ」
「隊長だって好きでしょー?」
「そ、そういうのは止めて貰おうか」
ごふんごふんっ、とか空咳しつつ、今ちょっとリシュアさんを見ただろう。
駄目……、とかってのは、別に俺が言う所じゃないけど、駄目だと思うぞ。多分。少なくとも相当の覚悟と根気が要求される。
「正式な援軍はもう数日遅れて来る。先行して来たのは……ま、人数が増えて悪い事はないだろ?」
「それは勿論有難い。残念ながら、人を守るべき警備軍が長い物に巻かれ、こちらに付いているのは四分の一程度なんだ。嘆かわしい」
「町の人でも心得ある人は戦力になってもらうけど、流石にそれ以外の人はねー。相手も魔人だからねー。だからマトルトークが援軍送ってくれるってのは、本当有難いわ」
「戦況、悪いのか?」
話した感じ、隊長さんもカルタ達も冷静だ。
ある程度の勝算もあって蜂起したんだと思ってたが、予想以上にマトルトークに寄せる期待が大きいので、ちょっとびっくりした。




