第二十五話
「考えろ――と言っておいて何ですが、我が軍と行動を共にされてはいかがでしょう」
「軍と?」
それは考えていなかった。
間違いなくリシュアさん達は嫌がるし、人間の方からしたって俺達をどう扱っていいか困るんじゃないか?
「勿論、軍に倣えとは申しません。しかし共に在る事で、互いに多少なりと慣れる事も出来るでしょう。何より、互いに被害を減らす事が出来るはずです」
「いいじゃない、そうしなさいよ」
バウゴ候の提案に、フィレナは積極的に乗って来た。
「そりゃ、魔神まで一気に落としちゃうのが理想だと思うわよ? でも今の戦力とあんたの状態考えたら、封じ込めとくだけでも上々だと思うのよね。出来そうなら行っちゃっていいと思うし。何より、数で攻めるのもアリだと思うわよ。人間の手なんか借りたくないって訳じゃないでしょ?」
「そりゃあ、まあ」
俺自身はな。けど他がそうだとはとても思えない状況だし、後はやっぱり、被害がな。
「力の差がどうとか、だから被害がどうとか言わないでよ。これは当然、人間の戦いでもあるの。命が喪われてしまうのも……精霊だって一緒でしょ」
「生き残る確率が違う」
身体の強度はそう大差はないが、エレメントの扱いに長けてる分、一撃の威力が人と違う。先制で目の前の相手を行動不能に出来るかどうかは、大きい。
「人間だって六百年何もしてなかった訳じゃないわ。今はとにかく――特に、百数十年前は増えて来た魔人に対抗するために必死だったみたいよ。これもその一つ」
しゃん、と鞘から綺麗に細剣を抜き、フィレナは刀身の輝きを部屋の明かりに翳す。
「昔からエレメント含有量の多い鉱石があるのは知られてたけど、それを維持して加工できるようになったのはまだ百年足らずの技術よ。時間もお金も腕も掛かるし」
「ちょっといいか?」
「どうぞ」
自信たっぷりに差し出された剣を受け取って、改めて検分して見る。普通の金属じゃないとは思ってたが、改めて見るのは初めてだ。
(……確かに)
結構強い水のエレメントを感じる。
「精霊魔術の媒体としてもそれなりの力を持つわ」
「だろうな」
認めてフィレナに剣を返す。どこまでの相手と戦えるかは、精霊魔術士としての腕にも左右されるだろうが――
(属性さえ気を付ければ、それなりに渡り合えそうではある)
少なくとも、今まで遭遇した魔人達を相手に、一撃が届かないような心配は皆無だろう。
ただ問題はもう一つで、これが量産品じゃないって所な。
「ちなみに、マトルトークには……」
「残念ながら……」
沈痛な表情でバウゴ候は首を左右に振る。地方軍隊に手が出せる値段じゃないらしい。
「そうじゃなくて! 私が言いたいのは!」
「判ってるって。あったらいいなって聞いただけだ。これだけじゃないって事だろ」
例えば、ここまでのランクじゃないにしたって装備品は勿論、魔術形体だって変わってるだろう。
六百年も経てば、人間の身体能力にだって変化が出ているかもしれない。日本人は小柄な民族だったが、最近じゃあ背の高い人も普通に増えて来た。
――六百年前は、人間に戦える力はなかったかもしれない。しかし今はある。そういう事だ。
「そりゃいずれは……避けられないだろう。でもやっぱり、今は無理だ」
「何でよ」
「……じゃあ、お前リシュアさん達が上手く人付き合い出来ると思うか?」
「うっ」
これには反論できずにフィレナは呻くと押し黙った。
いや、いくら何でも一緒に行動したからって本当に何か起こるとか思ってないとも、俺も。
けど間違いなく、互いの軋轢は深くなるぞ。
「お付きの方々が、何か……?」
あぁ、そうだ。バウゴ候とは面識ないんだった。
俺もあえて引き合わせようとか思ってなかったし、何度か顔合わせた時も、俺の後ろで黙ってただけだったから、バウゴ候が何も知らなくても無理はない。
「彼女達は人間嫌いだ。俺は最終的には種族関わりなく尊重し合えればいいと思ってるし、それなら……まあ、はっきり言うが、今は互いに関わらない方がいい」
普通の精霊は嫌ってても問題無いんだ。
いや、正確には問題無くないが、一個人の感想で済む。
しかし皓皇付きの精霊となると、そうは行かない。どうしたって全体がそうだと見られてしまう。実際嫌い合ってるけど、形にしてしまうのとは全く別問題だ。
「そう、ですか……」
「だから、共には行かないがあまり突出しないで合せながら戦ってみるというので、どうだろう」
それも一線隔てている感じで印象良くないけどな。一緒に行動するよりかは、まだ険悪にならない。……恐ろしい根深さだ。
「じゃあ、私も」
「お前は行くんならマトルトーク軍な」
「何でよ!」
「お前が王女だから」
断言されると、フィレナは黙った。物凄く不服そうだが、そこはお前が不機嫌になる所じゃないと思うぞ。
どれ程威光が残ってるか判らないが、王家の名前はやっぱり力を与えるものだろう。まして王女――女性だし。
「……そうですね。我々はずっと、守り続けて、ジリジリと失いながらこの数百年を過ごしました。出来るのであれば――今、旗印を掲げるべきかもしれません」
魔人からの、世界の解放を唄うために。
先頭に立つのに、王家の娘というのは実に見事な旗印だ。ただそうしたら、フィレナはもう表舞台たら逃げられないけど。
「どうする?」
「いいわ。それで行きましょ」
早過ぎる決断で、あっさりフィレナはそう言った。
「いいのか。まだこっそりしとく事も出来なくないぞ。逃げられなくなるんだぞ?」
「いいのよ、言ったでしょ? 『希望』は人の力になる。と言っても、今の何もない私が『希望』になるかは――カプレス次第でしょうけどね」
そうだな。
本当に華々しく希望になりたいなら、ここは大勝利が欲しい所だ。残る北側の港町、キシュトへの牽制にも、まだ希望にもなる。
「大丈夫。やってみせるわ。――大丈夫……。私は、王女だもの。ちゃんと理由になる……」
(理由?)
「理由って……」
何だ、と聞こうとした俺にはっと気が付いて、フィレナは慌てて首を横に振る。
「なっ、何でもないのよ! そう、大丈夫って言っただけ! こっちは軍隊、相手は町人よ? 大丈夫よ」
反乱を起こそうってぐらいだから、カプレスで立ち上がろうって人も結構な数いたんだろうし、フィレナの言う通り負けはないだろう。被害は、確実に出るだろうが。
「……どうしたの?」
多分冴えない顔色をしていたんだろう。
決意を込めて言ったフィレナが俺を振り向き、そう気遣わしげに問いかけて来た。
「いや、何でもない。――ジーノの事も心配だし、俺達は先に出る事にする」
集団の準備は個人とは訳が違う。
ましてマトルトーク在住軍は攻めるための軍隊ではない。皆、まさか自分が遠征をする事になるとは思っていなかっただろう。
自分も余裕なくて考えた事なかったけど、そこん所はどうなんだろう。つまり、士気的な所だが。
気になる所ではあるが、今回は今更過ぎるか。士気がどうあれ、行ってもらえなきゃ困るんだし。その辺りはバウゴ候とフィレナに何とかしてもらおう。
フィレナの問いを自分の中でも誤魔化しつつ答えると、それ以上の追及はされなかった。
……良かった。
フィレナでさえ、殺し合いだという点において迷っていないのだ。俺がそれで迷っている事を知られたくない。
……そうだよ。フィレナも全く躊躇いないんだよ。俺より年下なのにな。王女なのにな。それが当然だというこの世界が俺はとても、怖く感じた。
「……ハルト?」
「何でもないって。どうこうどうするか、ジーノ達とも決めなきゃ意味ないだろうし、こっち側から先に立って使者になるのも、それ程無意味でもないだろう?」
「そうですね。我々も大きくは決めていきますが、戦況とカプレス側の意志によって変わるでしょう。私も恥ずかしながら、数字を相手にしかして来ていないもので……。現場の判断に任せたいと思います」
マトルトークは結界という備えと、ジ・ヴラデスという偏執的な魔王のお陰もあって、大規模な戦争には見舞われてない。
領主であるバウゴ候は勿論、現場で指揮をしていた隊長クラスの皆さんだって、経験という経験は無いんだろうが……。それでも多分、一番正しい。
「じゃあ、俺達は先行させて貰おう」
「はい。宜しくお願い致します」
「……っ。その……、気を、付けてね」
「あぁ」
二人に答えて会議室を後にする。
――本当は、正式にマトルトークの人間じゃない俺達が使者を買って出る理由にはならない。
もっと適任が幾らでも居るはずだ。
それでも先行するのを選んだのは、軍と行動したくなかったからだけではなく、カプレスの事が気になったからだ。
しかし気が急いているのは、非道ながらジーノ達が心配だからというだけではない。
いや、心配は心配だ。だが一番は何よりも、女神のエレメントが封じている何かだ。
「……っ……」
ぞわり、と考えた途端不快な鳥肌が立つ。首を振って袖の上から腕をさすって収めると、やや足を早くして部屋へと戻った。
「待たせた。行こう」
部屋に戻って言った俺の言葉に、二人は少しだけ驚いたようだった。
「宜しいのですか? 僭越ながら、私は皓皇様は人と行動されるのかと思っていました」
「覚悟……しています。大丈夫……」
「や、個人ならこっちの覚悟だけでも済むが、集団の中には入れないさ」
そこまで無理させるのも忍びない。
「そうですか……」
「大丈夫……、ですけど、ほっと、しました……」
「とは言っても、向こうに着いたらそれなりの人数とは行動しなきゃならなくなると思うけどな。――さ、行こう」
「後一つ、宜しいですか」
俺の言葉に行動を起こす前に一言とは、珍しい。それだけ気掛かりな事なんだろう、表情も真剣だ。
真剣な所から崩れたの、あんまり見た事ないけど。
「何だ?」
「無論、殺さぬようには努めます――が、どうぞいざという時は、殺す許可を頂きたいのです」
「混乱……すると、どうなるか……判り、ません」
「けれど殺せば、切り抜けられる事もあります」
「……っ……」
言われて俺は、言葉に詰まった。
彼女達の言葉は正しかった。あまりにも。少なくとも、ここの世界では――
(待て。本当にか?)
戦争の常識に狂わされた世界に飲まれていいのか。
人殺しが正しいとか、本気で認めるつもりか、俺は。
(違う)
正しくなどない。絶対にだ。
仕方ない、とも言いたくない。『仕方なかった』で殺される命など、あまりに無残だ。
けれどだから殺されろというのも、おかしい。
「……判った」
「良かった……では」
「ただし本当に、いざという時だけだ」
「勿論です。皓皇様のご意思ですから」
ほっとした様子でリシュアさんは頷いた。
俺から締め付けられるのが甘くなったとしても、リシュアさんが己に課す程度が緩くなる心配はしていない。
自分の気持ちの問題よりも俺の望みを優先してしまうのはもう判っているから。
(俺が人殺しをしなくてはならなくなるかどうかは、結局俺の問題だ)
冷静に対応すれば、例え一対多数になっても問題ないぐらいの力はあるんだ。そして大丈夫にする状況を、これから自分で作って行けるよう、考えねばならない。
ただそれには、俺から仕掛ける事は必要になるんだろうけど。
(――大丈夫だ……)
「よし、行こう」
「はい。参りましょう」




