第二十四話
カプレスに張った結界で効果がそれなりに見込めるようなら、そのまま解放戦に移っていいだろう、という話を道中にフィレナとして、帰ってから報告したバウゴ候にもそう進言しておいた。
さしたる効果が見込めないようなら、後から来るジーノに様子を聞いて受け入れ準備を進めればいい。
とはいえ、それは今すぐの話でもないだろうと、マトルトークに戻って一休みしたら、皓の森に帰るつもりだった。
治癒術や結界でかなり大量に力を使ったので、そろそろ安全を踏んで帰らないと、何かあった時に危ない気がする。
「普通に馬だと、皓の森まで一日強って所か?」
「そうですね。ここから徒歩で出て、途中でユニコーンと合流する方法も取れますが」
「いや、止めとこう」
折角の提案だったが、すぐさま否定しておく。
万一誰かに見付かって襲われたら大変だ。危険を冒す程の急ぎの旅でもない。
張った結界の事で、多少気掛かりは勿論ある。
カプレスにいる魔神――多分、ハーパー卿とか呼ばれる奴だ――が、神殿に手を出さないかとか、そうでなくても町に手を出さないかとか、色々。
(とはいっても本人は神殿には近付けないんだろうし、まずはどういうものかを調べるだろ。皓の森に戻って、一日休んで、ユニコーンでカプレスに戻って……中枢の魔神は倒す必要がある……だろう)
中央の魔神が居なくなれば、カプレスもマトルトークと同様の状態になるだろう。
若干魔寄りが多い事は否定できないが、自分と同程度の力を持つ魔人を敵に回してどうこうはしないはず。しないからこそ、今カプレスはああなっていたんだし。
だから絶対的な強者の支配は邪魔だ。それだけ取り除けば――……
「――……」
その役目は今の所俺達にしか出来ないし、俺がやるべきだ。それでも命の取り合いを考えると、胃が重い。
「皓皇様? どうなさいました」
「いや、何でもない。行くか」
「はい」
手荷物一つすら無いので、行こうとすればすぐにでも行ける。立ち上がり、部屋から出ようとした所で、廊下を走って来る足音がした。
「?」
「何……でしょう」
「騒がしいですね……」
ついこの前も同じ状況があった気がするが、今回は周囲も若干騒がしかった。
(……何だ……?)
こういう時、良い事な訳はないんだよな。
「――ハルト! 良かった、まだいたわね!」
扉を開け、入って来たのはフィレナだった。真剣に焦っているのが、急を要する事の証だ。
「どうした?」
「さっき早馬で届いたの! ジーノから!」
「?」
聞くよりも、フィレナが持ってきているジーノ本人の手紙を呼んだ方が早そうだ。
ちなみに文字に関しても、問題はない。
物凄く崩れた様なアルファベットのような文字が共用語として用いられているが、読めるし書ける。普通に。
手紙の署名にはジーノの名前があるが、多分ジーノが書いたんじゃないだろう。中々の教養を伺わせる綺麗な文字で綴られていた内容に、手に力が入る。
「どうなさいました?」
「一体、何が……?」
「内乱の準備を進めている魔人がいるらしい」
というか、ジーノが手紙を出した時点で準備なんだから、もう実際には事が起こっててもおかしくない。
俺達は普通に三日掛けて戻ってきたから、タイムラグがそんなにないって事は俺達が出て、結構すぐに事が起こったんだろう。
「女神のエレメントでやや正気を取り戻した人間が、良心に従おうとしているのですね」
事人間に関して基本無感動なリシュアさんからは、一片の動揺もなくそう冷静に返された。
「魔人化してるのにも変わりないから、好戦的になるのはそうだろうしな……。魔神の圧政に腹を立ててもいたんだろうし」
両方が合わされば、そういう結論に至ってもおかしくない。けど、人間側からこんなに早く仕掛けるってのは、正直考えていなかった。
という事は、俺も人間の良心を舐めてたんだな。
……うん、まあ、舐めてた。嬉しい、けど。今はまずい。
魔人が魔神に勝てないとは、俺は思わない。数さえ揃えれば、感じたぐらいの差ならきっと覆せる。だがそこには犠牲が出るだろう。
「バウゴ候は何て言ってる?」
「あんたを呼んで来て欲しいって」
「判った」
これは、皓の森に帰っている場合じゃないだろう。きっかけを作った者として、被害を抑えるよう努めなければ。
頷きフィレナについて行こうとした俺の手を、小さな手が掴んで引き止めた。
「ライラ?」
「陛下……。危ない、です……っ」
俺が選ぶ選択肢が判っているのだろう、ライラの瞳は行く事を拒否していた。
やはり万全を期してから、カプレスへ向かうべきだったかと俺も思わなくはない。
しかしもう今更だし、今、事が起こってる。そして魔に抗おうとする人の意思は絶対に守らなくてはならない。
「大丈夫だ。まだ十分使える」
「少しずつでも魔が薄まれば、我々も楽になる――と、仰るのでしょう?」
「あぁ」
「私は皓皇様を信じております。魔神を倒しに参りましょう」
ライラの肩をそっと抑え、俺から離すと、リシュアさんは微笑してそう言った。
「バウゴ候の所に行って来る。多分出る事になるから、準備しててくれ」
「承知致しました」
フィレナと共に廊下に出て、バウゴ候の待つ会議室へと向かう途中。
言おうかどうしようかといった躊躇いを少し見せた後で、フィレナはやっぱり口を開いた。
「あれ、何? あんた何かまずいの?」
「そこまでじゃないが、多少体内のエレメント量が心許なくなってるのは確かだな」
「……大丈夫なの?」
フィレナにまで心配されてしまった。いや、無理もないけど。ライラの態度が深刻だったからな。
「無理なら行くとか言わないぞ、俺は。自分も可愛い」
「あんたが言うと、微妙に嘘くさいわね」
嘘じゃないって。残念ながら。
聖人君子みたいな、本当に自分より先に人に尽くせる人は凄いし、尊いと思うが……。無理。俺には無理。人間だからな。今は精霊だけど。
「でも、お付きの二人も連れて行くなら大丈夫なんでしょうね。そういう事にしとく。自分より強い奴の心配なんて、馬っ鹿みたい」
「心配に馬鹿はないだろ。ありがとな」
「別に、何もしてないわよ」
言葉はちょっと否定的だったが、表情は照れてるし嬉しそうだ。礼を言って受け入れてもらえりゃ、俺も嬉しい。
少しだけ和んだ空気を味わって、しかし目の前になった会議室の扉に再び気を引き締める。
(良し)
ノックをして、中へと入る。やはり待っていたのはバウゴ候一人。
今回は事が事なので、おそらくいるんだろう軍部の偉い人とも話すんだろうが、そこに俺が混ざるのもまだ微妙だ。気を使ってくれたんだろう。
一意見としてバウゴ候が聞く――という、今の所はこれでいいだろう。
「待たせた」
「いえ、大丈夫です。出立前にすみませんでしたな」
「前に知れて良かったよ。マトルトークとしては、どうする予定なんだ」
「何部隊かを派遣するつもりです。住民が立ち上がった今は、良い機会ですから」
やっぱりそうか。
「ただ話した通り、カプレスには魔神がいる。腕に覚えのある人はいるか?」
「こんな時代ですから、勿論何人かは……。しかし正直な所、結界に隠れておりましたし、魔神を相手にするのは、初めてなのです」
そうだろうな。――俺も、初めてだけど。
「もし許してもらえるなら、中枢の魔神は俺達で倒しに行きたい」
「それは有難いお話です。しかし本当に、大丈夫なのですか? 森に帰ろうとされていたのです。決して戦うのに適した状態ではないのでしょう」
「心配ない。それにカプレスの状況を動かしたのは俺だ。行かない訳にはいかない」
本当に出来ないと判っているなら無謀だが、今の俺はそうじゃない。
行きたくないと往生際悪く嫌がる俺も、まだまだ強い勢力で残っている。それでも、出来る限りの余裕を持って微笑しつつそう言った。
――しかし、バウゴ候のどこか沈痛な表情は変わらない。そして。
「長き眠りより再生し、世界が魔に覆われてしまっている現状、焦るお気持ちは判ります。しかし、六百年です。六百年掛けた時を、無茶で失うおつもりか」
「――……」
バウゴ候に指摘されて、戸惑った。
焦っている、のだろうか。
何とかしたいという気持ちもあるし、覚えのない、しかも重要な決断ばかり迫られて、今の俺に余裕なんかない。全部感情と道徳感と、勘だ。
だからこそ、責任を持たなくては――……
(……って、あぁ、そうか)
焦ってるのか、俺。
悪い結果を見るのが怖くって。
「若造が何をと思われるかもしれませんが、どうぞ今一度、お考え下さい」
(若……っ)
四十過ぎのおっさん、しかも社会的にも領主という、敬われる立場にある人が口にするには違和感のあり過ぎる言葉だが、よく考えれば精霊王は最低でも六百歳以上。四十のおっさんが若造でも、全然おかしくない。
死んでた状態の皓皇に年齢は加算されないと思うんだが、元々もっと生きてても不思議はないからな……。
「貴方は、俺はどうするべきだと思う?」
そう言えば、こっちに来てから自分の行動に人の意見を求めたのは初めてだ。
リシュアさんやライラはひたすらに『臣下』で、皓皇の意思に介入しようなどとはしない。こうするつもりだ、というのにどうしても、という時は意見は言ってくれるが、どうしてもな時だけだし、最終的には従うだけ。
マトルトークにはもう精霊王として来ているから、リシュアさん達の手前もあって、人に意見を聞くなどとてもじゃないが出来なかった。
それでも何とか、王であろうと足掻いていた訳だが――
何か今ちょっと、笑いたくなった。
(つーか、無理だって判ってたのに)
判っていたのにやっぱり無茶してたなと、言われてようやく、そう思った。




