第二十三話
「待っ、待てよ! 俺は手伝うけど、先にエイミィを逃がして――」
「一人だけとは限らないから目を離さない方がいい」
この場から逃がしたい気持ちは判るが、幼い子供を一人にしない方がいい。
俺に言われて、危ないのは別にこの神殿だけではないのを思い出したのか、ぎゅうと腕の中に気を失ったままのエイミィを改めて強く抱きしめる。
「やるぞ。重傷者から優先して決めといてくれ」
「わ、判った」
息はあるが、動いていない。そんな人も結構多い。
(間に合うか……?)
自分の力の残量と、人数と怪我の具合に不安になるが、やれるだけやってみるしかないだろう。
「輝治癒」
エレメントの力を代価に、傷の再生を行うのが精霊魔法の治癒術だ。
ただし元の自己治癒力を越えた再生にはそれなりの対価が必要になり、治癒系は大量に力を消費する術の一つだ。
特に人間の自己治癒力はそう高い方ではないから、その分を補うのには再生能力の高い種族に掛けるよりもずっとコストが高くなる。
重傷化していれば尚更、本来なら再生されないものを再生するのだ。当然と言える。
「……すげえな、お前」
「?」
五人目の治療を終えた頃、助かる人は助かりそうだと安心したのか、ジーノは少し血色の戻った顔でそう言った。
「俺、昔仲間が怪我して癒者を頼った事があったんだ。そん時ゃ全然駄目でよ。結局そいつは、死んじまったんだ」
「治癒術を人が使うのは難しいだろうな。軽傷ならとにかく、命に関わるような怪我じゃあ使うエレメントの量が膨大すぎる」
それを制御する本人の許容量も、人では器が足りないだろう。
これは種の優劣ではなく、生物としてのただの在り方だ。仕方がない。
「精霊ってすげえよなァ……」
六人目の、傷の塞がりかけた子供から、ジーノは魔人と戦うリシュアさん達へと目を移す。
「俺は……、俺だってよ、もっと力のある種族なら……」
(あー……)
それはまあ、ある。種族としての力の差。
精霊は女神の近しい眷族に分類されるので、種としての力も強い。主にエレメントの扱いに関して。
その俺が言うのもどうかとは思うんだが……。
「でもフィレナは人間だぞ」
「お前等のが強いんだろ?」
「どうだろう。遠距離なら負けないと思うが、近くで立ち合ったら判らないだろうな」
「そうなのか?」
「急所は人間と一緒だし、心臓が二つある訳でもなければ刃物で切られて大丈夫な体してる訳でもない」
結構簡単に一撃死する。女神も、もうちょっと頑丈に作ってくれれば俺も安心して……ってのは、止めよう。何か文句ばっか付けてるから、天罰とか食らったら困る。
「そこの所は魔人も一緒だ。耐久力超えりゃ、死ぬ。――それに」
「?」
「暴力で事を片付けるのは、本当は最も愚かな事だろ。力なんかに価値なんか、置くもんじゃない」
それは理想だ。暴力で事を片付けようとする奴がいる限り、やっぱり力は必要だ。
だが本当は現実だって理想の方がいい。だから望むのだ。叶わなくても。
「とはいえ、今はんな事言ってられないけどな。――よし」
最後の一人の治癒を終えて立ち上がる。後の人は重傷と呼ぶ程ではないので、自己治癒力で治してもらおう。
魔人との戦いの方も、そろそろ決着が付きそうだった。
身体能力は上がっても、技術は誤魔化せない。更に元から二対一。武術を収めたフィレナとリシュアさんだ、油断さえしなければ――
振り向いた先で、フィレナの蹴りが顎を捕え、リシュアさんとライラの放った氷が四肢を凍らせ、丁度決着が付いた。
「終わったわよ」
フィレナが剣を鞘に収め、ライラも武器形態を解いてリシュアさんと共にこっちに向かって来る。
「お、おい。殺っちまわねえのかよ」
「基本的には殺したくないんだ。魔人と言っても、魔に侵されただけの人間だから」
それでも犯した罪に関しては償わなくてはならないと思うが。
「俺よ、こいつ知ってるぜ。知り合いじゃねーけど。一代でテメーの店でっかくした腕の良い商人だ――なんて言う奴もいるがよ、何て事ねェ。チンピラみてーな買い叩き方して、物売って儲けてるだけのクソ野郎だ。助けてやったって、魔人以外にゃならねえよ、こんな奴」
「……そんな人の割に、魔人化進んでないが……」
「こいつァちょくちょく皓の森に入り浸ってんだよ。ここいらの精霊はほとんどあの森ん中に籠ってるって言うからな。何しに、とか言う必要もねえだろ? あんた等だってこんな奴、助けてやる理由ないだろうが」
――……無い。無いな。
人に対しての人の行いは、人の法で裁くべきだと思うが、精霊にも手を出してるってなら、俺達にも裁く権利はあるだろう。
「大体こいつは、今、ここで俺の家族を殺りやがったんだ。俺がこいつを殺しても、文句言われる筋合いねェ!」
ジーノの言葉は、正当だと思う。
命を奪ってしまった時点で、それはもう取り返しのつかない罪だ。家族の報復を求める気持ちは至極当然のことだろう。
けれど――。
「止めとけ」
「あんたは俺の家族を助けれくれた。だから、あんたには頼む。こいつを殺させてくれ」
「どんな理由だろうと、殺せば咎を負うぞ」
俺は親しい人の復讐による殺人は、正当だと思ってる。
けれど同時に、殺した相手の近しい相手から復讐される罪を背負うとも。
「被害を受けたお前が、どんなものでもリスクを負うのはおかしいだろ」
「仕方ねェだろ。今俺が殺らなきゃ、こいつは野放しだ。そんなのは許せねェッ!」
それも確かに、おかしい。おかしいとは思うんだが――
「さっきもこいつの商売の話、しただろ! そんな真似してたってこいつはこうして、のうのうと生きて来てる! 人間だった頃からだ! こんなクソ下らねェ世の中で、咎だ何だ気にしてられるか!」
「じゃあんたが正して見せなさいよ」
激昂するジーノに、さらりとフィレナからそんな言葉が掛けられた。
「……は?」
「あんたにチャンスをあげるわよ。これから勉強して、司法を整え、あんたが決めるの。捕えた魔人を裁く基礎を、あんたが作りなさいよ。皆が正当だと思える罪への裁きを」
「……え? いや、あの……」
全く考えた事などなかったのだろう提案をされて、ジーノは一気に言葉を失う。
「それだけ不満を口にするんだから、さぞ色々考えてるんでしょうね」
「いや、でも、俺学とかねーし……」
「見りゃ判るわよ。だからまず勉強しろっつってんの。出来ないとか言わせないわよ。機会あげるって言ってるんだから、やって見せなさいよ。クソ下らなくない支配者になってみせなさい」
びし、と指を突き付けられジーノは完全に絶句して――それからまじまじとフィレナを見た。
「……あんた、誰だよ。そんな事本当に出来んのか」
「私はフィレナ・レク・レトラス。レトラス王国の第二王女よ!」
「へぁっ!?」
これも意外だったのだろう、ジーノはトーンの上がった声を上げ、仰け反った。
「何よ、その反応は!」
「いや、だって、お姫様って……もっと」
うん、もっと上品で楚々としたイメージだよな。初めに会った時にはまだお姫様っぽいあらゆる事への慣れてなさがあったのに、旅に出てからバリバリ順応して行ったからな……。
「もっと、何!?」
「何でもありません!」
びしっ、と気を付けの姿勢になってジーノは答える。
ああ、かくも男とは女の怒鳴り声に弱いものか。俺もそうだけど。
「つーかでも、本当に……?」
「今はマトルトークの領主城にいるわ。疑うなら今から付いて来てバウゴ候に聞けばいいでしょ」
担がれているにしたって、せいぜいマトルトークとカプレスを往復させられるだけだ。数瞬迷ったジーノの目は、すぐに決断した。
「判った、信じる。あんた等は助けてくれた奴だから」
「決まりね! じゃあ、ハルト」
「ああ」
そう、そもそもここに来たのは、別に魔人と戦うためでも、ジーノをスカウトする為でもない。
「ジーノ。女神のエレメントを少し使う。許してもらえるか」
「……本当に大丈夫なんだよな?」
ジーノはマトルトークに行くんだとしても、ここには彼の家族が続けて住むのだ。心配は当然だ。
「大丈夫だ」
「……。判ったよ。あんたの力も本物だ。信じる」
「ありがとう」
絶対に裏切るような結果になってはならない。そう思って慎重に気配を探る。
(少しでも異変を感じたら、すぐに止める)
富裕層へまで広げる必要はまだないだろう。あの魔の濃さに太刀打ちできる程の力は無い。
だがこの町にもいる、軽度の人達には確実に効くはずだ。
「なあ、マトルトーク行くの、ちょっと延ばしてもいいか?」
「いいけど、どうして?」
「そりゃ、今までずっとここに根ェ張って生きて来たんだ。このままパッと消える訳にゃ行かねえよ」
後ろで話すフィレナとジーノの会話を聞きながら、新しく結界を構築する。
ここにあるのはただのエレメントの塊で、呪具ではないから恒久的には不可能だが、それでも効果が出るぐらいは持つだろう。
(今回も、行動を阻害する物は含まない方がいいだろう)
攻撃する為の結界じゃないからな。
「――天上の光幕」
カプレスの町の、およそ南側半分を覆う結界を作り上げ、俺達はカプレスを後にした。




