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女神の誓剣  作者: 長月遥
第二章  カプレス解放戦
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第十八話

 バウゴ候に呼ばれたのは、その日の夜半だった。


(絶対、フィレナだな……!)


 バウゴ候は間違いなく、こんなに頻繁に時間作れる人じゃないんだよ、特に今は。この十数分を使ってだって、やりたい事があるはずだ。

 それでもフィレナの話は、無視できない。


(……全く)


 早く行って早く済ませよう。判ってる俺まで迷惑掛けてられん。

 今日俺を呼びに来たのは面識のないメイドさんだったので(たっぷり一分は硬直してくれた)、何とか覚えている通路を通って会議室まで辿り着く。

 辿り着く、という表現が適切だ、正しく。


 もう滞在も片手の指を越えたのに、城内すら覚束ないのはあまり出歩いていないからだ。なるべく刺激しないようにと思うと、どうしたって引きこもりがちになる。

 とはいえ、何度か訪れた部屋に来る事ぐらいは出来る。扉をノックし、中へと入った。


「あぁ、度々すみません、皓皇陛下」

「いや、大丈夫だ」


 部屋の中にはバウゴ候と、やっぱりフィレナがいた。


「……で、今度はどんな無茶を言ったんだ?」

「失礼ね! 無茶じゃないわよ!」


 無理難題を吹っ掛ける奴は、大抵自覚がないもんだ。


「ただ、調査に私が行くって言っただけよ」


 オイ。


「お前な、一応、王女だろ」

「一応は余計よ! 正真正銘、正しく王女よ。それが何?」

「自分の身を守るのも、上の人間の務めだぞ。下が困るだろうが」

「名前だけだって言ったのあんたじゃない。誰も困らないわよ、今の所」


 ……言った。そのままの台詞を確かに俺が言ったとも。

 くそ、まさかこんな所ではね返ってくるとは。

 しかも面と向かって言われると、やっぱり結構酷い事言ったなと実感する。

 罪悪感もあって少し言葉に詰まった俺に、フィレナはさっぱりと笑って見せた。


「自分を卑下しようって言った訳じゃないのよ。だから、そんな顔しないで。正しい事を言ってもらえたって思ってるわ」

「いや……、悪い」

「いいんだってば。とにかく、今私が何もしてないのは本当で、居なくなっても困る事は何もないって事」

「家族を取り戻すんだろうが。んな簡単に」


 自分の命を賭け、わざわざ危険に飛び込むような真似をするなと、忠告しようとした俺にフィレナはびし、と指を突き付けて。


「だからこそよ。私は私の出来る事をするの。ここにいても私は何も出来ないけど、武術にはちょっと自信あるわ。自分の身ぐらいちゃんと守れる。……あんたには負けたけど」


 ちょっと卑怯な終わらせ方したしな。お互い本当の本気って訳じゃなかったから、そこら辺はまだ判らないと言っていいだろうが。


「私もちゃんと、自分でやれる事をしたいの。だから行きたいのよ。それに早ければ早いだけ良いでしょ? 私なら明日にでも向かえるし」

「……あー……」


 言っている事は判らなくない。そして間違ってもない……気がする。

 知り合いを危険に放り込みたくないと思う、俺自身の感情以外は。


「納得されないで下さいっ」

「いやでも、聞いた感じ正論なんだよ。どうすればいい」

「だからぁ、認めればいいんだってば」


 俺とバウゴ候を論破したのが余程嬉しいのか、にこにこしながらフィレナはそう言った。そんな笑いな

がら話す内容じゃないんだぞ、これ。


「なりません! 何かあったらどうするのです!」

「そんなの皆一緒よ。それに私、向いてると思うわ。だって明らかに兵士兵士した人は警戒されるじゃない。下手したら入口から通れないわよ」

「それは……商人に協力してもらって、それで……」


 荷馬車の中に潜んで的なアレだな。


「万一見咎められても、私兵士じゃないのは本当だし。私の顔知ってる人なんて、どうせあんまりいないし」


 平民にも見えないけどな、態度が。でも裕福な家の令嬢なら有りか。


「いや、しかし……」

「お願い、バウゴ候」


 言って、何と――フィレナは頭を下げた。俺は勿論、バウゴ候もびっくりして固まった。

 そして正気に返ったのは、バウゴ候が早かった。


「おやめ下さい姫様、そのような――」

「私は王女でありたいのよ、バウゴ候。このレトラスに、名前以上の価値をちゃんと持って存在したいの」


 お前にもそれが出来る、と言ったのは俺だ。

 ……今その俺が反対するのも、おかしな話だな。


「……皓皇」

「判った。俺はお前に乗ろう、フィレナ」

「皓皇陛下!」


 慌てたバウゴ候には悪いが、自分で言うようにフィレナは確かに適正あるんだよな、実力とか度胸とか。

 すまない、バウゴ候。フィレナ説得する為に俺呼んだんだろうけど逆になって。

 バウゴ候とは真逆に、フィレナは顔を輝かせた。


「そうじゃなきゃね! あんたが私に言ったんだから!」

「――だからまあ、俺も行く」

「――は!?」

「何と!?」


 喜びの表情から一転、間の抜けた声を上げて静止したフィレナと、驚愕したバウゴ候。


「なっ、何言ってんのよ、正気!? 魔人だらけなのよ!? 精霊だって一発でばれちゃうのよ!?」

「そうです! 貴方も自分の立場を考えるべきだ!」


 う。フィレナにはともかく、それをバウゴ候に言われると、俺は辛いな。事実なんで。


「フィレナをたきつけたの、俺だからな」

「だっ、だからって、そんなの……っ。別に、そんな事されても困るのよっ」


 他人の心配を学べたか。良い事だ。これで無茶を言い出さなくなってくれれば尚いいだろう。


「精霊だってのを隠すのは無理だってのは判ってる。だからお前の所有物って事にしてくれ。それなら一緒に入っても違和感ないだろ」


 他人の物な訳だから、それで基本絡まれもしないだろう。絡まれたら……逃げよう。


「しょっ……、所有物って……っ」


 かーっ、とじわじわと赤くなっていく顔を隠す様に押えて、フィレナは狼狽した声を上げる。


「そういう設定で行こうってだけだ。別に本当にそれっぽい事する必要ないから、そんな慌てるな」

「しっ、しないっ! しないわよっ!」


 だからしないって。むしろしろ、と言われても正直……あんまり正確なイメージ浮かばないし。


「貴方はどうにも……、本当に、精霊らしくない」


 何分、精霊である自覚の方がまだ薄いんで。


「私にはお二人の意思を止める力はありません。しかし今一度、言わせて頂きたい。貴方方は代えの利かない方なのです。どうか無茶はお止め下さい。心許ないかもしれませんが、我がマトルトークにも兵はいるのですから」


 バウゴ候の提案はベターだ。俺にだって判る。

 正直言えば、直接見たい気持ちはあったが、リシュアさん達に言った通り行く気はなかった。

 カプレスで何かあっても対応できるだけの力は残ってると思うが、そうしたら『次』は本当に動けなくなる。だから体調が万全になるまで動くべきじゃない。本当は。


(けど、フィレナが行くっていうなら、責任があるだろ)


 大丈夫だ、戦いに行く訳じゃない。ただの調査だ。

 何かあってってのも、力使い果たして動けなくなるってのも、大分運の悪い場合だから。


「私の代えはいくらでも利くわ。今の私に何かを期待する人なんていない。レトラスを取り戻せば、父様も母様も兄様も姉様もいる。私は、私が望むものを勝ち取って生きるために行くの。だから、心配しないで」

「……王女……」

「余程予想外が起こらない限り、何が起こってもフィレナと逃げてくるぐらいは出来る。大丈夫だ」

「……判りました」


 はー……、と諦めた深い溜め息をついて、ついにバウゴ候が折れた。


「皓皇陛下がそう仰るのであれば、信じましょう」

「ちょっと、私は?」

「も、勿論信じておりますとも、フィレナ王女」


 慌ててこくこく頷いたバウゴ候に、フィレナは楽しそうに声を上げて笑った。


「じゃあそういう事だから、明日出発しましょ」

「俺はいいけど、お前はもう一日ぐらい準備掛けた方がいいんじゃないのか」

「? どうして?」

「食べるものとか、色々いるだろ」


 俺には必要ないけど、人間であるフィレナには必要だろう。

 街道沿いには小さな宿場がいくつかあるともいうけど、この状態で機能してるかどうか怪しい。期待しないで自分で準備していくべきだろう。

 この旅支度の楽さ加減が、初心者に凄く優しいよな、精霊……。


「カプレスまでは馬を使って三日程です。必要な物を用意させましょう。出発は明後日朝までお待ち下さい」


 俺も余裕持ってしっかり準備した方が良いと思うので賛成だが、バウゴ候はまだ若干、考えを改める期待を持ってるっぽいな。

 うん、諦めてくれ。フィレナにそれは無い。


「判った。それでいいわ」


 とはいえ、大分素直になってフィレナはバウゴ候の思いに気付いているのかいないのか、そのまま受け入れて頷いた。


「決まりだな。じゃ、俺はこれで休ませてもらう」

「あ、ねえ」

「?」


 席を立った俺に、自分も席を立ちながらフィレナが呼び掛けて来る。


「何て呼べばいいかな。皓皇じゃまずいでしょ? も、勿論精霊王が自分の名前を晒さないのは知ってるわよ。でも、困るでしょ?」


 そうなのか。精霊王って名前出さないのか。

 リシュアさん達があれだけ拒んだのも、そういう慣習があったからなのかもな。

 けどまあ、そのリシュアさん達も呼べたって事は(凄く頑張ってだが)、愛称ならいいんだろう。愛称ってか、本名だけどな、俺的には。


「じゃあ、ハルトで」

「ハルト、か。どこからなの? それ」

「由来ってことか? 名前の一部から」


 皓皇本来の名前、俺も知らないけど。このままだとずっと知らないままでいそうだけど。

 構わないけどな。俺はやっぱり自分が上貴瀬晴人である意識が抜けないし、そろそろ皓皇呼びに慣れてきたし、不自由してないし。


「――そっか。うん、判った」


 ハルト、ともう一度小さく呟いて、フィレナは頷く。


「じゃあ、悪いが先に。明後日、またな」


 これからの今日明日は、休むのに努めよう。なるべく万全に近い方が良いに決まってる。


「え、あ。……うん。また明後日……ね」


 ? 何でそこで詰まる。

 まだ何か話す事でもあったのか? 戻ろうとする俺を気遣ったのかもしれないが、まあ、必要な事なら明日にでも来るだろう。


(ってか……リシュアさん達どうしようか……)

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