第十七話
カーテン越しに朝日が差し込み、眼は覚めてしまったが、昨日の疲れがまだ取れなくてもう少し、と心と体がダラダラしたがる。
これもエレメントが薄いせいだ。きっとそうだ。
そう言い訳しつつ、瞼すら開かず寝返りを打った所で――
ばんっ!
躊躇いのない勢いの良さで、扉が断りもなく開かれた。オイ、鍵どうした。掛けたぞ!
「朝よ! 起きなさい!」
やたらと覇気のあるその声は、フィレナのものだった。
「怠惰も魔の取り付く要因の一つよ! 日の出と共に起き、沈むと共に寝る! これぞ正しい精神と維持する秘訣なんだから!」
「そのような気遣いは無用だ。我等精霊は貴様等と違い、魔に堕ちる程卑しくない」
「陛下は……っ、お疲れ……っ、なのっ! 貴女の、せい……っ!」
……これは駄目だ。寝てていい状況じゃない。
「フィレナ、俺の怠惰さに文句付ける前に、言う事があるんじゃないか」
仕方なく起き上がって扉付近のフィレナを見ると、可愛らしく小首を傾げて。
「おはよう?」
「じゃなくて、それもそうだけど、ここ、他人が使ってる部屋な。大体、鍵どうしたんだよ」
「持って来たわよ?」
言いながら人差し指に掛けた、リングで束になっている鍵を見せてくれた。そういう事でもなくて。
それにそれ、明らかに持ち出しちゃならないものだろう!
どうすんだ、今頃困ってる人がいるぞ、多分!
「昨日、ロアから聞いたわ。魔人になっても人に戻れるんでしょう? 私、決めたわ。絶対レトラスを取り戻す! 父様も母様も、皆! 皆取り戻してやるわ! 人は魔になんか負けないわ! 絶対!!」
昨日と違い、今日にははっきり、瞳が活き活きと輝いている。
そうか、昨日ロアさんから聞いて、ずっとうずうずしてたんだな。陽が昇るまで待ってただけ、自制してたのか。
「まずは希望を知らしめるべきだと思うのよね、大々的に。結界強化なんて、まさにうってつけのイベントじゃない? だから――」
「待て、フィレナ、待て」
「?」
熱弁を遮られてちょっと気分が削がれた表情をしたが、とりあえず止まってくれた。
「あのな、そういう事はバウゴ候と話してくれ。この町で俺に何の権限もないぞ」
話自体には参加するが、それはバウゴ候が許しているからだ。
俺に何か権利がある訳じゃないし、やらされても困る。ただでさえもう精霊王なんだから。
「何よ。放棄するつもり? 無責任じゃない」
「放棄とかじゃなくて、俺がバウゴ候差置いて町の事でどうこうすんのは、順番的におかしいっつってんだよ。ここで話しても仕方ないだろ」
フィレナは母体の国の王女だから、バウゴ候よりも上の権限持ってるんだろうが、だからって俺を優先するのも間違いだ。
っつーかそもそも、何で俺の所に来てるんだ。
「話すなら先にバウゴ候に。必要があるなら勿論俺も聞くけど」
「じゃあ、バウゴ候に話す前に相談したいから、相手してよ。いいでしょ?」
ぽす、と隣のベッドに腰掛けフィレナは言う。
今は空いてるけど、そこリシュアさんの定位置だぞ……。
ああ、やっぱり不快そうな顔してるし。
持ち直しても王女は王女、対人スキルと常識力がとことん低い。
「相談はいいけど、寝起きの襲撃は止めろ。後俺、男なんだけど」
「見れば判るわよ。それが何?」
「……何か思わないのか?」
何と言うか、色々気を使う所とか、彼女自身にも恥じらいとか。
「腹立つぐらい寝起きの顔も完璧よ」
そうですか。
「だからあんた、寝坊するの止めなさいよ。隙だらけじゃない。……危ないでしょ」
「危ないのは今貴様だけだ、人間」
「陛下は……っ、穢させない、からっ!」
穢されるのは俺の方なのか、ライラ。
「とにかく、一回出て行ってくれ。朝食食べ終わるぐらいの頃になったら話聞くから」
「――……判ったわ」
思い切り不満そうな顔をして、しかしややあってから大人しく頷くとベッドから立ち上がる。
そして出て行こうとし、扉に手を掛けた所で、足を止めて振り向いた。
「ねえ」
「何だよ」
「……また後でね」
「……あ、あぁ?」
何か違和感を感じつつ、終わった頃になら話聞く、って言ったのは俺だから、後でちゃんと聞くべきだろう。
俺の返事に満足したように顔全体でにっこり笑って、フィレナは軽快に去って行った。
「皓皇様、どうぞ、お気を付け下さい」
「あの……人間、陛下に、欲情してます……っ」
「若干好意的にはなったと思うが、欲情とか、そこまでじゃないと思うぞ?」
あれだけ嫌っていた相手に、そんな簡単に手の平返すとは思い難い。むしろフィレナはそういう眼で男は見ないんじゃないか? 見られるのも嫌だろ、多分。
「どうでしょうか。人は年中盛りの付いた生き物です。陛下の神なる佇まいは、多くの者を惹き付けますから。――それを穢そうとする人間という種は、私には理解出来ませんが」
違った。むしろリシュアさんのが潔癖な感じだ。
「もっとも、血迷うようなら即座に駆除します。ご安心下さい」
今すぐにでもしそうな殺気を迸らせるのは勘弁して下さい、姐さん。
(……さて)
フィレナのお陰ですっかり目も覚めたので、そろそろ活動するか。
と言っても実質俺が動いてやるような事はないので、単純に起きるだけだけれども。
後はそうだな、世界の常識に付いてリシュアさん達に聞いとくぐらいか。
知ってて当たり前の事は知ってないと、無駄に自分が苦労するだけだからな。
「何で食べに来ないのよ」
現在、午前十時頃。
もうそろそろ人様を訪問しても許される時間になって、再びフィレナが部屋を訪れそう言って来た。
来るなり文句つけるそのスタンダード、改善した方がいいと思う。
「何でって、別に俺達は物を食べる必要ないぞ」
俺に限って言えば、食べるって事が結構好きだったので物足りなくはある。
しかし今、マトルトークの物資は決して豊かではない。必要のない俺達は食べるのを控えるべきだろう。
「それは、知ってるけど」
「じゃあ何だよ」
「知らないっ! もういい!」
何故そこでお前が怒る。
「もういいならいいが。で、何だ。何か思い付いた事があったみたいだが」
フィレナに席を勧めつつ、俺達もテーブルを囲んでソファに座る。
俺の両隣りにリシュアさんとライラで、正面にフィレナ。
「……何かコレ、面白くない」
諦めてくれ。
「それで? バウゴ候にいきなり話すのが躊躇われるような突飛な話なのか?」
「な訳ないでしょ! あんたどこまで私の事馬鹿にしてるのよ! 言っとくけど、私授業の成績は良かったのよ」
「世の中勉強できる馬鹿も結構多いからなあ……」
何故か上に行くほど駄目な人が多くなるという、不思議な現象が起こる。日本のみならず、ニュース見てるとどこの国も似たり寄ったりぽいが。
「何ですって?」
「悪い。今のはお前の話じゃない」
基本的には勉強できる奴は頭は良いし、賢い。これは絶対だ。それだけ知識を得てるんだから、人より間違わないのも絶対だと思う。知識がないと何も判らないのは間違いないんだから。
……要は頭の出来も勿論、人格も大切だよなって事で。
特に上に立つ人間は、そうだと思うんだが……。希望だけどな。そんなスペシャルな人間、早々いるもんじゃないとも思うし。
「……まあ、いいわ。それで昨日、ロアから聞いて考えてたの。人から魔道を遠ざける方法」
「ああ」
「やっぱりまずは『希望』でしょう? これがないと始まらないわ。絶対そう」
多分それは体験談からなんだろう、自信たっぷりにフィレナは断言する。
「だから、結界を強化する時にもっと大々的にお祝いしましょうよ。魔人の侵略を跳ねのけた町だって。町が魔人の支配下に置かれても、皆が皆魔人になる訳じゃないわ。そういう人は、きっとマトルトークを頼るはず」
そういえばフィレナは全く魔人化してないもんな。話だと国は結構な浸食率っぽいが。
やはりそれまでの優しい記憶が、彼女を支えてるのか。
「それは良いだろうと思うし、俺も魔人化軽度の人は特に、早々に魔道から引き離すべきだと思う。けど、マトルトークにも人口許容量ってもんがある。後先考えずには出来ないぞ」
逃げて来ました、人口がいっぱいです。受け入れられません帰って下さい、はあんまりだろう。それならやらない方が良い。加速するって、魔人化。
「……駄目?」
「駄目とは言ってない。ただ事前に調査と、受け入れ準備をしとく必要があるだろうな」
どれぐらいの人が魔人化していて、程度はどれ程か。逃れようとしてくる人はどれぐらいいるかとか。
理由があって離れられない人だって勿論いるだろうから、全員じゃないだろうし。
可能か不可能かはその量によるだろう。
まだ魔道に堕ちていない人が多いようならマトルトークでの受け入れは無理だし、むしろ直接干渉してしまった方が良い。
その案で行く場合、また別の準備が必要になる。
「調査って、何を調べればいいの?」
「逃げたい人の人数とかだろ。でも町で暮らすために必要な物はバウゴ候のが詳しいぞ。彼に従った方が良い」
「ん、判った」
頷きすくっ、とフィレナは立ち上がる。
「おい?」
「バウゴ候に聞いてみるわ」
「俺達と違ってバウゴ候は忙しいんだから、無理言うなよ」
フィレナに言われれば、バウゴ候は何を差し置いても時間作らなきゃならなくなるんだ。そこん所、ちゃんと判ってるんだろうな。
「判ってるわよ」
……判ってないかもしれない。
「じゃあ、またね」
「……ああ」
またって、また来る気なのか。
(ここに来て一番多く話してるのは多分俺だし、同年代だし、気兼ねないのかもしれないけどな)
しかし多分、精霊の年齢は外見では計れないぞ? 何たって見た目二十歳前後のリシュアさんや、十一、二歳のライラが六百年前の皓皇の事を直接見知ってる訳だからな。
とはいえ、俺だけに限って言うなら、同年代認定で間違っていない。
「もし、彼女の案が通るようなら少し時間が開きますね」
「そうだな」
調査に準備に、どちらも一朝一夕では終わらないだろう。
「調査に行くなら俺も直接見てみたいんだが……止めておいた方が無難だろうな」
「そうですね」
「もし、案が通ったら……、一度、帰りましょう……」
「あぁ、そうだな」
思っていたよりも一度早く帰れそうな予感に、ライラは嬉しそうだった。表には見せてないが、多分リシュアさんも。
二人が望まない形で苦労掛けてるよ、本当。




