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女神の誓剣  作者: 長月遥
第二章  カプレス解放戦
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第十六話

「あんた私の事、嫌いでしょう。邪魔だって思ってるんでしょ」

「思ってる」


 何だ、それぐらいの自覚はあったのか。


「何で追って来るのよ」

「そこは嫌いだから、とかは関係ない所だぞ」


 嫌いではあるが、死んでいいとか殺してやりたいとか思う程、憎い訳じゃない。


「折角ここまで逃げて来たんだろ。お前に生きてて欲しいと思う人がいたから、逃げて来たんだろ?」


(例えその人が、もういなくてもな)


「……いないわ」

「亡くなっててもだよ」


 そんな事を言わせるなと、鈍さに少し呆れを含んだ気持ちでそう言うと。


「いないわ。勝手に抜け出して、勝手に逃げて来たの。――陥落したっていうのは、嘘よ。それならずっと前から落ちてたの。だって父様も母様も兄様も姉様も、ずっと前から魔人なんだもの」

「……っ」


 国の形を維持したまま、落ちたのか。

 しかしそれは――国の形としても、長くは持たないだろうな。


「この前ね、誕生日だったの。十五歳になったわ。プレゼントは父様と兄様」

「……?」

「判んない? 『女』の私に、『男』のプレゼント」

「――っ!」


 流石に、判った。泣きそうな顔で微笑うフィレナに、何を言っていいか、判らない。


「未遂だったけどね。父様の愛奴だった精霊が、助けてくれたの。彼女は殺されたけど。お城にいるのが怖くなって、逃げたわ。マトルトークに逃げて来たのは、ただの偶然。どこでも同じだと思ってたから、たまたま密航出来た船がカプレス行きだっただけ」

「……」

「でも来てみたら……マトルトークは……普通だったの。レトラスよりずっと。私が子供の頃、頭を撫でてくれた父様と同じ親子がいたわ。私に優しく勉強を教えてくれた兄様と同じ兄妹がいた。二人で洋服を見立ててる姉妹がいた。家族揃って出掛けてる親子がいた」

「……フィレナ」


 感情に体が耐える限界が来たんだろう、俺を見るフィレナの両の瞳から、ぱたぱたと涙が溢れて零れ落ちる。

 それでも表情は微笑みを浮かべたまま。他の表情を作れないんだ。――何を想っていいのか、判らなくて。


「でも、もういいの。あんたの言う通り、私は何も出来ないもの。どうすればいいかも判らないもの……っ!」

「――……すまない」

「謝らないでよ。私、あんたが嫌いよ。嫌いな奴に腹立つ事言われたから、だから――ちょっと冷静になれたのよ」


 一度だけ、ほんの少し抱いてしまった希望の儚さを諦める、冷静さ。

 それをしたのが、俺か。


「謝んないでよ」


 剣を持っていない左手で、フィレナは彼女の手首を掴んでいた俺の手の上に、更にそっと手を重ねた。

 それでようやく、俺は彼女を掴んだままでいる手が震えていた事に気が付いた。


「だからね、帰るの。それだけ」


 もうそこには、フィレナが求めるものは何もないけれど。それでも生きている事だけは本当で、彼女が求める唯一のものでもあるから。――……だから……?


「帰るな」

「良いのよ」

「良くないだろう! お前は国を、肉親を、そうして見捨てるのか!!」

「捨てられたのは、私よ!」

「違う!」


 断言して否定した俺に、フィレナはようやく、怒りの表情を作った。泣きながら。


「違わないのよ! 私がっ、私が何されたかなんて――!」

「それでも違う! 魔道に捕えられた人は、もうその人本来の人格じゃない。魔に侵されていくのを望む人間は、決して多くない!」

「でもっ……!」

「お前が諦める事は、お前が、見捨てる事になるんだぞ!」


 結果より先に、やる事を諦める事で本当の意味で見捨てる事になる。


「お前は王女だろう!」

「意味……っ、ないのよっ、王女なんて! 本当は、判ってるのよ!」

「名前に意味を持たせるのは、常に結果からだ」


 今フィレナは、正しく名前と血筋だけの王女だろう。国そのものだって、きっと瓦解しているようなものだ。それでも。


「お前が、王女たりえるお前である事は出来る」

「――……」

「逃げるな、フィレナ・レク・レトラス。望みがあって、戦うつもりがあったんだろう!」

「――……何をすれば、いいの」


 零れ落ちてた涙も止めて、怒りの表情も解けて、縋る瞳が俺を見詰める。


「何をすればいいのか、判らないの……」

「それを決めるために、知恵合わせてやってくんだろ。どんなに楽観的に見たって凄い劣勢なんだから」

「な、何よ、それ。偉そうに言って、それだけ!? あんた精霊王でしょ!?」

「所詮命ある一種族だからな」


 もう大丈夫だろうと、フィレナから手を離して肩を竦める。

 解放された手を軽く振って慣らすと、フィレナは細剣を鞘に納めた。


「戻るぞ、マトルトークに」

「……いいわ」


 こくん、と頷いたたフィレナに俺も頷き、ずっと待たせていた馬の背に跨って手を伸ばす。


「ほら」

「要らない」


 差し出した手はあっさり拒否して、ひらりと身軽に俺の後ろに飛び乗った。

 くっ、可愛くない。


「ねえ。私が乗って来た子は?」

「怪我治して帰した」

「そっか」


 背中でほっとした息をつく。捨てて行った事気にしてたんだな。

 多分、さっきまではそんな余裕もなかったんだろうけど。


「掴まれよ、一応」

「うん」


 掴まらなくても振り落とされないんじゃないかとは思ったが、一応そう促すと少し体を寄せて、素直に俺の腰に手を回した。


「私、あんたの顔嫌いよ」

「そうかよ」


 珍しいんじゃないかとは思うが、好みは人それぞれだ。そういう人もいなくないだろう。


「――綺麗過ぎてあんたの事見られないから、嫌い」

「……は?」

「さ、戻るわよ! 私の帰る所はレトラスなの! のんびりなんてしてらんないわ!」

「もう無茶は止めろよ」

「しないけど、でも、判らなくなったら、止めてよ」

「いいけど」


 出来る限りはな。


「うん。……お願い」


 囁くようにそう言って――フィレナは少しだけ、俺の背に体重を預けて来た。





「皓皇様!」


 町の外門を潜ると同時に、ほっとした様子で顔を上げ、リシュアさんとライラが駆け寄って来た。


「悪い、心配掛けたか。戻った」


 急いでたから本当に何も言わずに行ったからな。バウゴ候とロアさんは知ってるから、二人も事情を知らないって事はないだろうけど。


「いいえ……っ。ご無事で戻られて、本当に良かった」

「お疲れ、でしょう……? 早く、戻りま、しょう」

「お、おい?」


 急かすように俺の袖を引くライラに、少し戸惑う。一刻も早く、みたいなこの空気は何なんだ。こんな強引な事する子だったか?


「待て。フィレナも――」

「不要です」


 きっぱりと強い調子で言い切って、リシュアさんは俺とフィレナを遮るように間に立つ。

 ああ……。判ってしまった。ライラが引き離そうとしてるのも、俺とフィレナか。


「……何よ」

「皓皇様を危険にさらすな、人間」

「陛下は……っ、私達が、守る……! 付け込ませない、から……っ!」

「……っ」


 二人から向けられた強い敵意に怯んで、フィレナは一歩後ずさる。


「落ち着け、勝手に行ったのは俺だ。フィレナに裏とか、そーいうのはないから」

「だとしても、皓皇様の御手を煩わせたのですから、害悪です」

「陛下、どうか……。気を、つけて……っ」

「悪かった」


 流石にリシュアさんには出来ないが、ライラの頭を撫でつつ、謝る。

 皓皇は光のエレメントの司だ。復活したばかりでまた消えたらとか、そりゃ眷族は不安だよな。

 大袈裟だ、というのは甘く見過ぎだ。判ってる。


「では、参りましょう」

「待て。どうせ帰る所一緒なんだから、フィレナ、来い」

「――いいわよ、私――」


 歓迎されない居心地の悪さは判るが、一人は駄目だ。決して胸張って言える程治安良くないからな、マトルトーク。


「来い、危ないから」

「……判ったわよ」


 男に襲われるのは、フィレナにとってはトラウマだろう。俺に触れた事からして、そこまで重症ではないみたいだが。

 だが暗い中を一人で歩くのが不安でないはずはなく、もう一度強く言うと大人しく付いてきた。

 つーか、アレだ。リシュアさん達もだ。


「リシュアさん」

「はい」

「心配してくれたのは嬉しいが、ライラと二人で、しかも夜にとか出歩くのは止めてくれ。危ないぞ」


 美人なんだから。その上、精霊なんだから。


「御心配には及びません。この町にいる程度の魔人に後れを取る事はありませんから」

「判ってるけど、危ないから」


 切り抜けられるにしたって、そもそも襲われない方が良いだろ、お互いの為に。


「私共などより、皓皇様の方が余程危ないですので」


 ぐっ。逆に責められたか。


「お気遣い頂き、有難うございます。――けれど、どうぞ何より御身の事をお考え下さいませ」

「お願い……します」

「気は付ける」


 心配掛けるのも悪からな。


「両手に花で、良い御身分な訳ね、皓皇様は。どうっりで、女の裸にも動揺しない訳ね。宮に帰ればまた選り取り見取りなんでしょ。ふーん」


 別にフィレナにどう思われていようと実質的な問題はないんだが、人格を冷やかに眺めるようなその眼は遠慮したい。

 故に、誤解だ――と、俺が弁解するよりも早く。


「下衆な人間らしい発想だ。口を慎め。我等精霊には、愛はあれど、貴様等人間のように性欲で盛る事など無い」

「次、侮辱したら、許さない……ッ!」

「……っ」


 ふいっ、とそっぽを向き、フィレナは無言で腕を組む。

 あぁ……やっぱりな。良かったとも、本当に。

 リシュアさん達には悪かったが、二人を連れていってたら話なんか絶対纏まってなかったさ。


 相手は王女だから、これ以上関わり合う事はないだろう。バウゴ候とロアさんが面倒みてくれるだろうし。お互いの為にも近づかない方がいいと思う。

 敵意全開のリシュアさん達に隠すものはもう何もないが、フィレナはどんどんボロ出しそうだから。

 本人にその気なくても、相手の癇に障る事ぽろっ、と言っちゃいそうだから。


 やはり人数の勝利か、特に問題なく城にまで帰る事が出来て一安心だ。こちらも城門のすぐ側で待っていたロアさんに出迎えられた。

 ……城門の内側なだけマシか、こっちは。うん。兵士の人もいるし。


「お帰りなさいませ、皓皇様。フィレナ王女、皆様」

「……ありがと」


 少し申し訳なさそうに、小さく礼を言ったフィレナに嬉しそうにロアさんは微笑んだ。


「無事に戻ってこられて本当に良かった。馬だけが戻って来た時は、本当に……」

「あ、無事に戻ったのか。良かった」


 癒して帰れと命じはしたものの、本当に帰れたかどうかは心配だったんだ。


「じゃあ、悪いがフィレナの事、頼む」

「はい、お休みなさいませ。お疲れ様でした」


 ロアさんとフィレナに見送られ、リシュアさん達と共に部屋に戻る。


(まだ余裕はあるが……)


「大分消耗されていらっしゃいますね……」

「あぁ、仕方ない」


 この場にはいないフィレナへ向け、再びリシュアさんの瞳に冷気が帯びたので、慌ててそう言って先は遮る。


「結界強化し終わったら、皓の森に一度戻ろう」

「はい。それが宜しいと思います」


 俺の言葉にリシュアさんとライラはほっとした表情をした。


 ――……不安、なんだろうな。人に、魔人に囲まれているのは。

 人に対しては拒否感も何もない俺ですら、魔人と、魔人に繋がる魔道の圧迫には気疲れするんだ。彼女達は余計だろう。


「苦労させて済まない」

「いいえ。皓皇様のお役に立つ事が、私達の全てですから」


 ……それが余計、申し訳ないんだけどな。

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