第十五話
「な、何だと!?」
何だと――!?
バウゴ候と一緒に俺も心の中でだけ絶叫。本当に何考えてるんだ、あの元王女。馬鹿か。馬鹿なのか。
「ど、どこへ!? いや、まさか!?」
「馬を一頭、使っていますので……少なくとも近くではないと……」
(まさか、もしかしなくてもカプレスじゃないだろうな!?)
一人で行ってどうしようと――
あああッ。まさか一人でやってみろとか、本気にしてないだろうな!
ちょっと待て、そしたら俺のせいなのか!?
けど言われたからってやるか!? 普通! 何考えてんだ!
「すまない、俺にも馬一頭、貸してもらえるか」
「皓皇様……」
「死なれたら寝覚め悪い! 追い掛ける!」
つーかもう陽ィ落ちてるし! 本当何考えてるんだ! せめて出発昼間にしろよ!
「こちらへ!」
すぐにロアさんが先に走り出す。その後に付いて行きながら、リシュアさん達に声を掛けるか迷ったが、そのまま行く事にした。
フィレナとリシュアさん達を会わせるのは、絶対良くない。お互いの為に。
案内された飼育小屋でロアさんが引いてきたのは、見事な体格と毛艶の馬だった。凄く手が掛けられているのが見て判る。
実はここに来るまで馬に乗れるか判らなかったが、出来そうな気がする感じに賭けてみた。
ユニコーン待ってる訳に行かないし、誰かの後ろに乗せてもらうなら……、情けないのとか後回しで、この場でロアさんに頼ませて貰う。
「皓皇様、どうぞ」
「ああ。――頼むぞ」
サラ、と馬の首を撫でて、眼を見て言ってから背に跨る。普通に乗れた! しかも手綱とか、自然に手が動いて持った。やっぱり乗り慣れてる! 良かった!
「行くぞ」
軽く手綱を振って意思を伝えると。蹄を鳴らして馬は走り出してくれた。
「お気を付けて!」
後半、小さくなって聞き取りずらくなったロアさんの声を背に、俺は北の外門を駆け抜けた。
外門を出て公道に乗ってすぐ、もう少し目を増やす必要があるのに気が付いた。
「光の擬似精霊!」
光のエレメントその物を純粋に具現化した、擬似の光の小精霊を生み出す。
精霊とは言っても、手の平サイズの球体に愛嬌のある顔、それに淡い燐光を纏っただけの簡単な造作だ。疑似でも精霊を創りだすような真似は、流石に出来ない。
とりあえず俺自身はカプレスへ向かうとして、万一の時の為に、広範囲をカバーする為の人手代わりだ。
方々に散るスピードは、物質ではないので馬よりは断然速い。カプレス方向にも先行させつつ、後を追う形で駆けて行く。
交流が乏しくなったためだろう、やや荒れかけてはいるものの、ちゃんと整備されてはいる街道をカプレスへと駆ける事、十数分。擬似精霊から反応があった。やはり真っ直ぐカプレスへと向かっている。
(ったく! 四日掛けて回復した分、丸々持ってかれた感じだぞ!)
維持し続けるエレメントが勿体無いので、擬似精霊はフィレナに追い付いた一体だけを残して後は消す。
――開いている距離はそれ程でもないが、移動の速さが殆ど変わらないぞ。追い付けるか!?
「悪いな、頑張ってくれ」
結構持久戦になるかもしれない。
更に走る事十数分――。相変わらずあまり差は縮まらないまま、しかし急に、フィレナの動きが止まった。
(何だ? どうした)
簡単に作った擬似精霊では、そこまで詳しい情報は得られない。今何が起こっているか、窺い知る事が出来なくて、もう少しエレメントをケチらず使うべきだったかと後悔する。何があったとしたって良い事じゃないだろう。
ややあって、再びフィレナは動き出す。ほっとした。そしてその速度は格段に落ちた。この速さは徒歩だろう。
(馬、失ったか)
なら、ここから先で追いつけるな。
更に数十分程の遅れで、俺はフィレナが馬を失った場所に辿り着いた。
「う……っ」
魔物に襲われて足止めを食らったらしい。足をやられた馬が放置されて、辺りには点々と、基本狼っぽい獣の死体が散らばっている。
ただ狼とは違うのは、牙がやたらと凶悪に長く突き出しているのと、体毛が大分太く、背中の部分は逆立って色が変わっている所――……いや、違うな。
灰がかった白い毛の中でそこの毛だけが黒いのは、おそらく魔に侵された証だ。
ここまで来たらもうフィレナに追い付くのも時間の問題だ。一度馬を下り、足をやられて蹲っている、フィレナが乗って来たのだろう馬に近寄り、治癒を施す。
「動けるか? 足、動かすの怖いだろうけどここにいたら危ない。マトルトークまで帰れ」
馬は賢い生き物だと聞くが、正しく人語を理解出来るはずはない。しかし通じるだろう確信があってそう話し掛けると――よたりっ、と少し覚束ない足取りで立ち上がってくれた。
立ち上がって、痛みもない事が判ってのだろう、軽く頭をこちらに下げてから来た道を引き返していく。
後は道中で魔獣に遭わない事を祈るばかりだ。
魔道に堕ちるの人間ばかりじゃないんだな、本当に。
――にしても、見事な手際だ。全部一撃で殺してる。喉か、頭か、心臓を全て一突き。強いぞ、多分。
だから一人で出て来たのかもしれないが、いくら強くたって、一人で出来る事なんてたかがしてれるからな!?
再び馬に乗って追い掛ける事十数分。とぼとぼと歩いている後姿を、ようやく見つけた。
やはり心細かったのか、その肩には擬似精霊が乗っている。追い払われたり斬られたりしなくて良かったが、連れて行ってもそれ愛玩用にはならないぞ。消すし。
「――おい!」
後ろから馬で追いかけられて、気が付かないはずはない。声を掛けると、足を止めてゆっくりと振り向いた。
「……何よ」
「そりゃこっちの台詞だ。何してるんだお前。帰るぞ」
「ええ、帰るのよ」
「そっちじゃなくて」
ふい、と顔を前に戻し、再び歩き出す。
「私が帰るのは、レトラスだけよ」
「帰れるとか思ってんのか。いや、どうやってこっちに来たのかも知らねーけど」
「密航よ。当り前でしょう」
そこは当り前なのか。王女の割に、行動力あるなあ。
「帰ってどうするんだ」
「別にどうもしないわ。ただ気が付いただけ」
「何に」
「あんたが言った通り、私が私でなきゃならない理由は、もう無いって事。だから、帰るの」
「死ぬ気か。死にたくなくて逃げて来たんだろ」
予想以上に傷付けていた事には申し訳なく思いつつ、そう言った。
ただ間違っていたとも思ってない。彼女の自分以外の命のあまりの軽い見方に、腹が立ったのは確かだからだ。けどここまでヤケにさせるつもりもなかったんだが。
「……そうね」
何だ、今の間。違うのか。
「ねえ」
「何だよ」
「あんた、戻りなさいよ。邪魔だから。あんたがいたら気付かれちゃうじゃない」
「あのなぁ、いい加減勝手な行動するの止めろって。今更死なれちゃ後味悪いだろ」
「知らないわよ」
……やっぱり話通じねえし。こいつ相手に説得とか、そもそも無理な話だよな。
「良く判った。じゃあ」
「あ」
ぱちん、と小さな音を立て、弾けて消えた擬似精霊にフィレナは小さな声を上げた。やっぱり連れて行く気だったのか?
もうフィレナから目を離すつもりはないので、維持しておくだけ力を消耗して勿体無い。
「……判ったって、何よ」
「面倒だから、力尽くで連れ戻す」
「はぁ?」
我ながら物騒極まりない台詞に、フィレナは小馬鹿にしたような声を上げた。
「出来ると思ってるの? 言っとくけど私、強いわよ」
「知ってる。さっき魔獣と戦った跡見たからな」
「それでもやるの?」
言いながら、フィレナは腰に下げていた細剣を抜く。
薄青い輝きを自ら放つ刀身は、どう見ても普通の金属じゃない。エレメント属性の力を感じる。
「ああ。さっさと戻りたいからな」
「いいわ。付いて来られても私も困るし」
頷き、軽く足を開いて構えて――
「い、言っとくけど、手加減しないわよ」
「まあ、そうだろうな」
手加減される理由がそもそも俺に無いからな。
「……。あ、あんたも何か構えなさいよ。後なんか……顔隠しといて! 何かやり難い!」
「事情があって今得物はない。後、今更隠して意味あるか? 知ってるのに」
「煩い煩いっ。私、あんたの顔嫌いよ!」
月と星の明かりの下でも判る程、顔を赤くしてそう叫ぶと、ぶんっ、と細剣を音を立てて振り。
「もう知らないから! 傷付いてもあんたの責任だから!」
「別に責任取れとか言わねーから、安心しろ」
「責……っ、責任……っ」
だから、言わないって。
「取らないからっ」
踏み固められた街道の土は、ちゃんとフィレナの踏み込みに万全の力を与えた。
「やッ!」
獲物が細剣だけに、攻撃の型は限られる。突きか、浅い斬撃。あの細い刃で肉や骨を断とうと思ったら、武器の方にもダメージを覚悟しないといけないからな。
通常金属でないフィレナの細剣の強度がどれぐらいか判らないから絶対とは言えないが、あの形をしている以上、一番警戒すべきは突きだろう。
手加減しない宣言してるし、手加減してもらえるような関係性も築いていないから、そう大事にならないどこかぐらいは貫かれる恐れがある。
とはいえ、お互い殺す気はないから魔人を相手にするよりずっと気が楽だ。お陰で冷静に対処できる。
腹近くの突きを交わすと、そのままフィレナは手首を返して切り上げる斬撃へと軌道を変えた。
滑らかで淀みないし、結構速い。だが。
「物理壁」
「きゃっ!」
手の甲分程度の大きさで物理壁を作り、細剣を弾く。勢いをつけていた分、弾かれた際の衝撃で結構な痛みがあっただろう。
悲鳴を上げたフィレナは一瞬痺れた手を動かせずに硬直する。
その手を掴んで、腕を横に伸ばす形で動きを封じて、制止。
伸びきった腕で、男の俺に対抗出来るような力なんかもう入らない。
「ちょ――、ちょっと、離しなさいよ!」
「大人しく諦めて、帰るぞ」
「その前に離しなさいよっ! ってか、近い!」
何分こちらが素手なもので、相手の間合いを外そうと思うと近くなる。魔術戦なら逆だけど、なるべく使いたくない、エレメント。
ついでに、近付いてやればフィレナが動揺するだろーな、という目算もあった。
「……何で、追って来るのよ」
一しきり騒いだ後、一向に手も離さず、怒声に応じもしない俺に、騒ぎ疲れた息を吐いてフィレナはようやく大人しい調子でそう言った。




