第十四話
「バウゴ候。……まさか、頷いてないだろう?」
助けを求めるためにバウゴ候を見ると、困ったような情けない笑みを浮かべて俺を見ていた。
俺と同じか! 俺に止めろってか!
……仕方ない。確かに、バウゴ候は臣下だ。元とはいえ王女には、物申すのは心情的に辛いのかもしれない。
でも言わなきゃならない事はあると思うぞ、バウゴ候!
「マトルトーク領はレトラス王国の物よ。バウゴ候は預かっているだけ。私の命令が全てよ。当り前でしょう」
「……まあ、レトラスの仕組みがそれならそれで良いとして……お前、その命令に責任取れるのか」
「責任?」
おい、そこで不思議そうに首を傾げるな。権利と義務、付随する責任はセットだぞ。
「戦況の優劣も計れないのか? マトルトークの兵士や、まぁ、絶対やらねえけど、仮に城の森の精霊を連れて戦ったとして――勝ったとしても、無駄に被害が出るだけだぞ。それと、町を維持できるだけの戦力は残らない」
魔人化兵士とノーマル兵士の混合という時点で、既に全員魔人化している相手と事を構えるには不利なのだ。例え元がただの町人だとしても。
規模から言って、勝てないとは言わない。けど、食い合いみたいな形になるだろう。
その後どうやって町を維持するんだとか、本気で元町人を殺しつくして町だけ取り戻してどうするんだとか、そもそも出撃中マトルトークの守りはどうすんだとか、色々問題山積みだろ。
「やってみないと判らないわ」
その台詞はここで使っても全然いい意味にならないから。
「少なくとも、出なくていい犠牲が出る」
「レトラスを取り戻すための犠牲よ。問題ないわ」
「なら真っ先に、言い出したお前が犠牲になれよ。レトラスの為に」
「ふざけないで、私は王女よ? 犠牲になるのはまず、代えの利く奴隷と平民よ」
だから、奴隷である精霊も最前線で犠牲になれと。人間以上に、他種族であるという事で心理的にも軽いんだろうが……どこまで無能だ。
「それには否定しない、が――。その台詞を言うのを許されんのは、代えの利く人間が、決して代えの利く者じゃないのを理解した上で、犠牲となるだろう人に許された人だけだ」
役周り上、代えの利かない者というのは確かにいる。傲慢だと言われるかもしれないが、俺もそうだ。
「……何言ってるの?」
「俺に言わせれば、今一番代えが利くのはお前だよ、王女殿下」
「何ですって!!」
「お前は何が出来るんだ。王女って名前だけなら、影武者だって問題ない。お前じゃなきゃ代えられないって言ってくれる人は、もうお前にはいないんだろ」
彼女の国での立ち位置にもよるんだろうが、普通、第二王女が戦争の指揮を取ろうとする事なんてないだろう。
もし彼女以上にその役目に相応しい人間が一緒にいるなら、ここにいないとおかしい。
いないという事は、彼女は、一人なのだ。
「――……っ……」
流石に今度は、何を言われたかが判ったらしい。絶句して肩を震わせる。
「お前が『代えが利く』と言い放った人達には、いる。家族も友人も、仲間もな。利かねェんだよ、代えなんて」
「……っ、で、も、私はっ」
「何様だ、お前」
「――皓皇陛下、どうか、その辺りで……」
フィレナの気勢が削がれ、顔を歪めた段階で、そうバウゴ候から仲裁が入る。
「……バウゴ候……」
縋るような震えた声に、俺が溜め息を付くと、びくっとして肩を揺らす。
「とにかく、あんたの意見は却下だ、フィレナ王女。やりたきゃ一人でやってみろ。どれだけ困難か、少しは判るだろ」
「あ……っ、皓皇様!」
もう話すような空気でもなくなったので俺が席を立つと、はっとした声を上げロアさんが追って来た。
そして廊下に出て、会議室とを仕切る扉を閉めてすぐに。
「すみませんでした、皓皇様。父も……」
「や、アレをバウゴ候が言ったらまずいだろう」
命からがら逃げ出してきた女の子を、必要以上に追い詰める程俺も鬼じゃないぞ。嫌いだけどな!
バウゴ候があれを言ったら、彼女は頼る人を無くしてしまう。
元々他種族で友好値ゼロの俺がマイナスに入っても大して変化はないが、バウゴ候は違う。
「あ、有難うございます……っ」
「嫌いだけどな」
そこは揺らがない。
「言わないで差し上げて下さると、嬉しいです」
「言わないけど」
多分あれは、人に嫌われるとか何とか、そんな事考えた事もないんだろう。それがどういう結果をもたらすのかも。
本当は、話せる機会が来たらバウゴ候とはもっと話したい事があったんだが、仕方ない。
フィレナが落ち着いたらすぐに話せるだろうか。あんまりのんびりしたくない話なんだが、結界強化。
「じゃあ、また後で」
「はい。失礼致します」
頭を下げたロアさんと別れ、俺は自分達に当てわれている客室へと戻る。
フィレナの態度は極端だが、レトラスはどうやら絶対王政で、何事も国を動かすのはトップの役目だ。
主が白と言えば白、黒と言えば黒となる。そこに部下の意見を取り入れてくれるかは、器量次第。
今ロアさんを通しても良かったが、直接バウゴさんと話す機会がある以上、やっぱり直接話すのが一番早いし確実だ。
(俺だって、のんびりしてたい訳じゃねえけど……)
それでも現実、無茶だろう。
「先程は、失礼致しました」
改めて話し合いの席にお互いが付けたのは、夕日が沈み掛けた頃だった。やっぱり忙しいんだな、領主って。
「申し訳ない役回りをさせてしまったと思います」
「いや、ロアさんにも言ったが、その方が正解だろ。自分を庇ってくれる人間がいると、ちゃんと見せてやってた方が良い」
怒られる、イコール見捨てられる、ぐらいに考えかねないからな、あれじゃあ。
「……」
「……何か?」
「貴方は……どうも、精霊らしくない。いえ、気分を害されたならすみません。悪い意味ではなく……そう、人の心を良く判っていらっしゃる」
一応、人生十七年生きて来ましたから。
「勝手でしょうが、人間として有難いと思います」
「……それなら、良かった」
バウゴ候に言われながら、ふと思う。
――そうなのだろうか、と。
(女神は、もしかしたら俺に、それを?)
精霊として、人間に歩み寄れるように――
いや、それは甘く考え過ぎか。その考え方は俺に楽なだけだ。今は決めないでおこう。
「フィレナは諦めたのか?」
「無謀だとは判っておられるのですよ。けれど、何もせずにはいられないのでしょう」
「それに付き合わされちゃ堪らない」
まあ、今の所はそう心配もいらないだろ。命令しようったって、誰にどう命令すればいいかも判らないだろうし。
「じゃあ王女の事はそれで、結界はどうなった?」
「塔の修復も終わり、万全です」
「俺が手を出しても大丈夫か?」
やるのはそう難しくない。けどそれは民意じゃないと意味ないんだ。
「民はそう望んでいます。皓皇陛下の結界に守られた事を、知らぬ者はおりませんので」
「それなら良かった。日取りを任せて構わないか?」
自分達の身を守る結界をいじられるんだ。見張っておきたいだろうし、それなら昼間の方が良い。
「はい、勿論」
良し、それが終わったら、一度皓の森に帰ろう。
「それと、隣のリースの町の事ですが……」
あぁ、あったな。ここから東に、もう少し規模の小さな町が。
「結界を作る施設を作るには、時間と大金が掛かります。とても手が回らないのですが……」
「恒久的な結界は俺も無理だ」
長く結界を維持するのには、それなりの道具が必要となるのは精霊も同じだ。使ってる力は同じだからな、残念ながら。
「そうですか……」
「気を付けて守って行くしかないな」
「そうですね」
俺の答えに落胆したものの、すぐにそう言って頷いた。
「今考えるべきではないのかもしれませんが……カプレスを、どのように攻めようとお考えですか?」
「迷ってる」
魔人の支配から町を解放すると言っても、無差別に殺していく訳にはいかない。何しろ、そこにいる魔人はほぼ元々普通の町人だった人達だ。
ゴーストタウンを量産するような方法は、取りたくない。
「近いうちに様子を見に行ってみようと思う。軽度の人がいたら連れてきたりとかな。女神のエレメントが使えれば、もう少し魔道に直接干渉できるんだが……」
残念ながら、そちらも今は無理だ。
「及ばずながら、私も尽力いたします。出来る事があれば、何なりとお申し付け下さい」
「有難う。―――ん?」
「うん……?」
俺とバウゴ候が同時に首を傾げたのは、廊下を慌ただしく走る足音に気が付いたからだ。しかし何かの緊急事態――にしては、周りが静かなままなんだが。
「父様!」
「ロア、どうした」
慌てた様相で駆け込んで来たロアさんは、他に何も目に入らない勢いでバウゴ候へと駆け寄って。
「フィ、フィレナ王女が城を抜け出されてしまったようなんです!」




