第十三話
――……まぁ、想像して然るべきだったのかもしれないな。
泣き出してしまったフィレナを全面的にロアさんに押し付けて、俺は与られた客室に戻って寛いで、少しばかり反省をしていた、
こんな戦乱真っ只中の地方領地に、お姫様が来るなんて、普通はないだろう。
あるとすれば、彼女がいた場所よりもまだここがマシである、という時ぐらいだ。
「時に、レトラスってどの辺なんだ?」
部屋に戻った俺はリシュアさんとライラとそんな話をして、改めてそう聞いてみた。
少なくとも、同じ大陸内には無いんだよな。一番大きいのがここ、マトルトークなんだから。
「レトラスは水の精霊王である、碧皇様の治めるミットフェリン領にあります」
「え、アイルシェル領じゃないのか」
「人の定めた境界と、我等の領界は違いますから」
成程、判らなくないが、面倒臭そうだな、それ。
「碧皇様は百数十年前に魔王によって囚われたと聞いています。今のミットフェリン領は、完全に魔人の手に落ちていると思っていいでしょう」
「六百年不在だったわりに、よくアイルシェル領は無事だったな?」
色分けをすれば、間違いなく皓の森はまだエレメント支配地域に分類していいと思う。
「ジ・ヴラデスが他の魔神を牽制していましたからね……。彼女以外は手を出してきはしませんでした」
……それはどうにも、不幸中の幸いと言っていいのか、どうか……。
「他の精霊王達はどうしてるんだ。まさか皆」
「はい。碧皇様と火の精霊王である閃皇様は捕えられ、土の精霊王、境皇様は己の宮を閉ざし、その中で耐えていると言われています。闇の精霊王刻皇様は、先の戦いで器を失ってから、まだ再生されていません。唯一戦線を維持しているのは風の精霊王である奏皇様だけにございます」
そういえば、奏皇と合流されると面倒だ、とか言われたか。
だったら、一刻も早く俺達としては奏皇と合流するべきだよな?
「お会いしたいのは勿論ですが、奏皇様のフツカセ領には、ミットフェリンか、土のレーゲンガルド領を通らねばなりません。どちらも魔人の支配地域。おいそれとは……」
「そうか……」
残念だ、非常に。
とはいえ、アイルシェル領だってほとんど魔人の支配地域みたいなもんだ。この状況で空けてどこかに出掛けて行くなど、そもそも不可能だったか。
「とにかく地盤を固めなきゃ動けないって事だな」
「はい」
まずはここ、マトルトークに強いエレメント属性の結界を引き、なるべく魔道と人とを引き剥がす。魔人化を押さえつつ、他の三つの町にも干渉していく――って所だろうな。
(俺達はそれでいいし、そうとしか動けねーんだけど)
あのお姫様は、何を考え、何を思って逃げて、今ここで過ごしているんだろう。
「皓皇様?」
「何だ?」
「いえ、少しご気分が優れないようでしたので」
「何か……ありまし、たか?」
「何でもない。大丈夫だ」
二人の言う通り、正直少しばかり気分は落ち込んでいた。
心配掛けるのも悪かったし、二人にとっても聞いて嬉しい話じゃないから、話す気なんかなかったが。
(精霊は奴隷、か……)
――ナチュラルに言われたアレは、結構効いたぞ……。
今までの、魔道に堕ちて理性の緩んだ人に言われたのとは違う。彼女はごく理性的に、当然の常識を語る口調で言い放った。
(仕方、ねえんだ、きっと)
さっきのリシュアさんの話では、精霊王である碧皇がいなくなったのは百何十年も前。それからずっと魔人が闊歩していたとなれば、常識がおかしくなっても……無理はない。魔を近くに置いての百年は長すぎる。
想像はついたが、面と向かって言われりゃ腹は立つし、そんな意識のある相手と付き合って行かなければならないのが、何より気が重い。
(今はとにかく、無視できない時は来るだろうし)
事が落ち着けば、人の意識を変えるべく働きかけなければならないだろう。メインは碧皇になるとしても、同族として無関係ではない。
「……碧皇と閃皇は捕えられてるって言ったよな。大丈夫……なんだろうか」
「魔王も魔神も、精霊王は殺めようとはしません。何故なら精霊王が失われれば、司るエレメントが枯渇し、いずれ精霊が消滅してしまうからです」
「それが殺さない理由になるか?」
むしろ魔人的にはいなくなった方がいいのでは、などと考えた俺は、まだこの世界において精霊がどのような立場に置かれているか、甘く見ていた事を思い知る。
「精霊を愛玩奴隷にと、欲望を抱く魔人は少なくありませんから」
「――……っ」
(それだけのためにか……っ)
精霊を自由にさせておくのは邪魔だが、失うのは惜しい。だから精霊王だけは生殺しか……!
「命は……判った。けど……」
その尊厳は、どうだろうか。
言葉を濁すと、リシュアさんも小さく首を横に振る。
「判らない、と申し上げておきます。全ての魔人がそう、という訳ではありませんので」
「そう、だな……」
「助けて……差し上げられればいいと、思います……っ」
「ああ、そうだな」
ぎゅ、と硬く拳を握り締め、言ったライラの言葉に俺は頷く。
――本当に、そうだな。
(急ぐ必要は、なくねえな)
苦しい時間は、少しでも少ない方が良いに決まっている。
そう俺がのんびりした考えを改めた所で、扉が静かにノックされた。
「皓皇様、ロアです。宜しいでしょうか」
「ああ、大丈夫だ」
ここに来れたという事は、フィレナは落ち着いたんだろうな。
押しつけて逃げたのは悪かったが、泣いている女子の慰め方なんか判らないし、相手も奴隷の王の慰めなんて欲しくないだろう。
「失礼します」
完璧に気持ちの良い礼儀正しさでそう言って、ロアさんは扉を開けて入って来る。
「先程は申し訳ありませんでした」
「? 何がだ?」
謝るなら、どっちかといえば俺の方だと思うんだが、ロアさんの深々とした頭の下げ方を見るに、本気の謝罪だ。
「フィレナ王女のお言葉……御不快になられたと思います」
「あぁ……。でも別に、ロアさんが悪い訳じゃないだろう」
……それに多分、フィレナが悪い訳でもない。
「そう言って下さるのですね。有難うございます。けれどどうか、人として謝罪をさせて下さい。決して――決して、人が皆、あのように考えている訳ではないのです」
「判ってる」
少なくとも、マトルトークの良識では、そうだ。もっとも、大分魔に浸食されてるから、実際はまあ……あんなものだけど。
けどロアさんは間違いなく本当に、俺達を尊重してくれてるし、領主であるバウゴ候もそうだ。とういうか魔人じゃない人とかは、大体。
「それで……父が、皓皇様と話したいと申しているのですが……」
「判った、行くよ。――二人共、悪い。待っててくれ」
「はい」
「行ってらっしゃいませ……陛下」
二人共、一応ここは安全認定しているのか、多少なら離れても特に何も言わない。
なにせ、始めは入浴にも付いて来ようとしたからな! 勿論断ったとも。勿論。
あれだ、フィレナには何も感じなかったが、リシュアさんはちょっと、アレだ。まずい気がする。
ライラは年齢的な意味でそういう対象じゃないが、性別的にやっぱり良くない。もうちゃんと女の子の体してるしな。
ロアさんに付いて向かった先は、会議室だった。ここでもノックし声を掛け、扉を開けたのはロアさん。
本当に立ち居振る舞いが上品な人だと思う。綺麗だ。
ロアさんは失礼ながら、そんな美人って訳じゃない。や、女性らしい綺麗さはあるけど、普通だ。
しかし標準以上には可愛かったフィレナと比べて、どっちが好感持てるかって言ったら、断然、ロアさんだ。
「失礼します。皓皇様をお連れしました」
ロアさんに続いて、一礼して俺も部屋に入ると、そこには領主バウゴ候と……フィレナがいる。
「長らくお待たせして、申し訳ありませんでした、皓皇陛下」
「いや、お陰でゆっくりできた。至れり尽くせりで贅沢させて貰ったし」
「お気に召して頂けたなら良かった。何しろ、精霊を歓待するのは皆初めてでしたので、勝手が判らずご不便をおかけしていないか、心配だったのですよ」
地方領主に相応しい、のんびりとした穏やかな笑顔で言ったバウゴ候に、俺も自然微笑する。ロアさんとバウゴ候は親子だなぁ、と思う。空気が。
彼等の丁寧さに対して、俺も敬意を持って敬語にするべきだと思うんだが、――思うんだが、出来ないんだ。何か、染み付いた何かが拒む感じで。
(もしかしなくても『俺』は多分、人間嫌いだったよな……)
とても精霊らしく、嫌いだった気がする。
「それで、話というのは」
「はい。――実は、その」
「レトラスへ向かうために、まず玄関口であるカプレスを取り戻すわよ!」
困ったように先を言い淀んだバウゴ候に代わって、フィレナがそう居丈高に宣言した。
……おい、正気か。
「さっさと兵を編成して、あんたも勿論、精霊連れて来て戦いなさいよ」
「何でだよ」
「精霊でしょう」
「理由になってねえよ」
実際に戦争、という避けて通れない事態になれば、そうなってしまう日は来るんだろうと思う。その覚悟はしなくてはならない。まだしてねえけど。
しかし今、フィレナの言を一蹴したのは俺の覚悟の話じゃない。
無理だ。無謀だ。
「何よ、精霊は魔と戦うための種族なんでしょう! 人の役に立ちなさいよ!」
「だからって、無駄死にするの承知で特攻かける様な馬鹿な真似できるか」
「私がやりなさいと言ってるのよ!」
「従ってやる義理はねェよ」
何様だ。あ、王女様か。元だけどな、国が落ちたんだから。
「ここはレトラス王国! この国に暮らす者は皆、王家に住まわせてもらっているの。だから王家には従う義務があるのよ!」
「それはお前等の勝手な言い分だろう」
「煩い! 黙って従いなさい! 奴隷如きが!!」
……駄目だ。本当に話通じねえし、こいつ。




