第十二話
「っふー……。あー……」
マトルトーク城滞在、四日目。真昼間からやたら豪華な風呂を独占して使うという、日本でもした事のない贅沢をダラダラしながら味わっていた。
こんなに何もしなくていい事が、人生の中でかつてあっただろうか。いや無い。そろそろ飽きて来たけどな。
魔人の侵攻は取り敢えず凌いだものの、状況が劇的に好転した訳ではない。
今後の事や、戦いの被害の修復や後始末、死者の弔いなどが今慌ただしく行われていて、部外者の俺が口を挟む隙はどこにもなかった。
(挟もうとかも思ってないけどな。政治の勉強なんか、ますますした事ねーし)
ただ良かった事――というか、今後についてやりやすくなったのは、皆が魔人を主力にして戦う事への危うさを、本当の意味で痛感した事だ。
そして魔人を主力としなくても、何とかなるのではという希望が、俺の存在に期待された事。
お陰で、話を聞いてもらい易くはなった。その分責任も増したけど。
しかし本格的な話は、全ての処理が終わった後だ。まだ今はその時じゃない。明日明後日ぐらいには一段落付く予定らしいが。
(のんびり犠牲を悼んでばかりもいられない状況だからな……)
――そんな訳で、俺はこうして貴賓として丁重な扱いを受けながら、ダラダラとマトルトーク城で過ごしている。
いや、今一番俺がやらなきゃならない仕事は正にこれなんだって。休む事。
何しろエレメントが薄いせいで(魔人も多いせいで魔道の圧迫感も感じる)、どうにもあまり回復が進まない。こうして比べると、皓の森での楽さが良く判る。一段落したら一回帰りたい。
(風呂自体は気持ち善いけど、だるさは抜けねー……)
精霊たる俺に代謝はないので、体の表面に付いた汚れを落とした後は風呂に入る必要はないんだが、これは必要・不必要じゃない。
至福である。
(元の習性な訳だよ、やっぱりな)
精霊になったといっても抜けないんだ、こういうのは。長く風呂に入ってないと、やっぱり何か落ち着かない。
難しい色々な事を考えるのを放棄して、眼を閉じ湯の中に浸っている――と。
(……ん?)
どすどすっ、と荒々しい足音が遠くから近くへ、だんだん近づいてきた。
音は荒いんだが、重たい音じゃない。わざと音を立てて歩いている、そんな感じだ。しかもどうやら、二人分か?
荒々しいのは一人で、もう一人は慌てて追いかけてるだけっぽいけど。
「――っ……、わねっ!」
「……って、待って下さい、――様……っ!」
(ロアさんだ?)
一人は判らないが、もう一人はここの領主の一人娘である、ロアさんの声だった。
「今は駄目なんですっ。姫様っ」
「煩いわね、ふざけないで! 私のこの恰好見れば判るでしょ!? こんな状態で、体を流さずになんかいられるものですか!」
「で、ですから少しだけ、少しだけお待ち下さいっ。今この浴場は――」
(え)
ちょっ、待て。
この浴場って、ここだよな。目的地、ここなのか!?
嫌な予感しかしないぞ、おい!
「何よ! 貴女とバウゴ候が入ってないんだから、今は空いて――」
「ないんですー!」
ガラっ、と勢い良く曇りガラスの戸を引き開けたのは、潔く全裸で仁王立ちをした、少女だった。
年の頃なら十五、六。金髪ストレートロングに青い瞳と白い肌の、絵に描いたようなお姫様だった。高慢そうな所含めて。
「……」
「……」
互いに眼が合って、しばし無言。
ってか、何で俺は冷静なんだろうな?
可愛いとは思うんだが、なんかこう、感動はない。
これ、あれか。皓皇としての感覚か。最初から対象外です的な……。あ、そーか。種族違うからか!
そうだよな、リシュアさんとかはあんまり近くにいられるとちょっと、アレだ、気になるし。
そう俺が自分の冷静さに納得した一方で、彼女の方も我に返ったらしい。
「いやああぁぁぁ――っ!」
耳をつんざく大絶叫。
……全裸で仁王立ちだったせいでまともに全部見てしまったが。
俺のせいじゃない。多分。
「え、ええと、改めてご紹介しますね。こちらは、我がレトラス王国第二王女であらせられます、フィレナ・レク・レトラス様です」
「ちょっと!」
風呂から上がって一息ついた所で、改めてロアさんからそう紹介されるが、いきなりフィレナ嬢が不満の声を上げた。
嫌だー、付き合いたくないタイプだ、このお姫様。一領主の娘とはいえ、ロアさんのこの上品さを見習ってくれ。
「どうして私に先に紹介しないのよ! おかしいでしょう!」
「あああ、あのっ、こちらは、皓皇陛下です。光の精霊王であらせられますーっ」
詰め寄るフィレナ嬢に、超引き腰でそう言ったロアさんに、ピタリと荒い鼻息を止めて。
「精霊王……?」
「……」
王女様、イコール、指導者に近い人な訳なので、ここは愛想良くするべきである。頑張れ、俺。日本人なら出来る!
人生十七年でも、それなりに使う機会の多い愛想笑いを、思いきり神秘的なこの顔でやってやる。
「はじめまして、フィレナ王女」
「――っ!」
真っ直ぐ向き合って微笑しつつそう言うと、途端びくんっ、と肩を跳ね上げ見る間に赤面し、固まった。
はっ、ざまあ。
勝った気分で機嫌良く微笑みを維持しつつ。
「さっきは悪かったな。何しろ、急な来訪だったもので」
「何よ、私が悪いって言うの?」
そう言ってる。言わないけど。大体、ロアさん止めてくれてたろ。
「私は何も悪くないわ。大体、あの浴場は最も位の高い者しか使ってはならないのよ。つまり、私がマトルトークにいる間は私だけね。本来なら打ち首、晒し首よ」
凄えな、オイ。それを今俺に言うのか。
人間的には、そりゃ精霊王なんか大した重きを置く相手じゃないんだろうが(なんと言っても世界的に精霊の扱いアレだからな……)、それでも一応、王だからな?
打ち首晒し首って、この状態で、精霊とも戦争する気か。
「姫様! そんな……っ」
隣でロアさんが蒼白になって取り成そうとして、俺と彼女の間で首が何度も振られている。
心配しなくても、俺にどうこうする気はない。向こうの出方次第じゃ判らないが。この態度だし。
「けれど、特別に、許してあげてもいいわよ?」
言ってす、とフィレナ嬢は手の甲を上にして俺に差し出す。口付けろってか。
「姫様! それは、王たる方にあまりに失礼ではありませんか!」
「王って、所詮精霊じゃない! 奴隷でしょう」
「姫様!」
今まで慌てていただけだったロアさんの声に、初めて厳しいものが含まれた。
「一体誰がそのような事を!」
「父様も母様も兄様も姉様も、皆よ。実際、そうじゃない! 父様も母様も、献上された精霊と……、顔にかこつけた、卑しい種族なのよ、精霊なんて!」
「ふざけんな! そっちが勝手に欲情して来るだけだろうが!」
流石に腹が立って、わざと音を立てて机に手を付き立ち上がってそう言うと、フィレナも同様の勢いで立ち上がる。
「よくっ、欲、欲情って何よ! 犬猫じゃあるまいし! いやらしい!」
「お前がさっき自分で言ったろ! 父親と母親の事!」
「違うわよ! 父様も母様も愛しあってた! あんた達が、何か、変な術でも使って誘惑してるんでしょう!」
両親の浮気を認めたくないのは判るけどな、だからってこっちに責任なすりつけてくんなよ!
いい加減にしろとは思うが、こっちの言葉に聞く耳を持っていないのも判る。言葉は通じるが、会話が成立しないタイプだ。
「俺達というより、単純にお前の家族が魔に堕ちて理性フッ飛ばしてるだけだろう!」
「っ……!」
放った台詞に、今度は反論が来なかった。ただ顔色を変えて硬直する。
……まずかった、か?
「あんた達の……っ、せいよ……っ」
「は……?」
「あんた達が! 父様達を誘惑して! だからっ、そんな! こんなっ、事に……っ!」
「姫様……」
――多分それはただの言い掛かり以外の何物でもない、とは思うんだが――
「ロアさん、もしかして」
「――……はい。王都レトラスが、陥落したそうです……」




