第九話
「おま……っ……。っ……」
レンガ道の上の砂を擦って、疾走して来た足を止めた魔人は、俺に向かってまず何事かを言い掛けた。しかし絶句して指をさしたまま、その場で硬直。
「マトルトークは落とさせない」
「……」
なので俺から口を開いてみたが、聞こえているのかいないのか、まだ絶句中。
「……おい?」
「……」
「…………。なあ、あんまり時間掛けてられないから、行くぞ?」
「……!」
やっと覚醒した。
「あ、あぁ! びっくりした! 何だお前、精霊か!」
「そうだ」
「あー、びっくりしたびっくりした! 何かと思った。精霊やべえ。何だろう、勿体ないわお前。皓の森から出てくんな。人に姿見せんの勿体ねーぞお前。マジで!」
そこまでか。
「別に減りゃしないから見るぐらいなら構わないぞ。見られて困る格好してる訳でもなし。四六時中は嫌だけど」
「いや、見られるから。四六時中何してても見られるって。あー、判るわ。精霊が高額で売り買いとかされちまうの判るわー」
判らないでくれ。行為の良し悪しに見た目関係ないだろ、そこ。
「まァ? 出て来ちまったんだから自己責任っつー事で……。何、今更精霊が何しようって言うんだ?」
魔人の男が言った言葉には、つい先程とまでは違い、精霊に対する憤りが滲んだ。
これはきっと、さっきの兵士の人と同じだろうと直感的に思う。
さっきの台詞からして、元々はどうとも思ってなかったみたいだからな。
何度も助けを求めた手を突っぱねられて、その内の戦いのどれかで、近しい人を亡くしたか。
「今更で悪いな。再生したのが最近なんだ。だから、今更でもやるべき事をやらせてもらう」
「ふざけんじゃねェ」
魔人は平坦な声でそう言うと、腰に下げていた剣を引き抜く。
男の恰好は風景に違和感のないシャツとズボンという、町民スタイルだ。だが手に持った剣の柄には、町に掲げられている紋章と同じ意匠が施されている。
町と同じ紋章が使われているという事は、それはこの町の主に属する物だ。一般人が手にしているのは些かおかしい。
「……それは?」
「恋人だった女の、形見だ。剣一本も貴重で、領主様に返せとか、持ってきた野郎が言ったんだ。帰って来たのはこれだけだったってのに――……!」
高ぶった感情に併せて、どくり、とまた一段魔の気配が濃くなった。まずい。
「止せ。引き返せなくなるぞ」
「引き返す? 引き返すだァ!?」
【皓皇様!】
まずい言葉を言ってしまったらしい。かっと目を見開き、男は思いきり剣を振りかぶり、力任せに上段から振り下ろす。
技術も何もない一撃だった。剣自体は結構丁寧に作られた業物に見えるが、使い手がこれでは木剣とだって大して変わらない。
リシュアさんに忠告を受けるまでもなく、目と体が自然に動いて受け止めた――が、重い。技術はないが、力はかなりあるぞ。
「今更引き返す理由なんざねェだろうが! それより、力だ! 力があれば奪われねェ! そうだろうがっ!」
「っ」
上から体重を乗せ、更に力を込めて押し切ろうとしてくる。
(まともにやったら力負けするな)
純粋な力勝負では分がなさそうだ。元々力で勝負する気もないが。
完全に押し切られてバランスを崩す前に、力の流れを変えて刃を逸らすと、後ろに下がる。
「それで今度はお前が奪うのか?」
「そうだ! 奪われるより奪ってやるさ!」
――迷いはもう無いか。
【皓皇様。こ奴は最早、救いようなく魔人です】
【始末、して……城へ、行きましょう。その方が、沢山、魔……減らせます】
人を守って魔を減らす、という手段については納得して理解してくれたみたいだが、やっぱりそこは計算なんだな。――正しいんだろうけど。
俺も愚かだ、と思う自分がいる事は否定しない。
皓皇である俺ではなく、多分、十七年生きてきた俺ですらも、そう思ってる心がある。
町の結界を壊した魔人を、町の人は許さないだろう。彼を殺す事での負の感情の増加は、あまり気にする必要はない。
それより早く片付けて、城へ行って被害を減らした方がいい。二人の言う通りだ。
それは正しい。数字の上では。
「始末はしない。二人共、殺さないよう手加減してくれ」
【!?】
【何故です!? この者は、もう――】
「彼はまだ剣を手放してはいないだろう」
領主の紋章を掲げた剣は、彼にとって武器以上にただ邪魔なだけのものだろう。それでも手放さない。敵を斬るために、その剣を使う。
それは彼が人であるからだ。
【そうですが、魔人です。殺せばまた少し、魔道が閉じます】
「それは負の連鎖なんだ。殺すのは最終手段だと心得てくれ」
【――。承知しました】
会話が短く済んだのは良かったが、何しろ相手の目の前だ。手加減云々の所まで、筒抜けである。
「はっ、馬鹿か、テメェ」
「そう思うか?」
挑発的な物言いだ、と思う。どうやら『俺』はこの手の物言いが好きだったっぽいな。
自信に満ちた態度は憧れるものがあるが、何分出る杭は打たれる日本社会で生きてきた俺は、言った直後にすぐさま後悔する小市民だ。
しかしその自信が間違っているとも思っていない。
……駄目だ。何か噛みあわないな。本質は同じだが、俺と『俺』で形成された人格が違い過ぎるだろ。
「殺る気のねェ相手に、負けるかよォッ!」
「負けるけどな」
……あ。
「上……っ、等だコラァッ!」
想像するに、『俺』は相当人付き合いが下手だったのではないだろうか。精霊とだけ付き合ってればほぼ必要ないもんな、対人スキル。支配者側だもんな……。
激高した男は柄を両手で持ち、力任せに剣を振り抜く。元が普通の町人だけあって、魔術の知識も武術の心得もないのだろう、得られた魔力の有効な使い方も、体が学ぶ前段階だ。
自然、凶器を単純に振り回すだけの攻撃になる。
とはいえ魔力で増強された筋力にモノを言わせた速さと威力は十分脅威だ。
(……形見だって言ってたよな)
刃の部分を切り飛ばしてまず武器破壊をしてしまおうかと思ったが、男の言葉を思い出してそれは留まる。
おそらく意識はしていないのだろうが、男が基本、上段でしか振り回さない剣の下へと潜り、足払いを掛けて相手を転がす。
「うぉ……っ!」
妙な方向に流れないよう、ライラの刃の腹で剣を打ち払い、切っ先を明後日に向けさせてから。
「輝闇束鎖」
腕と足、それぞれを一纏めにして帯状に形成した闇属性エレメントで拘束する。
【片付きましたね】
【どう……なさい、ますか?】
「町の人にも見つかったらまずいから、どっか隠しとこう」
後の事は、とりあえず今の事が片付いてからだ。
男の足を引き摺って民家の影に隠し、興奮状態にある相手には通じないので、悪いが更に頭部に一発くらわせて昏倒させてから、輝闇夢霧を掛けて眠らせておく。
「次は城か」
流石にそっちにはもう先に辿り着かれてしまっている。なるべく被害が出ていない事を祈りたい。
(あんまりな惨状だと、先進めなくなる予感もする……)
スプラッタ系とか苦手で、避けて通ってほとんど見ないような人間だったんだ、俺。




