第十話
(っう……!)
幾ら俺でも、まさか本当に皆が皆ほとんど無傷でとか思ってた訳じゃない。
けれど王城を守る門の前で転がっている兵士の姿を見た時に、覚悟をしなくてはならないのを思い知った。
自分の判断のせいだ、とは言わない。こちらに先に来ていれば、間違いなく町の門を守る兵士達の方に被害が出ていただろう。
だがどちらを取るのかを選択したのは、俺だ。
「一撃ですね。こちらに来たのはそれなりの技術を持った者だと思われます。慎重に参りましょう」
躊躇いなくうつ伏せに倒れていた兵士の体を表に返し、冷静に検分したリシュアさんからそう言われる。
「……そうだな」
――そして俺も、多少動悸が早くなったものの冷静にその傷口を――人の死体を、見ていた。
心臓を一突き。ただ傷口には魔氷が張り付いていて、少しだけ氷に赤が滲んでいるだけで、派手な出血や損傷はない。
魔力もそれなりに扱えるようになっている相手、という事だ。少なくとも、今の俺達が油断するべき相手じゃない。
それにしても、城が随分静かなのが気に掛かる。
突破されたという事は、今頃中は交戦中のはず、なんだが……
(――……まさか)
片が付くにしては、早過ぎるだろう。
軽く首を左右に振って嫌な想像を振り払い、最早守り手のいなくなった城の門を潜り、中へと入った。
「っ!」
門を潜った瞬間、体に軽い衝撃が走る。
異常は……無い。ただし、妙な不快感がある。息苦しさも。
「結界……ですね」
「大したレベルではありません。行動を阻害するというよりも、単に中に入った者を逃がさないようにするための物の様ですね」
「……いい性格してそうだな」
入った途端に、やはり一撃で仕留められている兵士達の姿が目に入る。
静かな殺し方だ。大挙して押し寄せて来られないよう、悟られぬように、速やかに、静かに。一撃で。
しかし一人たりとも逃がすつもりはない。その為の結界。
に、しても――殆ど剣も抜かずに殺られている。まさか本当にこのまま全滅してるとか……
あまりの手際の良さにそう思い掛けてしまったその時、上から金切り声の悲鳴が上がった。
「!」
良かった、どうやらまだ全滅はしてない。そしてどこにいるかも教えてくれた。
城らしく、豪華なレッドカーペット付きY字階段を上り、更に通路の先の階段へ。
三階で合流している、両端の階段の丁度中央付近に設えられた大扉は、今は大きく開け放たれている。
(あそこか!)
再びリシュアさんとライラを武器化して、扉の中へと飛び込んだ。
一般兵よりも豪華な鎧姿の、おそらく近衛隊の一人が、同じく近衛隊の恰好をした男と切り結んでいる。
しかし拮抗していたのはほんの一瞬。力任せに押し切られ、防戦に回っていた近衛隊の方がバランスを崩して背中から倒れ込み――
「物理壁!」
魔人が左手に生み出していた、冷気を纏った鋭利な刃状の魔力を、近衛隊との間に壁を作って投擲を妨害する。
「……精霊……?」
無理に壁には手を出さず、魔人は後ろ――俺の方を振り向いた。
……そうか、近衛隊の人だったか。殺害の瞬間さえ見られなきゃ、二、三人ぐらいは誤魔化せるかもな。
「結界を張り直したのは、お前か?」
ゆるりとこちらを向いたその顔は、中年に差し掛かるかどうかという年齢の男の物。無表情にこちらを見た目が一瞬だけ見開かれたが、それだけ。
「そうだ。諦めろ。本来の結界も修復を始めてる。大軍を集めた所で無駄だ」
【魔人に統率などありませんからね。いつまでも町に入れなければ、すぐに瓦解するでしょう】
「何、問題ない」
投降を呼びかける俺達に返って来たのは、躊躇いのない踏み込みと、剣の一閃。
「っ」
――重いっ。
リシュアさんとライラを交差させ受け止めた腕に、じんと痺れが走って顔を歪める。
どうやら身体的な能力の意味ではほぼ魔人にアドバンテージを取られるっぽいな。まともに受け止めるのは、回避行動の中で最悪の手なんだと意識した方がいいだろう。
「戦うには向かん細腕だな」
「生憎、パワーだけで決着はつかないぜ」
「あって不利になる物でもない」
「っ!」
振り上げられた足が腹部にめり込む直前で、小振りの物理壁をピンポイントで出現させ一瞬だけ足を止めるが、焦って出した、ほとんど形だけの代物になってしまった。
多少勢いを削いだだけで、軽い音を立てて軍靴は壁を破壊し、容赦なく蹴り飛ばされた。
「ぅぐ……っ!」
柔らかい臓器が形を変えるのが、自分で判った。力を失って開き掛けた手を、慌てて握り直す。
「精霊は精霊らしく、黙って隠れて、狩られる時を待ってれば良かったものを」
「くッ」
体勢を崩した所に、上から剣を振り降ろされる。さっき以上に姿勢が悪い!
何とか頭上で剣は受け止めたが、着いた膝が床にめり込む。マジか――!
「だが、仕方ない。死に急いだのは貴様だ。貴様を殺せばすぐにでも結界を壊して、結局終わりだよ。私はここの兵士だ。この町の実力がどの程度か、よく知っている。もう私は止められんよ。魔力が満ちるまで十分待った」
「ハ、ハイヴィス……何故……っ」
近衛隊に守られながら、その腕の中に娘らしき女性を抱いた中年男性が問う。この場においては相応しくない、武装ではない上質の衣装が彼の身分を告げている。
「この町を、ずっと……守って来たではないか!」
「ええ、はい。左様ですが……。何か、面倒臭くなったもので」
詰まらなさそうにそう言って、軽く足を蹴りあげて来る。顎直撃のコースを上体を逸らして何とか避けるが、その分意識の逸れた腕の方が押し切られ、肩から縦に、浅くではあるが体に刃が滑った。
確実に断ち切られる位置だったのに剣が滑っただけで済んだのは、着ている服のお陰だ。
ただの布っぽい手触りだが、実質これはエレメントそのもの。それでも軽く斬られたのはそれだけ世界の力が薄いせいだ。
「っ……!」
痛い。マジで痛い。
動くのだから軽傷にすぎないと、体は次に備えて構えようとするが、体に染みついた反射よりも、俺の意識の方が優先順位が高いため、その通りになど動けない。
傷口を思わず手で押さえ、たたらを踏んで後退する。
【陛下!】
ライラに警告されるまでもなく、判ってる。単純に退いた隙を見逃してくれるはずはなく、躊躇いなく魔人は踏み込んで来る。
斬られた事への動揺が去ると、体は再び動き出す。目が伝える情報に従って回避する動きは淀みない。
何度か反撃できるタイミングがあったのは判っていたけれど、出来ない。肩を押さえる手が震えて離せない。こっちは俺の意志だ。
「訳が判らん。貴様は玄人なのか、素人なのか」
紙一重で己の剣を避けられている事への苛立ちと、同時に痛みと恐怖に素人そのままに強張っているのだろう、俺の表情とのアンバランスさに、魔人は不審そうに呟く。勿論手は緩めずに。
それは両方正解だ。
皓皇の身体は戦い方を知っている。おそらく反射や勘といった、身体能力以上の物も、達人と呼んでいいだけの研鑽を積んでいるんだろう。
けれど俺には、判らない。
襲われる事態に対して体は動くが、次にどうするべきかなんて組み立てがその直前まで出来ない。単純に相手を傷付ける事へのためらいもある。
(やらなきゃならねえのは判ってるけど……っ!)
何をどうすれば、相手を然程傷付けずに、自分が傷付かずに、戦闘不能にまで落とせるのか。
「戦る気がないなら、避けるのも止めて死んでくれんかね」
オンッ……。
魔力のうねりが耳に届く。剣の切っ先に集まる冷気の魔力。
パキパキと音を立て薄く鋭利な刃が一回り剣を大きくして。
「つぇあッ!」
「輝炎!」」
反属性である炎を俺も刀身に纏わせ、相手の刃を弾き上げる。下の兵士達の殺され方や、先程生み出した氷の刃から見るに、これが彼が選んだ己の魔力に最も適した形なのだろう。
「何と……っ!?」
ぱん、とわりと軽い音を立てて砕けた己の氷の刃に、驚き魔人は後ろへと下がった。
「精霊が使うエレメントとは、それ程までに力を持つのか……」
輝炎は己の武器に炎の属性を付加させただけの下位魔術。人間でも、精霊魔術師ならずとも使える者は結構な人数いるだろう。
「投降して、くれないか」
「何と?」
意外な言葉を聞いた様に片眉を跳ね上げ、真意を探って目が俺の顔をなぞる。それから眉を下げ、無表情に戻ると。
「美しい精霊よ。どうやらお前は人を殺めた事がないらしい」
「それは……、そうだ。けどそれで、俺と貴方の力関係が変わる訳じゃない」
戦ろうと思えば、戦れる。殺そうと思えば、殺せる。おそらく、大して苦も無く。
しかし――
「否!」
だんっ!
実際に床に足跡を残す程に強く踏み切り、魔人は再び間を詰めた。魔氷の小細工もない。己の培ってきた技量だけで戦う気だ。
「――っ!」
瞬間、何パターンもの有効打が頭に浮かぶ。けれど俺にはそのどれも選択できずに、受け止めるのが精いっぱいだった。
「死なぬ戦いの何を怖れよう。実際貴様はこうして傷ついていっている。貴様は私を斬れない。私は貴様を斬れる。どちらが優勢かなど、明らか過ぎるわ」




