第百十五話
「――だ、だとしたって、精霊の君が彼女に何をしてやれる! 王である彼女には子が必要だ! 君ではそれは適わないファろう!」
「そんなの養子とりゃ済む話だろ。俺は血族で国を世襲して行くのがいいとは思ってない」
「な……っ」
「勿論、フィレナが許せばだけどな」
言ってバステアスを正面から見据えて、微笑してやる。と、悔しげにバステアスは歯を噛み締めた。
バステアスは王族らしくそれなりに美男子だと思うけど、それなりに、だ。
この容姿と競える気はしないだろ。容姿だけじゃないってのはそりゃ言われるだろうが、それでもこの容姿だけで落とせると俺は本気で思う。それぐらい威力がある。
「フィレナ」
「うゃはぅいっ!!」
奇怪な悲鳴だか返事だか判別し難い声を上げ、びくんっ、とフィレナは背筋を伸ばした。
「俺をレトラスに迎えてくれ」
「う、で、でも、私……っ」
Noの即答はなかったが、フィレナは躊躇って首を弱く左右に振る。
「私、あんたに何も残せないし、何も出来ないし、先に……」
「お前といられた時間の記憶は残るし、何かしてくれとか思ってないし、――それでもお前と一緒にいたい」
「で、でも……!」
「後悔、させないようにするから」
今後悔する選択、選ばないでくれ。
「わ、私……っ」
少し瞳を涙で潤ませ、赤く染まった顔でフィレナは俺を見上げ――
「ふざけるな! 異種族間で愛が成り立つか!」
「っ」
びく、とフィレナは身を竦ませ、そして俯いた。
確かにバステアスの方が説得力がある。ぶっちゃけ俺もそう思ってる。さっき言ったのは、『だったらいいな』だからな。
「フィレナ・レク・レトラス! 俺を選べ! 俺とお前ならより良き国を作って行ける!」
「レトラスの財力当てにしてるような奴が言える台詞か! 打算で結婚するよりゃ幸せにしてみせる!」
「な、なっ、何だと!?」
突かれたくない所をピンポイントで突いたんだろう、バステアスの顔が怒りと羞恥に染まる。
「違うとでも!?」
「お、王族の結婚に打算はつきものだ! だが俺とフィレナの結婚は必ず互いに益を生む! 貴様とは違う!」
認めた辺りは潔いと思うし、ちゃんとフィレナと国を盛り立てて行こうってのも本気っぽい、とは思う。
王族だから当然だって言われりゃそうかもしれないが――
「フィレナ」
「あ……っ」
「今は俺を選んでくれ」
「私……っ」
悩んだフィレナの瞳が揺れる。一度は悲壮な決意をした心が揺らいでいるのが判った。
そうだろ。揺らぐぐらい、本当は望んで何かないくせに。
王女として――女王として自分を犠牲にするのは、もっと年を重ねてからだって良いだろう。フィレナはまだ十五なんだ。中学生か、ギリギリ高校生だぞ。
「これは無理だね」
「!」
張り詰めた空気をルトラの何の興味もなさそうな穏やか、かつ平坦な声が割って入って、皆が一斉にそちらを振り向く。
「彼女はどっちを選ぶ覚悟もなさそうだ」
「……っ」
迷ってくれた事自体俺としては成果だったんだが、ルトラの言い方は悪意が含まっていた。まるで責
められたかのようにフィレナは顔を苦しげに歪める。
「そんな言い方するな」
「だって事実じゃないか。ねえ?」
「……。そう、ね。……迷ったわ……」
「フィレナ!」
明確に責める声を上げたバステアスに、フィレナは申し訳なさそうに微かに首を横に振る。
「でも――、でも、ククルスエイジとの友好は何も変わらないわ! 例え結婚しなくったって……」
「婚姻以上の結びつきはない! そうだろう!」
バステアスはフィレナの事を信じてない。今ここで、彼はそれを露呈した。
名前だけしか見られていなかった事にも、フィレナにも落胆の様子はなかった。判っていたんだろう。
「判ってるわ。でも……っ」
「王族に生まれて、愛に生きるとでもいうつもりか!」
「王族である前に一人の人間だろ! 恋愛結婚の何が悪い!」
「ま、それにハルトなら一応身分差がどうとかも言われないだろうね。別の文句を付ける奴はいても」
一応『王』だからな。精霊の、だけど。
「っ……」
自分の旗色の悪さに、バステアスは悔しげに俺を睨む。
だが俺も、フィレナを利用しようとしかしてないお前に結婚話潰しても罪悪感とか一切感じないから。堂々とその目を見返してやる。
「それで? 砂漠王、君はどうするのかな? 当てが外れて不貞腐れて壊れた城へ帰るかい?」
「……お前も、精霊王か。随分いい性格をしてるようだな」
「何で精霊が大人しいなんて思ってるんだ? お前等みたいな下種な種族と戦り合うのに大人しくなんてしてられる訳ないだろう?」
「おいっ、ルトラ!」
フィレナやバルバトス族長はともかく、普通に関係微妙になってるバステアスを相手にこれはヤバい。いや、判っててやってるんだろうけどな、お前は!
「な」
「何、自分が下種じゃないとでも思ってたのか? 未熟な少女を国の建前で縛りつける事が下種じゃないと?」
「刻皇、止めて!」
フィレナも顔色を変えてルトラを止める。バステアスとの――ククルスエイジとの協力関係が崩れるのは、今はまずい。
「心配ないよ」
「……な、何が、よ……」
「こいつに手を引くという選択肢はない。自分を守るため、自分を豊かにする金源から何をしたって離れないさ。金をやるから靴を舐めろとでも言えば、喜んでやるんじゃないのか」
「ふっ、ふざけるな!」
屈辱に顔を赤くしてバステアスは机を叩いて激昂する。そのバステアスを座ったまま見上げ、ルトラは実に華やかに美しく笑って見せた。
「あぁ、ごめん。君はやらないね。他人には喜んでやらせて、自分は金を掠め取るだろうけど」
「俺はそんな誇りのない真似はしない! これ以上侮辱するなら、精霊王とて、斬る!」
「待ってくれ! 今のは俺達が悪かった!」
「ハルト」
『達』の中に勝手に含められ、俺に謝られてルトラは不満げな声を上げる。
「ルトラ、アズを助けるにはククルスエイジの力は絶対に必要だ。利害で結ぶ関係が気に食わないお前の潔癖さは判るけど、状況も見てくれ」
「……っ……」
目を見開き、珍しくルトラは本気でうろたえ言葉に詰まった。
「僕は……っ。別に、潔癖とか、そういうのじゃ」
元々が白過ぎる肌をしているから、赤くなると良く判った。本気で照れてるよ。そんなにツボに入ったのか?
ともあれルトラが大人しくなってくれたのは好機だ。
「悪かった。ただ、俺はずっとフィレナに世話になって来て恩も感じてる。だからフィレナには自分で納得できる道を選んで欲しい。いつかはお前の言う通りになるのかもしれないし、それが幸せかもしれないが、気持ちも待ってやって欲しいんだ」
「あぁ……いや、すまない。俺も……その、誤魔化さずに言われれば刻皇の言う通りだったから、済まなかった」
あれは本当に悪意に満ちた言い方だったからな。無理もない。
バステアスが本気でルトラが言う通りの打算しか持っていない訳じゃないってのは判ってる。バステアスはちゃんとフィレナも立ててやろうとしてたから。
ただやっぱり早いだろ、って思うのは変わらない訳で。
「フィレナ、済まない。俺は焦り過ぎていた」
「いいわ。私だって頷いたんだもの。お互い様よ」
「ただ、俺との事は真剣に考えてみてくれ。俺は本気だ」
「……判ったわ」
少し躊躇いがちに、こくん、とフィレナは頷いた。とりあえず白紙に戻ったけど、問題はまま残ったな。




