第百十六話
(フィレナは、どうするんだろう)
あれで王女としてのプライドは高いから、やっぱりバステアスを選ぶのかもな。
わ、悪くないとは思ってるぞ? 王族同士だし、そんな合わない性格してる訳じゃなさそうだし、少なくとも俺よりはマシだろ。いや、無いけど。
(でも、まさかフィレナが迷ってくれるとは思わなかった)
皓皇の立場と顔でケンカを売ればバステアスは動揺するだろうし、それでフィレナも早まったのに気付いてくれりゃいいなとは思ったけど。
「俺は予定通り先にククルスエイジに戻るが、フィレナ、君はどうする。出来ればやっぱり一緒に来てほしい」
「……あ……」
婚礼準備はなしでもバステアスはフィレナとの結婚自体は本気だ。一緒にいたいってのも、互いに理解を深めるためという意味合いでだろう。
バステアスは決して間違っていないから、フィレナも言葉を濁してそれからちらりと俺を見て。
「ごめんなさい。私、もう少しエインヘリアルに残るわ」
「そうか」
申し訳なさそうではあるが迷いはないフィレナの返答に、バステアスは諦めたような、まだ悔しそうな複雑な笑みを浮かべて。
「判った。それじゃあ、また後で」
「ええ」
言って身を翻し部屋を出て行ったバステアスに続いて、ドルトバス族長も立ち上がる。
「さて、では我等もそろそろ巣穴に帰ると致しましょう。万一を考え五百余りの兵を残して行きますので、どうぞご自由にお使い下さい」
「ありがとう」
一応、今エインヘリアルは落ち着いている。魔人化した魔族達のほとんどはドワーフに外との魔力を断ち切られ落ち着きを取り戻した。
ただし残念ながら重度に侵された人については牢に封じ込めておく以外の選択肢がない。ウィシュヌが倒れているので扱いも決められない状態だ。
そんな訳で落ち着いてはいるものの、万一何があるか判らないのはそうなので、ドワーフ族がいてくれるのは非常に心強い。
「それでは、失礼致します」
「ああ。近いうちに土の宮へ向かう事になると思う。その時は頼む」
「勿論です。お任せ下さい」
膝をつき、頭を下げてからドルトバス族長も帰って行った。
「さて。それじゃあ僕も休もうかな。ハルト、君もちゃんと休みなよ」
「ああ、判ってる」
行ってルトラも出て行って――会議室には俺とフィレナが残された。
「……刻皇は恐い人ね」
「そうだな」
「私、正直言って奏皇も怖くて苦手なんだけど、刻皇が一番恐ろしいわ」
「俺もそう思うよ」
「あんたもそうなの?」
フィレナの声は少し驚いていた。精霊王同士で苦手があるとか、あんまり聞こえ良くないもんな。六人しかいないのに。
「まあ……個人の好き嫌いは多少あるだろ」
「そうね」
頷いてから、やや強張っていた表情を緩めてくすっ、と笑う。
「安心したわ」
「口外はしないでくれ」
「しないわよ」
したって仕方ない情報だけどな。俺が気まずいって以外は。
「……それで、ねえ、さっきのだけど」
「さっきって、どれだ?」
まだ何か引っかかるような問題あったか?
「あの、だから、あんた、私の事……」
「あぁ、悪かったな」
それか。そりゃいきなり言われりゃ気になるか。
「他に良い言い訳も思い付かなかったからつい。でもちゃんと効果あっただろ」
「……効果?」
「お前まだ十五だろ。人生決めるの早過ぎるだろ。まあ、バステアスはそう悪い選択じゃなさそうだけど、お前別にあいつが好きって訳じゃないんだろ」
何と言ってもフィレナの想い人は精霊のはずだ。本人がそう言ってたし。
「……そう……」
頬を引きつらせつつ、フィレナはややあって低い声音でぽつり、と呟き。
「……それなら、一応、お礼を言っておくべきでしょうね……?」
「ちょっと待て、礼を言おうとしている人間の声と行動じゃないぞ」
その手の振り上げ方は、明らかに叩こうとしてるだろう!
「これも『お礼』よ!」
フィレナの振り下ろした右手は躊躇いなく早かった。これは確実に痛い、と思ったので俺も躊躇いなく後ろに下がって避けた。風を切った右手が見事に空だけを薙ぐ。
「何で避けてんのよ!」
「そりゃ避けるだろ!」
「叩かれなさいよ! あんたはそれだけの事を私にしたの!」
「何もしてねェだろ!」
冤罪だ!
しかし何としても一発叩きでもしない時が収まらない様子のフィレナは、じりじりと間合いを詰めて来る。本気で狙って来てるぞ、おい。何故。
「――皓皇様? 失礼します。皆戻られた様ですが――」
俺が会議室から出て来なかったから気になってだろう、リシュアがそう声を掛けながら部屋に入って来て、俺の意識はそっちに持って行かれる。
「もらった!」
隙は逃さじ、とばかりに振るわれたフィレナの右手を、今度はまともに食らった。やっぱり痛かった。
「皓皇様!? 王女!?」
……お前、どんだけ俺を叩きたかったんだ。
「あんたが悪いのよ」
「だから、何が。せめて理由を言え」
もう叩かれたんだから、理由ぐらい教えてくれてもいいだろう。
何故か叩いた方のフィレナがまだ不機嫌で、居丈高に腕を組んだまま。
「無神経だからよ!」
「無神経って、何が」
「嘘で告白とかするなって言ってるの!」
「……告白?」
吠えたフィレナに、リシュアも少し眉を寄せて訝しげに――と同時にちょっと声を硬くして反応した。何か早くも責められている空気がしている気がする……?
「そうよ。私の結婚を辞めさせるために告白して来たのよ。大嘘で。一欠片も気持ちなんかないくせに。最低よ」
「そこまで言うか! 上手く行ったんだから良いだろ。お前だって本当は行きたくなかったくせに」
「……それは」
「大体、知らないバステアスはとにかく、俺とお前は有り得ねーだろ。お前も好きな相手がいるなら、他の奴と結婚しようとか考えるなよ」
誰も特に何とも想ってないってのならまだ何とかなるかもしれないが、好きな相手がいるままで行くとバステアスにも失礼だろ。ちゃんとフィレナと夫婦になれるよう努力はするつもりだったっぽいからさ。
「……うっ、う、煩いわね! あんたには関係無いじゃない!」
「関係無いとまで言う事ないだろ……。一応、俺はお前の事は友人だと思ってるぞ。だから」
「煩いってば! それ以上言うな! 関係ないのよっ! 馬鹿ッ!!」
涙目になってまで否定された。友達ですらないとでも言いたいのか、お前は。
「……皓皇様……」
「何だ?」
「本来であれば、私は王女を諌め、無礼な口を利いた制裁を与えるべきかと存じますが……」
「しなくていいから」
リシュアなら本気でやりかねないので、釘をさしておく。否定文だから大丈夫だと思うけど、フィレナじゃなくてもやらなくていいから。
「はい。申し訳ありません。今回はわたしもフィレナに同感です」
「えっ!?」
あの皓皇第一のリシュアが、叩いた方のフィレナを認めるってどんだけ!? 偽の告白というものは、それ程までに女性心理を抉るものなのか……っ。
「……えと。何か、悪かった」
「何でリシュアが言うと謝るのよ!」
「いや、だってリシュアが俺に言うなんて本っ当滅多にないし」
フィレナは結構普通に色々要求して来るから。
「……もう一度叩くわよ」
「それは認めない」
地の底を這うようなフィレナの低音と反して、リシュアはちょっと機嫌が良さそうだ。何だコレ。




