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女神の誓剣  作者: 長月遥
第八章 砂漠王と清流の女王
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第百十三話

 ウィシュヌの体を納めた闇の柩は、彼女自身の私室へと運ばれる事になった。


「……ルトラ。どれぐらい持つ目算なんだ?」

「さあ。まあそう長くはないだろうね。一月か二月か、そんな所じゃないかな」


 一月と二月は結構差があるぞ! 三十日分!

 精霊の寿命からすりゃ、そりゃ瞬く間かもしれないし、命が掛かっているとなると決して長くはない、と俺も思うが……


(ディードリオン……!)


 クートを探す理由がまた一つ増えた。しかもこっちは明確な時間制限付きだ。


 もっと大々的に探すべきかもしれない。カンダラムにいるとは限らないし、いや、力を弱めようとするなら尚更だ。俺ならプルオーネに連れて行く。


「しかし、驚いたね」

「何にだ?」

「ネクスに。何も聞いてなかったから。まさか人間を使って来るなんて……」


 ルトラの口調は悔しそうだ。自分と同じ考え方であるはずのネクスが、人間を使ってドワーフ族と協力させ、エインヘリアルを助けたのがそれ程までに嫌らしい。


(俺はむしろほっとしてるけどな)


 ネクスはやはり、必要の無い殲滅は絶対しない。だから魔に打ち勝つ素養の高い水蛇族や魔族達は、気に食わなくても許容している。


 魔族は……今はもう判らないけどな。魔人化してしまったから。

 ル・テウストローゼのせいだけど、そういう言い訳は聞かない気がする。


 しかしそれはそれとして、俺も何も言われてなかった事に驚いたし、やっぱり少しショックだった。

 いや、そりゃ俺が知ってようが知ってまいが、何も支障ないし、実際なかったんだけどな……。


(でも蚊帳の外ってのは、やっぱり面白くないだろう!)


 ユーリィが自分で情報を止めたとは思わない。彼女は平等な人だから。止めたのはネクスだろう。……何でかは判らないけど。


「――ハルト、刻皇(こくおう)、ちょっといい?」


 叩扉とほとんど同時に掛けられたフィレナの声に、俺とルトラは揃って振り向く。


「ああ、大丈夫だ」

「そろそろ土の宮へ行く算段だけでも付けようって、バルバトス族長が。まあ、実際に行くのはハルトの回復待ってからになるんだろうけど」

「判った、行くよ」


 ウィシュヌの事も気掛かりではあるが、こちらはクートの発見待ちだ。探索に人手を増やすのは考えるとしても、俺が飛び出せばどうにかなる問題じゃない。


(今俺が出来て、するべき事は――境皇(きょうおう)の、アズの救出だ)


 ウィシュヌの闇の柩は術を掛けられた時から一切の変化がない。血が滴る訳でもなければ苦悶の表情を浮かべている訳でもない。ただ静かに眠っているように見える。

 だが腹の貫通鎗はそのままだし、ルトラの話じゃ体が凍って反応できないだけで、苦痛はずっと続いているのだとか。


(エグい、よな……)


 多分元は拘束に使う術なんだろうけど……この仕様、変えた方が良くないか?


「魔帝は? どう?」

「変化はない。……大丈夫……なんだと思う。多分」


 あの柩は時の流れを遅くするだけで止める訳じゃないから、いずれ傷口から血も溢れて来る。今の所はその様子もないから、多分まだ大丈夫、なんだろう。『死』という部分だけに対しては。


「……そう」

「そう言えば、ウィシュヌを撃った奴、どうなった?」

「逃げられたわ」


 ぎり、とフィレナは口惜しそうに唇を噛む。その表情には強い憤りを感じた。


「フィレナ?」


 何か、ウィシュヌに対してだけの怒りじゃないような。


「あいつよ。兄様を魔王にした奴。ル・テウストローゼって言ったわね」

「っ!」


 やっぱりあいつまだいたのか。バルバトス族長の『面妖な』っていう形容詞も、確かに頷ける。

 騒ぎが鎮静しそうだったから、最後の最後で俺だけでも狙って来たって事か? だとすると、ウィシュヌは俺の巻き添えか……。


「……」

「ハルト?」


 また一段を気分が沈む事に気が付いてしまったが、何とか首を振って考えを頭の隅に押しやる。ここで俺が嘆いたってどうにかなる訳じゃない。

 ウィシュヌに申し訳ないと思うなら尚更だ。動かないと。


「……ってか、お前、ル・テウストローゼだって判ってて追ったのか? 危ないだろ!」

「だって! あいつが父様達を殺したようなものなのよ!? 兄様や姉様だって!」

「判るけどな!?」


 あいつはフィレナにとっては直接の仇だ。判るんだが――っ。


「危ないだろ……!」

「っ……」


 多分その時は感情だけで動いてしまったんだろう、フィレナは少し顔を赤らめてふいっ、と気まずげにそっぽを向いた。


「あんたにだけは言われたくない」

「俺は別に……いいんだよ」

「良くないわよ!」


 ついさっき逸らした視線を、きっとフィレナは怒りの表情と共に戻して来た。


「……」

「自分が精霊王だからやらなきゃならないから、傷つく事とかどうでもいいとか思ってるの?」

「違う……。そうじゃねえけど……」


 今まで俺は自分がやりたいようにやって来た。その時にネクスにも言われたけど、俺はちゃんと自分の身も守らないと迷惑が掛かる、ぐらいの意識はちゃんとあった。

 結構考えなしだったかもしれないが、精霊王だからって考えて行動して来た訳じゃない。王としてってなら、馬鹿な事も結構してると思う。


 でも、今のはそんな自分のための理由ですらない。


(あぁ、駄目だ……)


 きつい。何か、色々。

 っつーか、俺が皓皇(こうおう)を奪った事でル・テウストローゼが魔に墜ちたなら、間接的に俺もフィレナの仇になるのかもな。


「……ハルト?」

「……」

「あんた、やっぱりおかしいわよ。何かあったの?」

「っ。何もない!」

「っ」


 自分が普通に振る舞えていない事ぐらい判ってる。判ってるけど――!


(触れて来ないでくれ)


 今はまだ、知られたくない。まだ……。


「ハルト」

「会議だろ。行くぞ」

「……あ、え、……ええ」


 戸惑いつつ、俺の後ろから付いて来たフィレナを抜いて、ルトラが俺の隣に並んでくすりと笑った。


「何だよ」

「あの子、ハルトの事好きなんだね」

「心配掛けるぐらいには、そうみたいだな」

「相変わらず人間にも甘いんだね。まだ懲りないのか?」

「……は?」


 何だ、その言い方。何か前にも失敗したみたいな……。


「ああ、記憶がないのか。可哀相に。きっとその事も知らないよね」

「何だよそれ?」

「いいよ、気にしなくて。元々君が気に掛ける事じゃない。でも一つ教えておくけど――」


 言いながらちらりとルトラはフィレナへと目をやった。俺もつられて彼女を見ると。


「あの子いつか、魔人化するよ」

「何でだよ?」


 フィレナは魔窟と化したレトラスでさえ、魔気に侵されなかった精神の持ち主だぞ。ル・テウストローゼへの怒りを抱いて尚、憎悪ではなく純粋な愛情故の怒りだけしか持っていない。

 そのフィレナが魔人化とか、よっぽどじゃない限りないだろう。


「そこに手段があって、手を出さずにいられる程人間は強くない。あの子は必ず魔に力を求めるよ。女だからね」

「女だからって何だよ」

「ま、いいから。僕としては――それはそれで見物ではあるね。炎と氷はどっちが強いのか、とか」

「……?」


 どっちが強いって、何がだ。いや、氷がフィレナだってのは話の流れから判るけど、炎って……。


(……ジ・ヴラデスか?)


 確かにあいつは皓皇に執着してるけど、フィレナとは関係ないだろ。魔王で敵って事以外。


(別にいいけど、あいつにとっても俺はきっと皓皇の仇になるんだろうな)


 俺は違うって言ったら信じて飽きてくんねーかな。別人なんだし。拘っている皓皇とは、もう別物でいいだろう。


 いや、やっぱりやめとこう。認めた途端、殺されそうな気がするな。クリスタル返せ的な。

 ……それはそれで正しいのかもしれないけど。

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