第百十三話
ウィシュヌの体を納めた闇の柩は、彼女自身の私室へと運ばれる事になった。
「……ルトラ。どれぐらい持つ目算なんだ?」
「さあ。まあそう長くはないだろうね。一月か二月か、そんな所じゃないかな」
一月と二月は結構差があるぞ! 三十日分!
精霊の寿命からすりゃ、そりゃ瞬く間かもしれないし、命が掛かっているとなると決して長くはない、と俺も思うが……
(ディードリオン……!)
クートを探す理由がまた一つ増えた。しかもこっちは明確な時間制限付きだ。
もっと大々的に探すべきかもしれない。カンダラムにいるとは限らないし、いや、力を弱めようとするなら尚更だ。俺ならプルオーネに連れて行く。
「しかし、驚いたね」
「何にだ?」
「ネクスに。何も聞いてなかったから。まさか人間を使って来るなんて……」
ルトラの口調は悔しそうだ。自分と同じ考え方であるはずのネクスが、人間を使ってドワーフ族と協力させ、エインヘリアルを助けたのがそれ程までに嫌らしい。
(俺はむしろほっとしてるけどな)
ネクスはやはり、必要の無い殲滅は絶対しない。だから魔に打ち勝つ素養の高い水蛇族や魔族達は、気に食わなくても許容している。
魔族は……今はもう判らないけどな。魔人化してしまったから。
ル・テウストローゼのせいだけど、そういう言い訳は聞かない気がする。
しかしそれはそれとして、俺も何も言われてなかった事に驚いたし、やっぱり少しショックだった。
いや、そりゃ俺が知ってようが知ってまいが、何も支障ないし、実際なかったんだけどな……。
(でも蚊帳の外ってのは、やっぱり面白くないだろう!)
ユーリィが自分で情報を止めたとは思わない。彼女は平等な人だから。止めたのはネクスだろう。……何でかは判らないけど。
「――ハルト、刻皇、ちょっといい?」
叩扉とほとんど同時に掛けられたフィレナの声に、俺とルトラは揃って振り向く。
「ああ、大丈夫だ」
「そろそろ土の宮へ行く算段だけでも付けようって、バルバトス族長が。まあ、実際に行くのはハルトの回復待ってからになるんだろうけど」
「判った、行くよ」
ウィシュヌの事も気掛かりではあるが、こちらはクートの発見待ちだ。探索に人手を増やすのは考えるとしても、俺が飛び出せばどうにかなる問題じゃない。
(今俺が出来て、するべき事は――境皇の、アズの救出だ)
ウィシュヌの闇の柩は術を掛けられた時から一切の変化がない。血が滴る訳でもなければ苦悶の表情を浮かべている訳でもない。ただ静かに眠っているように見える。
だが腹の貫通鎗はそのままだし、ルトラの話じゃ体が凍って反応できないだけで、苦痛はずっと続いているのだとか。
(エグい、よな……)
多分元は拘束に使う術なんだろうけど……この仕様、変えた方が良くないか?
「魔帝は? どう?」
「変化はない。……大丈夫……なんだと思う。多分」
あの柩は時の流れを遅くするだけで止める訳じゃないから、いずれ傷口から血も溢れて来る。今の所はその様子もないから、多分まだ大丈夫、なんだろう。『死』という部分だけに対しては。
「……そう」
「そう言えば、ウィシュヌを撃った奴、どうなった?」
「逃げられたわ」
ぎり、とフィレナは口惜しそうに唇を噛む。その表情には強い憤りを感じた。
「フィレナ?」
何か、ウィシュヌに対してだけの怒りじゃないような。
「あいつよ。兄様を魔王にした奴。ル・テウストローゼって言ったわね」
「っ!」
やっぱりあいつまだいたのか。バルバトス族長の『面妖な』っていう形容詞も、確かに頷ける。
騒ぎが鎮静しそうだったから、最後の最後で俺だけでも狙って来たって事か? だとすると、ウィシュヌは俺の巻き添えか……。
「……」
「ハルト?」
また一段を気分が沈む事に気が付いてしまったが、何とか首を振って考えを頭の隅に押しやる。ここで俺が嘆いたってどうにかなる訳じゃない。
ウィシュヌに申し訳ないと思うなら尚更だ。動かないと。
「……ってか、お前、ル・テウストローゼだって判ってて追ったのか? 危ないだろ!」
「だって! あいつが父様達を殺したようなものなのよ!? 兄様や姉様だって!」
「判るけどな!?」
あいつはフィレナにとっては直接の仇だ。判るんだが――っ。
「危ないだろ……!」
「っ……」
多分その時は感情だけで動いてしまったんだろう、フィレナは少し顔を赤らめてふいっ、と気まずげにそっぽを向いた。
「あんたにだけは言われたくない」
「俺は別に……いいんだよ」
「良くないわよ!」
ついさっき逸らした視線を、きっとフィレナは怒りの表情と共に戻して来た。
「……」
「自分が精霊王だからやらなきゃならないから、傷つく事とかどうでもいいとか思ってるの?」
「違う……。そうじゃねえけど……」
今まで俺は自分がやりたいようにやって来た。その時にネクスにも言われたけど、俺はちゃんと自分の身も守らないと迷惑が掛かる、ぐらいの意識はちゃんとあった。
結構考えなしだったかもしれないが、精霊王だからって考えて行動して来た訳じゃない。王としてってなら、馬鹿な事も結構してると思う。
でも、今のはそんな自分のための理由ですらない。
(あぁ、駄目だ……)
きつい。何か、色々。
っつーか、俺が皓皇を奪った事でル・テウストローゼが魔に墜ちたなら、間接的に俺もフィレナの仇になるのかもな。
「……ハルト?」
「……」
「あんた、やっぱりおかしいわよ。何かあったの?」
「っ。何もない!」
「っ」
自分が普通に振る舞えていない事ぐらい判ってる。判ってるけど――!
(触れて来ないでくれ)
今はまだ、知られたくない。まだ……。
「ハルト」
「会議だろ。行くぞ」
「……あ、え、……ええ」
戸惑いつつ、俺の後ろから付いて来たフィレナを抜いて、ルトラが俺の隣に並んでくすりと笑った。
「何だよ」
「あの子、ハルトの事好きなんだね」
「心配掛けるぐらいには、そうみたいだな」
「相変わらず人間にも甘いんだね。まだ懲りないのか?」
「……は?」
何だ、その言い方。何か前にも失敗したみたいな……。
「ああ、記憶がないのか。可哀相に。きっとその事も知らないよね」
「何だよそれ?」
「いいよ、気にしなくて。元々君が気に掛ける事じゃない。でも一つ教えておくけど――」
言いながらちらりとルトラはフィレナへと目をやった。俺もつられて彼女を見ると。
「あの子いつか、魔人化するよ」
「何でだよ?」
フィレナは魔窟と化したレトラスでさえ、魔気に侵されなかった精神の持ち主だぞ。ル・テウストローゼへの怒りを抱いて尚、憎悪ではなく純粋な愛情故の怒りだけしか持っていない。
そのフィレナが魔人化とか、よっぽどじゃない限りないだろう。
「そこに手段があって、手を出さずにいられる程人間は強くない。あの子は必ず魔に力を求めるよ。女だからね」
「女だからって何だよ」
「ま、いいから。僕としては――それはそれで見物ではあるね。炎と氷はどっちが強いのか、とか」
「……?」
どっちが強いって、何がだ。いや、氷がフィレナだってのは話の流れから判るけど、炎って……。
(……ジ・ヴラデスか?)
確かにあいつは皓皇に執着してるけど、フィレナとは関係ないだろ。魔王で敵って事以外。
(別にいいけど、あいつにとっても俺はきっと皓皇の仇になるんだろうな)
俺は違うって言ったら信じて飽きてくんねーかな。別人なんだし。拘っている皓皇とは、もう別物でいいだろう。
いや、やっぱりやめとこう。認めた途端、殺されそうな気がするな。クリスタル返せ的な。
……それはそれで正しいのかもしれないけど。




