第百十二話
「無事だったのね」
「勿論。フィレナこそいきなり一騎駆けなんてするから驚いたじゃないか。無事で良かったけどな?」
「私は大丈夫よ」
相手の親しげな様子と比べて、フィレナの方は若干態度が固い。何からしくない気がするんだが。
「――ハルト、紹介するわ。彼はバステアス・レインズ・ククルスエイジ。ククルスエイジの国王よ」
「王? 若いな」
「親父がいきなり死んじまったからね。国王なんて言っても、国さえろくにない名ばかりだ」
俺の言葉に苦笑してバステアスは首を振った。
(あぁ)
そうだった。ククルスエイジは滅ぼされていたんだった。
ってか、よく考えたらフィレナも十五だし。今の世界の状態じゃあ、若い人間が何を継いでもおかしくないのか。
「悪い。無神経な事言った」
「いいさ。もう三年前の話だ。――で、あんた達は……」
「光のエレメントの司の皓皇と、彼女達はその従者よ」
「あぁ、やっぱり! そうだと思った。どう見たって普通じゃない」
褒め言葉かどうか微妙な感想だ。でもまあ綺麗過ぎるもんな、精霊王の容姿は。『普通じゃない』ってのがピッタリの感想かもしれない。
「ククルスエイジは力を貸してくれるのか?」
「勿論だ。魔人は親父を殺し国を滅ぼしやがった相手でもある。戦わない理由がないだろう」
「そうか。ありがとう。――じゃあ、まずはウィシュヌに会いに行こう」
「魔帝って、少女なんだろう?」
「姿だけな」
言動もアレだけど、実年齢に相応しいだけの狡猾さも持ってるぞ、ウィシュヌは。詰め甘いけど。
たまに雑談なんかも交えつつ城の階段を上りきると、そこにはウィシュヌが待っていた。
「お兄様っ!」
すっかり余裕を取り戻した感じて、満面の笑顔で抱きついて来たのを受け止める。この様子だとロールプレイも完全復活だな。
「え、お、お兄様!? 妹!?」
「あー、後で話す」
ウィシュヌの悪癖を知らないフィレナが狼狽した声を上げるのを今は流しつつ。
「ウィシュヌ。状況どうなってる」
「ほぼ鎮静してるわ。ドワーフに奇襲されたのが効いたわね。本っ当! 嫌な力なんだから!」
「ふははははっ! 相も変わらぬ魔力に頼り切った戦い方。誠に楽であったわ!」
「黙りなさい!」
耳にキンと来る甲高い大声を上げて、ぶんぶんっ、とウィシュヌは両腕を上げて勢い良く降って抗議した。
「それで? 砂漠王の方はいいとして、貴女は何?」
「ウィシュヌ。『何』じゃなくて『誰』」
「――~っ! 貴方は、誰っ」
かなり悔しそうな葛藤を見せた後、ウィシュヌはきちんと言い直した。一応恩は感じてるっぽい。
「私はフィレナ・レク・レトラス。清流の――じゃなくて、ミットフェリンって言った方が通じるのかしら。そこにあるレトラスの王よ」
「そう。つい先日まで確か王の息子が王になってたと思ったけど、また変わったのね。ウィシュヌはウィシュヌ・サラス・エンバリティー。エインヘリアルの王よ」
言って、わりと友好的にウィシュヌは手を差し出し、フィレナもそれに答えた。
「貴方は……そうね。中々可愛いし気品もあるから、ウィシュヌの侍女にしてあげる」
「は?」
「ウィシュヌ、遊ぶのは後でだ。それより今後の事を――」
「皓皇様!」
話そう、と提案しかけた俺の言葉に被せてリシュアの切迫した叫び声がして、いきなりその場に押し倒された。
「!?」
何をと問うまでもなく、覆い被さって来たリシュアの身体の隙間から、上から滴り落ちて来る赤い液体が視界に入ってきて理解する。
「……ぁ……」
呆然とした声を上げ――、かくん、とウィシュヌは力を失って膝を付き、そのまま地面に倒れ込む。
「ウィ……っ、ウィシュヌ!」
一撃は俺の真後ろ、ウィシュヌからは完全な死角から来た。勿論魔眼も使ってなかっただろう。
俺がウィシュヌに駆け寄るのと同時に、フィレナ、ドルトバス族長、バステアスが後ろを振り返る。
「あんた――ッ!!」
「ぬう! 面妖な!」
二人が襲撃者へと向かっていくのが判ったが、今はそっちは二人に任せる。
「リシュア、ライラ!」
「はい!」
二人を再び武器化して手に納める。別に攻撃魔術じゃなくたって、威力が上がるのは皆同じだ。
「輝大治癒!」
「……お、……にい、さま……」
「喋るな、ウィシュヌ!」
ウィシュヌの腹部の真ん中に、大きくはないものの貫通創がぽっかり口を開けていて、そこからとめどなく血が溢れて来る。
ウィシュヌは見た感じからして、それ程治癒能力に優れた種族じゃない。急所も多分外れてない。助けられるか……っ!?
「バステアス! 城の中にルトラ――刻皇がいるから、呼んで来てくれ!」
闇のエレメントは光のエレメントと似ている。ルトラも同じ術が使えるはずだ。
「わ、判った!」
呆然として突っ立っていたバステアスが城へ向けて駆けて行こうとしてすぐ、悠然とした足取りでルトラが城から出て来た。
「ルトラ! 良かった、手伝――っ」
「無理だよ、ハルト」
「!!」
死を迎える間際の、最後の足掻きのように細かく痙攣するウィシュヌを見下ろしルトラは薄っすらと笑いながら、試しもせずにそう言ってのけた。
「何……っ、言ってんだ!」
「僕と君の力じゃ、回復させるのは無理だよ。ユーリィの神水の奇跡の祝福なら判らないけど」
「お前……っ!!」
この期に及んでまで、何もしないで見捨てるつもりなのか、ルトラ!
優美な歩調を一切崩さないまま歩み寄りウィシュヌの傍らに膝を付くと、その血の気の失せた頬を優しく撫でる。
「人を呪わば何とやら、だね、ウィシュヌ。ふっ……。くっ、くくっ……!」
「ルトラ!!」
かっとなってその手をウィシュヌから振り払うが、ルトラは堪えた様子もなく、力に逆らわずに手をどかしただけだった。
「治せないけど、助けてあげる方法はあるよ」
「何……?」
「闇の凍柩を使えば、生きてはいられるよ。今のウィシュヌの状態で使ったらとても苦しいけど。ついでに時間がきたらやっぱり死んじゃうし、解けるのクートだけだけど」
「どんな術なんだ……!?」
ルトラが使える以上、最上級魔術――『神』を冠する以外の術なら俺も使えるはずなのに、どんな術だか判らない。知らない。
リシュア達からも戸惑った気配がする。二人とも知らないんだ。
「最も死に近い眠りを与える柩。時の流れをも止める、闇の氷。明けない死の闇の中で、ゆっくりとだけ、時を刻む。ただし感覚を失う訳じゃない。全ての苦痛もそのまま、ただ時間を引き延ばすだけ」
「……っ……」
下手に少しだけ傷を塞いでしまった分、ウィシュヌにもややはっきりとした意識が戻って来たらしい。ルトラの言葉を理解して、慄きに目を見開く。
「一度掛けたら、僕には解けない。外界からの接触は不可能。勿論、治癒の続きも出来ない。クートの神炎の陽熾閃で氷が溶かされるまで」
言って怯えるウィシュヌを覗き込み、己の定めを委ねながら、笑う。
「どうする? ウィシュヌ。君の想い人を待ってみる? クートが君を助けてくれるかどうか判らないけど」
「……っ」
ルトラの術を受け入れろ、とは、俺はとても言えなかった。俺とウィシュヌの不安と迷いを、あっさりルトラは口にして見せる。
「このまま死んだ方が楽だけどね? クートを助け出すまで君が持つかどうか判らないし」
言われた瞬間、ウィシュヌの瞳が反発する強い光を取り戻した。逡巡は一瞬。
「ウィシュ、ヌ、は……っ、死な、ないわ……っ」
「そう」
どちらでも構わないというような関心のない短い返答の直御。
「闇の凍柩」
仄暗い半透明の、闇色の氷がウィシュヌを包んで柩となり、外界を完全に拒絶した。
その氷が創る壁はルトラ自身の心の象徴のようだと、そう思った。




