第百十一話
憶えていませんとか、言ってはいけない雰囲気な気がする。
「御身の再生からミットフェリン領の解放をお聞きした時から、ずっとこの時を待ち望んでおりました! 及ばずながら、我らドワーフ一同、御身と共に戦いとうございます! いざ、レーゲンガルドを境皇様の手に取り戻しましょうぞ!」
「あ、あぁ」
勿論そのつもりでここに来たし、今も変わっていない。けど頷いたのは完全に彼の勢いに押されてでしかなかった。
こんな無様な有様晒したのに、それでも俺でいいんだろうか。
「と、とりあえず立ってくれ。まだ終わった訳じゃないし」
「おぉ、そうでしたな。しかし心配ご無用。この程度の魔人の操る魔力を断ち切れん軟弱者は、我がドワーフ族にはおりませんからな!」
そう胸を張って答えるドルトバス族長の後ろから、また一騎、こちらに駆けて来るユニコーンが見えた。
ユニコーンだったからツィアルか? と思ったけど、そうじゃなかった。
「――ハルト!」
「フィレナ!?」
何でここにいるのか判らないフィレナの登場に、驚いて数回瞬きをする。やっぱりフィレナだ。
俺達の側まで駆け寄って来ると、フィレナはひらりとユニコーンから降り立った。このユニコーン、アイルシェル生息のじゃない。ミットフェリンの奴だ。
「無事みたいね?」
「お前、何でここに」
「え? 聞いてないの? 奏皇に言われたのよ。皓の森からじゃ間に合わないから、私がレーゲンガルドに行ってククルスエイジに話を付けろって」
きょとん、とした後でそう言ったフィレナの言葉に、どこから突っ込むべきか俺は迷った。
本当に俺何も聞いてないぞとか、ネクスはお前達の事殺すっつってんのに利用されてくれていいのかとか、ミットフェリンからレーゲンガルドに渡ってここに来るのは確か危なかったはず、とか。
「それで? あんたは無事なの?」
「あ、ああ。見ての通り、俺は何も」
「そう」
俺の答えに満足したように、フィレナは満面の笑みを浮かべて見せた。
「それよりお前は大丈夫だったのか。ミットフェリンからここに来るルートは危なかったはずだろ」
「私一人なら大丈夫よ。あんた達と違って、私達は魔人にもそうバレないの。この子がちょっと危なかったけど、足が速いから問題なかったわ」
言いながらフィレナはユニコーンの首を撫でる。ユニコーンは基本プライド高いんだが、懐いてるな……。やっぱりフィレナが可愛いからか……。
「お前にこっちに行けって、ネクスが言ったのか?」
「そうよ。人と交渉するなら私がいいだろうって。ドルトバス族長も普通に話聞いてくれたし」
エレメント寄りの種族なので、フィレナとしてはドワーフとの話の方が難航すると思っていたらしい。そう言葉に付け加えると。
【ドワーフ族は元々穏やかな種族だ。そして誠実であり、義心に厚い。下らん心配をしたな】
「そうね」
くすりと笑ってフィレナはリシュアに答える。言い方はアレだが、リシュアにも別に悪感情はない。フィレナも判っているからだろう、対応は穏やかだ。
「……いいのか、お前。ネクスは……」
「いいわよ。それでも奏皇が私達を使おうとするなら、私達はそれに応えるべきでしょう? 先に裏切ったのは私達なんだから」
裏切ったのはフィレナ達じゃない。
なのにそのツケを当然のように払おうとするフィレナが、強い、と思った。
「別に死兵になって来いって言われた訳じゃないし。あんたを助けるために行けって言われたのよ。来ない理由がないじゃない」
「……あぁ。ありがとう。助かった……」
「なっ、何よっ」
うろたえた声を上げて、それからすぐに、心配そうに俺の全身に目を走らせて、最後に顔を覗き込んで来る。
「そんなに追い詰められてたの? ねえ、本当に大丈夫? も、もう大丈夫だから。私があんたを守ってあげるわ!」
余程弱々しく見えたのか、そんな事まで言われる始末だ。
「いや、本当に大丈夫だ。別に怪我とかした訳じゃない」
疲れてはいるけど、それだけだ。
「……でも、顔色よくない」
「っ!?」
言って、ごく自然に手を伸ばして来たフィレナは、そうとその手を僅かにだけ触れさせて、俺の頬に触れた。
「何かあったの?」
「なっ、何もないッ」
しまった、どもった、と思ったが、咄嗟にもう答えてしまったから誤魔化せない。
「ハルト……?」
「少しエレメント使いすぎただけだっ。気にするな。それより、まだやる事があるだろ!」
顔を逸らしてフィレナの手から逃げ、一歩身を引く。
騒乱の音は少しずつ小さくなっていっていた。打って出て行った魔族達も、上手く合流できたみたいだ。
「一旦ウィシュヌの所に戻ろう。フィレナ、ククルスエイジの代表がどの辺にいるか判らないか?」
「あ……。途中までは一緒だったんだけど……」
何故か言いずらそうにフィレナは口ごもりつつ、そう答えた。別に口ごもるような事じゃなくないか?
「そうか。それなら俺達が闇雲に探すより、ウィシュヌに視てもらってから迎えに行った方が早いかもな」
【それが宜しいかと思ういます。事が片付けば城へと向かうでしょうし、そちらで合流できるかもしれません】
「そうだな」
「ふぅむ……。女帝と会うのは三百年ほど振りとなりますか。私はどうもあの女は好きになれませぬ。まあ、好き嫌いで組む組まぬを決められる訳ではありませんがなぁ」
顎鬚を撫でつつ、バルバトス族長はやや億劫そうな調子でそう言った。苦手って言ったら俺もそうだけどな。ルトラ程じゃないけど。
「――良し、戻るか」
「はい。皓皇様」
リシュアとライラも武器化を解き、俺達は今の細かな状況と、今後の方針を決めにエインヘリアル城へと戻る事にした。
「あ……」
城手前の階段まで戻って来た時、フィレナは少し気まずげな声を上げた。その視線の先には、数人男達が固まっている。格好からしてククルスエイジの人達だ。
「フィレナ!」
その中の一人が、十分声が聞こえる所に来た所で親しげな声を上げ手を振って近付いて来た。
年の頃は多分俺と同じ位。濃い褐色の肌と黒髪黒目の青年だ。
羽飾りの付いたターバンに、丈の短いベストと薄い紗を重ね合わせ、腰には獣の毛皮と皮の胴鎧。見事なアラビアンスタイル。
着ていてしっくりきてるから間違いなく彼等の普通なんだろうけど、俺の眼からはやっぱり見慣れない民族衣装で、遠くの人だなという感じが凄くする。




