第百九話
食料の蓄えが、五日を切った。状況の好転はない。相変わらず悪化もないけど。
「皓皇様……」
「さっき、外のツィアルと連絡取った。打って出よう。相手がこっちに集中したら、背後から挟撃する事になってる」
「……宜しいのですか……?」
「仕方ない。もう手はない。このままじゃ日干しになるだけだ」
気遣うように言ってくれたリシュアに首を振りつつ、そう答えた。
仕方ないんだ。だって俺にはどうすればいいか判らない。
「……皓皇様」
「!?」
きゅ、といきなりリシュアに手を取られ、ぎょっとして振り向いた。リシュアと手を取る事は少なくないけど、今回のはそれとは違って、両手で包みこむ様な触れ方だった。
「り、リシュア……?」
「貴方の負う責の全てを負う事の出来ぬ我が身を、歯痒く思います。けれどせめて、その手に掛かる命の分は、私も共に背負います」
「っ……」
「だからどうか、そのようにお一人で飲み込まないで下さい」
「……ごめん」
リシュアが本当に仕えるべき相手は俺じゃないのに、俺は彼女に、命という責任まで負わせているのだと、今更言われて気がついた。
「何故、謝られるのですか」
「っ」
包んでいただけの手を、少しだけ力を込めて握られて、互いの手の熱が伝わる。
「私は貴方と同じ道に在りたい。何故、共に来いと仰って頂けないのですか? せめて……従具精霊としての分を全うさせて頂き、たいと……っ」
「リシュア」
「……拒まないで下さい……っ」
「そんな、つもりは」
ない、とは――言えないのかもしれない。
俺は確かに今、彼女達に対して後ろめたさがある。だから。
リシュアも判っているんだろう、小さく首を否定に横に振った。
今は、そうなのかもしれない。でも。
「……俺を拒むのは、リシュア達の方になるんだ」
「有り得ません」
はっきりと、すぐに否定が返ってくる。
けど違うんだ。俺は、皓皇じゃないから。
「何故そう思われたのですか? 私に何か至らぬ所がありましたでしょうか。ならばどうか、仰って下さい」
「違う。いいんだ、ごめん」
「皓皇様……っ」
「行こう」
「――……はい……」
話は終わりだと強引に打ち切れば、リシュアはやや沈んだ表情のまま、頷いた。
今はまだ判らないだろうけど、そのうち絶対バレる時は来る。
隠し事なんてそう長く続くもんじゃない。
だって事実は何より強い現実だから。
「う……っ!」
ウィシュヌが迷宮を改めて操作して作った扉から外に出て、俺は思わず息を飲んでそこで足を止めてしまった。
影響は受けてたから城の中も勿論魔気が濃かったんだが、町の外はそれ所じゃなかった。これは閉じ込めたのも余計に良くなかったか……?
(でも、あの時はそれしか……っ)
本当にそれしか手がなかったのかは、俺には判らなかったけど、出来なかったんだ。
「凄い魔気だな」
「ルトラ!? お前は城内にいろって!」
様子見にでも来たのか、城の中で待機しているはずのルトラがいつの間にか後ろから町の様子を見ていて、慌ててそう城を指差す。
「戻るけどね。でもちょっと心配だったから」
「大丈夫だよ、俺は。見た所魔人としてはそう強くなさそうだからな」
でも元々魔術に長けた種族だから、手強さは魔人化具合で計るのは間違いなんだが。
「だからお前の方が気を付けろよ。城は頑丈なままにするってったって、判りやすくするために外壁は外すんだから」
元々ある城のじゃななくて、俺達にとっても相手にとっても目隠しになっていた、敷地ギリギリの所にそびえ立っていたあの外壁である。
少人数に別れて町に出て、各個撃破して行く――という案も出たが、始めの不意打ちはともかく人に囲まれると人数で負けているこっちがどうにも出来なくなるので、この城下階段の下で戦線を作る事に落ち着いた。
撤退するときに便利なのと、道が一本になっているのが理由だ。
こっちには城勤めの武官も多くいる。向こうにも常駐警備軍の武官いるけど。質的にはどっこいどっこいだろう。
(だから、一気に人数で押し切られなければ、行けるはず!)
「皓皇陛下、刻皇陛下! 第一部隊、および第二、支援A・B第一配置完了しました!」
「判った」
声を掛けて来たエインヘリアルの軍事総括部部長という、壮年の男性に頷いて返す。
ウィシュヌがこの場にいないせいか、流石にそんな事をしている場合ではないという認識なのか、俺とルトラの事も普通に呼んだ。
「じゃあ、僕は戻るよ」
「ああ」
ウィシュヌを頼む――とは、流石にいえない。ルトラもウィシュヌ大嫌いだからな。
ルトラが戻ると同時に部長が部下を通じて合図を出し、外壁が外された。
俺達にとって運がなかったのは、エインヘリアルが城と町と両方で食糧を備蓄していた事。それと商家の倉庫にある分やらなんやらを足すと、残念ながら外の方が物資多い。こっちよりも人数多いけど、十分に支えられるぐらい。
だから向こうも、いずれ俺達が打って出るしかなくなるって判ってる。こうして城壁を外すのはその合図だ。
「もし……乗って来なかったら……どう、しますか?」
「食糧庫探して焼く」
間違いなく厳重に警備されてるだろうから危ない事は危ないんだが、仕方ない。日干しされるのを待ってたら確実に負けるから。
しかし、その心配は多分要らないだろ。あれだけ息まいてたんだから。戦力的にも向こうが上なんだし。
実際、通りの向こうから重い地響きが……。
「って……」
重い、地響き?
何か今、嫌な予感がした。
「うお……っ!」
ややあってから姿を見せたそれらに、俺は引きつった声を上げる。
視界を埋め尽くしたのは、ゴーレムと動く鎧とガーゴイルの群れだった。素材の関係が、一番多いのはゴーレムだ。
そのせいで行進の足音が異常に重かったんだろう。
「皓皇様、これは……」
「あぁ、これは、ちょっと……」
勿論、ある程度は予想してたとも。っつーかこっちもそのつもりで用意した。ただし、こっちの主力は動く鎧だけど。
一応、用意はしたけどエインヘリアル城は建材ではなく魔力具現化で作られた魔力そのもので、こういった魔導創造物に使える様な素材じゃない。だから元々城に警備として置かれてた分しかなかったのが現状。
それを聞いた時、地下から脱出するとき壊した分さえ、勿体なく感じたとも!
だから、数的にはこっちでも押されるだろうな、とは思ってた。思ってたけど……っ。ちょっと舐めてた。何だあの数!
「ど、どうされますか!?」
「前線第一部隊退避! 支援A第一部隊投入しろ! B部隊は後方より敵魔導創造物の殲滅開始!」
「はっ!」
こっちで言う所の支援Aってのが魔導創造物部隊なのだ。前線第一部隊と一緒に下がって、俺達も支援B部隊と合流する。
早くもかち合ったゴーレムと動く鎧が、今戦闘を開始した。
こっちの魔導創造物は元々城で使ってた奴等だから、質がいい。持ってる剣もそれなりの業物なので、木製ゴーレムなんかは気持ち良くスパスパ両断している。
空でもガーゴイル隊が交戦開始した。相手のガーゴイル、目が普通に石なのも結構いる。質より量の量産品だ。
(これは、手強いのが後ろに控えてるな……っ)
町にも絶対優良素材があるはずだが、今の所出して来ていないという事は、そう言う事だろう。
「これは、すぐに数で押し負けますぞ!」
「籠城線になって城に取り付かれるのは構わないが、その相手が魔導創造物なのはヤバいな!」
皓の森から来れたのは、ユニコーン一体に二人が騎乗して、四十一人。絶対無理! 纏まった所に背後から魔術で奇襲出来ればいくらでも覆せるが、この状況じゃ城の包囲を解いてもらっても、その後一万八千の魔人に囲まれて全滅する!
「とりあえず、削れるだけ削ってみよう。無限って事はないんだし。魔人本隊が来ればどうとでもなる!」
「はっ!」
丁度その時、相手の石造りゴーレムが動く鎧の一体をパンチで吹き飛ばしたのを見てしまった。あぁ、貴重な戦力がまた一体……っ。
とにかく、やれるだけやってみる!
「輝大震衝!」
人より反応の鈍い魔導創造物達は、揺れた大地から逃れる事が出来ずに見事にバタバタと倒れ込む。そこに同じく魔導創造物が殺到し、止めを刺して行く。
しかし――その数は見渡す限り、果てがない程。
どうする、これ……っ!?




